■ダンブッラ Dambulla:スリランカンな朝食を、ほんの少し味わう。
さて、本日もまた、ダンブッラを拠点の旅。午前中はホテルから車で1時間半ほどの場所にある「ポロンナルワ」へ赴き、午後はダンブッラへ戻る途中、ルートをはずれたところにある「シギリヤ」へと赴く。いずれも古代遺跡だ。
他にも見どころはあるのだが、今回は、昨日の「ダンブッラの黄金寺院」も含め、ここを拠点に3カ所の観光に絞り込んだ。
ちなみにこの3カ所全てが、ユネスコ世界遺産に登録されている。
思えば今年は、インドのハンピにはじまり、スリランカでは、ダンブッラ、ポルンナルワ、シギリヤ、そしてシンハラジャ森林保護区、ゴール旧市街とその要塞群……と、すでに6カ所もの世界遺産を巡っている。
なんだか、それだけでもずいぶん贅沢な感じだ。
ホテルでは、さまざまなサーヴィスが用意されているが、すべてを振り切って、9時には出発だ。その前に、朝食はしっかりと味わう。
まずは爽やかなサワーソップジュースを味わう。美味なこのジュース、健康にもよさそうだな、と、先ほどインターネットで検索したら、摂取過剰はよくないとの情報が。
夫が食べようとしているのは、ホッパー(アッパ)と呼ばれる米粉を原料としたパンケーキ。原料からして、南インドのアッパムとそっくりだ。
ただし、これはエッグホッパーといって、目玉焼きが載ったヴァージョン。
後日、ゴールの街角のベーカリーで、このままの状態でパンと並んで売られているのを見て、ちょっと驚いた。
右上は参考資料としての、ケララ料理店@バンガロールのアッパム。
わたしはすでにワッフルを食べていたので、これを食べ損ねたのだが、夫は「おいしい!」と言いながら、喜んで食していた。
コラケンダ (Kola Kenda)と呼ばれる、スリランカでは一般的な朝粥らしい。
ジャガリ(無精製の滋味豊かな糖)を添えて食べるようなので、従ってみた。
比較的あっさりと、苦みなどもなく、たいへん健康によさそうな味わいだった。
素材が気になって調べてみたところ、これはゴツコラ (Gotu Kola)と呼ばれるセリ科の青菜が主原料のようだ。
そこで思い至るのが、旅の途中、あちこちの店で必ず出された青菜の冷菜。
あとから書こうと思ったが、取り敢えず書いておく。
マッルン (Mallun)と呼ばれる青菜のみじん切りのサラダ風のその料理。非常に気に入ったので、素材を知りたいと思っていた。
サイトで検索してみるに、さまざまな青菜を使うとあるが、わたしがおいしいと感じたのは、どうもこのゴツコラものだったようだ。
インドでは見かけたことがないのだが、産されてるとのことで、タミル語でヴァラライ (vallarai)とある。いっそ、庭で栽培してみたいくらいだ。
※追記:ゴツゴラ。ヒンディー語ではブラフミ (Brahmi)と呼ばれているようだ。アーユルヴェーダの生薬として数千年に亘り、使用されているらしい。薬効もあれこれとあるようで、益々、興味深い!
……と、料理の世界もまた興味深いスリランカ。インドと似て非なる世界が広がっていて、実に愉しい。
総じて、土地の料理を食べる機会が少なかった今回の旅だが、次回はローカルフード探検隊@スリランカをやってみたいものだ。
最初の目的地、ポロンナルワへと向かう。途中、観光客を乗せた象を見かけたりするが、いちいち止まっていては目的地に着かないので通過。
右上の写真。無地のトラックが新鮮。インドでは決して見かけることのない車体だ。
なにしろインドのトラックはといえば、色とりどりの花やらクジャクなど、花鳥風月なモチーフでペイントされているのが一般的。フロントのあたりに「目」が描かれているのもよく見かける。
更には、背後に、"HORN PLEASE" "HORN OK" など、「(追い越し時には)クラクション鳴らしてくれ」と乞う、わけのわからんコンセプトのペイントが施されていたりする。
見た目も状況も、すべてにおいて、うるさい。
この相違の一因に、ヒンドゥー教と仏教の違いも関係しているのだろうか、とも感じる。
さまざまな神。かなり「ナンセンス?」とも思える神話に基づいてひらかれる世界観。ケイオス(混沌)、多様性が日常。
なにごとにも、ごちゃごちゃとしていて濃く、一筋縄では掴めず、ひと言では表現できないインド。
その人口が50分の1と少ないとはいえ、これほど近い国なのに、整然と、淡々としている風景が広がるスリランカ。
どちらがよい、悪い、というわけではない。その違いにただ、感嘆させられるのだ。
今日もまた、あちこちで仏像を目にしつつのドライヴ。途中でキング・ココナツ売りを見つけて休憩だ。水を飲むよりココナツウォーター。今回の旅ではお世話になりそうな予感、なのである。
飲み干したあとのココナツは、店の人に割ってもらう。内側のゼリー状の部分を食するのだ。
この若いココナツの時点では、風味も浅く、味もさほどない。
ココナツが乾燥して硬くなり、やがて茶色っぽく変化したころ、繊維が表面に現れ、割ればこのゼリー部分がシャリシャリとしたココナツの繊維と化するわけだ。
シャリシャリと削り落としたものは料理に使われる。また、水で溶いて絞れば、ココナツミルクとなる。ちなみに亀の子タワシは、シュロの他にも、ヤシの繊維が使われているらしい。
道中、ドライヴァーが「イグアナなポイント」で車を止める。川辺に2匹の大きなイグアナ。お兄さんが待機していて、魚を餌にイグアナを路肩におびきよせ、観光客に見せるというもの。
しょうもな。
と思いつつも、ついつい車を降りて、見入る。で、50ルピー(約35円)を請求されるのであった。
ところでイグアナはシッポが強烈にパワフルらしい。ぶっとばされるらしいので、いたずらに刺激しないように。
牛の歩く光景は、インドでも日常。しかし、路肩のきれいさに、目を奪われる。インドじゃ、ごみが散乱してるからね。
路肩だけじゃなく、牛さえもきれいに見えるからなんともはや、だ。
■ポロンナルワ Polonnaruwa:灼熱地獄の遺跡巡り。無理。身体こわす。
そして、ポロンナルワ都市遺跡の拠点に到着。
ポロンナルワは、11~13世紀に栄えたシンハラ王朝の古都。先日訪問したハンピの都市遺跡と同様、広大なエリア内に、史跡が点在している。
あれこれと訪れたいところだが、さほど時間がないこともあり、絞り込んで数カ所を見学した。
結論を言うと、スリランカで最も涼しい時期であるにもかかわらず、日射が激しくて暑くて、見学意欲、途中で激減。
更に追い打ちをかけるのが「聖なる場所につき、靴をぬぎ、帽子をとれ」という指示。
靴はまだしも、帽子。炎天下の史跡内に入るのに、帽子を脱ぐのは、実に辛かった。
というわけで、遺跡そのものに興味のある方は、下記のリンク先をはじめ、ご自身で情報を検索されたい。
ここで説明していると、旅の記録が終わらなくなってしまうので、詳細は割愛する。
■ポロンナルワ/ウィキペディア (←Click!)
それぞれの遺跡の説明をしていると、これまたきりがないので、ともかく写真だけを、載せておく。
結果的に、都合4カ所の遺跡を巡ったのだが、先ほど、重大な見落としを発見してしまった。
デュラン・デュランが、1982年(30年前!)に発売したミュージックビデオ「Save a Prayer」の舞台が、スリランカだということを先ほどウィキペディアで知った。
早速、Youtubeで探して見たところ、30年前のスリランカのこの界隈がじゃんじゃか出てくる。ワンダフル!
最後のシーンで彼らが見上げる仏像。ここは、どこだ? とまたしても調べたところ……。ポロンナルワの遺跡のひとつじゃないの!!
ハイライトのひとつともいうべく、巨大な仏像を、我々は見落としていたのだ。
嗚呼。
でもあの暑さでは、あれ以上の時間をかけて、心を込めて観光する気にはならんかったやろうな、とも思う。
石の照り返しがすごいから、靴下なしではとても歩けんし。
それでもせっかくだから、間近で遺跡を見たいと思い、靴下を脱いでみるものの、紫外線アレルギーなわたしには、夜の皮膚炎発症が恐怖。
せめて帽子だけでも! と思うが……。
誰もいないところで、こっそりタオルで頭を覆おうものなら、ドライヴァー兼ガイドの激ヤセ清あらためサミートが、
「頭、隠してはだめ!」
「仏教に敬意を!」
と、こまめにうるさい。
敬意を払うもなんも、ここで熱射病になったらどうすんの。日射に我慢できん人は来るなってこと?
これじゃ、午後の巨岩登りもできなくなってしまう。
結局は、マイハニーの写真を撮るので精一杯。
さすが。暑い国のDNAを持つ男。いざというときは、暑さに強いらしい。
塀の陰から、ズームで撮影。この狛犬風とか、右の仏像とか、本当に味わい深くてよかったのだが……。
これが最も暑い4月とか5月だったら、間違いなく、脱水症状だろう。なんともはや、体力勝負な観光だ。せめて早朝、あるいは夕方にくるべきだと痛感。
このときすでに正午近かったので、太陽もかなり照りつけていたのだ。
このパゴタにも近づいてみたかったのだが、もう、疲労困憊だった。
そして目玉の見どころ、一枚岩を彫って作られた寝釈迦像などの巨大な石仏たち。デュランデュランのヴィデオを見ると、当時は屋根がない。屋根がない方が、正直なところ、迫力が感じられる。
近寄って間近でみるには、屋根付きが日陰となって助かるが、近寄る前から入り口の時点で靴を脱ぎ、帽子を取らねばならず、たどりつくまでが辛い。
思わずハンカチで頭を覆おうものなら、警備のおじさんからピピーッと笛を吹かれたりして。まじでハンカチでもだめなのね。
聖域だというのは本当によくわかる。無礼をはたらくつもりなど、毛頭ない。
でも、せめて身体に危険がない程度の防御は許してほしいものだ。
腕や顔などには日焼け止めをしっかり塗っていたので大丈夫だったが、夜、背中一面に、真っ赤に発疹が出てしまった。
「これくらい、大丈夫でしょ」と言っていた夫だが、背中を見て驚いていた。
シャツを通過して、UVアタックである。持参のアロエジェルが役に立った。
帰り際、警備のおじさんに声をかけた。「暑くて具合が悪くなる人はいないの?」と。
そしたら、「いますよ」とのこと。
このルールは観光庁が決めているので、要望があれば、観光庁に連絡をするように言われた。
これでは体力のない人や老人など、一発でダウンだと思うのだが。ってか、身体が弱っている人は、まず来ないか。木陰待機。ま、そういうことだな。
複雑に無念且つ消化不良の思いを抱きつつ、熱気むんむんに温められた車に乗り込んで、ランチへ赴く。
今回、アルヴィンドが持参しているガイドブック。かなり情報が綿密でよい。そのガイドブックに掲載されているレストランへ行くことにした。
■THE ROUGH GUIDE TO SRI LANKA (←Click!)
この店には、ブッフェとアラカルトがある。ブッフェはすべてスリランカ料理だったので、これはあれこれ試すことができる好機と判断し、ブッフェを選んだ。
オクラ、レンコン、ナス、フキ、カボチャ、タロイモ、豆、バナナの花、マンゴーなど、多彩な素材が用いられている。
アーユルヴェーダで勧められている調理法が反映されている気がする、またしても「薬膳的な料理」に感激する。
こんな普通に普通の店で、ヘルシー且つ美味な料理が味わえるとは。
インドと同じような調理法ながら、油脂を多用せず、塩分、スパイスを控えめに使用しているあたり、改めて、すばらしいと感じ入る。
■シギリヤ Sigiriya: 巨大な岩山に、蟻と化して、ちまちまと上る
ポロンナルワの灼熱観光で、すっかりご機嫌斜めな妻であったが、ランチで機嫌&元気を取り戻し、車に乗り込む。
遺跡観光の最後を飾るべく、シギリヤ・ロックへ。
高さ約200mの巨大な岩山。ライオン・ロックとも呼ばれている。スリランカのエアーズロック、といったところか。
一見すると普通の岩山だが、このてっぺんに、かつて宮殿があった。
紀元前400年代に歴史は遡る。実父である国王を殺害して王位を奪ったカシャパ王は、実弟の襲撃を逃れるべく、この岩山を拠点としたという。
この岩山のてっぺんで、王としての人生を満喫するべく、あらゆるインフラを完備。ここには当時から治水設備なども整っていたらしい。
そうまでしてまで、王位に固執する熱意が理解できん。
「いくら王宮だとはいっても、岩山から出られないなんて、つまんない人生だよね」
と妻が言えば、
「きれいな女性たちがたくさんいれば、いいんじゃない?」
と夫。はいはい。
そんな次第で、てっぺんにある宮殿跡をめざし、はりきって上るのだ。
■シギリヤ/ウィキペディア (←Click!)
陽が傾くと、風も軽くなり暑さがぐっとおさまる。平地では足取り軽く、歩けるというものだ。
ご機嫌に記念撮影などしあっているが、この直後、1,300超の階段が待っているのである。
見上げれば、迫りくる岩肌。見つめていると、後ろにひっくり返ってしまいそうである。
ともかくは、上れるところまで上って休憩。上れるところまで上って休憩。を繰り返す。
なるたけ膝に負担をかけないように上ったところ、思ったよりも楽であった。その後の筋肉痛もなかった。
階段が効率よく作られているのか、みるみるうちに、高みへ、高みへと、到達していく。たちまち、あたりの鬱蒼の森が見渡せる。
写真では本当に伝わらないと思うが、中盤にも関わらず、うひゃ〜っと叫びたいような絶景だ。
途中、壁画の残された洞窟がある。かつては500体ほどの人物画があったとのことだが、現在は18体を残すのみとなっている。
ここから更に、階段を上る。アルヴィンドはといえば、壁画の洞窟が最終ポイントだと思い込んでいて、やたらじっくり観賞している。
「早く、次、行くよ!」
と言う妻に、
「え、まだあるの?」
あのさあ。ここまで来て、頂上まで上らんで、どうするよ。
わたしよりも資料をじっくりと読み込んでおり、随所、史実などの説明をしてくれるわりに、実践で「ボケ」を見せてくれる、相変わらずなマイハニーだ。
これこれ。このライオンの足の階段。自分、ここを見たいって言ってたやん。まあ、夫も少々、日射にやられていたのかもしれん。
このライオンの足下から、またしてもアリンコ状態で、一気に山頂へ続く階段を上る。
かなり強い風が吹き付けていて、見下ろせば、足がすくむような光景だ。鳥になって、飛びたい。
ここでパラグライダーとかやったら最高だろうな、と思う。わたしの場合、酔うけど。
そしてついには、てっぺんに到着! 360度、緑いっぱいの光景を見渡せる絶景だ。
かつてオーストラリアへ取材に行ったとき、エアーズロック(ウルル)の間近まで行ったが、のぼる時間がなく引き返したことがある。
あのときの雪辱を果たした気分だ。まあ、エアーズロックよりは低いけれど、周囲の光景は、断然、潤いがある。ともかくは、緑が豊か。そのひと言に尽きる。
この山頂では、太陽が沈むまでゆっくりと1時間以上も過ごした。
暗くなる前に下りなければならず、あまりゆっくりもしていられないのだが、すぐに立ち去るには惜しすぎる、それは風景であった。
観光客であふれていたライオンの足下も、帰り際には人も少なく、ゆっくりと眺め、写真を撮れた。
かくなる次第で、ダンブッラを拠点とするスリランカの「文化三角地帯 (The Cultural Triangle)」巡りも、幕を閉じるのだった。
ところで下記、例のデュラン・デュランのミュージックビデオ映像をはりつけておく。当時のポロンナルワやシギリヤの様子が写っている。特にシギリヤの上空写真はワンダフル。どうぞ、ご覧ください。
・シギリヤ上空 (2:25~)
・ポロンナルワ都市遺跡 (4:00~)
・ポロンナルワで見逃した仏像、ランカティラカ (5:37~)
★4:11あたりで、僧侶が団扇で日差しをよけている映像が! 僧侶だって、暑いんだよね。と、妙にシンパシー。