クリケット。多様性の極みなインドを、インドの人々の多くを、一斉に盛り上がらせることのできる、多分、唯一の存在。
つい先月、4年に一度のワールドカップでインドは28年ぶりに優勝し、派手に盛り上がったことは記した。さて、その直後の今月より、今度は国内リーグのIPLが開催されている。
このIPL(インディアン・プレミア・リーグ)は数年前に始まったばかりの、娯楽性の高いもので、通常の試合形式よりもぐっと短時間。3時間前後かと思う。
加えてユニフォームも米国のNFL的派手さ。白人女子を招聘してのチアリーダーにしても然り。初年度開催時は、チアリーダーの「生脚ミニスカート」が物議を醸した。
コンサバティブなチームのチアリーダーは、ミニスカートにスパッツ(レギンス)という野暮ったいファッションにて、応援を繰り広げている。
さて、このIPL。バンガロールのチームは、地元のビール/航空会社であるキングフィッシャー (UB Group)がスポンサーのロイヤル・チャレンジャーズ。
土曜日、このロイヤル・チャレンジャーズと、超人気ボリウッド俳優であるところのシャールク・カーンがスポンサーとなっているコルカタのナイト・ライダーズの試合が、バンガロールスタジアムで開催された。
夫からの熱い要望により、わたしも初めて、クリケットの試合を見にスタジアムへ挑んだのであった。「これが、最初で最後だからね!」の条件のもとに。
■プロリーグ誕生クリケット。でもやはり、インドなのだ。(←Click!)
※2008年、IPLが初めて開幕されたときの記録。
試合の数日前に夫が購入したチケット。ぎりぎりで残席が少なかったせいなのか、高い! 1枚7000円超。たいして、というか少しもクリケット・ファンではないわたしが行っていいのか、という気分だ。
さて、いつだって「時間ギリギリで出発」の夫が、やたらと急かす。会場までは30分。3時に出れば十分に間に合うと言うのに、「2時半に家を出る」と主張する。
別に開幕式などのイヴェントがあるわけでもなさそうなのだが、一瞬たりとも、見逃したくないらしい。試合時間、長いのに。
さて、スタジアムの周辺は大渋滞につき、ゲートまで歩く。途中は「縁日」のごとき賑わい。物売りもあちこちに見られ、みな、ロイヤル・チャレンジャーズの旗やらTシャツやらをどしどし買い求めている。
入り口にはポリスがたむろしている。
セキュリティチェックで、カメラや男性のバッグの持ち込み禁止を言い渡される。
チケットの裏面に、超極小フォントで注意書きが書かれているらしいが、読めん! 見えん!
実は長期戦にそなえて「おにぎり」などを作り、弁当箱入りランチを夫に持たせていた。
カメラも、見とがめられた。
「それらは持ち込めません!」の一点張り。そんなあぁぁぁ。
セキュリティが他の客に気をとられている間に……。
ダッシュ!!!
複数のセキュリティを無事に突破して、なんとかシートへ。観客たちがすでに、盛り上がっている。カメラで写真を撮り合っている。
ほらね。カメラ持ち込み禁止とか言いつつ、みんなどこかに潜ませているんだってば。と、自分の悪行を肯定する我。
左上写真の左側のカップル。男性はコルカタのハチマキを、女性はバンガロールのハチマキをしている。それぞれの出身地が異なるのであろうか。
さて、ついには選手たちの入場。そらもう、あっちこっちで旗が振り回され、激しい盛り上がり。頼む、後ろの人、わたしの頭の上で、バサバサたなびかせるの、やめて。
さて、試合というのは、非常に唐突に、始まる。そして、ルールを今ひとつわかっていないわたしは、盛り上がりのタイミングをつかめない。
ちょっとよそ見をしようものなら、突然、観衆が沸き立ち、一堂が立ち上がる。
普段は、極力、余分な動きをセーブするタイプのマイハニーも、いちいち立ち上がって歓声を上げている。びっくりだ。ハニーの背後の、モヒカンのかつらを被ったおじさんにも、びっくりだ。
★
夫にしつこく誘われて来たとはいえ、スタジアムに入った瞬間、「来てよかった」と思った。当然ながら、テレビで見るのとスタジアムで見るのは、その迫力が違う。
あれは20歳の時。初めての米国で、初めての大リーグの試合を見に行ったときのこと。あれはロサンゼルスのドジャーズ・スタジアムだった。
父が野球をしていたこともあり、またわたし自身も野球の観戦は好きだったこともあり、あのスタジアムでの経験は忘れられない。
ネットの張られていない、見通しのよい広大なスタジアム。まばゆい照明。鮮やかなグリーン。スタジアムの観客が一体になって盛り上がるウェーブ……。
米国に住んでいたころは、バスケットボールの試合も見に行ったし(マイケル・ジョーダンのプレイも見た)、ボルティモアのスタジアムにも行った。
スタジアムの独特の楽しさ。バドワイザーのおいしさ……懐かしい。などと、米国での観戦を偲んでいる場合ではない。
★
フィールドを目前にしてはじめて、テレビではまったくわからなかった距離感がつかめた。想像して以上に、「ちまちましていない」ということにも。
それはそうと、コルカタが先攻なのだが、いつまでたっても交替しない。いつになったら交替するのか、と非常に基本的な質問を夫に投げかけたところ、交替は一度しかないとのこと。
つまり、延々と先攻、延々と後攻で終わり、とのことらしい。
ベースボールの原型となったスポーツらしいが、そのあたり、全然違うようである。
さて、集中して見ているうちにも、得点の方法などが理解できるようになった。バットを肌身離さず持って走り続けねばならない感じがまた、ベースボールとは違って奇妙にみえる。
さらには、審判の立っている場所が、ボウラー(ピッチャー)にとって非常に「邪魔くさい位置」に見えるのも気にかかる。
などと、試合の運びとは関係ないところで、地道に学んでいたところ……。懸念していた雨が降り出した。
ここ数日のバンガロール。雨期にはまだ早いのに、まるで雨期のように、夕刻になるとスコールのような激しい雨が降るのだ。雨が降ったら試合中止なのかしら……と思っていたら……。
スタジアムの隅から、するすると大きなビニルシートが引っ張り出されるではないか。
さすが、人手過剰のインド。労働力な男性が、一斉に走り出す。
まるで訓練を重ねたかのような足並みの揃い方にびっくり。
同時に小さめのブルーシートも。
なにやらパフォーマンスを見ているようで、かなり楽しい。
シルク・ドゥ・ソレイユ の「O(オー)」ですか? って感じ。
中央の「大切なエリア」には、まず青いシートが敷かれ、その上に、大きなシートが被せられる。
雨水がこぼれないように、真ん中あたりをきっちりと閉じたりしている。
その几帳面な感じが、インド的じゃなさすぎて、意外!
意外すぎて、おもしろい!
むしろクリケットの試合よりもおもしろい!!
さらに大きなシートが運び込まれ、より広いエリアをカヴァーする。
そのうちにも、雨足は強くなり、大粒の雨が大地を叩く。
この雨、すぐにやむとは思えないのだが……。わたしたちはどれくらい、待つのですか?
それにしてもだ。これほどまでに降り続ける雨。ビニルシートの上にはたっぷりの雨水がたまるはずで、その水をいったいどうするつもりなのだろう。
それが気になって仕方ないが、気にしても仕方ない。持参していたおにぎりと卵焼きを食べたりしつつ、周辺の様子を観察。
どう考えても1時間は待つことになるだろう。
こんなこともあろうかと、書き上げた原稿の校正紙を持って来ていたのだが、文字校正など、ものの10分で終了してしまう。
ああ。本でも持って来ておけばよかった。
お手洗いへ行こうと、ホールに下りると、そこはいきなり、ティータイムの世界。サモサやチャイ、ミルクコーヒーが無料でふるまわれている。
みな、たいへんな勢いで、もぐもぐと食べている。こんなところでも、陶器のカップにソーサー付きのチャイ(もしくはコーヒー)というのが、英国の伝統を引き継ぐインドらしくて、おもしろい。
それは同時に、ゴミを出さないエコロジカルなライフでもある。
右上写真、恭しく立ち飲む少年がまた、キュート。
よくよく見てみると、ローラーの部分がスポンジになっているようだ。
スポンジ部分で雨水を吸わせるらしい。
スポンジボブ、と呼ばせてもらおう。
スポンジボブは、ゆるゆるのろのろとシートの表面を移動する。
3台しかないのがじれったい。せめて5台はほしい。きちんと並んで作業して欲しい。それはそうと、吸い取った水はどう処理するのかがまた気になる。
……と、ひとりのおじさんがおもむろに、ツルハシのようなもので地面を掘り始めた。
そこには、排水溝があるらしい。しかも「吸引力」があるらしい。
スポンジボブにホースをつないで、排水している。
それを何度も繰り返している。
見ている分には興味深いが、しかし、この作業、いつまで続くのですか?
雨水を巻き込みながら、じわじわとシートをスライドさせてゆく。
なるほど!
これまた感心させられる。
意地でもクリケットの試合を続行させるぞ!
のために考え尽くされた作戦に見える。
大急ぎで駆け寄るリーダーらしきおじさん。
スポンジボブが2、3往復しようものなら、すっかりきれいになりました。
いつはこのあと、再び雨が降り出して、再びシートが敷き詰められたのだ。
でもって、同じ作業を繰り返し、ようやく始まるか!
と思ったら、またしても小雨が降り始めて、シートが……。業を煮やす妻。苦虫をかみつぶしたような顔で状況を見守る夫。
「わたし、もう帰る!」
というところまで来たのだが……。
が、ここで帰るのも、やはり悔しい。もうちょい、我慢することにする。
MCが盛り上げようと、観客に「メキシカン・ウェーブ!」をやらせたりする。最初は盛り上がっていたものの、次第にノリが悪くなってゆく。
最初のころは、巨大モニターに映し出されるシャールク・カーンに歓声を上げたりしていたが、やはりだんだん、反応が鈍くなり、間違いなくだれている。
延々と待ち続けること2時間。日が暮れてようやく、雨雲は消えた。そしてついには、試合が再開されたのであった。
試合は短縮されるとのことだが、攻撃の途中に試合中断となったコルカタには、ずいぶん不利な気がする。そもそも、ロイヤル・チャレンジャーの応援一色の世界で闘っていること自体、お気の毒な感じなのに。
向かいの人に、写真など撮ってもらって、持て余す時間を過ごす。
先月ニューヨークのヴィクトリアズ・シークレットで購入したNY メッツのシャツ。
メッツのファンというわけではない。
むしろ、ヤンキーズが好き。
しかし、ヤンキーズのシャツの色がくすんだ濃紺で、それはそれでお洒落だったのだが、インドの空気には鮮やかブルーが似合うだろうと思い、こちらを選んだ。
だからって、クリケットの試合とどういう関係があるのかと問われれば、どうだろう。
★
さてさて、お待ちかね、ようやくロイヤル・チャレンジャーの攻撃だ。最初のバッツマン(バッター)は、背番号333。ジャマイカ人のクリス・ゲイル。
実は先週の試合をテレビで見ていた時、彼の豪快な打ちっぷりを見て感嘆し、彼を見られるならば……と今回試合を見に行くことに決めたのだった。
彼のダイナミックな打ちっぷりはもう見事!
選手によって、そのパワーに応じて、打ち方、攻め方があるようなのだが、彼の場合はもう、馬力。
来るボール、来るボール、次々に派手に打ちまくって、他の選手とは次元が異なるダイナミックさなのだ。彼がひとりで、どしどし得点する。
相手チームのボウラーも非常に有名で優秀な選手らしいが、打たれっぱなしである。
バッツマンが数回交替し、それぞれに特長のある打ち方で、攻撃して行く。
さて、あと6点を獲得すれば、バンガロールが勝利というところまで来た。バッツマンが大きく打球を伸ばし、6点獲得か?! というところで、惜しくもキャッチされてしまったのだが!
まだ試合、終わってないんですけど! 得点できなかったんですけど!!
もう、まじで腹立つ。なんでこう、仕切りが悪いかな。これって、国内挙げての試合よ。テレビでも中継されているのよ。
こういう段取りの悪さ、ほんと、いや。インドに何年住んでも、受け入れられん。
だいたいコルカタチームに気の毒やん。やる気、なくすやろ。まあ、最早コルカタチームも、そう気にしてはいないかもしれんけど。
そんな次第で、先の見えすぎた試合の流れでもって、ロイヤル・チャレンジャーの勝利!
これをテレビで見ていれば、かなりしらけた気分になっていたかもしれんが、しかしスタジアムの賑わいを目にすると、それはそれで気分が高揚する。
改めて、残り少ない花火が打ち上げられ、勝利を祝す。マイハニーも、やったらうれしそうである。
午後3時半から9時半まで。約6時間、スタジアムで過ごしたのであった。意外にさほど長いとは感じなかった自分に少々驚きつつ……。
いい経験をした、土曜の午後であった。
インド生活6年目にして、ようやく経験したクリケット観戦。思った以上に楽しかった。でも、もう、1回で十分だ。