●いつも、初めて旅するような心持ちで!
ムンバイ週間の始まりだ。昨日はちょっと、慌てた。いつものジェットエアウェイズの9W444便、バンガロール午後2時発、ムンバイ午後3時半着に乗るべく準備をしていた。空港までは1時間前後。
しかし「ぎりぎり」というシチュエーションが嫌いなわたしは、「スケジュール前倒し」で行動するため、11時半には家を出ることにしていた。
アルヴィンドは「国内線は30分前につけばいいよ」などと言いながら、なぜかギリギリまで家にいたがる。幸い便を逃した経験はないものの(一度逃せば心を入れ替えるのかもしれないけれど)、わたしはそういう状況が嫌いなのだ。
新しい空港となった今、カフェではインターネットもつながるし、読書をしてもいいし、早めに到着しても、問題はない。さて、11時30分に手配していた車が11時15分と早めに来た。インドにしてはめずらしいことである。
自宅はプレシラが掃除中だし、ペストコントロール(ゴキブリ駆除)の兄さんが、ハーブによるゴキブリ駆除団子を家の随所に仕込み中だしで、家はむしろ落ち着かぬ状況。早めに出ることにした。
「何時の便にご搭乗ですか?」
運転手が尋ねる。
「2時だから、まだ時間は十分にあります。ゆっくり行ってください」
といいながら、Eチケットを取り出してふと目を落としたら、そこには「13:00」の文字。えええぇぇっ! ちょっと待った。どういうこと? なにやら知らんが、同じ曜日の同じ便にも関わらず、従来よりも出発時間が1時間、早まっている。
いつもはきちんと内容を確認するのに、今回はチケットのプリントアウトも今朝行ったあと、目を通すことさえしなかった。「慢心状態」であった。急がなきゃ、間に合わん!
「……飛ばして」
アルヴィンドじゃあるまいし、「飛ばして」などと自分が言うことになろうとは。不覚だ。いやなのよインドで飛ばすのは。だいたい制限速度がわからないんだもの。標識がないんだもの。道のどこに穴があいているか、道のどこに障害物があるか、わからないんだもの。
しかも今日に限って、なんだか込んでいる気がする。やきもきする。が。ドライヴァーはそれなりに、飛ばしてくれている。落ち着け。
ところがハイウェイの中盤で、それまで100キロほどで飛ばしていた車が、突如ぐ〜んとスピードを落として40キロほどになった。どうしたのだと思いきや、路肩でポリスが取り締まりをしている。
しかし40キロとは落とし過ぎではないか? むしろ後続車のことを考えると危険ではないか。そもそも制限速度がわからないのは問題じゃないのか。取り締まる前に、お願い教えて制限速度。
だいたいポリスといっても「賄賂目的」で交通を取り締まる腐った輩がいっぱいのインド。余計問題を大きくしているポリスも少なくない、困った世界なのだ。
そんなこんなで、1時20分には空港に到着し、30分前にはチェックインをすませることができた。前倒ししすぎていて、よかった。今後は、「いつも初めて旅するような気分で」注意深くチケットを確認しようと思った次第。
さてムンバイは、気温が29度。湿気も軽く、青空が広がっている。過ごしやすいではないか。モンスーンも小康状態なのであろうか。空港から1時間ほどかけて南ムンバイへとたどりつき、さて、「ただいま〜」と家のドアをあければ、そこはすっきりと片付いた部屋。いつもの通り、ジャヤがきれいにととのえてくれている。
こうしてメイドに家事全般を任せられることは、本当にインド生活の醍醐味である。こういうサポートが存在しなかったら、二都市生活など到底無理だ。窓を開ければ、心地よい海風が入り込んで来て、冷房を入れる必要がない。風通しのよい部屋を選んで本当によかった。
NATURE'S BUSKETで野菜などを調達し、夕飯の準備。店のおにいさんも、すでに顔なじみだ。フレンドリーな笑顔で挨拶をしてくれる。そんな何気ないことで、この街に住んでいるとの思いを確認し、少し温かな気持ちになる。
今夜は、バンガロールから持参して来た肉類のうちから骨付きマトンを選んで調理。今日は醤油やみりん、そしてインドでなら手軽に手に入る「すりおろしのニンニクやショウガ」でマリネする。もちろん自分ですりおろすのが一番いいが、面倒なときはこれで十分なのだ。そして料理酒のかわりにワイン。
みりんがなければ、ジャガリ(無精製の砂糖)を加えてワインを多めに、でもよい。我が家では、「試しに買ってみたがまずかったインドワイン」が、料理酒として活躍している。
ごま油と普通の油を混ぜたもので、タマネギたっぷりをしっとりと黄金色になるまで炒めて一旦ひきあげる。そこにマリネしていたマトンの汁気を切って焦げ目がつくほどにグリルする。マトンに火が通ったらフライパンの隅に寄せ、タマネギとマリネの残り汁を一緒に炒めてソースを作り、マトンと一緒に絡めてできあがり。
サラダをつけあわせに、今日も美味なる夕餉であった。
●インドでの仕事が増えて来た。
インドの好景気が日本でも注目を集め始めて久しく、このごろはライターとしての仕事よりも、むしろ各方面からのリサーチの仕事が増えて来た。できれば、多くの人の目に触れる執筆の仕事を増やしたいのだが、「企業秘密」となってしまうリサーチの仕事が主である。
これは一方、自分がインドを知る上で大きく役に立つ。集めた情報をまとめ、文章だけでなく写真を多用してレポートをまとめていくのは、編集者としての技量も生かされるわけで、それはそれで楽しい。
ところで、以前はありえなかったことだが、最近は夫の仕事とシンクロナイズする部分も出て来た。たまたま同じ業界のリサーチをするケースがあったりもして、お互いに「問題にならない程度の」情報交換ができるようになった。
わたしは現場を歩き、自分の目で確かめることを重視するため、断然アナログの情報に強い。もちろんインターネットや書籍などで情報を収集するが、売りは「フットワークの軽さ」である。加えて、自分が試せるものは、ほとんどを試す。それなりに「身体を張って」仕事をしている。
一方、夫は独自の筋から得られる情報量と分析力が勝負である。彼らの市場調査は、同じ市場調査でも、街を歩くわけではない。仕事の到達点も、彼は投資する会社とその業界を知ることが目的であり、わたしのようにレポートを作り上げることが到達点ではない。
つまり、わたしと夫はまったく異なる過程を踏んで結果を導く仕事をしているのではあるが、平行線ではなく、そこにいくつかの接点があり、その部分を活用できるようになった。それはなかなかに、面白いことである。
今後、その接点は更に増えていく気がする。仲良くやっていかんとな。
●土曜日。夫と二人、コラバ地区を歩く午後。
遅いランチを、どこで食べようか。候補に挙がったのは毎度おなじみROYAL CHINA の点心か、INDIGO DELIのピザか、あるいはLING'S PAVILIONか。小さく悩んだ末、天気も悪くないことだし、歩いてLING'S PAVILIONへ行こうということになった。
わたしはこれまでも、しばしばコラバ地区まで歩いて歩いているが、アルヴィンドは初めてである。なにしろ汚いところが苦手な男。バンガロールのコマーシャルストリートですら、一度しか歩いたことがない。移住当初は近所の商店街を歩いてダメージ(←文字をクリック)を受け、帰宅後吐いた(失礼)男である。
かような痛ましい過去をもつ男に、汚いコラバ地区を歩かせることへの不安がないでもなかったが、すでにインド在住3年近いわけで、慣れているだろう。
彼の気を紛らわせるために、あちこちに点在する「新しい店」の情報を教えながら歩く。アルヴィンドは案の定、だんだん無口になっていき、眉間にシワが寄り始めている。「歩くのがいやなら、タクシーに乗ろうよ」と声をかけるが、「もうちょっとでしょ、歩く」と、意地を見せている。
際どいところで「掃き溜めに鶴」なベーカリー、THEOBROMAに到着した。
店内に入れば外国人や富裕層客で相変わらず狭い店内はごったがえしている。
「ぼく、この店のブラウニー、知ってるよ! 以前、誰かにもらって食べたけど、すごくおいしいから買って帰ろう!」
おいしそうなパンや菓子類を見て、元気を取り戻す夫。
ふと隣に立っている女性をみれば、見覚えのある顔。TAJ PRESIDENTのマネージャーの女性が、息子と一緒に買い物に来ていた。
「普段着だと、全然雰囲気が違うから、わかりませんでしたよ〜!」
などと満面の笑みで話しかけるハニー。きれいな女性を目の前にすると、これほどまでにもご機嫌になれるのかこの男は。
その後、商店街に点在するその他の「掃き溜めに鶴な店」をちょこちょことのぞきつつ、ようやくLING'S PAVILIONへ到着。今日もまた、美味なる料理を味わいつつ、お腹いっぱい幸せだ。
店を出ようとしたら、またしてもババ・リン登場。三都市を行き来しているババ・リンとわたしのサイクルは、どうも一致しているらしい。アルヴィンドが、
「僕たち、すっかりこの店のファンですよ」
と笑顔で言えば、ババ・リンはすかさず、
"God Bless you!" (神の祝福がありますように)
面白いわ。ババ・リン。
夕方、DVDを見ながら、THEOBROMAで買って来たブラウニーとレモン&ブルーベリーケーキを切り分ける。
噂通り、ブラウニーがおいしい!
レモン&ブルーベリーケーキは、この間のわたしが作ったレモンタルト同様、レモンの香りがシャープすぎるが、それでもナチュラルで濃厚。結構おいしい。
他にもチョコレート関係のケーキがあれこれとあったので、今後少しずつ試してみようと思う。しかし多分、ブラウニーが一番無難で、おいしいような気がする。
ムンバイ宅にもオーヴンを買い、手作り菓子を作ろうかとも思ったが、手軽においしい菓子が手に入ると、買えばいいやという気になってしまう。
この店の詳細を知りたい方は、このサイト(←文字をクリック)をチェックされたし。geobeatsという動画のサイトで、世界各都市のレポートが見られ、結構面白いのだ。
ところで左のワインは、ロメイシュ・パパが先日おみやげに買って来てくれたもの。
ポルトガルはオビドスのワイン。
みんなで飲もうと思ったのだが、買ったばかりのワインオープナーが不具合でコルクにダメージを与えてしまったので、開けらないままだった。
今回バンガロール宅から予備のオープナーを持参し、無事に開けられた次第。
若干甘めのフルボディで、おいしいワインであった。
ポルトガル、といえばまた旅情がかきたてられる。
スペインのアンダルシアからジブラルタル海峡まで車を走らせ、そのまま西へ突き進み、国境を超えてポルトガル南端の港町、ファロに到達したのだった。
あの、裏寂れたファロの街に漂う哀愁。大航海時代の余韻が亡霊のように。石畳を踏みしめ歩き、路地で見つけた小さな食堂で食べた魚介類の鍋料理。天井の高いカフェの、ドアをあければショーケースに並ぶ焼き菓子の魅惑。
リスボンでは、ポートワインのその豊かさをも堪能した。ポートワインだけを飲ませてくれる由緒正しきバーでは、その分厚いメニューに困惑させられるばかりで。しかしゆったりと深いソファーに腰掛けて、グラスを傾けるときの優雅な心持ち。
ファドの遣る瀬ない旋律に、心射抜かれながら更けゆく夜。
リスボンでは、カステラの元祖である「パオ・デ・ロー」を求めて、アルヴィンドと二人、いくつものベーカリーをのぞいたものだ。このサイトの「35」(←文字をクリック)が、そのときみつけたパオ・デ・ローの写真だ。
この「一日一過去」の記録もまだまだ中途半端のままで、終わってしまっている。続けたいと思いつつ、最早それは「老後の楽しみ」だろうか。