火曜の夜から、足首や、腕などに、かゆみを伴う発疹が出はじめた。蚊に刺されたところを軽く掻いていると、ときどき周囲が赤くなってしまうことがあるので、それだろうと思っていた。
水曜日になると、首筋にも発疹が出て来た。汗疹に似た感じだが、ちょっと違う。ひょっとして紫外線アレルギーというやつか。思えば30歳を過ぎた頃から、夏場、皮膚がかゆくなることがあった。アロエジェルを塗って応急処置をする。
木曜日。発疹がひどくなってきた。首から下の胸の辺り、更には腕、お腹、太ももにも発疹が。日が当たらないところまで及んでいるのはどういうことか。
夜になるとかゆみが増す。しかも、2カ所ずつくらいがランダムに、交代でかゆくなるのだ。全身が一度に、というわけではなく。たとえば足首と腕。次に首筋と背中。次は太ももと二の腕、といった具合に。
そして今朝。夕べよりはましなものの、やはり身体の随所が赤くかゆい。夜中は何度か目が覚め、熟睡できなかったので、知り合いにお勧めの皮膚科医を尋ね、早速予約の電話を入れた。
「午後の診察は、予約できません。来た人から順番に、ドクターが診察します。ドクターは4時に来るので、3時45分くらいに来て待っているといいでしょう」
受け付けの女性がいう。場所を尋ねたら、
「バンガロールクラブをご存知ですか? その隣にあるビショップス・コットン・コンプレックスの地下です。ドクター・プラカシュです」
かくなる次第で、3時50分頃、その皮膚科へ赴いた。そこは診察室があるだけの、待合室はほとんど「屋外」といった塩梅の、開放的な診療所である。上の大きな写真が、それである。
待たされることを覚悟して本を持っていっておいて正解だった。わたしの前に、すでに4、5組が待っている。にもかかわらず、ドクターは4時を過ぎても来ない。
早く来ないかと待っていると、4時15分、細身で長身、黒いスーツにネクタイ姿、白髪で肌は浅黒い、独特の風貌を持ち合わせた老ドクターが登場した。
インドのドクターは、先だって、喉の調子を見てもらったドクターといい、歯科医といい、何かと個性的でマンガのキャラクターになりそうな人が多い。写真を撮らせて欲しいところだ。
長いこと待たされることを予想したが、1組あたり2、3分と、かなり回転が速い。4時半にはわたしが診察室に招き入れられた。
長身のその背中を丸めるように、机に向かい、やたらと小さな文字でカルテを書き込んでいる。
「こんにちは。じゃ、症状を説明してください」
「2、3日前から、発疹が出始めて、かゆいんです……」とことの次第を説明する。
「じゃ、このベッドに腰掛けてください」
従うと、虫眼鏡を右手に持って、わたしの首筋の発疹を確認する。
「食物アレルギーです。当面、魚、エビ、鶏肉、卵など控えてください。薬を処方します」
「え〜? 食べ物ですか? 日光にやられたんじゃないんですか?」
「食べ物です。身体の内側から発生している皮膚の症状です」
「ちょっと待ってください。首筋だけじゃなくて、足首にも、それからお腹にも発疹があるんですけど」
シャツをめくって見せているのに、もう、虫眼鏡で見てもくれない。本当に、首筋のそれを一瞥しただけでわかるものなのか。でも名医らしいから、ここは一つ黙っていた方がいいのか?
「あの〜、わたし、悪いものを食べたんですか? 魚もエビも鶏肉も卵も、普段は平気なはずなんですけど」
「それ以外に、ジャンクフードもいけません。ナッツも。それからコーラなどの炭酸水もね」
と言われたところで、思い当たった。火曜日。そう。KFCでジャンクなランチだったあの日。
実はKFC以外にも、近所のThom's Bakeryで買った、店で作られているポテトチップスを買って、PWGの集いが終わって帰宅後に、ワインを飲みつつばりばりと食べたのだ。
そして残りのポテトチップスも、やはり翌日水曜の午後、食べたのだった。
それ以外は、それなりに料理をしてちゃんとしたものを食べたけれど、すでに火曜日の時点でわたしの体内の「ジャンクフード指数」が規定値を超えていたのだろう。
KFCかポテトチップス、どちらか一方だけだったらまだ大丈夫だったのかもしれないが、同日に摂取したのが敗因か。いや、ひょっとしたらポテトチップスを揚げた油がよくなかったのかもしれない。
普段、ヘルシーな食生活をしているせいか、我が身体は非常に敏感になってしまっていたようだ。しかしこの程度で反応するとは、身体が強いんだか繊細なんだか、健康なんだか不健康なんだか、よくわからないというものだ。
そんなわけで、ドクターに飲み薬3種とローション1種を処方してもらい、隣接する薬局でローション(カーマイン風)を調合してもらって購入し、帰宅したのだった。
やっぱり食生活には気をつけなければと反省した一件であった。
と、ここまで書き上げたところで携帯電話が鳴った。電話を階下に置いていたので、取り損ねた。きっとムンバイからバンガロール空港に到着したアルヴィンドだろう。かけなおそうとしたところ、SMS(テキストメッセージ)が届いた。彼からだ。
開くとそこには、2ワード。
"Mosh mosh"
……モシュ モシュ?
声に出してみて気がついた。
"Moshi Moshi (モシモシ?)"
のつもりだったに違いない。相変わらず、飽きさせない男である。
さて、来週はデリーだ。夫が3泊4日でデリー出張なのだ。毎度のごとく、
「美穂も一緒に行こうよ〜。最初の2泊はオベロイで、残りの1泊は家(実家)に帰る予定だからさ〜。パパたちも喜ぶよ〜」
と誘われる。いや別に、デリーに行かなくてもいいんだけど。実家に寄らなくてもいいんだけど。と思うのだが、なぜかついつい誘導されて、
「わかった。行くよ」
となってしまう。なんでこうも、密着夫婦なんだろうか。わたしはのろけているんだろうか。それさえも、よくわからないのだ。
流浪の民。ジプシー。遊牧民。どれも好きなテーマだから、いいのだけれど。週末のうちに、発疹は完治させたいところだ。