インドのヴェネチィアと呼ばれるここムンバイでは、人々は日々、水と戯れ、水と親しみ、生活をしています。
写真中央の、自転車を押す行商の老人は、豊かな川の流れを利用して、慣れた手つきで荷物を運びます。下校途中の子供たちは、敢えて傘をささず、全身水びたしで帰宅します。それが「元気の良い子」の証とされているのです。
左下の写真は、雨の中、障害物競争をする大人たちです。たくし上げられるサリーや、七部丈パンツをはいた女性たちが、幾分、有利のようです。
さて、何が「障害物」かといえば、凹凸の激しい悪路に加え、道路の真ん中に、突然現れる大きな穴です。たとえば左の写真右側の柵。これが目印です。この近辺には巨大な空洞があり、水が吸い込まれていきます。間違って自分が吸い込まれてしまわないよう、万全の注意が必要です。
このように水の豊かな街では、自動車は不向きです。富裕の物好きたちは、こぞって車を購入する昨今ですが、わずか数キロを移動するのに、2時間も3時間もかかってしまう有様です。雨水と高い気温を凌ぐ以外の、さほど利点は見られません。少々濡れても、歩いた方がずっと早いといえましょう。
水の都ムンバイは、今日も混沌。明日も混沌。時間も水も、轟々と流れて、ただ水に触れ合いながら行く人ばかりが元気のようです……。
嘘です。嘘ですよ〜。たまに本気にする人がいるので敢えて書きますが、ここはインドのヴェネツィアなんかじゃありませんからね〜。
今日はなかなかに、ひどい目に遭った。単なる渋滞といえば渋滞なのだが、周辺で展開される情景があまりにも詩的すぎて嘆息。
大雨が降ったら、瞬く間にこんな状態。ここが、今をときめくインドの大都市、ムンバイ(旧ボンベイ)の郊外だ。空港近くだ。阿呆のように高い家賃の高級物件の傍らにスラム立ち並ぶ、天国地獄が共存す、雲泥の差炸裂ムンバイの郊外だ。
嗚呼! 誰かなんとかしろよこの道!!
と誰に向かって叫べばよいのだ。自ら道路工事の陣頭指揮を取れぬ現実が歯がゆい。こうして、文句ばかりを綴るのは本意ではないのだ。だからって、何をどうすることもできず、いかに無力であろうか我は。
この水を、一気にずずずず〜っと吸い込んで、どどどど〜っと、大海へ吐き出すことができたなら。
傷んだ路上を、するりするりと、一撫で二撫でして、その不具合を癒すことができたなら。
でも、残念ながら、わたしにはそのような威力がないのである。だから、冷房の効き過ぎた車内で、「あぁぁ」だの「うぅぅ」だのと、小さく悪態をつくばかりの哀しさよ。
本日、ムンバイ在住外国人女性の集いであるところの "Mumbai Connexion"のコーヒーモーニングに参加するべく、北部郊外のジュフという街へ赴いた。行きは南端の我が家から1時間半。軽く1時間以内で到着してもいい距離だが、そうはいかない。
北部郊外に暮らす駐在員が多い昨今、コーヒーモーニングのホストとなるお宅もやはり北部が多い。移動に時間がかかることから、南ムンバイのお宅で開催されるときにのみ参加しようと思っていたのだが、今日は会費を納めなければならず、先延ばしにするとまたいつになるとも知れぬので、出かけることにした次第。
郊外には新しい物件も多く、見る限りにおいては快適そうである。
ともかくは、会費を支払い、数名の顔なじみと挨拶を交わし、今日はインド人男性と結婚したニューヨーク州出身の女性としばしおしゃべり。
お肌はつやつや、ぴちぴちで、どう見ても20代前半。
最初は、ご両親の赴任で一緒にやって来たティーンエージャーかしらんとさえ思った。
聞けば数カ月前に結婚をして、3週間前にインドへ来たばかりだとか。
夫の実家がムンバイとかで、同居はしていないものの、当面はムンバイに暮らすのだという。人ごとながら、あれこれと、カルチャーショックが多いだろうなと察せられる。
コーヒーモーニングを終えて正午。せっかく郊外へ来たのだから、ショッピングモールを偵察に出かけようと、先日の家具の買い出しで駆け抜けたオベロイ・モールを目指して、更に車を北に走らせる。
が、ほどなくして大渋滞に巻き込まれる。車が全然、動かない。今日は下手に動かぬ方がいいかもしれぬ。と方向を変えて、自宅方向の南を目指すも、やはり車は動かない。
正午、ジュフを出発して、わずか5キロ先のバンドラに至るまでに、2時間もかかってしまった。明らかに、歩いた方がはやいというものである。でも、外は大雨の洪水で、歩けたもんじゃないのである。第一、歩いてどこへいくという話だ。
つくづく、いやになった。
お腹もすいてきた。トイレにも行きたい。でも、どうしようもできない。車窓からの風景を眺めるばかりだ。予定を大きく変更し、今年オープンしたばかりのフォーシーズンズホテルに立ち寄ることにした。
ここのダイニングで、日本料理を出すという話を聞いていたので、「リサーチ」である。
ホテルそのものは、フォーシーズンズにしてはかなり小規模。ムンバイの不動産事情を物語るかのように、ロビーフロアもこぢんまりとしている。しかし雰囲気は、よい。
さて、目的のダイニングはSAN-QI。日本料理、中国料理、そしてインド料理が味わえるとのこと。やや不思議な組み合わせではある。
グランドフロア(日米でいうところの1階)がインド料理と中国料理のダイニング、そして1階(日米でいうところの2階)が日本料理となっている。鉄板焼きのカウンターに炉端焼きコーナーもあり、シンプルでシャープなインテリアとうまく調和している。
最初はテーブル席に座ったのだが、冷房が効き過ぎていて寒かったので、鉄板焼きカウンターに移動させてもらった。ほどよく温風が届いていい感じ。
盛りつけも美しく、久々にお刺身も味わえて幸せ。
アボカドロールに巻かれていたアルギュラの風味がよく。
途中で日本人シェフの加藤さんが登場。
しばらくおしゃべりをする。
察する通り、インドでのこの仕事、かなり大変そうである。
いろいろとお話が聞けて、カウンター席に移動してよかったというものだ。
ところでムンバイの日本料理店といえば、料理の鉄人、森本氏による、TAJ MAHAL PALACEの"WASABI"が有名 。こちらはかなりの高級店として知られる。
インド移住前から何度か訪れたことがあるが、そして訪れるたびに値段が上がっている気がするが、ともあれこちらはWASABIよりはリーズナブル。雰囲気もたいへんよい。
今日のところはランチしか味わっていないので、味の甲乙をつけるわけにはいかないが、どちらもそれぞれに、「インドにしては相当にすばらしい」日本料理店だと思う。
ネタの多くを日本から輸入せねばならないのに加え、国内においてすら食品の流通が徹底しておらず、品質のよいものを恒常的に入手するのが困難なインドにあって、日本料理の値段が高いのは仕方がないだろう。
フィラデルフィアのレストラン、MORIMOTOで、森本氏と対面し、事情を聞いたときのことを思い出す。3年前当時、彼は「インドの関税は67.5パーセントも取られるから、まったく儲からない」と嘆いていた。
今でもそうなんだろうか。いやはや、たいへんなビジネスである。
「居酒屋みたいに、気軽に入れる店があったらいいんですけどね」
と加藤シェフが言っていたが、確かに。別に日本人客だけを対象とせずとも、海外帰国組のNRIや富裕層には日本食好きの人がたくさんいる。
刺身などは別としても、インドの食材を駆使した「アイデア日本料理」でもって原価を抑え、気軽に立ち寄れる店があるとよいかもしれない。言うは易し、ではあるけれど。
どんなに雨が降ろうとも、どんなに不都合があふれようとも、わたしはこうしてきれいな場所に逃げることができる。雲泥の双方を味わうことができる。だからこそ、ここに住んでいられる。ということを、敢えて記しておく。