※このラジャスターン旅の記録は、旅の途中に随時インスタグラムに発信してきたものを転載すると同時に、追記及び追加写真を添えてアップロードしています。
◎ラジャスターン州の旅、最初の目的地はジャイプル。今回の旅の契機は、我々夫婦が属するYPOというグローバル組織が主催するソーシャルイヴェントに参加することだった。インドを中心に、世界各国からメンバー200夫婦、約400名が一堂に会しての、3泊4日のプログラムだ。
せっかくだから、未踏のジャイサルメールやジョドプルにも訪れようと、今回は三都市周遊を企画した次第。
空港に着くなり、華やかな出迎え。ヴィンテージカーに乗り、まずは途中でブレックファスト。賑やかな楽隊の演奏、そして空から降り注ぐ薔薇の花びら(ラジコン仕掛け!)が歓迎してくれる。そしてホテルに到着すれば、並び迎える騎馬隊、象、レッドカーペットに再びの楽隊。マハラニ気分にさせられて、自ずと気分が高揚する。
普段の生活では味わうことのできない稀有な経験が待っている。楽しみだ。
◎プログラムが始まるのは夕方から。部屋で荷解きなどをしたあと、ホテルのダイニングでランチ。YPOバンガロールの親しい友人夫婦らも参加していて、格別に楽しい。ランチはラジャスターン料理ほか、さまざまなブッフェだったが、食べてみたいと思っていたジャイン(ジャイナ教徒)料理を試してみた。ライスに載った3種類がそれ。初めてのジャイン料理は、どれもマイルドでやさしい味。とても気に入った。
ジャイナ教は仏教と同じく約2500年前、インドに始まった宗教。信者こそ少ないものの確かな存在感がある。アヒンサー(非暴力)の厳守をはじめ、徹底的な苦行、禁欲、そして不殺生などを掲げている。故に食事は、生き物を食さないばかりか、根菜類も一切、使わない。根菜類の栽培や収穫時に、虫などの生き物を殺してしまう可能性があるほか、植物の生命の源となる「根」を食しないという考えもあるようだ。
ところでジャイプルは宝石の街としても有名。ホテル内にはイヴェントに際して、いくつものファッションブランドが仮設の店舗を出している。目も眩まんばかりの豪奢なジュエリー。ちなみにこれら、ガラスではない。研磨されていないダイヤモンドだ。そして鏤められる貴石。この激しさがスタンダード、序の口だ。耳がちぎれそうなイヤリング、肩こりがひどくなりそうなネックレス。ドレスアップするのも体力勝負である。
右下写真は、夜のオープニングパーティーに向けて、フットマッサージを受ける女子ら。
◎YPOラジャスターン支部の企画で実施されたRose Amerと名付けられた今回のイヴェント。グローバルに活躍する多彩なゲストスピーカーらによるプレゼンテーションを皮切りに、プログラムは始まった。詳細をあれこれ綴りたくなるほど、秀でた人々のインパクトのある話。世界は広い。
伝統芸能のパフォーマンス、そしてディナーにダンスと、響宴は続く。人々が盛り上がって踊る最中、途中で撤退。12時を過ぎてなお、音楽鳴り響く。ホテルは貸し切りだとはいえ……。インドの人々は本当にタフ。特に北インドは、結婚式もまさにこんな感じで夜更けまで飲み食い踊りが続くのだ。みんな、明日の朝は早いんだから、そろそろ寝ようよ。
◎夜遅くまで飲んで食べて踊っていた人々だが、朝9時にはロビーに集合。本日のドレスコードは「白」ということで、見た目、爽やかな面々。本日のプログラムは、ジャイプルの街を見下ろすジャイガル城 (Jaigarh Fort) を貸し切りでの開催ということで、ホテルから移動、30分ほどのドライヴを経て丘の上へ。
1876年、ヴィクトリア女王の息子であるアルバート王子がこの地を訪れた際、市街の建物をピンク色に塗って歓待したのを契機に、ジャイプルでは建物にピンク色の塗装が施されるようになり、「ピンク・シティー」と呼ばれている。故に、会場はピンク色。
午前中は数名のスピーチが行われたが、最も印象的だったのは、インド国軍の元帥、General Bopin Rewatによるもの。彼が登壇するなり、会場は一斉に起立する。
元帥は、国家の安全、国防に関する話題を非常にわかりやすく理論的に語ってくれる。現在インドでは、戦車や兵器など、軍装備品のうち60%は輸入に頼っている。それを将来的には(一朝一夕にはいかないことは承知で)、すべてMake in Indiaに移行すべく、ミリタリー、アカデミー、そしてインダストリーの連携を強調。YPOメンバーに向けても、国家安全保障に関わる協力を仰ぐ。話し方、立ち居振る舞いもスマートに、見惚れる紳士であった。
◎ジャイプルといえば、世界遺産に指定されているアンベール城。12年前にジャイプルを訪れたときに、象に揺られて入場したことを、つい最近のことのように思い出す。そのアンベール城の全容が、ここからは見下ろせる。抜群の景観だ。
◎ランチを挟んで、午後はテーマ別のセッション。城塞の中にいくつものテントが張られ、オープンハウスのカジュアルな雰囲気。わたしは「Women in Leadership」に参加したものの、夫が「Investing Together」という投資のテーマのスピーカーなので、様子を見に行く。
参加者が「非常にためになる、いい話でしたよ」と異口同音に褒めてくれるので、妻としては、とてもうれしい。
わたしが夫とニューヨークで初めて出会った時、彼はMITを卒業後、マンハッタンのマッケンジー&カンパニー(日本ではマッキンゼー&カンパニーと呼ばれる)に勤務していた。この会社は、日本でもコンサルティング会社として知られているので、職種がわかりやすい。
しかし、彼がその後、MBAを卒業し、ヴェンチャーキャピタル・ファームに就職したときには、日本の人に職種を理解してもらうのは困難だった。インド人と聞けば「IT業界?」と尋ねられるのが常。ゆえに簡潔に「投資関係です」と答えるようになって久しい。
Venture Capital Firm。Farm(農場)ではなくFirm(会社)。
日本人に、「ヴェンチャーキャピタル・ファームに勤めている」といった日には、「農業関係の仕事の立ち上げ?」などと思われてしまう。ヴェンチャーと聞けば、「ヴェンチャー企業(スモールビジネス)」だと認識されるのが一般的。「ヴェンチャー企業」とは和製英語であり、海外では通じない。スタートアップの定義にしても然り。日本においては、言葉が先行して、実態が伴っていないケースが少なくないように思える。
なお夫は現在、プライヴェート・エクイティ投資家であるが、ヴェンチャーキャピタルとは投資の対象、タイミングなど投資手法が異なる。これもまたややこしいので「投資関係」でまとめている。
◎ボリウッドの超人気俳優、シャー・ルク・カーンがトークに登壇。彼がインドにおいてどれほどすさまじい人気があるかということについては、説明を割愛する。
会場には、彼が登壇する数十分前から、女性たちが前方の席を陣取り始める。それまでとは空気が一転し、居合わせた女性約200名の目が、すでに♥だ。
彼が登場するや否や、沸き上がる歓声!
ウィットに富み、非常に知的でハートフルなトークのあと、質疑応答も盛り上がり。最後の質問者(女性)が、質問ではなく、「わたしを女優に見立てて愛の告白をしてください」と言ったら、音楽を流すようにリクエストして、彼女と手を取り、踊ってくれるという大サーヴィス。他の女性らはジェラシーの大合唱! そのあとの写真撮影タイムはもう、みんな我先にのすさまじさ。
親しい友人のディッキー(チベット系インド人)とシュルティに手を引っ張られ、わたしもぐいぐいと前に出る。「日本から来ました!」と言って、握手までしてもらう。ディッキーに向かって「君も日本から?」と声をかけてくれるスィートさ。「いいえ、わたしはチベットです」「わたしはマイソールからです」などと、みんなして、子供のような対応をしてしまう。
女性だけではなく、男性にも大人気。ただ、その存在を見せるだけで、一瞬にして大勢の心を奪い、高揚させ、力を沸かせてくれる存在感のすごさを、まざまざと見せつけられた思いだ。
スターは、すごい。
★世界最大規模の義足工場 (NGO)、ジャイプル・フットを見学の有意義
◎今日の午前中は、いくつか用意されたツアーの中から、希望するものを選んで参加。パレスの修復建築見学、ジャイプル陶芸の絵付け体験、Forest Essentialsの香水調合レッスン……といくつもの魅力的な企画があるなか、わたしは出発前から、Jaipur Footの見学を希望していた。
今回のイヴェント参加者約400名。うちJaipur Footの参加希望者は4名! うち集合場所に現れたのはわたし一人! 一人でも催行してくれるということで問題はなかったが、今回、親しくなったマレーシア人のエリサ(ゲストスピーカーだった "500 Startups” のカイリーの妻)が、どれに参加しようか迷っていたので誘ったところ、強い関心を示し、同行することに。
案内してくれたのは、YPOのジャイプール支部のメンバーで、ドクターのアニタ。ジャイプル市街にあるJaipur Footは、1975年、D.R.メータ氏によって創設された「義足作り」のNGOで、世界最大規模を誇る。
世界各地を行脚するメータ氏の熱意と行動力、そして口コミの影響で、国内外からの寄付や支援が募られている。結果、超廉価で膨大な数の義足を、貧困層の人々に無償で提供している。創設当初は決して快適とは言えぬクオリティだったが、米スタンフォード、米MIT、そして印IITなどの協力により、世界最先端の技術が導入され(作業現場は前時代的にしかみえないのだが)、品質も向上。1975年はわずか年間59足からスタートしたが、昨年は年間8万5000足を超えた。
以下、特筆すべき事項を箇条書きにしておく。
◎主には超貧困層が対象。
◎義足代はすべて無料。
◎世界各国から購入者を受け入れる。
◎数年に一度のメンテナンスが必要。ゆえに海外在住者には1度に2セットを提供。
◎アフガニスタンやバングラデシュなど海外約30カ国のキャンプに義足提供。
◎インドの義足利用者の半数以上が鉄道事故による負傷。
◎アポイントメント不要。いつ訪れても受け入れられる。
◎到着した日に足型をとる。24時間後に義足完成。
◎到着した翌日に装着、歩行練習をする。
◎米国では120万ドル(約120万円)で売られている義足を、わずか50ドル(5000円)程度で製造している!!!
工場内を見学したあと、創始者のメータ氏に話を聞く。ご本人のエピソードに加え、マハトマ・ガンディやシュバイツアー博士の言葉に感銘を受けたという、その言葉を教えてくれる。強く心を動かされる。
義足使用で自由に動き働く人を目の当たりにし、また、1年ぶりに自力で歩き始めた女性の一歩に立ち会える機会を得た。胸が熱くなる。ここには到底書き尽くせぬが、本当にいい経験だった。
◎ランチは、さまざまなラジャスターンの料理があれこれと果てしなく楽しめるターリー。給仕が次々に現れて目が回る。今回の旅を通して、インドの人々が、いかに飲み食いが好きかということを痛感している。
◎2泊3日のプログラム、最後の会場は、ジャイプル・シティ・パレス。ロイヤルファミリーとともにエンターテインメントとディナーを楽しむというもの。
夫も仕立てたばかりの北インド的正装「バンダガラ・スーツ」(Bandhgala Suits) を着用。とてもお似合い。
わたしは8年ほど前にムンバイの老舗サリーショップ KARA NIKETANで「発掘」したパールシー刺繍のお気に入りサリーを。
この季節、夜は冷え込むラジャスターン。ストールも持参せねば、屋外でのイヴェントでは凍える。このサリーはどっしりと重量感があり、暖かくて一石二鳥だ。
麗しくライトアップされたパレスに心が高揚する。
★サドゥグルの講話にジョン・セカダのライヴ、ダンスパフォーマンス……
◎夕暮れのパレスに、参加者が三々五々、ホテルから集う。人々と語り合いつつのカクテルタイムのあとは、着席してのラーニング・セッション。マイソール拠点のIshaファインデーションのサドゥグル・ジャギ・ヴァスデヴ。日本にも活動拠点がある。わたしは2011年に東京で開かれた日印グローバルパートナーズサミットに参加した際、晩餐会でたまたま同じテーブルとなり、言葉を交わしたことがある。
彼のセッションのあとはパレスグラウンドの会場に移る。今回の催しのために来印したキューバ系米国人のミュージシャン、ジョン・セカダ。2曲をステージで披露したあと、参加者とともにディナーを楽しむ。たまたま我々の隣のテーブルだったので、挨拶をする。
ディナーが終わったあと、ダンス&ドリンクのエリアでも、2曲ほど披露してくれた。披露というよりは、参加者と一緒に歌う「カラオケ」状態である。彼の大ファンだという友人は、彼のそばにぴったりとくっついて、一緒に歌っている。たいそう幸せそうだ。それにしても、わずか4曲を歌うためにジャイプルまで。夫婦でジャイプル旅を楽しむとのことである。
★ジャイプルのロイヤルファミリーとの晩餐会。皇太后と同席の幸運
インドは約100年にも及ぶ英国統治時代を経て1947年、インド共和国という「一つの国」として独立(正確には印パ分離独立)した。では、英国統治時代及びそれ以前は一つの国だったのか、といえばそうではない。18世紀初頭にムガル帝国が分裂したのち、大小約600もの藩王国に分かれた。なお「マハラジャ」とはヒンドゥー教における藩王の称号。イスラム教のハイダラバード藩王だけは、ムガル帝国時代に由来するニザームと称していた。
ちなみに英国統治下、英国政府は「プリンス」と呼んでいたらしい。
インドの分離独立以降、マハラジャは実質的な権力を持たなくなったものの、ロイヤルファミリーとして一目置かれる存在であることには変わりない。ビジネスに長けたマハラジャも少なくない。パレスの一部をタージ・グループなどと提携してホテル化しているところもある。10年間の改修工事を経て誕生したハイダラバードのファラクヌーマパレスホテルは、わたしたちの大好きな場所でもある。
さて、このジャイプル・シティパレスは、一般に観光地として開放されているが、ロイヤルファミリーが暮らす住居でもある。
ディナーテーブルの着席は自由だったので、ステージに比較的近い場所を選んでいた。それぞれのテーブルにロイヤルファミリーの方々が二人ずつ、着座されることになっている。打ち上げ花火が轟く中、入場されるロイヤルファミリー。
我々のテーブルには、プリンセスの母君であるラジマタ (Rajmata)、即ち日本語で皇太后に相当する、現在のパレスで最も地位の高いお方がおかけになった。ラジマタ・パドミニ・デヴィ。しかも我々夫婦のお向かい、である。なんという幸運!
ご自身でブッフェへ向かわれ、料理を選び、我々とも普通にお話しになる。そもそもはヒマチャル・プラデーシュ州のプリンセスとして誕生され、1966年にジャイプールのマハラジャ、Sawai Bhawani Singhと婚姻された。気品に満ちてお美しく、ついつい見とれてしまう。
今、インドで物議を醸している映画、”Padmavati”の舞台でもあるラジャスターン。映画に関連する話題を周囲の人々とお話しになる。
「わたしの13歳になる孫息子は日本料理が大好きなの。デリーに行くと必ず日本料理を食べに行くのよ!」と、わたしに向かってもお心遣い。
「それでは、日本の家庭料理を作りに伺いましょうか?」といえば、周囲のメンバーらも日本料理が大好きだと口々に。
インドにおける日本料理のポテンシャルについては、移住前から思うところ多々あるのだが、今回の旅では改めて、認識することも多いがその話は割愛。
「お写真を撮らせていいただいてもいいですか?」と尋ねれば、「もちろんよ!」と手を握りながら、笑顔で答えてくれる。
「ジャイプルにいらしたときには、いつでも寄ってちょうだい。一緒にお茶でもいたしましょう」と、一度ならずも二度も、言葉をかけていただく。
「連絡は、ジャイプルパレス、マハラニで大丈夫」と、ずいぶんとご寛大である。
そばにいたプネからのメンバーは、携帯電話の番号をお尋ねしていた! 無論、メンバーの中には他の地域のロイヤルファミリーのメンバーも少なくないから、そういうことも臆せずできるのだろうが、わたしはもう、無理。普段は合掌しての挨拶などしないのに、やたらと合掌を繰り返してしまう。
アルヴィンドも、麗しきプリンセス、ディヤ・クマリとご一緒して幸せそう。
このイヴェントでは、わたしが唯一の日本人であることもあり、目立っていたように思う。更には、日本という国がインドと友好な関係を持っているからこそ、人々から好意的に接せられる。海外に出ると、個人としての坂田(マルハン)美穂ではなく、「日本人としての」という肩書きがつきまとう。
日本人として、凛とした態度で在ることも大切だということを、今回再認識するのだった。
ちなみにサリーは、各方面から褒められてうれしかった。
◎今回のラジャスターン旅の契機となったYPO南アジア地域の懇親イヴェント。稀有な出会いや学びに満ちた、非常に濃厚な滞在となった。創設されてまだ3年という若きラジャスターン支部の30名のメンバーとその伴侶らによるすばらしい企画によって、得難い経験をすることができた。感謝するばかりだ。
今日は予備日としてジャイプール観光でもしようかと思っていたが、結局はホテルのスパに行くなど、終日のんびりと過ごした。ジャイプールには以前も訪れたことがあるし(といっても12年前!)、ここは体調優先である。なにしろデリー滞在時から連日の睡眠不足。後半の旅に向けて、気持ちも切り替えたいところだ。
YPO (Young Presidents' Organization)とは、1950年に米国で誕生したグローバルなプラットフォームで、130カ国以上にて25,000人超の会員を擁する。企業のCEOやトップエグゼクティヴなど、若きビジネスリーダーが、ビジネスにとどまらぬ、家族や地域社会、業界、あるいは産業を牽引するに際しての、さまざまに有益な活動を行っている。
入会時には45歳以下であることが条件。アルヴィンド(夫)は、1年半前に、大学時代からの友人で、印ゴールドマンサックスのCEOのバンティの推薦を受け、諸々の審査を経てバンガロール支部のメンバーとなった。同時に妻も家族メンバーとなり、すべてのイヴェントに参加する資格を得る。ちなみに妻の年齢は問われない。メンバー本人が50歳を過ぎるとゴールド会員となることから、メンバーが全て若手というわけではない。
毎週のように勉強会やセミナー、著名人のレクチャーが企画され、メンバーは一定数のイヴェントに参加せねばならない義務がある。また今回のような旅が国内外を含め年間何度も企画される。他国のメンバーとの交流が図れるグローバル企画も多い。
多彩な企画やイヴェントがある中、YPOの特筆すべき存在意義は「フォーラム」と呼ばれるグループ活動だ。7〜8名のメンバーで構成されるもので、毎月1度集まり、定められたメソッドに従い、5時間ほどを共に過ごし、個々人の問題点などを報告し合い、解決策などを導き出す。
ここで話題になったことは、秘密厳守で家族にさえ口外が禁じられている。フォーラムのメンバーになるに際しては、フォーラムのルールを学ぶ勉強会に参加する。
企業のトップに立つ人間は、さまざまな壁に直面する。インドの場合はファミリービジネスも多く、家族間の軋轢も多い。四面楚歌の状況で、難題に立ち向かわねばならないリーダー達が、信頼できるフォーラムの友人らと相談をし、自己解決を導き出す時間を持つのは、非常に意義深い。夫もまた、フォーラムに参加するようになって、ビジネス面においての精神状態は、ずいぶん安定した気がする。
翻って伴侶にも、任意でフォーラムに参加できる。実はわたしも、半年前から参加している。チベット系インド人のディッキーに誘われ、彼女のフォーラムに入った。わたしを除くメンバー7名、それぞれにキャリア、あるいは社会貢献に専心する能動的で魅力のある女性たち。ショッピングをして着飾ってパーティに繰り出すばかりの、絵に描いたような富裕層の妻とは一線を画した、地に足の着いた人たちだったので、メンバーになることを決めた。生涯の友が、一度に7人もできたような塩梅だ。
わたしは、わたしのプリンシプルを。どんな場所に置かれても、足るを知り、身の丈にあった生き方を。
というわけで、明日からの旅はまた、新しい気持ちで、新たな視界を。
◎ジャイプルといえば、ジュエリーの都。テキスタイルも有名だ。12年前に観光したとはいえ、訪れたいところはある。
今回はYPOのイヴェントに終始したが、またいつか来られることを願う。さて次の目的地はジャイサルメール。なんと美しい響きだろう。