思えば一昨日は、同窓会の話題で終始してしまったが、日中にもよき会合があったのだった。
ランチはデリー在住の、インド人伴侶を持つ日本人女性ヤスコさんとランチを共にした。
彼女のご実家も福岡市内で、現在、ご子息の夏休み中とあり、長期帰省中であった。彼女とはこれまで、デリー及びバンガロールで数回お会いしただけだが、メールでは何度かやりとりをしていた。
インドに暮らす二人が天神で待ち合わせて再会するというのも、不思議な感じである。
食後は、大丸と同じビルディングにある西日本新聞社へ。福岡は街の中心部がコンパクトなので、本当に移動が便利だ。東京滞在時に比べると、移動により発生するストレスのレヴェルが極めて低い。
加えて、街を歩いている若い女子が、東京よりもこぎれいでかわいらしく見えるのは気のせいか。ともあれ、福岡はこざっぱりと便利でよい街だと改めて思う。
さて、西日本新聞にて、国際部の藤崎氏を訪ねる。近所の市役所の上階にある喫茶店で、天神の町並みを見下ろしつつ、アイスコーヒー(懐かしい味だった!)を飲みながら、しばらくお話をした。
今回、講演会の模様を新聞に紹介していただいたことで、その後も各方面から「見ましたよ」との連絡があり、うれしい限りである。
日本に戻るたびに思うことだが、そして今回の旅の最中にも思ったことだが、日本語で、日本に暮らす日本人に対して言葉を発する以上、その平均的な視点や尺度や価値観を忘れてはならないということだ。
日本と大いに異なる世界観があふれているところのインドを伝えるときには、なおさらに、注意深く丁寧に、表現をせねばならないということについても、再度、肝に銘じる思いである。
さて今日は、福岡到着直後の天神でピックアップしていたチラシで発見したチベット展に赴くべく、母と妹とともに太宰府へ出かけた。
以前、ムンバイのプリンス・オブ・ウェールズ博物館(Chhatrapati Shivaji Maharaj Vastu Sangrahalya)を訪れた時に見た、
チベットやネパールの神々(←文字をクリック)の像が心に残っていて、チラシを見た途端、これは行かねば! と思ったのだ。
太宰府天満宮にほど近い九州国立博物館は、緑豊かな山間の、爽やかな薫風が吹き抜ける場所にあった。個性的なその外観も自然の中に溶け込んで、感じのよい空間である。
さて、日曜とあって展覧会は予想通り込み合っていたが、その展示物の一つ一つはすばらしく、展示方法もかなり工夫されていると感じられた。
インド、チベット、中国、日本。仏教を通じて結びつく絆の強さを感じる。
曼荼羅。大学生のとき、自分で描いたりもしたものだ。
インドで見慣れているはずの、きらびやかでごてごてとした神々よりも、むしろ、中国に入ったところで「こざっぱり」とした仏像を見ると、ほっとする。
ともあれ、一つ一つの展示物が興味深く、本当に、見に来た価値があった。願わくば、平日の人が少ない時に訪れたかったというのが正直なところだ。
なにしろ! 年配のおばちゃんたちのマナーの悪さに愕然とさせられたのだ。
実は日本のミュージアムを訪れるのは日本を離れて以来、初めてのこと。このマナーの悪さは福岡だけなのか? それとも日本全国、そうなのだろうか。
べらべらと大声でしゃべるは(音声ガイドを聞いていても、ヘッドフォン越しに雑談が聞こえる)、目の前にグイグイと割り込んでくるは、平気でドシドシぶつかってくるは、ぶつかっても無視してるはでもう、いいかげんにせい! という感じであった。
ここはインドの市場かよ! と、何度突っ込みたかったか。
諸外国で数々のミュージアムを訪れてきたが、先進国において、ここまでマナーの悪い人々に遭遇したのは初めてで、かなり残念であった。
ともあれ、展示物そのものは、本当にすばらしかった。それから、常設展もちらりと見たが、これもよかった。生まれて初めて、「縄文式土器」を見られたのもうれしかった。
岡本太郎氏が絶賛していたところの土器の実物を、以前から見てみたいと思っていたのだ。
ところで、展示物のカタログは非常によくできていて、より深く、チベット仏教の世界を知ることができる。この本を入手することができたもの、本当によかった。
チベット。インドの隣国である。いつか、必ず訪れたい。
天井高く、広大な窓から山々の緑が見渡せる館内のカフェもまた居心地よく、美味抹茶&ヴァニラのソフトクリームなどを味わい、平和なひとときである。
今回の旅、本当にもりだくさんに、いいことがあって、本当にうれしい。