先週一週間の写真をざっと眺めつつ、いくつかをピックアップして、思うところをまとめよう、日曜日の午後。
■庭師の娘、誘拐未遂事件に巻き込まれる。
一部始終は、のちに聞かされた話である。先週の月曜日、庭師の娘が学校から戻らなかった。数カ月前、わたしたちが学費の一部を支援すると決めたことで、彼女は我が家に挨拶に来た。
13歳の、実にかわいらしく利発そうな彼女のことは、このブログにも記した(←Click!)。将来はドクターになりたいと言った彼女である。
彼女が夜になっても帰宅しないことから、両親は近所を探しまわった。しかし見つからない。途方に暮れて朝、7時ごろになり、彼女から電話があった。
この界隈からは離れた、シティマーケットからの電話であったという。結果的には、無事に帰宅できた。
聞けば、彼女が下校中、車に乗った男がやってきて、両親の職業と働いている場所(我が家のアパートメントビルディング界隈)の名を言い、「両親が事故にあって病院に運ばれたから、連れて行ってやる」と、車に乗せた。
車はなんらかの形でロックされ、逃げられないようにされていたのだが、朝になって、男がチャイを飲みに行ったすきに、うまく車から逃げられたのだという。
詳細は、夫が昨日、庭師に聞いた。庭師は英語を話さないので、ヒンディー語での会話である。
「探しても探しても、見つからなくて、ようやく朝になって、見つかったのです……」
というようなことを口にしながら、庭師は大きな目を潤ませて、手を震わせていた。どんなにか、心配だったことであろう。
近所のポリスにも通報したとのことだが、ポリスが積極的に捜査をするとは思えない。インドにおいて、誘拐などの事件は少なくない。
わたしたちの知らないところ、メディアに取り上げられないところで、無数の犯罪が行われている。それが身近な人の身に起こってはじめて、臨場感を以て、危険を認識する。
決して知らない人について行ってはならない。
わかっていても、緊急時となると、話は別である。
わたし自身、社会人になっての旅先で、しかもロンドンという都会の、昼間の駅にて、駅員を装った男に車に乗せられ、僻地の駅に降ろされ、お金をぼったくられたことがあった。
あのときだって、場合によっては、どこに連れて行かれてもおかしくない状況だった。
ついて行くのが悪い、と言うのはたやすいが、人は、ましてや子どもは、いつでも冷静な判断を下せるわけではない。犯罪者は「うまく言いくるめる」のがうまいのだ。
だからこそ、犯罪を回避するのは難しく、犯罪は恐ろしい。
ともあれ、庭師の娘が戻って来てくれて、本当によかった。
■BEC(在バンガロール外国人駐在員クラブ)の会にて飲むしゃべる
我が家の上階を購入し、1年ほど住んでいた夫と同世代(NRI)のご近所さん。彼もまた、アルヴィンドという名前であった。妻のニヴェディタと二人、2年ほどまえにパリへ赴任した。
しかしながら、彼が創設したBECは今なお健在だ。彼が米国からバンガロールに移った5、6年前。バンガロールはまだまだ海外から来た駐在員にとって「未知すぎる地」だった。
誰かと知り合いたい、情報交換をしたい、そんな思いから、外国人駐在員に声をかけてみようと思ったらしい。最初は数人がホテルのバーに集まって飲む、といったクラブだったのが、今は1000名を超えるメンバーを抱える。
もっとも、入れ替わりも激しく、会員が常にイヴェントに参加するというわけでもない。とはいえ、この夜、50名以上のメンバーがレストランバーに集った。
スペインやイタリアやフランスからの駐在員たちと言葉を交わしたこの夜。以前は米国からの赴任者と出会う機会が多かった。
その度に、バンガロールにいても、ニューヨークやカリフォルニアがとても身近に感じられた。その思いは、今も変わらない。
一方、日本に帰った方が、海外から隔離されているような感覚に陥る。物理的に島国だということもあるが、日本語が純然たる公用語だということもあるのかもしれない。
インド人、日本人、以外の人と話すときの、そのランダムな感じの、自分がどこにいるのだかわからない感覚が、とても心地よい。
■EMS(国際スピードポスト)哀歌。油断したわたしがバカだった。
先日、東京から送った荷物は、ムンバイの港を経由して、バンガロールの郵便局に到着。きれいな姿で到着したことに安堵し、喜んだことを記したばかりだ。それはまさしくぬか喜び、であった。
その後、福岡で購入しておいた大量の本の発送を、妹に頼んでおいた。
福岡からの小包は、なぜかチェンナイの港を経由して、バンガロールへ届けられたようだ。ということは、インターネット上(日本郵便局のサイト)で確認できていた。
さて、最寄り郵便局から電話が入ったため、前回同様、郵便局へ赴いた。二度目である。速やかに2階の小包受け取り場へ赴く。
が、日本からの小包らしき段ボールが見当たらない。心配な心持ちになりつつも、局員のお兄さんに名前と住所を告げる。
と、「あなたの荷物は、それ」と、大きな袋を指差して、言う。
そんなわけはない。書籍が入っているのは段ボールだもの。
ま、まさか……!
慌てて袋の中を確かめれば、そこには、無惨にもちぎれた段ボールの断片。送付伝票の部分が、辛うじて、読める。
段ボールは見事に破れ、中身が散乱したのに違いない。本を、小分けに包んでくれたりは、してくれていないよね……頼まなかったし……。とおそるおそる中を見たら……。
「ジュンク堂」の紙袋に入っていた雑誌だけが、辛うじて無傷だった。
当たり前だが、本は積み重なると重い。どっしりとしている。頑丈な段ボールでなければ、長い道のりを耐えられないということを、すっかり忘れていた。
思えば米国在住時。自著『街の灯』を自ら大量に購入し、ポプラ社からワシントンD.C.の自宅まで送ってもらったことがあった。
彼らは国内郵送の際に使う「普通の段ボール」にそのまま本を詰め込んでいたため、本の重みで箱の四隅が破れ、中身があふれださんばかりで届いたのだ。
自分の本が、うすら汚れて届いたときのショックと言ったらなかった。
そのときのことをすっかり忘れていた。ああもう、なんで忘れる?? 自分でしっかりと梱包しておくべきだったと深く反省したのだった。
もう、こうなると、本がすべて揃っているのかすら、定かではない。数冊紛失していたとしても、不思議ではない。
本の帯は破れてちぎれて、あっちこっちが痛めつけられている。
あまりの痛ましさに、触るのも辛く、数日、部屋の一隅に放置していた。少し気分が落ち着いてから、一冊一冊を取り出し、体裁を整え、埃を払った。
対インドに限らず、海を越えて運ばれる小包とは、あちこちで粗雑に扱われるものである。特に書籍など重量のあるものは、厳重な梱包が必要だ。
ということを、自戒の意味を込めて、記しておく。
日々悪化の一途をたどるバンガロールの交通事情。については、これまでもしつこく記しているが、これからもしつこく記す。
左上の写真はだいぶ前のBANGALORE MIRRORの記事であるが、載せるのを忘れていたので、一応。上は、ある道路の2年前の姿。街路樹が伐採されて、現在は下の写真の通り。
街路樹を伐採して道路にしなければならないのは、よくわかる。だって、道が足りないのだから。
しかしながら、市街のあらゆる道を、やさしく覆っていたトンネルのような街路樹が、あっちこっちでばっさばっさと切り倒され、付け刃のような道路工事が施されるのを、「仕方がないこと」と見守ることはできない。
「都市計画」。あるんだろうが、あるとは思えない。緑を守ろうと団結する市民団体の声も聞こえるが、しかし、日々の騒音でかき消されしまい……。
右上の写真は、バンガロールのメトロ工事に携わる日本人女性、阿部玲子さんを取材させてもらったときのもの。彼女のことについては、来月の西日本新聞のコラム『激変するインド』に記す予定だ。
友人に頼まれて、サリーの買い物に付き合った。テキスタイルに関心がある彼女もまた、「伝統的な手工芸品」を望んでいたので、一緒に目的のものを探すのは、愉しかった。
ただ、伝統的な柄やデザインがそのままでは「古くさく野暮ったくなりがち」である。特に外国人がそれを着用するとなると、着こなしが難しい。
従っては、伝統技術を生かしつつ、現代的なデザインにアレンジしたサリーを扱う店を訪れた。デザイナーが職人にデザインを注文し、伝統とモダンを融合させるわけである。
このようなサリーの専門店は、最近、増えつつあるようで、市街の随所で見られる。サリー着用人口が減少しているインドにあって、伝統技術が廃れてゆくのを見るのは無念である。
インドの伝統技術を、「超微力」ながらも守るべく、人の買い物に付き合っておきながら、わたしもついつい、すてきなサリーを購入するのである。たいした言い訳でもある。
珍しく、インド料理の写真である。キレイなブログにもしっかり紹介しているが、バンガロール最大のショッピングモール、MANTRI SQUAREにある南インド料理店でランチをとった。
その名もBON SOUTH。ここの料理がなかなかに美味である。ローカルのリーズナブルな南インド料理店は多いが、こじゃれた店、となると、ITC WINDSORやTAJなど高級ホテル内のレストランを利用することが多かった。
一方、ショッピングモールのフードコートの一画とは、なにやら「期待できない」感じがするのだが、この店に関して言えば、なかなかに「洗練された感じ」なのである。
ただ、ヴォリュームが満点過ぎるという点においては、北インドの高級料理店と同様。インド料理の外食というのは、どうにも「リッチ」になりすぎる傾向にある。が、たまにはいいだろう。
■恒例OWCクリスマスバザール。今年は、夫と一緒にお出かけ。
早いもので、クリスマスだ。インドで迎える5回目のクリスマスだ。そういや、自分ちのクリスマスツリーをまだ出していなかった。明日にでも、出そう。
年に一度、チャリティを目的として開催されるOWC主催のクリスマスバザール。出展者は例年増えつつあるようで、今年は料理店のブースも賑やかに、とても盛大な催しであった。
「僕は、興味ないから」
と出発前には外出を渋っていた夫だが、妙に楽しんでいた。何よりではあった。
日本人のご家族連れの参加も目立つ。数年前、わたしがOWCのお世話係をし、受付などを手伝っていたときは、数えるほどの日本人しか見られなかった。
今や会員数も増え、わたしのあとを引き継いでくれたお世話係の方の尽力もあり、コミュニティに関わる日本人が増えた。とてもよいことであると感じる。
■雨が多くても、我慢すべし。新築物件は要注意。
今年のバンガロールは雨が多い。しかし、乾期に地下水が枯渇しないためにも、雨が降ってくれる方がいいのだ。それでなくても急激な人口増、建築ラッシュ。水不足、電力不足は深刻だ。
電力は、自家発電でまかなえるにしても、水。我が家のアパートメントビルディングの水は、給水車によるものと井戸水とで主にまかなっている。というのも、水道局からの水が、まともに供給されない事態が続いているからだ。
最近完成したお隣のビルディング(写真右上)。こちらの入居者が増えることにより、地下水不足が深刻になるおそれがあるという。そんなわけで、我がアパートメントビルディングには、新たな貯水タンクが作られている次第。
この工事風景。インド的前時代的現代である。この写真は1週間前に撮影したが、現在はきれいに完成した。わずか40数世帯の小さなビルディングだということもあり、自治会の行動も早い。先手を打って不足に備えている次第だ。
ちなみに右上の高層アパートメント。実は十数年前に工事がスタートしたものの、土地の権利などの問題で10年近くも工事がストップしていた。
再開したのは数年前。わたしたちが引っ越して来てからだ。そして1年ほど前にようやく完成した。しばらく居住者が見られなかったものの、なぜか日本人駐在員の入居者が多いらしい。
今では15世帯ほどが入っているという。
ここでも幾度か記したが、インドで新築の部屋を借りるのは、なるたけ避けた方がよい。というのは、新築の場合は、さまざまなトラブルが発生しやすく、それを処理せねばならないからだ。
電気の配線、水漏れなどの不具合などもそう。
ただ、たとえ新築でなくても、問題は起こる場合が多いので、まあ、どっちでも一緒かと言えば、一緒かもしれん。新築の方が見た目がきれいなだけましかもしれない。
そんな次第で、日本の方々がトラブルに見舞われているのではないかと、少々懸念している次第だ。
インドでは、「最上階を避ける(バンガロールの場合、夏期に暑くなりすぎる)」「新築を避ける」「南向きの大きすぎる窓を避ける」「セキュリティを重視」といった、他国とは異なるポイントでの住居選びがある。
そのあたりのことは、わたしが言うまでもなく、駐在員の方々はそのネットワークで持って、既知の事実であろうかとは思うが、念のため、記しておく。
■ご近所さんとのコミュニケーションも大切に。
インドで住まうにあたっては、ご近所さんやセキュリティ、ビルの管理を請け負っている人たちとのつながりも、大切なこと。
いざトラブルが発生したときなど、助けてくれるのは周囲の人たちだからだ。彼らから、あれこれと教わることも少なくない。
加えて、これは余計なお世話であるかもしれないが、ついでに書いておきたい。
インドに限らないことだが、同じアパートメントビルディングに住んでいる人と顔を合わせたら、挨拶くらいするべきだ。
「日本人は、知らん顔をする人が多い」との話をよく耳にする。
話しかけられるのはいやだと思う人もあるかもしれない。しかし、同じビルディングに住まう以上、ある程度の交流は必要であろう。
相手に「日本人はミステリアス」と思わせるよりも、フレンドリーだと認識されていた方が、いいと思うのだが。
お国柄の差異により、相手を受け入れられない、というのは、お互い様なのであるということを、忘れてはいけない。
夜な夜な大騒ぎでうるさいインド人の隣人もいやなものだが、顔を合わせてもにこりともせず、ひっそりと暮らす外国人の隣人もいやなものかもしれない。
少なくとも、インドでは、外国人の方がマイノリティであり部外者であるということを忘れてはならない。インド人と関わりたくない、などという姿勢は、傲慢以外のなにものでもない。
笑顔で挨拶は、コミュニケーションの基本である。
引っ越しの際には、せめて両隣の人たちに挨拶をしておいたほうがいいと、わたしは思う。
iPhone4はなかなかインドに入ってこないし、iPadはいまいち、わたしには必要ない。そんな矢先、「文字を入力することが最も大切」なわたしにとって、理想的なMacBook Airが登場した。
軽くて薄くて、持ち運びに便利。現在もっている15インチのMacBook Proの、重量は半分以下。なのにキーボードはしっかりとした大きさ。これならば、数日間の出張や旅行に、気軽に持ち運べる。
うれしすぎる。
ガジェッツ類にはさほど敏感ではないわたしだが、発売開始直後に即購入。先日、日本で購入したオリンパスの小型一眼レフといい、このMacBook Airといい、とてもよい買い物をした気がして、幸せである。
来年は、この二つを持ち歩いて、より身軽にあちこちを飛び回ろう。
ここ最近、急激にKFCが増えている。
何店舗増えたかわからないくらい、市街でよく見かける。
うちの近所にもできた。
つい、お気に入りのZINGER BURGER を食べた。
食べたあとは、若干胃がもたれるのだが、たまに食べたくなるジャンクである。
1995年、バンガロールやデリーに出店した当初は、宗教団体やら市民団体の反発をくらって、大半が閉店したらしい。
2005年に再び進出開始し、以来、好意的に受け入れられているようで、今や「破竹の勢い」な成長ぶりだ。
短い間に、インドでは、さまざまが移り変わっているのだということをしみじみと感じつつ。
インド発、元気なキレイを目指す日々(第二の坂田ブログ)(←Click)
■クリスマスバザール&ハードロックカフェ
■メトロ工事とMacBookAirとジャズと。
■インドにもクリスマス! 新車発表会
■サリー巡る午、多国籍の宵
■南インド料理と、スパイシーな午後。
■残り物でもおいしい一日。
■蓮華と寝間着とターバンと慈善パーティ