今日は長崎の原爆記念日。であると同時に夫アルヴィンドの誕生日である。マンハッタンのカフェで初めて出会ったあの七夕の夜はまだ23歳だった彼も、36歳の「いい大人」である。
今日は、雨の合間を縫うように、二人で近所を散歩した。途中、大雨が降り始めて、しばしBARISTA CAFEで雨宿り。BARISTAはイタリアのコーヒーメーカー、ラヴァッツァ (Lavazza) とタイアップして以来、メニューが2種類にわけられている。
わたしは従来のカフェラテで十分おいしいと思っていたので、値段が倍近くするラヴァッツァものを注文したことはなかった。
ところが今日、アルヴィンドが買って来たラヴァッツァのカフェラテを飲んで驚いた。かなり旨いのだ。かなり旨いが、インドの町中で1杯200円のカフェラテというのは、なんともはやである。
先進諸国に比べれば相当に安いが、しかし、BARISTA CAFEの真ん前で、1杯20円ほどのチャイが売られていることを思うと。
雨が上がって、外へ出る。少し蒸し暑いものの、気温は30度前後。風が心地よく、歩くことが苦にならない。海辺のこぢんまりとした遊歩道を歩く。椰子の木の向こうには、古びた漁船や淀んだ海。
「この景色、きれいなんだか汚いんだか、よくわからないね」
と言いながら、しかしそのあとは無口に、それぞれの思いに耽りながら、歩く。
わたしたちが出会って間もないころ、まだ付き合い始めてもいなかった彼の24歳の誕生日。その日のランチを、リンカーンセンターの向かい、ブロードウェイ沿いのイタリアンのテラスで共にとった。
冷えていたはずの白ワインの、しかしグラスの表面に雫を浮かばせて、瞬く間にぬるくなっていたあの日。
「ねえ、それで、アルヴィンドはいくつになったの?」
ボンゴレの、アサリの殻から身を取り外しながら、わたしは率直に尋ねた。
「当ててみて」
「うーん。27歳」
「ノー。それよりも下」
「えっ? じゃあ26」
「ノー」
「25」
「ノー」
「24」
「イエス!」
(えーっ、そんなに若かったの? 濃い顔だから年齢が判別できなかったよ!)
「じゃあ、ミホはいくつなの」
「当ててみて」
「27」
「ノー。それよりも上」
「28」
「ノー」
「29」
「もう一声!」
「30」
「イエス。でも今月末で31になるよ」
とまあ、こんな会話が持たれたのであった。まるでついこの間のことのようだ。食事を終えて、デザートを注文しようかという段になって、アルヴィンドは腕時計に目を落として慌てた。
「しまった! 僕、お姉さんを迎えにグランドセントラル駅に行かなきゃいけなかったんだ! ごめんなさい、今すぐ向かわなきゃ」
「大丈夫よ。今日はわたしがごちそうするから。お姉さんによろしく」
「ありがとう! ごちそうさまでした。じゃ、また連絡します!」
大慌てで店を飛び出し、ブロードウェイでイエローキャブをつかまえ、乗り込む彼の姿を見ながら苦笑したものだ。出会ったときから、アルヴィンドはこんな具合であった。今も全然変わっていない。これから先も、変わることはないだろう。
ところで義姉スジャータは、当時イエール大学のPh.Dに在籍しており、休みを利用して弟のところへ遊びに来ることになっていた。インドのIITを卒業した後、スタンフォードのPh.Dを経て、イエール大学で研究をしていたラグヴァン教授とスジャータは、イエール大学で出会ったのだった。
そんな記憶をたどりながら、マンハッタンの夏の匂いが、ふと鼻先を掠めたような気がしたが、しかしここはムンバイ。
湿っぽい海風と、人々の汗臭い匂いと、カラスの鳴き声とに包まれて、嗚呼、わたしたちは、こんなところで何やってんだか!
人生とは、つくづく訳の分からんものだ。
家に戻ったら、今日も今日とて元気に外出していたパパとウマが帰宅していた。
彼らからアルヴィンドへのプレゼントは、右上の写真、シャネルのパフューム。なかなかに爽やかで、いい香りである。そしてわたしからは、カジュアルなシャツを。
今朝はまた、電話やSMS(携帯電話のテキストメッセージ)でも、各方面から祝福を受けていたアルヴィンド。
バンガロールのスジャータやラグヴァンをはじめ、デリーの従兄弟、バンガロールのメイド、プレシラとその夫のアンソニー、それから日本の我が母からの電話。それに加えて、
「今朝は、キングフィッシャーエアラインとジェットエアウェイズ、それとHDFC銀行からもお祝いのSMSが届いたよ! カワイイネ!」
と喜ぶアルヴィンド。「カワイイのは自分やろ!」と、若干、突っ込みたくなる。
「カワイイ」の用法を間違っているような気がするが、もう面倒なのでそのままにしている。中でも日本の我が母からの電話はことさらうれしかったようで、二人通じない言語で2分ほど、会話をしていたようだ。
パパとウマがTaj Presidentで買って来てくれたバースデーケーキで、日の高いうちに誕生日を祝う。
チョコレートケーキを食べ、「合わんな」と思いながらもビールを飲み、何やら平和な午後である。
ところで下の写真のわたしであるが、首のあたりが白っぽい。
ということに、今写真を見て気がついた。
実は散歩から戻りしのち、シャワーを浴び、タルカムパウダーを力一杯つけ過ぎてしまった結果である。心霊写真ではない。
もっと肌になじませろよ、という話だ。ところでムンバイライフでは、タルカムパウダーは不可欠なのである。
タルカムパウダーとは、日本で言うところのシッカロール、天花粉、ベビーパウダーのことだ。インドには、サンダルウッド配合など天然素材系のタルカムパウダーが数多く出回っている。
わたしはBIOTIQUEのサンダルウッド系のパウダーを使っている。それからたまに、ナヴラトナオイル (NAVRATNA OIL)でおなじみHimani製のタルカム・パウダーも使う。これはつけるとスーッとする効果があって気持ちいい。香りはかなりきついけれど。
ちなみにバンガロールではほとんど使用することがない。ムンバイ地区限定使用である。
そんなパウダーの話はさておき、夕食はLING'S PAVILIONへ出かけた。本当は、ロメイシュとウマのリクエストによりTHAI PAVILIONに行きたくて予約をしたのだが、
「申し訳ありません。本日は予約がいっぱいで……。11時すぎならお席をお取りできます」
と言われた。誰が11時すぎに夕飯を食べるかよ! と他国なら突っ込まれそうだが、インドではありえるのだ。特に週末ともなれば。8時や9時の夕食は、「比較的はやい」とさえ判断される。身体に悪いったらありゃしない。
そんなわけで、THAI PAVILIONは明日の日曜、出かけることにして、LING'S PAVILIONへ赴いたのだった。ハレの日。カニを食べるしかなかろう。
店では兄のニニ・リンだけでなく、バンガロールの弟ババ・リンもいた。実は先週、バンガロールの南京酒家でババ・リンと顔を合わせていたのだった。
「あら、今週はムンバイにいらっしゃるんですね」
「来週は、デリーだよ」
ババ・リンの拠点は三都市のようである。重量感ある体格で、しかしフットワークは軽いようである。なんだか失礼なことを申し上げているようである。
毎度おなじみのシュガーケーン・プラウンにはじまり、前菜と野菜炒め、そしてクレイポットの野菜炊き込みご飯などを注文す。
カニは今回、ガーリック&チリソース風味を。茹でるのではなく一旦「揚げられた」らしきカニは、風味が濃厚で、ソースが軽くてもかなり味わい深い。
みな黙々と、完璧に平らげたのだった。
家族、愛妻に囲まれ、よきお誕生日であっただろう、我が夫よ。
36歳。「石の上にも3年@インド」もまもなくだ。
夫のより一層のステップアップを、妻は影となり日向となり、見守ってゆく所存である。