我々の米国時代から、アルヴィンドの「クリケット好き」については記して来た。インドに来てからは、バラエティに富んだ国民らが一丸となって熱狂するクリケットの試合についても、折に触れて記して来た。
なので、細かいことは割愛するが、ともあれクリケットはインドの国民的スポーツである。日本人にはあまりなじみのないスポーツだが、英国を発祥とする「紳士的で優雅なスポーツ」であるところのクリケットは、英連邦諸国や英国植民地下にあった国々で盛んだ。
一方、わたしはクリケットに関心がない。関心がないどころか、「疎ましがってさえ」いる。だいたい試合が長過ぎる。「テストマッチ」という国別対抗の公式試合は、一試合が4、5日かけて行われる。それをして英国では「紳士的で優雅なスポーツ」と呼ぶらしい。ふうん。というものである。
もっとも、テストマッチだけでなく、1日で終わる「ワンデイマッチ」というものもある。しかしそれでも7時間近くかかるらしい。近年では、もっと早く試合運びをと願う人が増えたのであろう、「トゥエンティ・トゥエンティ (20 Twenty)」と呼ばれる3時間程度で終わる試合も行われるようになった。
さて、なぜわたしがさほど関心のないクリケットについて書いているかと言えば、インドにクリケットのプロリーグが誕生し、世間が賑わっているからだ。実は来週月曜日の西日本新聞に掲載される『激変するインド』にクリケットの記事を書いたので、ここでは紙面に書ききれなかったことについて、軽く書くとする。
そもそもインドには、ナショナルチームとステイトチームというものがあったが、つい先日、IPL(インディアン・プレミア・リーグ)というプロクリケットリーグが誕生したのだ。
ムンバイ、コルカタ、デリー、バンガロール、チェンナイ、ハイダラバード(デカン)、ジャイプール(ラジャスタン)、モハリ(パンジャブ)の計8都市を拠点とした8チームが、シーズン44日間のうち59試合を各地のスタジアムでこなす。試合形式は3時間以内で終わる「トゥエンティ・トゥエンティ」。
オークションによってオーナー権を勝ち取ったのは、有名なところでボリウッド俳優のシャールク・カーン(コルカタ)、キングフィッシャービール&航空でおなじみのUBグループCEOヴィジァイ・マリア(バンガロール)など。優勝賞金は史上最高の莫大な金額らしい。
ところで各チームの名前であるが、「コルカタ・ナイトライダーズ」「ロイヤル・チャレンジャーズ」「デリー・デアデヴィルズ」と、何かしらアメリカナイズされていて、ちょっと笑えてしまう。
IPLの歴史的な開幕試合は、先週18日金曜日、バンガロールのスタジアムで行われた。普段は試合など見ることもないわたしであるが、これはちらりとでも見ておくべきだろうとテレビに向かう。
試合前、海外から呼び寄せられたパフォーマーたちによる大道芸が披露されたり、レーザーショーが行われたりと、かなりハデハデしい。わたしは途中で席を立ったが、パフォーマンスは30分以上続いていた模様。
そのあと、いよいよ試合である。今夜はシャールク・カーン率いる「コルカタ・ナイトライダーズ」とヴィジァイ・マリア率いる「ロイヤル・チャレンジャーズ」の対戦だ。やはり話題のあるチームが、スタートを飾るのである。
選手たちのユニフォームをみて驚いた。なにしろ派手なのだ。NFL(米国のフットボールリーグ)を彷彿とさせるのである。しかも、カメラワークがクリケットの試合とは思えぬアクティヴさ。
更には、米国だかオーストラリアだかから呼び寄せた露出度の高いチアリーダーたちの華やかな姿や、声援に沸く観客席の様子などもしばしば映し出されて、いよいよ「これまでのクリケットとは違うな」という印象を抱かされる。
それに目につくのは国内外のスポンサー広告。ここで動くお金の大きさにも思いを馳せるところだ。
ところで、20日(日)は、コルカタにて、コルカタ VS ハイダラバードの試合が行われた。夫が仕事の関係者から、「VIP席の招待券が2枚用意できました」との連絡を受けたのは金曜の夜だった。
夫は大喜び。わたしも行ってみたいとは思う。クリケットの試合はさておき、コルカタチームのオーナーはすてきシャールク・カーンである。VIP席ともなれば、挨拶を交わす機会はあるだろう。
しかしだ。なにしろ「間際」すぎる。コルカタまで飛行機で飛び、1泊し、月曜の朝、アルヴィンドはムンバイへ、わたしはバンガロールへそれぞれ飛ばねばならない。アルヴィンドは月曜朝、ムンバイで大切なミーティングがある。
「月曜朝一番の便に乗れば間に合う」
と、なんとしても行きたい様子のアルヴィンドであったが、土曜の朝、旅行代理店にあれこれと問い合わせてみるも、どれもぎりぎり。あれこれと考えているだけで、だんだん疲れて来た。
招待してくれた人は、もしも今回が難しければ、別の試合を今後手配してくれると言ってくれている。今回はあまりにも日にちが迫りすぎていることもあり、あきらめることにした。
そんな次第で、日曜の夜、夫はコルカタ戦を自宅のテレビで見ていた。と、突然、大声を上げたかと思うと、キッチンに入って来て、料理をしているわたしの傍らで「だからインドはだめなんだ!」と文句を言い始める。
聞けば、コルカタのスタジアムが停電したらしい。おかしい。おかしすぎる。
以前日本のサッカーチームが来たときにもバンガロールのスタジアムが停電したが、あのときよりも、打撃は大きかろう。
テレビを見れば、全部が一度に消えるのではなく、一基のライトの照明の大半が消えていて、そのうちのいくつかかが、弱々しくフラッシュしながら灯っている。おかしい。
上の大きな写真は、試合中止の間、外国人選手にインタヴューするレポーターの姿である。レポーターの露出度も、無駄に高い。アルヴィンド曰く、ひどくバカな質問をしているらしい。わたしにはそれがバカな質問なのか賢い質問なのかすら判断できない。
最終的には数十分の中断後、再開したらしい。やっぱり、今回は行かなくてよかったね。などと言い合う。
さて、翌日の月曜日。ムンバイ出張へ赴いた夫から、電話がかかってきた。
「美穂、やっぱり、昨日はコルカタに行かなくてよかったよ。今朝、コルカタの空港がストライキでさ。飛行機が飛んでなかったみたいなんだ。ニュースによると、シャールク・カーンも、チアリーダーたちも、空港で足止めを食ったらしいよ!」
インド。やっぱり何が起こるかわからないインド。うっかり気を抜くと痛い目に遭わされるインド。いや気を抜いていなくても痛い目に遭わされるインド。つまりは、気を抜こうが抜くまいが、あまり変わらぬということか。
つくづく飽きることのない国である。