まるで新婚さん。それはわたしたちのことである。新しい家の、新しい家財道具に囲まれ、新しいキッチンで、料理を作る。そこにいる相手は少しも「新」ではないのだが、「新」な気分になるのは相手以外のすべてが「新」であるゆえか。
日曜の午後、新婚さんな二人は、近所へ買い物へ出る。こうして一場面だけを切り取れば、緑豊かで美しいご近所に思えてしまうから罪作りだ。
お向かいのNATURE'S BASKETで食料品とワインを仕入れる。
「配達してもらえます?」
と頼めば、二つ返事で「ノープロブレム」。この場合のノープロブレムは、本当にノープロブレムのようである。ところでNATURE'S BASKETには、輸入品のシリアルしか置いておらず、それらは無駄に高い。
インド産ケロッグやgood earth (AVESTA GOOD EARTH FOODSというインド食品メーカー製) のシリアルでも十分に美味なので、それらを求めてローカルの「万屋(よろずや)的商店」まで歩く。シリアルのほか、インド産のスナック菓子(炒り豆)なども購入する。それらもまた、配達を頼む。
手ぶらで、しかし傘だけを持って、帰りしなアイスクリームを買う。Amul製のクルフィ。クルフィとはインドの代表的なアイスクリーム。インドの牛乳の濃厚な旨味が生きていて、卵なしだがコッテリとおいしいのだ。
カルダモンやサフランなどのスパイスの風味がほんのりと、ピスタチオなどのナッツのみじん切りも入っている。小さなサイズだが、濃厚なので少量で十分。
日曜の、雨上がりの夕暮れどきは、暑さも和らいで、行き交う車も人も少なく、あたりは束の間、平穏である。久しぶりに、ワシントンDC時代を思い出す。あの街に住んでいたころは、初夏のころ、初秋のころ、二人でよく近所を散歩したものだ。
米国を離れて以来、春夏秋冬がよくわからないまま、今は何月だったかしら? 何月と言われてもそれはそれで納得しそうな、曖昧な季節感。
ワシントンDCの、サマータイムが始まったばかりの日曜の、雷雨のあとの明るい夕暮れどきを、思い出しつつ。ナショナル・カセドラル。ダンバートン・オークス。ビショップスガーデンズ……。
あのころの心許なさが、遥か遠くから迫って来る。あの街に、久しく住んでいられなくて、インドに来たいと思った。そうして今、こうしてインドにいる。
インドに好きで来たけれど、インドが好きで来たわけではない。その、似ているようでまったく異なる動機。どうしてわざわざ、こんなところに。好きでもないのに、好きで来ただろう。でも今は、多分、かなり好きなんだろう。
窓の外の景色を見遣りながら、夕餉の支度に取りかかる。いつもしていることなのに、久しぶりにするような心持ちで。
日曜の夕方の寂寥感は、無口な光景に煽られて。写真は、「片隅の風景」(ワシントンDC時代)より。
今日は、ムンバイ北部郊外にお住まいの日本人の方々に誘われ、バンドラ地区へと赴いた。空港へ向かう途中の、ここからは車で1時間ほど。
尽きない光景を、車窓から眺めつつ。ところでムンバイでの移動手段は、目下タクシーである。バンガロール市街は排気ガスに満ちあふれているにも関わらず、オープンエアなオートリクショーしかないため、短距離でも「自動車」での移動が望まれる。
しかしムンバイダウンタウンは「流しのタクシー」を気軽に拾える。とはいえ、あの旧型小型なフィアット(黒と黄色のコンビネーション)。天井が低くて実に乗りにくいのだ。道路の凸凹に遭遇しようものなら、頭部を天井に打ち付けたりして危ないったらありゃしない。
「どうしてインドっていうのは、こうも実用性を考えないで変なものを普及させるのかね!」
と、初めて乗った数年前は、憤ったものだ。しかし、憤怒にかられつつ、頭部を手で守っているわたしの隣に座っているマイハニー(自称170センチ)は、「ミホ、何言ってるの?」とばかりに涼しい顔。わたしよりも4センチ背が高いというのに、天井まで、まだまだ距離がある。
も、もしかして、わたしの座高が、問題なのですか?
いやいや日本人にしては普通のつもりである。胴長短足というわけではない。はずだ。
ところが周囲のタクシーを見回してみるに、みな、天井から一定のスペースを保っているではないか。
そうだった。インド人とは、平均的に足が長いのであった。それも日本人に比べると、相当に長いのである。悔しいが仕方がない。
話がそれたが、フィアットはたまにシートが汚れていたり、先日などは雨の中を窓を開けて走っていたのか、乗った途端にジーンズのお尻が濡れてひどい目にあったし、だから冷房の効いている「ワンランク上」のクールキャブ(水色)に乗るか、時間契約でタクシーサーヴィスを利用するかしている。
それに加え、最近使い始めたのがMERUというラジオタクシー。日本で言うところの無線タクシーか。電話をかけると指定の場所に迎えに来てくれるのだ。メーター制だから明朗会計。ちょっとチップを払っても、クールキャブより安い場合もある。
そのMERUが新空港のオープンを機に、バンガロールにもつい最近、進出した。これがうまく使いこなせれば、今となっては月契約が不経済なタクシーレンタルを解約して、MERUだけでいけるかもしれない。
ちなみにMERUの電話番号は、ムンバイもバンガロールもそれぞれの市街局番のあとに、「4422-4422」である。お試しあれ。
ランチの会場は、ROYAL CHINAという人気のチャイニーズレストラン。インドで味わう点心としては、最も本格派で、とてもおいしかった。やはりムンバイは都会である。との思いを、またしても食を通して痛感するのだった。
我が家から近いFORTには本店があるので、今度はそこを訪れてみようと思う。
さて、日本人総勢6名でのランチ。うち二組はご夫婦での参加であった。みなさんそれぞれにインドでの生活を楽しんでいらっしゃるご様子で、お話も興味深かった。
そろそろムンバイでも「生活者として」、街を開拓しはじめるころ。折をみて、あちらこちらを探訪してみようと思う。