■ヌワラエリヤ Nuwaraeliya: 清澄な空気に包まれて、のどかな森の道を散歩
窓から差し込むまばゆい朝日で目が覚める。
窓を開けば、清らかな空気が流れ込み、なんとも清々しい。朝食前に、ホテルが手配してくれるガイドのお兄さんに導かれ、近所の山道を1時間ほど、散策することにした。
ホテルの裏手からまわり、夕べ聞いていたオーガニックの野菜畑を抜けてゆく。瑞々しい野菜が植えられた畑。
山間の滝から流れ落ちる清流を受け止め、清らかな空気に育まれ、おいしく育つのは当然だなと思う。
生き生きとしたレタスの葉。ちぎって味見をしてみたくなる。してないけど。
近くにある学校の校庭。生徒たちが合掌をして、祈りを捧げている。
富裕層が暮らすという一戸建ての住居が、あちこちに点在する。どの家も、庭を美しく整えており、気持ちのよい光景だ。
山道をのぼり、滝のあたりまでを歩き、再び来た道を引き返す。ほんの短い距離の散歩ながらも、ずいぶんと気分がよいものであった。
散歩を終えてダイニングルームへ赴けば、数組のツアーグループが朝食を終えて出発したばかり。いいタイミングだとばかりに、静かに朝食をすませる。
スリランカの典型的な朝食のひとつだというパンケーキ状の食べ物を試してみたところ、びっくりするほど辛い。見た目からは想像のつかない辛さに驚き、これは完食できず。
普通にトーストとスクランブルエッグなどを注文して味わう。
さて、ホテルをチェックアウトして、今日は更に南下した場所にあるシンハラジャ森林保護区を目指す。
旅の予定を立てていたとき、地図を見ながら「これはきついな」と思っていたのが、この日のルートだ。距離的にはさほどではないが、標高が高い。
山道続きの地形である。間でどこかで1泊すべきではと思っていた。
しかし、夫が問い合わせたところ、旅行会社の担当者は4、5時間でつくという。訝しく思いつつも、スリランカを知らぬわたしが追及するのもいかがなものか。
と思っていたのだが、ドライヴァーのサミートによれば、6時間かかるという。
6時間。まあ、日没前に到着するためにも、11時までに出発すればいいだろうとのことで、のんびりとホテルを出たのだった。
途中でイチゴ農園を見つけて、ジャムや、摘んだばかりのイチゴを買う。甘みと酸味がほどよい、おいしいイチゴを食べながら、車窓からの眺めを楽しむ。
それにしても、走れども、走れども、本当に緑麗しき光景が続く。スリランカに到着して以来、延々と、緑が絶えることなく視界に満ちあふれている。
途中、見晴らしのよいティーハウスに立ち寄り、夫が好きなグリーンティを購入。ついでに軽く1杯、セイロンティーを飲む。
ということに、夕刻には気づかされるのである。
これ以降、山道はいっそうのくねりをみせ、身体は左右に揺らされることしきり。
そもそも三半規管の弱いわたしである。
時折、頭痛と気持ち悪さがこみ上げてくる。
それにしても。山の斜面に連なり広がる、果てしない茶畑。ヌワラエリヤを出て、2時間、3時間、走れども走れども、茶畑は続くのである。
これほどまでに広大な茶畑。
狭い国土ながら、中国、インドに次ぐ世界3位茶葉の生産量を誇り(ケニアに次いで4位とのデータもあり)、輸出量に関しては世界第1位。
この国の一大産業に築き上げた、その背景に対して改めて、思いを馳せずにはいられない。
眺める人によってはこれは、絶望的なまでに無限の、空にまで届く緑の連なりであろう。
幾多の歴史に彩られて、紅茶。ときにしみじみと、大切に味わいたいものである。
■戦場にかける橋。今、目の前に広がっている、セピア色した懐かしき光景
午後3時ごろ、ようやく、ランチを食べるのに好適な場所に到達した。
Kithulgala Restaurant。ここもまた、ずいぶんと眺めのよい、渓流のそばのレストランだ。車酔いにつき、一瞬、食欲がなかったのだが、スリランカ料理のブッフェに、またしても触発され……。
それはそうと、この界隈。映画『戦場にかける橋』の舞台となった土地らしい。第二次世界大戦中の、日本軍と英国人捕虜を巡るこの映画。
本来の舞台はタイとビルマの国境付近にある捕虜収容所だが、実際の撮影はここで行われたのだとか。
それはそうと、ここはどのあたりなのだろう……
と、地図を見て愕然とする。
ヌワラエリヤから、ずいぶん西にある地点だ。
わたしはあれだけの山道を来たのだから、ストレートに南下しているのだろうと思っていた。
しかし、地図を見る限り、力一杯、迂回している。迂回して、3時間以上走ってこの地点。6時間あっても、絶対に到着は無理だ。
食事を前にして、満面の笑みを浮かべている場合ではないのである。
森林保護区に近いとあれば、街灯などもまばらに違いない。
だからこそ、目的地へは、なるたけ日暮前に到着したいと思っていたのだが……。
一抹の不安がよぎるものの、まあ、ここで心配しても仕方がないという話だ。
ただ、明日は早朝から森林保護区をトレッキング。
そのあとゴールへと旅立つゆえ、今、ここで疲れたくない。
ずっと車に乗り続けるのは、それはそれで疲れるもの。
なるたけ酔いを身体に残さぬよう、身体をゆさぶられないようにシートベルトをして、更なるドライヴに挑むのであった。
結論からいうと、本当に本当に、長いドライヴだった。
ドライヴァーは、何度か走ったことがあると言っていたが、初めてのルートではないかと思った。せめてあと何キロ程度か知りたいと思い尋ねると、
「必ず、ホテルまで届けるから、大丈夫です!」
「色々聞かれると、混乱します!」
と、声を荒げるのである。
そら、ホテルまで届けてもらわんことには。
それは当然として、あとどれくらいかくらいわからんと、おトイレ休憩だの、夕飯のタイミングだの、あれこれあるだろうという話だ。
それに、彼が言うほど、特になにも聞いていない。単に、「ホテルまで何キロくらいか」と聞いているのだ。わからなければ、土地の人に尋ねてくれ、と言ったまでである。
「あとどれくらいかくらいわからないと、トイレなども困るでしょ。あなたを責めているのではなくて、現状を知りたいだけです」
と言うと、彼も少々、冷静になり……。ふと、山道の途中で、
「マダム、今、トイレに行きますか?」
と言うが、この延々の、暗闇の夜道。行きたいと言ったところで、どこで? どこで用を足せと?
そらもう、ぎりぎりまで我慢するしかなかろうにという状況だ。
ドライヴァーを巡っては、わたしなりに、あれこれとあったのだが、それを記しているときりがないので、忘れよう。
■シンハラジャ Sinharaja: 疲労困憊! 超長時間ドライヴの果てに
ホテルまであと10kmという地点に到達したのが午後8時。時折の集落を除いては、あたりはもうまっくら。
知っている場所での8時なら気楽だが、知らない土地の暗闇の、先の見えない8時の、実に深夜ムードに満ちあふれていること。
折しも新月だかなんだかで、月明かりさえなく、漆黒の夜道である。
ようやく人里近づき、シンハラジャ森林保護区の入り口にさしかかり、そのそばに、今夜の宿であるエコロジカルなロッジ、「レインフォレスト・エッジ・ホテル」の入り口が見えた。
ほっとしたのも束の間、この直後に、それなりに大変な試練が待ち受けているのであった。
旅行代理店の人は、「今回の行程、一般の自動車でまったく問題ない」と言い切った。夫が何度も確認したにもかかわらず、だ。その上で、この車、それに今夜のロッジも手配してくれた。
ところが、ロッジへ向かう途中の山道がそらもう、難関であったのだ。
結論から言うと、ホテルまであと200メートル! 地点で車がスタック。山道に大きな石をごろごろと敷いて道を作っているのだが、その石に引っかかって、車高の低い車は身動きがとれなくなった。
車を降りてあれこれと検討するが、どうにも無理だ。
ホテルに電話をしようにも、携帯電話、圏外。物悲しい。
と、怖いほどにいいタイミングでやってきたオート(トゥクトゥク)。まずはわたしと夫がオートでロッジに赴き、そのあとホテルから車を出してもらうことにした。
激烈な山道を、オートに振り落とされそうになりながら、ようやく到着。
ところがロッジには、車はないという。
ここから先の約30分、実にいろいろなことがあったが、最早、忘れたい。
疲労も手伝って苛立つマルハン夫妻。疲れている時こそ、冷静に、感情を抑えて物事を対処すべきだ。と、日ごろから思っているのに、どうにもダメな、我々である。
結果的には、荷物をなんとかホテルまで運び入れ、チェックインを無事にすませたのだが、そのころにはすでに9時をまわっていた。
というか、ほとんどない。
庭を歩いて自分の部屋に行くにも、足下がおぼつかない暗さだ。
あたりの状況をほとんどつかめぬまま、部屋に入って灯りをつける。
思わず安堵して、ベッドに転がる夫。わたしとて、無駄に疲れた。さほど遅い時間だというわけでもないのに、すでにミッドナイトな感じ。
もう、明日のトレッキング、やめる?
な気分である。しかしここで森を歩かずしてどうする。我々は、必ずや、早朝起床して、歩かねばならないのだ。
冷静に考えてみるに、そうまでしてまで、歩きたかったのか、森? という話である。
だいたい、ジャングルならインドにもあるじゃないか。カビニだのクールグなどでもすでに森歩きを楽しんできたではないか。
米国在住時も、あちこちの国立公園で、あちこちのトレッキングをやってきた。
なにもこの短いスリランカ旅で、ここへ来なくてもよかったのでは? わたしたち、そこまで森ファンだっけ? と、虚しい自問を繰り返すくらい、疲れきっていた。
疲れていても、腹は減る。いや、疲れているからこそ、腹は減る。すでに夜はふけ、しかしスタッフの青年らが甲斐甲斐しく、夕飯の準備を整えてくれる。
最初に出されたカボチャと豆のスープ。そのやさしい味わいに、一気に心がほぐれる。おいしい食べ物は、心を和ませてくれるというものだ。
スリランカに来て以来、程度の善し悪しはあれ、一食たりとも「この料理、まずっ!」という経験をしていないのは、実に幸運なことだ。
この中央の麺は、イディアッパ(ストリングホッパー)と呼ばれる米麺。ぶちぶちとちぎれるやわやわ麺ではあるが、これがカレーの汁気を適度に吸い取ってしっとりとなり、美味。
パコラ風の揚げ物のみ、ぱさぱさで今ひとつだったが、それ以外はどれも、やさしい味付けのおいしい料理だった。
料理を運んできた青年が、夫に話しかける。夫がインド人と知って、声をかけてきたのだ。
「あなたは、タミル語を話せますか?」
紅茶のエステートを案内してくれた女性と同様、夫がタミル語を話せるかどうか確認する。
言うまでもなく、彼はタミル人で、アーユルヴェーダの施術師の資格を持っているのだという。
「アーユルヴェーダの治療を受けに来る外国人は多いですよ。ドイツ、スイス、カナダ、オーストリアあたりの欧州人がメインです」
やがて、暗闇にも目が慣れた。
キャンドルが照らす料理、そして夫と彼の語り合う静かな表情を眺めながら、疲れきった脳裏で、よりどころのない遣る瀬なさを感じつつ、静かに、食後の紅茶を味わうのだった。
悲しき、熱帯。
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