マイケル・ジャクソンの"THIS IS IT"を見た。
いろいろな意味で、たまらん映画だった。
彼の、類い稀なる貴石のような輝き。
音楽やダンスの部分よりも、
それを取り巻く周辺事情にばかりが、大衆の目に触れ易く。
どれほどに、濃縮された50年の人生。
"This is it!"
"God bless you!"
"I love you!"
そして、
HEAL THE WORLD.
たまらん。
■マイケル・ジャクソン THIS IS IT(ウィキペディア)
■マイケル・ジャクソン THIS IS IT(日本語公式サイト)
映画館から戻りし後、自宅でくつろぐ土曜の宵。と、奇声を上げながら妙な動きをする夫。触発されてしまうのはわかるよ。
わかるがその、あなたの「機械仕掛けのクマのぬいぐるみ」のような動きは、映画の余韻を台無しにしてしまいます。
映画の余韻と言えば、今日の映画館でもまた、ユニークな経験をさせてもらった。
映画大国インドについては、これまでもあちこちで書いたりしゃべったりしてきたので、改めて書くのは面倒だ。以下、『激変するインド』に掲載した記事を一部修正して転載するので、読んでいただければと思う。
■映画大国:人気作初日はお祭り騒ぎ
(西日本新聞『激変するインド』2007年6月25日掲載分より)
インドの国民的娯楽と言えば映画。年間制作数は、米国の約500本を大きく上回る約900本。短編映画を含めると2000本に上る映画大国だ。
多民族国家であるインドには、ヒンディー語、英語をはじめとする主要言語だけで約20あり、それ以外にも100を超える言語、1000を超える方言が存在するといわれている。
たとえばここ、バンガロールの地方紙に掲載されているシネマガイドを見ると、「英語」「ヒンディー語」「カンナダ語」「タミル語」「テルグ語」……と、言語別に現在上映中の映画案内が掲載されている。
中でも主流をなすのは、ヒンディー語映画。その製作地がムンバイ(旧ボンベイ)であることから、米国のハリウッドをもじって「ボリウッド」と呼ばれている。
ボリウッド映画は、それがどんなに深刻な物語であったとしても、出演者たちが要所要所で、突然、歌い踊りだすなど、非常に娯楽性が高いのが特徴だ。人気の映画で流れる音楽は、即ヒットソングとなり、街角でしばしば耳にすることになる。
最近では携帯電話の待ち受け音に好みの音楽を選べるサービスが普及しており、中でもボリウッド音楽の需要は高い。富裕層ばかりか、月収が1万円に満たない低所得者層ですら、この有料サービスを好んで利用している。
西欧化の波はボリウッド界にも押し寄せており、ストーリーはもちろん、ダンスやファッションに変化が見られる。
軽いキスシーン程度であれば容認されるようになったが、その内容に関して物議が醸されることは少なくなく、ベッドシーンなどは未だ御法度だ。
映画館は、農村部の小さな劇場から、都市部のポップコーンの香り漂う米国型最先端の劇場までと幅広い。劇場により映画料金に開きがあるが、平均約30円と、世界で最も安い。
数年前より富裕層を対象とした「特別視聴室」を設けた劇場も誕生。こちらの料金は1000円以上と割高だが、全20席ほどのゆとりある造りで、飛行機のファーストクラスのようなリクライニングシートが用意されている。
飲み物や料理を注文でき、映画鑑賞をしながら食事も楽しめる。わたしも一度利用したことがあるのだが、大画面が間近に迫り過ぎている上、動きの激しい映像だったため、見ているうちに激しい頭痛に襲われ、情けなくも、上映途中で抜け出してしまった。
ここ10年来、家庭用のケーブルテレビやDVDなども急速に普及により、一時は映画館の動員数が減ったとのことだったが、まだまだ娯楽施設の少ないインド。
家族揃って、また友人たちと賑やかに出かける映画館は、これからも欠かせない娯楽として進化し続けることだろう。
上の記事は2年前に記したが、以降も各地のショッピングモールにシネマコンプレックスが誕生し、欧米の話題作が上映される映画館も増えている。
一見する限りは、米国の映画館と変わらないモダンな雰囲気だが、売られているスナックがポップコーンやアイスクリームなどだけでなく、サモサやチャート、蒸しトウモロコシ(粒)などもあったりして、館内の匂いが濃厚だ。
米国と大いに異なるのは、「指定席制」だということ。まるでコンサートホールのように席によって料金が異なっており、後ろに行くほどに高くなる。
わたしは映像に酔いやすいので、最も高い(といってもその差は100円以内)後ろのシートを選ぶのだが、映画館によっては、シートそのものの構造が異なっている。
昨日訪れたINOXはレザー風(合皮)のシートでリクライニングになり、座り心地がよかった。左上の写真がそれである。わたしの列を境に、シートのクオリティが変わっている。
先日、ジュリー&ジュリアを観たPVRは、シートがかなり大きめで、映画が始まる前にカフェのスタッフがスナックの注文を取りに来たりもした。
インドの映画館では、たとえそれがハリウッド映画を上映する映画館だとしても、上映の前には必ず国歌「जन गण मन (jana gaṇa mana)」が流される。
入場途中の人は静止する。
ざわめきの、混沌のインド公共の場が、水を打ったように静まり返る。
国歌にこんな力のある国。
米国に住んでいたときもそうだった。
翻る国旗によどみなく、敬意と晴れがましさを示せることのすばらしさ。
ジャヤ・へ〜 ジャヤ・へ〜 ジャヤ・へ〜 ジャヤジャヤジャヤ・へ〜
と、サビの部分だけを、わたしも一緒に歌うのである。いい加減、全部覚えてはどうかとも思うのである。
それはさておき、「掟破り」なことが起こるのも、インドの映画館の醍醐味だ。尤もわたしが訪れている近代的なシネマコンプレックスは、「お行儀のよい人々」が多い。
しかし、ローカルの単館劇場などで人気作が流れると、映画とともに歌う人、踊る人などもいるようで、上映中のおしゃべりなども序の口のようだ。
近代的シネマコンプレックスでさえ、上映中に携帯電話はかかってくるは、話し始めるは、いろいろある。それにもまして、食べ物の匂いが強烈だ。
加えて、どんな映画であろうとも「休憩時間」が挟まれる。
大事なシーンで予告もなく映画がブチンと中断されるのだ。そしていきなり照明が点灯され、思い切り気分がしらける。が、そういう事態にも慣れた。
慣れた一方で、映画が中盤にさしかかると、「今、ここで止めるなよ!」と冷や冷やさせられたりもして、ある種、スリリングである。
休憩時間に食べ物を調達してくる人々も多く、また新たに各種食べ物臭が館内に充満する。
そして映画が終わると、エンドロールを観ることもなく、人々は立ち上がる。昨日もそうだった。しかしわたしたちは映画の余韻と音楽を楽しみたかったから、座っていた。
と、大半のお客が立ち去ったところで、まだ映画は終わりきっていないのに、館内の灯りが灯され、お掃除部隊がやってきて、ゴーゴーと掃除機をかけはじめた。
興ざめすること甚だしい。
しかし、お掃除部隊を止めることはできない。なぜなら館内は、食べ物の残骸が見事に散乱しているからだ。まるで、ポップコーンを床に散らばしたら幸運が訪れるという迷信があるのか、というくらいに。
いい加減にしろよ、と思うのだが、致し方ない。
だから、掃除にともかく時間がかかるのである。
そんなわけで、最後の最後まで、わたしたちを除いては車いすのおじいさんとその家族だけとなったシアターに居座った。と、最後の最後で、小さなギフトがあった。
もしもこの映画を見る機会があれば、どうぞ最後まで席を立つことなく、ご覧あれ。
……終わって後、拍手をせずにはいられなかった。