Eコマース界隈の急伸と、昔ながらの宅配サーヴィスの進化に伴い、食料品の調達が便利になった昨今。オンラインのスーパーマーケット、BigBasket.comを初めて利用したのは2014年。以来、内容は拡充し、試行錯誤を経て利便性は高まっている。とあるイヴェントで、CEO夫妻と話をしたことがあるが、そのコンセプトにも感銘を受けた。
今、読み返したら、興味深い内容だと再認識。このとき、日本のソフトバンク、孫正義氏が多大なる投資をしたことでも知られるインドの配車サーヴィス「Ola」のCEOの話も聞いた。参考までにシェアしておく。
◉経験を生かして「問題解決」を目指した結果。経験がないからこそ「リスク」を恐れなかった結果。(2019/02/08)
https://museindia.typepad.jp/2019/2019/02/bbola.html
冒頭から話が逸れた。
そのBigBasketが、COVID-19のロックダウン下で、新たなサーヴィスを開始した。スマートフォンにダウンロードしたアプリから注文できるBBdailyというもので、夜の10時までに注文したら、朝8時ごろまでに、玄関先まで配達してくれるというもの。最初は牛乳やヨーグルトなどの乳製品だけだったが、気づいたら、野菜に果物と次々に選択肢が増え、今や、スーパーマーケット状態。便利である。
さらには、以前も記した通り、週末はNamdhari’sが、店ごとアパートメント・コンプレックスまで来てくれる。Namdhari’sとは、2000年、スィク教徒によってバンガロールに創業されたヴェジタリアンの食材のみを扱うグローサリーストア。母体は野菜や果物の「種」の会社で、欧米、東南アジア、日本にも種子を輸出している。
バンガロール郊外にある自社の直営農場では、オーガニックではないものの、安全な野菜を生産。果物などは、海外からの輸入品も販売している。その他、穀物や乳製品、調味料、菓子類、日用消費財なども揃う。完全にヴェジタリアン向けのため、卵は置いていない。
このNamdhari’s、旧居には土曜日、新居には日曜日、店を開いてくれることから、外出せずとも気軽に購入できるのが便利。先ほど、フルーツ大好きな夫が、自ら買い物カゴを下げて購入してきた果物などを、きれいに洗って冷蔵庫に納めた。
ちなみに2枚目の加熱して食べる種のバナナは、数日前にBBdailyで購入していたもの。輪切りにして蒸して食べるのもおいしいが、今日は軽くバターで焼いてみた。するともう、これが旨味たっぷり、甘さのなかにほんのり酸味があり、極めておいしく出来上がった。このバナナでパンケーキを作るのもいいかもしれない。
BigBasketでは、商品の特徴や効能、調理法なども記されており、極めて実践的。このバナナはケララ州原産で、栄養価が非常に高く、妊婦さんやアスリートにもお勧めだという。ヴァイタミンC, B6やカリウムなどを含有し、免疫力を高め、骨を強し、消化を促進するなど、非常に「よさげ」だ。
マンゴーのシーズンはそろそろ終わるが、今はジャックフルーツもおいしい。黄色い実の部分だけが売られているが、全体像は巨大な緑色のトゲトゲした果実。友人宅の庭になっていた写真を発掘したので載せておく。
日本語では波羅蜜(パラミツ)と、仏教的な響きの名を持つこの果実もまた、栄養価が高くさまざまな効能がある。このまま食しても、独特の歯応えと甘味がおいしいが、チップスなども売られている。また、加熱調理し、惣菜として出されることもある。
そして今の時期、わたしが果実のなかで一番好きな「マンゴスティン」が食べられるのも幸せ。当たり外れはあるものの、わたしはマンゴーもさることながら、マンゴスティンが果物の女王だと思っている。
……と、果物ひとつをとっても、話が尽きぬ。新居の外庭の使い方をまだ考えていないのだが、やはり一部は果樹園にするべきか。ハーブ園にしたい、いや、日本庭園……? いやいやヤギや鶏を飼育したい……などと、未だに方向性が見えていないが、果樹園。いいかもしれない。
日本に住んでいた20代のころまでは、「ごはんと味噌汁」を食べずにいても、特に問題はなかった。むしろ日本料理を食べることの方が少なかったし、長期出張中なども、特に日本食が恋しくなることはなかった。
しかし、年を重ねるごとに、嗜好は変化する。それまで特に好きではなかった味噌汁を「おいしい」と感じるようになったのは30代後半になってからだった。40代でインドに移住してからは、簡単に手に入らないという現実も手伝ってか、日本米や味噌を重宝するようになった。
長い旅行の後、久しぶりに帰宅して用意するのは日本米と味噌汁。インド人の夫でさえも、「やっぱり、家のご飯は落ち着くねえ」などという。だいぶ、間違っている😅
我が夫のケースはさておき、年を重ねるにつけて、生まれ育った国の基本的な食事が、身体に合うことを実感するように思う。特に顕著なのは「病み上がり」。体調が悪いときの炊き立てご飯や味噌汁、あるいはおにぎりが、どれだけおいしいか。
さて。先に写真をご覧になった方は、一部、雑というかダイナミックな盛り付けに驚かれたかもしれぬ。新鮮な豆腐を手に入れにくいから、夫の好物でもある高野豆腐(大きいのを齧るのもおいしい)は常備。これらは最近の、朝食や昼食の写真だ。無論、毎日、日本米を炊くわけではないが、頻度は増えた。なお「谷藤米」は、インドで作られている日本米で、最近のお気に入りだ。
ミューズ・リンクス(坂田のビジネス部門)では、過去10年以上に、不定期ながらも多様なセミナー(インド・ライフスタイルセミナー)を実施している。中でも『インドでの食生活と健康管理』は、開催頻度も高く、最優先してきた。なお、文化や歴史、日印関係などを伝える「パラレルワールドが共在するインドを紐解く/必修編」は、ロックダウンのころ、オンラインで実施し、それを編集してYoutubeにアップロードしている。
それらも大切だが、インドに「暮らし働く」人たちには、何をおいても健康管理が最優先だ。元気でなければ、仕事どころか、生きていくことさえ辛い。
バンガロールの食生活は、10年前と比べると、雲泥の差で便利になり、選択肢も増えた。情報源を確保し工夫すれば、健康的な食生活を実現できる。しかし、日本の利便性を優先した食生活に馴染んでいる人にとっては、暮らしのハードルは高いようだ。
結果、日本から持ち込んだ大量のインスタント食品を常時、食べ続けることになる。かつてミューズ・クリエイションのメンバーには、折に触れて伝えてきた。「極力、新鮮な料理を作りましょう」と。料理の得手不得手はあるにせよ、最低限の自炊をするか否かで、ライフの質は大きく変わる。
日本での仕事を辞めて帯同した女性たちの中には、「専業主婦になる」ということ自体に違和感を覚える人が少なくなかった。家事や料理をすることにも抵抗感を覚える気持ちは、わからないでもない。
しかし。人生はチームワーク。異郷の地で就労できない以上、家族の命を健康に保つための食生活管理部門は、帯同の妻が担うのが賢明だと考える。タフな労働環境のもとで働く夫や、慣れない学校に通う子どもたちのためにも、滋養のある食事を作ることが、妻の重要なミッションだと思うのだ。
単身赴任者が体調を壊し、精神的にも参っている様子を、これまで無数、見てきた。諸悪の根源が「インド」のせいになっているが、いや、自分の心身を守るのは、自分の責任でもある。日本人の多くはハードワークで睡眠不足、ストレスを溜めがちだ。そして気軽に市販薬を飲みすぎる。……だめだ、話がどんどん長くなってくるので、一時停止。
最低でも、元気が出ない時こそ、「ご飯と味噌汁」を食べよう、という話である。インドでも、米や味噌は手に入る。味噌汁に野菜や卵を入れれば、一汁一菜、それで十分。インドはまた、米の種類も豊かな国。パサパサとした長粒米は、焼き飯やパエリア風など、炒めるとおいしさが際立つ。また北東インドのブラックライスは、もっちり餅米のようで味わいもよく、栄養価も高い。多めの水に長時間浸して、炊く必要があるが、お勧めだ。
このごろは、書き残したいテーマが多すぎて、日頃の食生活の記録がおざなりになっているので、「米と味噌汁」の記録写真をまとめて載せつつ、関連リンクも貼っておく。ちなみに、たまたまダイエット関連のことを書くために撮っておいたタンパク質豊富な鶏肉料理の写真も載せておく。インドの鶏肉は美味。骨つきの肉をスープにしつつ、一石二鳥な簡単料理についても、後日記そうと思う。
なお来月中旬、久々に『インドでの食生活と健康管理』のリアルなセミナーも実施する予定(@ヤラハンカ宅)。後日、詳細を告知する予定だが、関心のある方はあらかじめ、お知らせください。
◉ANNAPURNA ~マルハン家の食卓~(食の記録専用のブログ)
食生活の記録@インド/アンナプルナとは、サンスクリット語で「たくさんの食べ物を供する豊穣の女神」を意味する。
https://museindia.typepad.jp/eat
昨日は、女性の勉強会で出会ったMiraのご自宅に招かれた。昨年、彼女と初めて出会ったときのこと。わたしの方にまっすぐに歩み寄り、わたしの両手を取って、「わたしは、自分の前世のうち、いちどは日本人だったと確信しているの」と、彼女は言った。80代の彼女は、しかし凛と背筋を伸ばして身のこなしも軽やかだ。先日のジャパン・ハッバにも、ひとりで来訪された。
ウッタル・プラデーシュ州のラクナウが出身だという彼女だが、彼女の口からは、ご夫婦で日本を旅されたときのこと、日本での思い出話や数奇なご縁のお話が飛び出す。ご自宅の内装も、日本をはじめ、中国、韓国など、東アジアの家具調度品が配されていて、オリエンタルな雰囲気だ。昔、金沢で購入されたという屏風がひときわ上品に、日本の情趣を放っている。
女性の勉強会には、外国人駐在員夫人のメンバーも在籍しているが、主にはわたしよりも年上のインド人女性。それぞれにキャリアをお持ちの優秀な方々だ。普段は、スピーカーの話を聞くのが中心だということもあり、お互いのバックグラウンドの話を聞く機会は少ない。しかしながら、昨日のランチでは、9名が食卓を囲み、北インドの美味な家庭料理を味わいつつ、言葉を交わす。
日本へ訪れたことがある人も少なくない。我が夫の母方祖父と同じく、現パキスタンのラホール出身で、インド・パキスタン分離独立の際にデリーに移住したという女性もいる。夫の祖父が、分離独立後に決死の覚悟でラホールに戻り、残してきた資産を取り返してインド側に戻ってきた話などをしたら、驚嘆されていた。
夫の家族を巡る印パ独立時の歴史は、非常に興味深い。祖父の「007」的な決死の物語は、わたしもこれまで文字に残したり、人に伝えたりしてきたが、当時の状況や歴史的背景を知らない人に語っても、ほとんど響かない。
しかしながら、昨日は、わたしの話を聞いてくれたお二人が「なんと! それはすごい」「分離後に、ラホールに戻ったの?」「それはすごいことだわ」と実感を込めてコメントしてくれる。先達の話を聞くことは、自分が書物やネットを通して学んだことをリアルに検証できる場でもあり、非常に興味深い。家族の絆が強いインドはまた、ファミリービジネスも一般的。別のメンバーからは、義父が創業された重工業の話などをお聞きするなど、これまたインドの産業の一隅を知る上で面白い話を伺えた。
なんにつけても、インプットの多い日常だ。
*Miraの許可を得て、写真を投稿しています。
🇮🇳🇯🇵8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る家族の物語など。(超長編)
🌸Muse Creation celebrates its 11th anniversary. This is another milestone event.
(日本語は下部に)
This month marks the 11th anniversary of the founding of Muse Creation. Although the pandemic has forced me to change the activities from what we used to be, it has been an opportunity for Muse Creation to gain a new perspective. I am now starting to involve not only Japanese but also Indian people in our activities.
On Sunday, I attended a social impact event organised by YPO.
This involved inviting NGO representatives and philanthropists from Bangalore to speak with participants in a round-table discussion format.
Of the six participating organisations, three are organisations I know well.
Despite being a foreigner, my social contribution activities in India are quite rich. I have come to want to share my experiences not only with the Japanese but also with Indians.
I share here the transcript I read when I was given the opportunity to address the audience at the beginning of the event.
I met Arvind in New York in 1996 and moved to Bangalore in 2005. In the past, I was so preoccupied with building my career that I could not afford to look at social responsibility. However, my thinking changed soon after I moved to India. Poverty is unrelenting and eye-opening.
I wanted to know social realities, even if only a little, so I started visiting charitable organisations in 2007. I then set up an NGO called Muse Creation in 2012 and I have visited about 20 charities in Bangalore and Mumbai more than 80 times with Japanese members and their families.
Three of the six organisations represented today, Newark Mission, OBLF and Bangalore Hospice Trust, are organisations that I have visited many times over the past 10 years. The progress that each of these organisations has made over the past decade has amazed me with each visit.
The founders and most of the staff of the operation are very aware of their mission. They continue their mission without giving up.
At first I thought we are “givers” by donating money and playing with children, singing and dancing with their people. However, It was a misconception. We have been given, what we cannot see. I have learnt so much from visiting charities and witnessing their efforts that it is hard to put into words.
It is a life-enriching experience that money cannot buy. Muse Creation’s work has also helped me to develop an eye for Indian life and society. This is one of the reasons I have been able to continue this activity for so long.
Seeing is believing.
Normally, visiting the charities is a shortcut to a deeper understanding, but that is not easy. I think it is a very valuable opportunity to hear the voices of several contributors in one place.
I believe that this event is very meaningful for all of us.
I would like to thank to everyone who has visited today, and to the organizers. I hope that today will be the start of one.
Thank you.
◉First photo. I was happy to be sandwiched between "Auto Raja" and "Eat Raja". Auto Raja gave me the bouquet of roses. Thank you!
◉The six organisations that took part in this event are listed below. Also, Vendors, who provided the tasty food and yummy drinks, are cares about the environment and the society!
◉I have documented most of the activities I have been involved in since moving to India on my blog. The records of my visits to charitable organisations include the impressions of the members who accompanied me. All are precious memories.
https://museindia.typepad.jp/mss/
今月、ミューズ・クリエイションを創設して11周年を迎えた。パンデミックを挟んで、従来の活動内容とは変更を余儀なくされたが、それはミューズ・クリエイションにとって、新たな視座を得る契機になっている。日本人だけでなくインドの人たちも巻き込んでの活動も積極的に始めているところだ。
一昨日の日曜日は、YPOが主催するソーシャル・インパクトのイヴェントに参加した。バンガロールのNGO代表やフィランソロピストを招き、参加者と座談会形式で話を聞くというもの。6つの参加団体のうち、3つは、わたしがよく知る団体だ。
2007年から活動を続けて15年。異邦人とはいえ、わたしのインドでの経験は、かなり豊かになっていたことに気づく。日本人だけでなく、インドの人たちにも、それぞれの団体の実情を知ってもらえればと思う。
イヴェントの冒頭で挨拶をさせてもらったときに読んだ原稿を、ここにシェアする。
わたしは1996年にアルヴィンドとニューヨークで出会い、2005年にバンガロールへ移住した。かつてのわたしは、自分のキャリアの構築に精一杯で、社会貢献に思いを馳せることはなかった。しかしながら、インドに移住してまもなく、その考えは変わった。貧困を目の当たりにして、看過できなかった。
わたしは、社会問題の実態を少しでも知りたく、2007年に、地元との慈善団体訪問を開始した。2012年にはミューズ・クリエイション(NGO)を創設した。これまで、バンガロールとムンバイで、約20の慈善団体を、のべ80回以上、在留邦人およびその家族を伴い、訪れてきた。
本日参加されている6団体のうちニューアーク・ミッション、OBLF、バンガロール・ホスピス・トラストの3団体には、過去十数年の間に、何度も足を運んできた。それぞれの団体の、この間の発展には、訪れるたびに感銘を受けてきた。
創設者やスタッフ、運営に関わる人たちは、明確な使命を持っている。その使命を、間断なく遂行されている。
当初わたしは寄付をしたり、子どもたちと遊んだり、歌ったり踊ったりする自分たちを「与える側」だと考えていた。しかし、それは大いなる「思い違い」だということを、最初の訪問時に学んだ。わたしたちは、目に見えないものを与えられてきた。慈善団体を訪問するたびに、わたしは一言では書き尽くせないさまざまを学び、享受している。
これは、お金では決して買うことのできない、人生を豊かにする経験だ。ミューズ・クリエイションの活動を通して、わたしはまた、インドの暮らしや社会についても学ばされている。 これは、わたしがこの活動を長い間、続けられている理由のひとつだ。
百聞は一見にしかず。
本来であれば、慈善団体を訪問し、自ら経験することが肝要だと思う。しかし、それは簡単なことではない。今回、こうして異なる慈善団体の人たちと一度に言葉を交わす機会が得られたことは、意義深い。ここにいるすべての人にとって、示唆に富むイヴェントになることだろう。
関わるみなさまに感謝をお伝えすると同時に、今日のこのイヴェントが、一つの契機になればと願う。
◉1枚目の写真。オート・ラジャとイート・ラジャに挟まれてご満悦な我。オート・ラジャから赤い薔薇の花をいただいた。
◉インド移住後に、わたしが関わってきた活動については、その大半をブログに記録している。慈善団体訪問の記録は、同行したメンバーの感想も掲載。いずれも貴重な思い出だ。
◉今回、参加した6団体は以下の通り。また、飲食物を提供してくれたヴェンダーも、人間の健康と地球環境に配慮した、すてきな店だ。
💝Karunasharaya (Bangalore Hospice Trust)
https://karunashraya.org
https://museindia.typepad.jp/mss/the-bangalore-hospice-trust/
💝OBLF (One Billion Literates Foundation)
https://onebillionliterates.org
https://museindia.typepad.jp/mss/one-billion-literates/
💝New Ark Mission, Home of Hope
https://newarkmission.org
https://museindia.typepad.jp/mss/the-bangalore-hospice-trust/
💝Dream a Dream
https://dreamadream.org
💝Swabhimaan
https://www.swabhimaan.org
💝Key Education Foundation
https://www.keyeducationfoundation.org
🍅Copper and Cloves
https://www.copperandcloves.com
🥭Eat Raja
‘India’s 1st Zero-Waste’ JuiceBar
https://www.instagram.com/eat.raja/
☕️Araku Coffee
https://www.arakucoffee.in/
1920年から1933年にかけての、米国の禁酒法時代。パブやバーが閉鎖された一方、密造酒や密輸入した酒を出す違法の酒場「スピーク・イージー (Speak Easy)」が広まった。
もちろん、「スピーク・イージー」は表立って看板を出せないから、知る人ぞ知る、隠れ家のような構造になる。
昨夜、Leela PalaceのLe Cirque Signaturで食事を終えたあと、同ホテル内に最近オープンしたZLB 23へ。ここはまさにスピーク・イージーを再現した、隠れ家的なバー。夫から話は聞いていたが、わたしは昨夜、初めて訪れた。
え? こんなところから? ここを通過するの……?! というようなところを通り抜けて、たどり着くその店。まだ、訪れたことのない人が、今後行くときの楽しみを損わないために、経路を記すのは、控えておく。
ドアを開けば、そこは妖しきジャパネスクの空間。京都をテーマにしているというこの店は、内装もメニューも独特のオリエンタリズム世界だ。
なんともはや、おもしろい!
インドにおける高級日本料理店の先駆けは、ムンバイのタージ・マハル・パレスホテルに2004年8月31日にオープンしたWASABI by Morimoto。米国で人気を博した料理の鉄人森本氏の名を冠している。なぜ日付まで覚えているかといえば、わたしの誕生日と同じだからだ。
実は翌年の2005年8月下旬、わたしと夫はインド移住を前にしてムンバイ出張に来ており、同ホテルに滞在して、WASABI by Morimotoで我が誕生日を祝ったのだ。2008年の誕生日もまたここで過ごしたが、森本氏が米国から出張に来ており、お祝いにと何品かの料理をサーヴィスしてくれた。
[MUMBAI] WASABIで過ごす誕生日の夜。鉄人森本氏にも再会。2008/08/31
https://museindia.typepad.jp/2008/2008/08/mumbai-wasabi-5.html
食材の大半を日本から輸入しているとのことで、当時のインドにしては、驚くほどのお値段ではあったが、先進諸国に比すれば、納得できるものであった。
しかし、この20年のうちにも、インドの物価は理解&納得が追いつかない次元で高騰し、一方で「昔ながら」の価格も残っており、「物価感」の気持ちの置き所もまた、困難だ。
……ということを、SAKEのメニューを見ながら、改めて思う。2008年ごろから、急激に増え始めたオリエンタルレストラン。日本料理を含むアジア各地の料理を出す店で、時折、日本酒のメニューを目にしてきたが、値段が異次元。
それでも飲む人がいる、のだ。過去20年間、わたしの知る限りにおいても。
こういう、日常のごく断片、氷山の「一滴」にさえも、インドの底知れぬ潜在力が滲んでいる。外に出るたび、新しい発見の連続。そらもう、日々、タフなことは山ほどあり、それを綴れば尽きないから綴らぬ。不都合な日々に辟易しつつも、やっぱりこの国は、おもしろい。
インドに暮らし始めて18年。
わたしが経験した限りにおいても、この国の多様性の度合いは、歳月の流れとともに増すばかり。
ライフスタイルの「振れ幅」も、大きくなるばかり。
しっかりと、自分の軸を持っていたい。自分の芯を定めていたい。
意識的に心がけてはいるけれど。
このごろは、史上最強の遠心力を伴って振り回されており、振り落とされそうになる。
心の平穏のためには、アンテナを畳んで、耳を閉ざす時間も大切だと感じる。
さて昨日は、久しぶりにディナー・パーティへ。
Leela Palaceの上階にあるLe Cirque Signature。
旧知の友らと語り合い、新しい人々と出会う。
この国を、この国たらしめている要素の中でも、非常にたいせつな「社交」。
多様性を構成するひとつひとつが、出会い、関わり、言葉を交わし、理解し合わねば、共在できない。
その事実だけは、普遍。
遊びながら、知る。
飲みながら、学ぶ。
退屈できない歳月につき。ライフスタイルの「振れ幅」も、大きくなるばかり。
福岡17年。
下関4年。
東京8年。
ニューヨーク5年。
ワシントンD.C4年。
カリフォルニア数カ月。
バンガロール18年目。
(ムンバイと二都市生活2年)
ついには、バンガロールが、我が人生最長居住地となった今年。
2003年。米国在住時に、初めて旅行で訪れたときから20年。そりゃ、目に映る光景が変化して、当たり前なのだ。しかし、脳裏に浮かぶ20年前の情景は、色褪せず、今なお鮮明。久しぶりにブリゲイド・ロードを訪れれば、新しい店が次々とオープンしており。ここにあったスーパーマーケット、Nilgirisはどこへ行った? ミルククーポンが懐かしいよ。
https://museindia.typepad.jp/blog/2005/12/post_26fb.html
友人とのランチで訪れたFoo Asian Tapas。店の雰囲気もすてきだし、料理も非常に美味。ここはまた、訪れたい。
https://fooasiantapas.com/
この街の変化には、いや、この国の変化には、圧倒されるばかり。その一方で旧態依然。「振れ幅」は益々大きくなって、くらくらする。
自分の立ち位置。自分の軸。しっかり据えることが益々、たいせつ。
わたしは、コーヒーが大好きだ。南インドはおいしいコーヒーが手軽に入手できるから、幸せ。南インドはコーヒーの産地で、バンガロールには「コーヒー省」もある。チャイよりもむしろ、ミルクや砂糖たっぷりのサウスインディアン・コーヒーがよく飲まれるのだ。
従来はブラックコーヒーを出す店は極めて少なかった。しかし過去10年の間にも、良質なコーヒー豆を提供するアルチザン・コーヒーのブランドが次々に誕生している。南インドのコーヒー事情については、毎度おなじみ、ブログや動画で山ほどの情報をまとめているので、関心のある方は、『深海ライブラリ』ブログの記事をどうぞ。動画作り初心者だったころ、編集の仕方を勉強する前にYoutubeにアップロードしたコーヒー動画も、だいぶ面白い。
☕️紅茶よりも長い歴史。南インドのコーヒーを巡る物語と最新情報
https://museindia.typepad.jp/library/2021/05/coffee.html
☕️さて、本題。朝食のあとの1杯のコーヒーは、本当にたいせつ。チョコレートやビスケットなど、おやつを食べながら飲むコーヒーは最高だ。
さて、今朝のこと。コーヒーを淹れようと豆を探すが見つからない。……しまった! 切れている! 新居と旧居を往復する暮らしは、記憶が混乱する。洋服も食べ物も、どちらもダブルで最低限を用意しているが、コーヒー豆のストックは新居にしかなかった。
が、大丈夫!
昨今のインドはね〜。本当に便利になってしまったものよ。Swiggy.comというフード・デリヴァリーにアクセスし、お気に入りのコーヒー豆を注文。ちょうど朝食を食べ終えるころに到着……。こんなに利便性が高くなっていいものだろうか、と思うくらいに。
ちなみにホカホカのクロワッサンやら、美味ケーキなども、食べたくなればすぐ注文……できるところが危険。ところで、わたしが好きな豆は、ARAKU COFFEE のMicro Climate。BLUE TOKAI や THIRD WAVE COFFEEのMonsoon Malabar。他にもおいしいのはあるけれど、これらが定番だ。
📷1枚目以外は、過去の写真。コーヒーのある情景。ミューズ・クリエイションの活動、STUDIO MUSEを毎週開催し、オープンハウスにしていたころは、本当によくお菓子を焼いていた。その残りなどがあるときは、翌朝、コーヒーと共に楽しんだものだ。懐かしい。
https://www.arakucoffee.in/
https://bluetokaicoffee.com/
https://www.thirdwavecoffeeroasters.com/
昨年からメンバーになったバンガロールの女史勉強会 (Women's study group)。ソーシャル・メディアなどにおいて、名称を公表することは禁止されているため、漠然と記す。
週に一度、午前中、メンバーの自宅に集う。去年は拙宅(新居)で、わたしがスピーカーとなり、日本とインドの関係史にについて語った。
さて今期(4月)より、わたしは役員の一人になったことから、ゲストスピーカーの選出などに携わっている。学びの多い日々はありがたく、しかし話を忘れてしまわぬよう、あるいは消化不良にならぬよう、毎回ノートに書き留める。
どんなに日々、英語を話していても、わたしの中では圧倒的に日本語が強い。英語で聞いた話は、一度、書き留めないと、まさに「腑に落ちない」。すぐに忘れる。
ところで今日の会場は、バンガロール市街東部のホワイトフィールド。上階のお宅からの眺めが爽快だった。
帰路、買い物をすませたあと、近くのブリュワリーでランチ。昼間からビールを飲むつもりはなかったのだが、最寄りによさげな店がなかったのだ。
食事だけにするつもりが、50mlのテイスティングというのがあったので、つい、2種類注文してしまう。あいにく、お味はいまひとつ。
それでもね。この心地よい高原の風と、目に麗しき情景よ!
調子に乗ってサーロイン・ステーキを注文し、がっつり完食してしまう。マッシュドポテトが濃厚すぎたが、おいしくて、残すつもりが食べ尽くし。夕飯が入らない今。
バンガロールでは牛肉も豚肉も、普通に食べられる。バンガロール・ビーフはインドにおいて、ブランド牛でもあるのだ。
インドは、広い。
🌏「思いを残さない年にしよう」と決めた2017年の新年。以来、その気持ちを大切にしている。
「今度、機会があれば」
「ぜひ近々お会いしましょう」
「今後とも、よろしくお願いします」
インターネットが誕生し、オンラインでの出会いが増え始めて20年余り。さらにはソーシャルメディア(日本で言うところのSNS)の台頭で、ヴァーチャルな「知人/友人」は、たやすく増える。そこからリアルに発展し、有難い出会いに結びつくことも多く。とはいえ、実際に会い、言葉を交わせる人の数は限られている。
意識的に行動せねば「機会」は来ない。
関わる人間の数が増えるからか、対人関係が「雑」な人も増えている気がする。「礼儀を期待するのは無粋」、「反面教師にせよ」と、自らを戒める機会も増えた。長所短所は表裏一体。この世界でいかに理想を見失わず生きていくかが肝要か。
人間関係の形成の変容は、わたしたちの精神にどのような変化を及ぼしているだろう。この先、世界はどうなるのだろう。
🌏個人差はあれど、生涯で、実際に出会い語り合える人の数は限られている。そのことを、年齢を重ねるにつれて痛感する。「一期一会」を大切にしたいとの思いが強くなる。たとえば、わたしが「ミューズ・クリエイションのメンバーは過去228名だった」と正確に記すのは、関わってくれたひとりひとり、丁寧に記憶しておきたいとの思いがあるからだ。
🌏一月往ぬる。二月逃げる。三月去る。毎年のように、同じことを記している。年の始まりは、いつも瞬く間。1年ぶりの一時帰国を来月早々に控え、しかし、急遽「SOCIAL MUSE」の開催を決めた。5月中旬に、3年ぶりにリアルで開催されるジャパン・ハッバ(日本祭り)のことを、少しでも多くの人に詳しく知ってもらいたかったというのもある。
縁あって、土曜の午後を共に過ごした人々。
ミューズ・クリエイションの古株メンバーであるShinoさん。「228人分の1人」の彼女。ミューズ・クリエイションの足跡を知る彼女が参加してくれるとき、自分がやってきたことの「確かさ」を認識できるような気がして、ありがたい。
日本語が流暢なジャパン・ハッバの実行委員のインド人女性。
インド人と結婚してカンナダ語が流暢な日本人アーティスト女性。
福岡県久留米市に暮らしていたインド人男性とネパール人女性の夫婦とそのご子息。
日本の伝統建築をインドで具現化すべく訪れている数寄屋大工の男性。
チェンナイ→バンガロールと、インドでキャリアを開拓する女性。
ライヴに行くため、たまたまバンガロールに来訪していたチェンナイで働く女性。
インドに希望と可能性を見出し、家族そろってバンガロールに住まうご夫婦。
音楽制作やDJが趣味だというバンガロールで働く女性。
ニューヨークで出会った日本人女性と結婚した猫煩悩なインド人男性……。
ポジティヴで楽しい気(Vibe)を創造するMUSEにて。それぞれに、交流を楽しむひととき。今回の目的だったジャパン・ハッバについての簡単なプレゼンや質疑応答の場も提供できて、実り豊かな午後だった。ジャパン・ハッバについては、また別途、記したい。
バンガロールは本格的な夏を迎え、空気が一段と乾燥します。熱中症にかかる人も少なくありません。実は9年前、ミューズ・クリエイションのメンバーだった男性が、サッカー(フットサル)の試合でスリランカに赴いた際に熱中症に罹り、非常に危険な状況に陥りました。帰路の機内では「全身が硬直」、誰もそれが「脱水症状」だとわかってなかったらしく、同乗していたメンバーは「死ぬんじゃないか」と本気で思ったそうです。空港からコロンビア・エイジア・ホスピタルに急行し、数日の入院を経て回復されましたが、本当に危険なことでした。
そのときにサッカーのメンバー向けに書いた記事を含め、かつてミューズ・クリエイション通信で記載した情報などを以下にまとめてシェアします。
★帽子、日焼け止め、むしろ長袖、サングラスなど。
この先、数カ月のバンガロールは一年で最も暑い季節となります。湿気の多い日本の夏、あるいはチェンナイやムンバイの暑さと違い、不快指数は低いものの、水分が不足しがちです。即ち脱水症状になりやすいといえます。木陰などは風も涼しいので、うっかり「大丈夫かも?」と思ったりしますが、日差しを遮るもののない炎天下では、気温が非常に高くなります。帽子などをかぶる、日焼け止めを塗るなどして、日差しから身体を守りましょう。
また、肌を日差しから守るために、露出を控え、薄手の長袖を着用することをお勧めします。万一、日焼けした場合は、速やかに「アロエジェル」を塗って皮膚を冷やしてください。アロエジェルはドラッグストアやオーガニックショップで入手できます。また、日射しによって目もやられますので、外出時はサングラスをかけることをお勧めします。
★喉が渇いてからでは遅い! 常に意識して水分の補給を
水分といっても、普通のボトル水は身体に吸収されにくく、体内の塩分が低下します。「塩分が少量含まれており、吸収をよくするための糖質が入った飲料」が、スポーツ時には好適です。
たとえば、嘔吐や下痢などの症状、あるいは高熱が出たときの水分補給には、「天然の点滴」とも言われるココナツウォーターが最適ですが、スポーツ時など、汗で溶け出した塩分を補うには、ナトリウム(Sodium)を多く含む「エレクトラル(ELECTRAL)」をお勧めします。最寄りのドラッグストアで入手できます。いくつかのサイズがありますが、わたしは小さいサシェ(1リットル用)を複数買っておき、旅行に出る時などにも持参しています。夫が、比較的胃腸が弱いので、万一食あたりになったりした際に役立つのです。ボトル水の中に入れて振って飲めばいいので便利です。
また、バンガロールではあまり見かけませんが、4月~6月に、乾燥した猛暑に襲われるデリーなど北インドに赴くと、よく「ニンブ・パニ」が売られているのを見かけます。以下に詳細を記していますが、レモン水です。水にレモンの絞り汁と、砂糖と塩を入れたものです。簡単に作れるものですから、これをスポーツの練習時に持参するといいでしょう。エレクトラルよりもナチュラルなので、飲みやすいしおいしいと思います。いずれにしても、身体のためには「氷入りの冷たい飲み物」は極力避けた方が無難です。
★普段からの運動に加え、練習前には入念なストレッチを
みなさん、ご存知だとは思いますが、普段からヨガやストレッチ、ラジオ体操などで身体を伸ばしたり、ウォーキング、ジョギングなどで身体をほぐしておくことはとても大切です。また、スポーツの直前には、特に時間をかけてじっくりとストレッチをされることをお勧めします。たとえ若いころ、運動をしていたとしても、日頃やっていないと、肉離れを起こしたりアキレス腱を切ったりしやすくなります。
★運動の前は、満腹でも空腹でもNG!
空腹時の運動は、血液中のブドウ糖が不足して低血糖症になる恐れがあるそうです。逆に満腹だと、消化器官に集まるべき血液が全身に巡り始めるため、消化不良を起こしてしまう……というわけで、いずれも身体に負担をかけます。運動前は脂質を控え、おにぎりなど炭水化物を少量をよく噛んで、あるいはバナナなど消化のよい果物、野菜ジュース、栄養補給の食べ物などを摂取しましょう。
★空きっ腹に飲酒は、場合によっては命取り! 特に乾燥している時期は注意が必要
それから最後に。アルコールは「水」ではなく、「火」のようなものです。アルコールは体内を乾燥させるので、水分補給にはなりません。空きっ腹でアルコールを摂取すると、身体に多大な負担がかかります。特にスポーツ直後の飲酒には、くれぐれも気をつけてください。
「とりあえず、ビール」「喉が渇いている時のビールはおいしい!」と多くの日本人が口を揃えて言いますが、身体にとっては「毒を流し込んでいるようなもの」です。真っ先にビールを飲みたい気持ちはわかりますが、やめましょう。
特に、暑さなどで身体が疲労しているときにアルコールを摂取すると、内臓や筋肉に悪いのはもちろん、血糖値も下がるし、疲労感を増長します。場合によっては気を失うことにもなります。どうしても飲みたい場合は、まずはアルコール以外の水分を取り、胃袋に食べ物を入れ、筋肉が冷えきったあと、よく冷えたビールを飲むことをお勧めします。
●ELECTRALエレクトラル/インド版ポカリスエット。熱中症予防や食中毒時にも便利
飲み過ぎ、食べ過ぎ、食あたり……。嘔吐や下痢に見舞われた際の、水分補給に役立つエレクトラル。粉末を水に溶いて飲めば、水分が速やかに身体に吸収される。ポカリスエットのメディカル版。たいていの薬局で販売しているので、今すぐ調達を!
●TUSS NIL/喉の痛みや咳に即効性あり。症状の出始めに服用するのがポイント
KERALA AYURVEDAの咳止めシロップ。天然の成分につき、一般の咳止めシロップのような毒々しい甘さや人工的な風味がせず、副作用もない。咳がひどくなる前、「喉が何だかいがらっぽいな」「ちょっと風邪気味?」というときにすかさず飲もう。坂田マルハン家およびその周辺でも、非常に重宝している。常備薬としてぜひとも購入しておきたい商品だ。keralaayurveda.bizほか、amazon.in, Bigbasket.comなどでも入手可能。
●PUDIN HARA/胃腸の不調の特効薬! ミントの濃縮液
極度乾燥の話題とはずれるが、常備薬でお勧めの筆頭がこれ。食べ過ぎによる胃のもたれ、不快感、ガス、消化不良などに効果のあるミントの濃縮液プディン・ハラ。アーユルヴェーダの処方による生薬だ。単なるミントの濃縮液だからと侮るなかれ。我々夫婦は、このプディン・ハラにどれだけ救われたことか。
外食で食べ過ぎたとき。二日酔いで具合が悪いとき。乗り物酔いでぐったりしたときなど、爽やかなミントの香りが、胃の不快感を速やかに取り除いてくれる。脂っこいものを食べたとき、濃厚なインド料理を食べたときなどにも、ぜひ一粒二粒、たっぷりの水と摂取したい。げっぷ(失礼!)が爽やかなミントの香りに変化する。
液体が即効性が高いがタブレットが携行に便利。たいていの薬局で販売されている。ボトル入りは、BigBasket.comでも販売されている。
わたしは、日本への一時帰国時に友人らへのお土産に持参している。かなり喜ばれる。なお、小さなボトル入りの液体は、グラスに水をいれ、数滴を落として飲む。間違っても一気飲みしないように。
●ココナッツ・ウォーター/天然の点滴。神に捧げる果実の威力は絶大。
ほのかに甘みのあるあっさりとしたジュースで、速やかに喉の渇きを潤し、体内に吸収される。暑い時期の身体冷却、嘔吐や発熱の際の水分補給に好適。アーユルヴェーダによると利尿効果や精力増進効果もあるとのこと。点滴と類似した成分を含む。ただし、塩分を含まないので発汗した際には、ココナッツウォーター以外に「塩分」の接種が必要。
●ニンブ・パニ(レモン水)/夏のインドの風物詩。ヒマラヤの岩塩とジャガリを混ぜて飲む
インドで「レモン」と言えば、このピンポン球大のライムをさす。廉価で出回っている一般的な柑橘類。夏になると家庭ではnimbu pani(ニンブ・パニ:レモン水)が作られる。家庭によってレシピは異なるが、基本はライムの絞り汁にハチミツ、あるいは砂糖(ジャガリ)を加えたものを水で割る。汗をかいたあとは、塩(岩塩)を加えたほうがよい。食堂やレストランのドリンクメニューにも必ずあり、ソーダ水で割るのも一般的。アーユルヴェーダ療法によれば、風邪、胃の不快感、肥満に効く。
昨日は1日、彼女たちに同行。仕事の視察旅行さながらに、間断なく情報をインプットしつつ各所を巡る。柔軟な若き脳みそならば吸収できるだろうと思う一方、里帰り旅は異質。彼女たちの「心」は、久しぶりの第二の故郷で、すでに初日からいっぱいいっぱい。気持ちが溢れている。とはいえ、限られた時間。昨日はたっぷり、詰め込んだ。
【訪問先の備忘録】
◉RainTree/バンガロール来訪者を必ずお連れする場所。昨日は庭でパザールが開かれていた。
◉Bangalore Club/英国統治時代に誕生した会員制社交スポーツクラブ。ここで南インドの定食ランチ。
◉Airtel shop/電話のSIMカードを購入すべく、Airtelショップへ。旅行者は日本で手配しておくことを勧める。当地に連絡先を持つ在住者が同行せねば手続きが完了しない。
◉Harima Japanese Restaurant/播磨バンガロールの老舗日本料理店「播磨」へ。彼女たちが、今回の旅で訪れたかった場所のひとつ。日本人駐在員やその家族で、この店を利用したことがない人はほとんどいないだろう。懐かしい看板に大騒ぎの二人。「エレベータの天井に手が届く!」と興奮。食事もせずに、見学だけさせていただいた。おじゃましました。
◉Third Wave Coffee/ここ数年の間に急伸しているインドのアルチザン・コーヒー業界。南インドはコーヒーの産地につき、鮮度の高い美味コーヒーが、気軽に味わえるようになった。ここは先駆店のひとつ。今朝飲んだMonsoon Malabarはこのブランドですよ。
◉Good Earth/子どものころはピンと来なかったであろうGood Earth や Nicobarのおしゃれな雰囲気に見入る二人。その他、この界隈にあるベーカリーのTheobroma, アーユルヴェーダ由来の自然派コスメティクスForest Essentialsに立ち寄る。
◉UBシティ界隈を離れて、Ulsoor Lakeあたりへ。我が行きつけのブティックCinnamonやAmbaraを案内する。このAmbaraの近くには……。今回の旅の、別のハイライトが控えていた。
桐子さん、美紗さんは、今回2週間ほど、空港近くにある我々夫婦の新居に滞在する。ここはヤラハンカと呼ばれるエリアで、彼女たちの母校であるCIS (Canadian International School)からも至近だ。このたびの「里帰り旅」で最も重要なミッションは「母校訪問」だというので、初日の昨日、早速訪れることにした。
彼女たちの滞在中、わたしも要所要所で行動を共にしようと思っている。とりあえず母校訪問のハイライトはぜひとも見ておきたいので、同行することにした。
「アポイントメントを入れて行った方がいいですよね……」と彼女たちは言うが、「とりあえず、行こう。行ってその場で、アポイントメントを入れよう!」と、強行。
新しいビルディングが林立し、かつてとは様子の異なる国道沿いの光景に、感嘆の声をあげ続ける二人。大通りを外れ、学校までの細い路地に入るや、広がる懐かしい情景。牛の姿にも大騒ぎだ。
受付で事情を説明したところ、折りしも彼女たちをよく知る先生が駆けつけてくれた。久しぶりの再会に、3人とも大喜びだ。ちょうど時間があいていたらしき彼女が校内を案内してくれることになった。柔軟な対応がありがたい。
わたし自身、ここには数回訪れたことがある。かつてここで、「日本人補習校」の授業が行われていたころ、臨時で2度、国語の先生を担当した。その後、ミューズ・クリエイションを創設後、生徒たちに日本の文化を伝えるべく、メンバーと共に訪問したことがある。
わたしの目には、かつてと変わりなく映る校舎だが、彼女たちにとっては「なんだか、小さく見える……!」とのこと。二人とも、大きくなったからね。大人になると、子ども時代になじみのあった情景は、小さく見えるものである。
ここでのわたしは、フォトグラファーに徹し、彼女たちの背後を見守った。何人かの先生やスタッフの方々と、言葉を交わした。大きくなった彼女たちをすぐにはわからなくても、昔の写真を見せたり、名前を伝えたり、あるいは兄弟のことを話すと、すぐにも先生たちは思い出してくれる。みな満面の笑みで再会を喜んでくれた。
受付に座っていた女性スタッフは、生徒たちの登録や学費徴収などの担当をしているとのことで、名前を伝えるや、Misa Arima! と、フルネームをさっと口にする。10年前の生徒の名前もしっかり覚えているとは、驚きだ。
2時間近くものあいだ、ゆっくりと、学校内を巡った。わたしはといえば、校舎の色合い(青と黄色)とコーデされたファッションにて、記念の1枚。
バンガロールに到着後、十数時間しかたってないが、すでに、最大のミッション完了。興奮冷めやらぬまま、新居の近くにできたスポーツセンターのカフェレストランでランチ。ここは別のインターナショナル・スクール(Stonehill)に隣接しており、外国人の来訪者も多い。
彼女たちの知らない新しいバンガロールも伝えつつ、わたしにとってもバンガロール再発見の日々になりそうだ。
🌸インターナショナルスクール (CIS) で、折り紙&書道を実践。(2016年3月)
https://museindia.typepad.jp/mss/2016/03/cis.html
📗束の間、国語教師/異国で子供を育てるということ(2010年8月)
https://museindia.typepad.jp/2010/2010/08/cis1.html
📗チャリティ・ティーパーティ/補習校で「桜」作文(2010年8月)
https://museindia.typepad.jp/2010/2010/08/cis2.html
https://www.centreforsports.in/
https://www.amielgourmet.com/
デカン高原の南。標高900m超に位置するバンガロールに、夏が来た。青空は澄み渡り、日射は眩く鋭く、空気は驚くほどに乾く。
そんな青く乾いた日曜の朝。空港の北、ヤラハンカの新居からは車で約30分ほどの場所にあるオーガニック・ファームの見学に訪れた。英国統治時代の面影を残す、情趣豊かなファームハウスの周辺に、小規模ながらも手入れの行き届いた、アットホームな畑が広がる。農園を営む一家の娘さんが、園内を案内してくれる。
椰子の大樹に絡みつく胡椒の蔓。我が家(旧居)の庭にもあり、毎年のように収穫してきたが、この胡椒の繁茂はダイナミック。上の方の実を取るのがたいへんそうだ。
COVID-19パンデミックで、ロックダウンに入ったころ、自宅の庭を本気で農園にしたいと思った。新居の庭の一隅を農園にすること、そして鶏や牛さえも飼いたいと思った。牛は無理でもヤギくらいは飼えるのではないか……と考えるほど、大地と触れ合う暮らしの重要性を実感したのだ。
わたしと同じように思う人は多かったようで、パンデミックの最中、自宅の庭に農園を作る人が、急増したのだという。自分で育てた野菜や果物を食することの、なんと豊かで贅沢なことか。
人間、なにはともあれ、健康第一。その健康を育むのは「食」。
・ナスやセロリの収穫を体験
・りんごの味がするバナナ
・マリーゴールドと共生する野菜
・ニームで作る自然の農薬の力
・それぞれに薬効豊かな数々のハーブ。スーパーフード
・パッションフルーツやジャックフルーツの実り
・親指ほどの小さなマンゴー
・牛の糞や尿で作る肥料
・自宅での堆肥づくり(コンポスト)
・コンポストや土を「素手で混ぜて」土作り
・養蜂の様子を学び、蜂蜜を舐める
・子牛に餌を与える
・新鮮な野菜を使ったサラダがおいしいランチ……
畑は命の源で、天然の薬の宝庫だ。自然の恵みをありがたく享受していれば、病は自ずと吹き飛ぶということを、改めて実感する。
昨日のまた、たくさんの学びを得た。旧居の庭では、胡椒が収穫できるほか、ハーブやパパイヤなどを育てたこともあった。しかし、いずれも中途半端のまま。新居の外庭は非常に広いので、一部を農園にしようと考えている。去年5月に新居が完成したものの、まだまだ進化の最中につき、ぼちぼち環境を整えていこうと思う。
パンデミック以前、ミューズ・クリエイションでは、慈善団体訪問やチャリティ・バザールだけでなく、さまざまなアクティヴィティを実施してきた。サリーを着てのランチ会、日系企業の工場見学、ビジネス勉強会、手漉き紙工房の見学、水耕栽培の農場訪問、駐在員夫人の社会復帰に関する座談会……。思い返すに、本当に充実した活動を重ねてきた。
今は、わたし自身の方向性も見極めつつ、次のステップを模索中ではあるが、このような家族揃っての農場見学もまた、全身で大地のありがたみを感じられて、とても有意義だと再確認。
かつてのような「毎週の活動」は難しいが、せめて「月に一度」は、何らかのアクティヴィティを再開しようと改めて思う。
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🌸インドの農業やオーガニック事情、水耕栽培の現在など、これまで幾度となく、記してきた。コンポスト、ゴミ処理、環境問題、農業、フィランソロピーといったテーマについては、『深海ライブラリ』ブログに複数の記事をまとめているので、関心のある方は、ご覧ください。
🌏土に触れて、宇宙を思う。食、健康、美容、エコ、ゴミ、有機、農業、衛星……。
https://museindia.typepad.jp/library/2021/06/earth.html
☕️「貧困の根絶」を使命に社会貢献型ビジネスを具現化。ARAKU COFFEEの足跡と背景
https://museindia.typepad.jp/library/2021/11/araku.html
🎂バンガロールの本気製菓学校。LAVONNE
https://museindia.typepad.jp/eat/2018/05/lavonne.html
インド移住当初は、パーティなどの席で比較的頻繁にサリーを着ていた。しかし、インド人の友人らが着ていないのに、日本人の自分がサリーを着ていることに居心地が悪くなり、10年以上、ほぼタンスの肥やしとなっていた。
再び積極的にサリーを着るようになったのは、パンデミックの最中、2021年8月の誕生日あたりからだ。すると、インドの友人知人の間では「サリーをよく着ている日本人」との印象が強まった。ゆえに、洋装だと「今日はサリーじゃないの?」と尋ねられる。
昨日のパーティでも、「今日はサリーじゃないのね」と何人もから、尋ねられた。こうなると、「サリー=ユニフォーム」のような感覚になってしまう。
👗昨日は、10数年前にニューヨークで購入したドレスを引っ張り出して久々に着用。昨今「敗者復活ファッション」が、わたしの中でトレンドである。実は昨年の3月ごろ、史上最高体重を記録した。それだけでなく、夫がかなり絞ったことで、わたしとの体重差が近くなってしまった。
世間からは、夫より、わたしの方が身長が高いと思われがちだが、実は彼の方が少し高い。にも関わらず、わたしの体重に迫られては困る。このままではまずい、と一念発起して、「1カ月1キロ」のペースで減量した。
それまでは、「更年期だから仕方ない」と諦めていたのだが、この考えこそがいけないのだと改めた。少し食べる量を減らし、アルコールなども控えめにした。結果、少々リバウンドを繰り返したものの、現在、最デブ時から3〜4キロの減量状態を維持している。
本当はあと3キロほど落としたいが、今のところは様子見だ。おいしいものをしっかり食べたいし、お酒だって飲みたい。油断するとすぐに増量するので、日々「ホメオスタシス」を尊重しつつ、無理のない範囲で、健康体重を維持する努力をしている。
というわけで、10年以上前に買ったものの、着れなくなり、しかし捨てられなかった服が、今また、「敗者復活」しているという次第である。
にも関わらず、昨日は、フォーシーズンズホテルで開かれたパーティの料理がおいしくて、食が進んだ。南北インドの料理にコンチネンタルと、ヴァラエティ豊かな料理が並ぶ。
ケララ旅で散々、食べてきたばかりなのに、アッパム(米粉のパンケーキ)もおかわり。そして最後は、超絶高カロリーなインドで人気のお菓子「ジャレビ」で締めくくる。
インドのお菓子といえば、丸い揚げ団子のシロップ漬け「グラブジャムン」が有名どころだろう。超絶に甘いことで知られるが、わたしはジャレビの方が罪深いと思っている。
小麦粉を多めの水で溶いたものをクルクルと回しながら油に流し入れて揚げ、それをどっぷりとシロップに浸す。油と砂糖で満たされたその上に、さらに甘いミルキーな液体をかける。もう、歯に染み入りそうな、鬼の甘さである。しかしながら、この揚げたては、おいしいのだ。
そんな見るからに強烈なジャレビを、わたしはかつて、避けていた。
しかし、15年ほどまえ、夫の家族とオールドデリーに行った時のこと。実は夫は行ったことがなく、行きたがらなかったことから、夫の両親が同行すると申し出てくれた。結局は夫も一緒に4人で出かけた。
ローカルで人気の店でランチを食べ、その後、ロメイシュ・パパが露店でジャレビを買い、わけてくれた。それが、本当においしかった。
最後の写真は、そのときのもの。パパの手にジャレビ。それを取る夫の手。
あれほどのおいしいジャレビには、あれ以来、まだ出合っていない。
🌀
そんな次第で、今年もキーワードはホメオスタシス。適度におやつも食しつつ、無理なく、しっかり、健康体重を維持するよう心がけたい。
4泊5日のケララ州コチの旅を終えて、一昨日の夜、バンガロールに戻ってきた。しかしながら、書き残しておきたいテーマがまだいくつもある。いつも、旅を終えたら日常に戻り、新しい出来事が重なり、旅記録を残す衝動が損なわれてしまう。だから極力、旅の最中に書き留めておきたいのだが、今回もまた、取りこぼした。
経験して、有意義に思ったことは、たとえ関心がある人が少ないとしても、誰かとシェアしたいし、何より未来の自分のためにも、残しておきたい。しかしながら、何につけても歴史と文化の多様性が深く潜んでいるインド。書いている最中にも、調べておきたいことが次々に発生する。
食文化もその一つ。
インドに暮らして18年目になる。この歳月、それなりに、いろんなインド料理を口にしてきたと思う。ケララ料理だって、あれこれ食べてきたつもりだった。たとえばアーユルヴェーダの理念に基づいた、健康的なサトヴィック料理。ココナツオイルやバナナの花、さまざまなスパイス、ふっくら丸い米……。
米の粉で作られたパンケーキ「アッパム」や、アッパムと共に食すホワイトシチューは定番だ。
ヴェジタリアンの料理が主体かといえば、そうではない。ケララは牛肉を含むさまざまな肉料理や魚介類の料理も豊かだ。今回は、ケララ州の、いや、このフォート・コチだけでも、その料理の多様性の極みを思い知った。わたしの味覚や胃袋を満たしてきたそれは、氷山の一角に過ぎないのだということを、旅をして改めて思う。
無論、4泊5日の滞在中に食べた料理は限られている。しかし、その奥行きを知ることができたのは、今回、「コチ=ムジリス・ビエンナーレ」の展示の一つが契機だった。「Table」というタイトルの展示をしていたアーティストでありキュレーターでありライターでもあるTanya Abrahamにお会いし、ほんの短い時間ながら言葉を交わせたのは有意義だった。
彼女の執筆した2冊の本を教えてもらい、ホテル近くの書店に立ち寄り、早速、購入。
1冊はフォート・コチの「知られざる歴史」を記したもの。そしてもう一冊は「食」を通して、フォート・コチの歴史をたどるもの。数千年前の古代、アラブ人がスパイス貿易をしていたころからの影響を受けている食の世界……。この1冊を仕上げるのに4年の歳月を費やしたというが、開いてみて納得する。
前半は、フォート・コチの多様なコミュニティの歴史や文化、後半はそれぞれのコミュニティの代表的な家庭料理のレシピが記載されている。
シリアン・クリスチャン、ラテン・カソリック、マラバリ・ジュウズ、アングロ・インディアン(インド人と英国人の混血)……と、フォート・コチの過半数を占めるクリスチャンや、今ではもう風前の灯のユダヤ教徒のコミュニティに伝わってきた料理など。単なるレシピ本ではない、食の背後にある歴史がわかりやすく綴られていて、なんとも魅惑的な内容だ。
「月光ライブラリ」には、インドの多様性の片鱗を示す料理の本もたくさんある。それらのこともまた、いつか記したいものだ。
今回の旅。最後に泊まったホテルの「家庭料理」が、極めておいしかった。作り置きではない。すべての料理が、注文を受けてから作られる新鮮なものばかり。だから、唐辛子が苦手な夫のリクエストにも応えてもらえる。また、Tanya含め、地元の人、複数名が勧めてくれたローカル食堂Fusion Bayの料理も最高だった。ナスとヨーグルトの煮込み、海老のシチュー、魚の蒸し焼き……。他の料理も試したかった!
🌶
Instagramの、1回に投稿できる写真が10枚で、文字数が2000文字で、むしろよかった。さもなくば、際限なく書き続けてしまう。
◉Eating With History: Ancient Trade-Influenced Cuisines of Kerala
https://www.amazon.in/Eating-History.../dp/9389136261
◉Fort Kochi, Art, Therapy and Food: A Peek Into Tanya Abraham’s Creative World
https://eshe.in/2020/12/24/tanya-abraham/
🍴FUSION BAY
https://www.zomato.com/kochi/fusion-bay-fort-kochi
“The literary meaning of Kerala is "the land of coconuts". "Kera" in Malayalam (the language of Kerala) means coconut. As Kerala is abundant with coconut plants, it naturally got the name Kerala.”
ケララという名は、当地で使われる「マラヤラム語」で「ココナツの王国」という意味だと、昨日のガイド氏が教えてくれた。かなりシンプルな命名である一方、ケララ州はインド・パキスタンが分離独立した1947年から9年も遅れた1956年になって、ようやく成立したという。
話は飛ぶが、イスラム教徒が多い地、ハイデラバード藩王国(現在はテランガナ州とアンドラ・プラデーシュ州の州都。ややこし!)が、印パ分離独立後もパキスタンに帰属する様子を見せ、東パキスタン(現バングラデシュ)のような飛び地国家になる可能性があった。もしそうなっていれば、パキスタンはトライアングル状態でインド国内に領土を持つことになっていただろう。
結局は、1948年にハイデラバードは降伏し、インド政府に強制併合される形となった。つまり、1947年にピシッとインド全体が独立したわけではないということは知ってはいたが、ケララが9年も遅れて成立していたことは知らなかった。インドは広くて多様で、知れば知るほど、奥が深い。
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率直にいえば、今回のコチ=ムジリス・ビエンナーレは、6年前に比べると、かなりインパクトが弱い。規模そのものが、パンデミックの影響で縮小されている気もする。それから、重い世相を物語る作品が多い気がする。笑えない。あるいは、希望を抱くのが難しい。
しかし、それも時代の現実。誰かの手(アーティスト)によって、目に見える形で留められた時代の片鱗を、どう捉えるか。それは見る側の受け止め方、次第だろう。駆け足で眺めたのではわからない世界もたくさんある。だから、できるだけゆっくりと。
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夕暮れ時、ひとりでフォート・コチを歩いた。年末に訪れたポンディシェリとも重なる古き情景は、不思議と心を落ち着かせる。夕映えがよく似合う街並み。
6年前に引き続き、今回もゆっくり4泊5日の旅にしておいてよかった。しっかりと、消化しながら、次に進む。
今朝は早起きをして、ホテルがアレンジしてくれたウォーキングツアーへ。参加者は我々夫婦だけだったので、ガイド氏の話をたくさん聞けたのはよかった。
今なお15世紀半ばから17世紀半ばにかけての大航海時代の名残を色濃く残す場所、フォート・コチ。ポルトガル、オランダ、英国という、欧州の3カ国に統治された歴史を持つのは、インドではここだけとあって、その歴史の濃密さもひときわだ。
かつて、一度訪れて、とても気に入ったスリランカのゴールの旧市街(フォート)と似た空気が流れているのは、ゴールもまたポルトガル、オランダ、英国の3カ国に占領された歴史があるからだろう。それは、スパイスや宝石を渇望する欧州列強により、侵略、支配されてきた歴史でもある。
大航海時代のヒーローのひとり、ヴァスコ・ダ・ガマ( 1460年ごろ〜1524年)。ポルトガルの航海者/探検家である彼は、欧州からアフリカ南岸の喜望峰を経由してインドへ航海した「記録に残る最初」の欧州人だとされている。
ヴァスコ・ダ・ガマは生涯で3回、コチを訪れ、このフォート・コチで死んだ。彼が住んでいた家(1枚目の写真)や、彼が弔われた聖フランシスコ修道院(4枚目の写真)は、今なお、その姿を残す。見るもの、聞くもの、すべてが遥か数世紀前と現在とをやすやすと結びつけ、歩いているだけで、時間旅行をしているかのようだ。ちなみにそのころ日本は室町時代。金閣寺などが建築されたころらしい。
スパイスの歴史は、大航海時代の遥か以前、紀元前数千年前から陸路、即ちシルクルート(シルクロード)経由でアラブの商人らにより交易されていた。しかし、1453年、東西交易の要衝を担っていたコンスタンティノープル(現在のトルコ、イスタンブール)が陥落したことにより、シルクルートが使えなくなったことから、海路の開拓が進んだとのこと(このあたりガイド氏の説明によるので未検証)。
かつてケララ州は、3つの王国(マラバー、コチ、トラヴァンコール)に支配されており、その歴史的背景も独特だ。ちなみに先日の和製マジョリカ・タイルのことを記した際に言及したインドの著名な画家、ラジャ・ラヴィ・ヴァルマは、トラヴァンコール王国の出自である。これに関する動画も、STUDIO MUSEのYouTubeチャンネルで公開しているので見て欲しいものだ。
【ケララについて】
○キリスト十二使徒の一人聖トマスが紀元52年頃に訪れ、キリスト教を布教。シリア語でミサを行ったことから「シリアン・クリスチャン」と呼ばれる。今でもその信仰は受け継がれている。
○コチに関していえば、人口の約半数がクリスチャン。16世紀初頭にポルトガル人が統治した際、一気に12ものローマンカソリックの教会が建てられた。
○ケララ界隈のマハラジャ(王族)は、デカタンで怠惰で危機感のないライフを送っていたことから、あっというまにポルトガル攻め入られ、スパイスやら象牙やらチーク材やらを持っていかれる羽目に陥った。
○遠い昔、女性が家長だった時代がある。
○識字率がインドで最も高く90%を超える。ガイド氏曰く、ほぼ100%。即ち教育水準が高い。
○政権の交代はその時々で起こるものの、従来から共産党の勢力が強い。「スターリン」と言う名の政治家が牛耳っていた時代もあり。彼に限らず、ロシア人の名前を持つ政治家が少なくなく、ブレジネフやらレーニンもいるという。政治家にとどまらず、ガガーリンさんやらスプートニクさんもいるらしい。
○1967年から1970年にかけて、毛沢東主義のナクサライトの拠点でもあった。赤い。
○赤い一方で、女性のサリーは白い。インドにおいて白いサリーは一般に寡婦が着用するものであるが、ケララのそれは白地に金色のボーダーが入っているところに違いがある。
○ケララの人は、象が好き。あっちこっちで、象の像をみかける。象の頭を持つ神様、ガネイシャもよく見られる。
○少林拳の起源? とも言われるカラリパヤットという武術発祥の地。
○歌舞伎の起源? とも言われるカタカリというダンスの発祥の地。
○5000年の歴史を持つ伝承の医学、アーユルヴェーダの発祥地でもある……。と、ケララ州のことを書き始めると尽きない。
今日、ガイド氏に教わった話もまだまだ尽きないので備忘録として残しておきたいのだが……現在、昼寝を終えて午後3時半。
これからスパークリングワインでも開けるので、とりあえず、この辺にしておく。
ちなみに朝食の写真は、ケララ料理で定番のアッパム(米粉のパンケーキ)に白いシチューを載せたもの。夫はなぜかヤクルトでコーデ。
When I hold seminars at my home, I usually provide 'homemade snacks and refreshments'. Preparing food and drink is also one of my pleasures. However, at the day before yesterday, I concentrated on preparing documents and ordered delivaries for the sweets and snacks. I have written many times about how food delivery services in India improved dramatically during the pandemic. Nowadays, it is remarkably convenient.
Even in this area of North Bangalore, you can order from some of the small, trendy shops there. Yesterday I ordered cheesecake, chocolate cake and cookies from SMOOR. The cheesecake always has crumbled cream on top, so I arrange it later with fruit toppings.
Then biscuits and chips from ANAND Sweets, a popular Indian confectionery brand in Bangalore. These are stylishly (and partly excessively) packaged and taste deliciously different from other brands. It is apparent that the younger generation is renewing the brand image.
While setting the table and preparing tea and coffee, I was reminiscing about the past.
Eight years from 2012 until we went into lockdown. That every Friday, I invited a dozen or more, often nearly 40 members, to my home every week. On Thursday nights, I used to make Japanese sponge cakes, Swiss rolls, Fruits tarts and shortbread etc, and that was just about every week, a huge amount of pastries.
What was all that enthusiasm? Even though I enjoyed it, even though I liked doing it, I don't know how I managed to keep it going. With an impulse that, despite myself, I don't really understand. Anyway, I am deeply reminded of the invaluable experiences I have had with the members of Muse Creation over the past eight years.
Sunflowers and lilies decorate and add colour to every part of the house. I arranged the sunflowers like Van Gogh's sunflowers. Stems of sunflowers are as vigorous and strong as fresh vegetables. Someday, I will plant sunflowers in my garden.
🇯🇵我が家でセミナーを開催する際には、「手作りのお菓子や軽食」を提供するのが常だ。飲食物の準備もまた、手間がかかるとはいえ、楽しみのひとつである。
しかし、一昨日のセミナーは、資料作りに集中し、お菓子はデリヴァリーを頼んだ。パンデミックを経て、インドのフード・デリヴァリー・サーヴィスは格段に向上したことは、これまでも幾度となく記した。今となっては、恐るべき利便性の高さだ。
北バンガロールの店舗数が少ないこのエリアでさえ、そこそこ小洒落た店から注文できる。昨日はSMOORからチーズケーキやチョコレートケーキ、クッキーを注文。チーズケーキはいつも上のクリームが崩れているので、あとからフルーツをトッピングしたりしてアレンジする。
それからバンガロールの人気インド菓子ブランドANAND Sweetsのビスケットやチップス類。これら、包装もおしゃれに(一部過剰に)なって、味わいも他の銘柄とは一線を画するおいしさなのだ。若い世代がブランドイメージを刷新している様子が伺える。
テーブルのセッティングをし、お茶やコーヒーの準備をしながら、思い出す。
2012年からロックダウンに入るまでの8年間。毎週金曜日、十数名から多い時で40名近くのメンバーを、毎週自宅に招いてきたことを。木曜の夜は、カステラやロールケーキやらタルトやらショートブレッドやら、それはもう、毎週のように大量のお菓子を作っていたものだ。
あの熱意は、一体なんだったのだろう。楽しかったとはいえ、好きでやっていたとはいえ、よく継続してきたなと思う。自分のことながら、自分でもよくわからない衝動で。本当に、多くのメンバーたちと共に、かけがえのない経験を重ねてきたものだ。あれもまた、ひとつの時代。
ひまわりや百合などを飾り、家の随所に彩りを添える。ひまわりは、ゴッホのひまわりみたいに活けてみた。新鮮な野菜みたいに元気でたくましいひまわりの茎。庭に、ひまわりを植えるのもいいかもしれない。
京友禅サリーの展示会が目的で訪れた冬のデリー。よりによって、今年で最も空気が悪く、視界不良でフライトが遅れた日に到着した。しかし、その数日後からは空も澄み始め、寒さにも慣れた。
展示会の準備のために買い物へ出かけたり、親戚宅を訪れたり、友人たちと食事を楽しんだりと、無理をしない程度に外出もした。
13日には展示会の開場前に、祭司を招いてロメイシュ・パパの命日を祀る儀礼を行った。ヒンドゥー教の儀礼は、何かと火を焚く。結婚式のときも。新居の祝祭も。
さらにはその日、北インドはLohri(ローリー)と呼ばれる冬至の祭り日であった。五穀豊穣を願うもので、これまた火を焚く。マルハン家1階のテナントの一家に招かれた。展示会を終えてひと段落した後、階下に降りる。
軽くカクテルなどをいただき、語り合った後、焚き火の周りを歌い踊りながら周り、ポップコーンやピーナッツを火に投げ込む。
大気汚染を助長している、すまぬ。との思いと、昔ながらの習慣だから仕方ないよな……との思いが錯綜。
14日の展示会終了後は、義理の継母ウマの誕生日を祝うことができ、それもうれしかった。本当にありがたい偶然だった。
デリーでは、バンガロールでは感じることのない、インド家族や親戚との繋がりや歴史を肌身に感じる。好奇心を刺激されると同時に、あまりの果てしなさに途方に暮れる思いにもなる。
抱えきれないほどのテーマを前に、自分が関われることには限度がある。やるべきこと、やりたいことを見極めて、あれこれ抱え込まず、取捨選択をせねばとも思う。
デリー宅は今後、改装工事が必要だ。バンガロールの旧居もまた。これらは不可欠なすべきこと。
一つ一つの課題が重いが、マネジメントできるのは自分しかいないので、焦らずぼちぼち、進めたい。
詰め込んでいるつもりはないのに、時間はどんどん流れていく。隙間、余白を大切にせねば。
1996年に日本を離れて以来、米国でも、インドでも、「お正月気分」は皆無。1998年の冬、初めて夫と二人で日本を訪れ、京都で年を越したことが、わたしにとって、最後の日本のお正月だ。
半袖で過ごせる心地よい気候の中で、しかし、凛と全身が引き締まる寒風を懐かしむ。
数時間かけてゆっくりと味わった大晦日のランチ。胃にも心にも贅沢だったので、夕飯は抜き。しかし、年越し蕎麦は食べねばならぬ。
先月、京都からお越しくださった京友禅染匠の竹鼻夫妻からいただいていた蕎麦、最後の一袋を開封。茹でたあと、冷水に晒して締めたあと、とろろ昆布を載せて、だしをかける。おいしく締めくくった2022年。
そして元旦。気づけば買い物をし損ねていて、新鮮な野菜はキャベツしかない。こんなときに役立つのは日本の乾物。一時帰国時に購入していたもの、あるいはいただいたものなどを取り出す。切り干し大根に乾燥ごぼう、干し椎茸、ひじき。夫の好物である高野豆腐などを水で戻す。
主役は、maindish.inで注文していた熊本県天草市から届くウナギと中トロ。インドに暮らし始めて、冷凍した食べ物を口にする機会は激減したが、これだけは別。元旦につき、奮発してどちらも解凍。それに佐賀の海苔を添えれば、もうそれだけで、贅沢な食卓だ。
味噌汁は先日のヴィーガン・マーケットで購入したbrownkojiboy.comの味噌を使用。色が濃いめだが、味わいはまろやかでとてもおいしい。
これでお餅(きな粉餅)でもあれば極楽だ。
翻って、昨日のランチは、Jamie Oliverのピザ専門店からデリヴァリー。かつて「裸のシェフ(Naked Chef)」と親しまれた彼の料理やレシピのコンセプトについては、書きたいことが募るのだが、今日のところは割愛。今回初めて注文したが、いずれも美味だった。
そして昨夜、旧居に戻った。4猫らと新年のご挨拶。今年も元気で長生きしてください。
今朝は、2泊3日でゴア旅行に出かけた夫を見送り、わたしは庭の水撒きからはじめる。もう久しく我が家を見守り続けてくれている仏像を清め、緑を洗い、心も洗浄される思いだ。
澄んだ青空広がるデカン高原、バンガロール。無事に新年を迎えることができたことを感謝しつつ、今朝から友人知人とメッセージのやりとりをしている。日本に澄んでいたころは年賀状を、米国に住んでいたころは、グリーティングカードを、1枚1枚書いてきた。「手書き」のやりとりが激減してしまった今、せめて言葉だけも、伝え合いたい。
大晦日のランチは、夫と二人でFarmloreへ。ちょうど、新居と旧居の中間地点あたりの、長閑な田園地帯にあるこの店。パンデミック下の2020年に開業した。わたしたちは、8月31日、我が誕生日に初めて訪れた。
約37エーカーの広大な土地の一隅に、マンゴーやバナナの木々に囲まれた場所に立つこの店。バンガロール出身のオーナー、そしてチェンナイ出身の若き3人のシェフがキッチンを仕切る。コペンハーゲンの名店Nomaでインターンの経験があるヘッドシェフの女性、Mythrayie。二人の男性シェフは、それぞれ、スウェーデンやマレーシアのレストランで働いた経験を持つ。
前回の訪問時にも記したが、この店のコンセプトが、とてもいい。自然農法に基づいた食材選びに始まり、環境に配慮したキッチンや店舗の構成。発電はソーラーパネルによって自給自足され、併設の水耕栽培ファームで育まれた新鮮な野菜が用いられる。
店は完全予約/前払い制で、テーブル数にも限りがある。グループは6人まで。子どもは12歳以上。料理は基本的に「シェフにお任せ」で、ランチは5コース、ディナーおよび週末のランチは10コース。1カ月に一度、メニューが刷新される。
前回は5コースのランチメニューを楽しんだが、今日は10コース。今月はクリスマスを意識した内容ということもあり、前回よりはインド的な香りが抑えられ、欧州のクリスマスを彷彿とさせるフレイヴァーが、随所に鏤められていた。
料理を供するたびに、シェフやスタッフが、丁寧に食材などを説明してくれる。それがまた、興味深い。この店もそうだし、ムンバイの名店、Masqueもそうだが、この実験的なキッチンは、かつてスペインのカタルーニャ地方にあった世界的に有名な前衛的レストラン、「エル・ブリ(エル・ブジ)」の流れをも組んでいると思われる。
わたしたち夫婦は、2016年にバルセロナを旅した際、エル・ブリで腕を振るっていたシェフらが創業した「Dis Fru Tar(ディスフルタール)」で食事を楽しんだ。
見た目からは想像できない素材や味覚を楽しみつつ、こころはカタルーニャ地方に飛ぶ。料理を演出する陶器や陶磁器類もユニークだ。ポンディシェリの陶芸家に作ってもらったという卵の器。あるいは、デリーの陶芸村で作られた平皿……。
指になじんで、使い心地がとてもいい、細くて繊細なポルトガル製のハンドメイドによるカトラリー。スパークリングワインをやさしく受け止めるフランス製のグラス……。
店の空間も、テーブルの雰囲気も、とてもすてきで、リラックスできるのだ。
前回も、Mythrayieとは少し話をしたのだが、今回も、彼女が日本の料理にも強い関心を持っていることを再確認し、何かと話が弾む。デザートも数種類、しかし重すぎず甘すぎず、なんともいい塩梅。最後のチョコレートドリンクを口にした刹那、1989年に初めてバルセロナ取材をしたときに訪れた、チョコレートドリンクの店を思い出した。
「ココア」という概念を大きく覆す、こってりチョコレートを溶かしたような飲み物をエスプレッソ・カップに入れて、飲む。芋づる式に旅の記憶が蘇り、だめだ話が終わらない。
食後、キッチンを見せてもらえたのが、とてもうれしかった。彼女が「実験的に」さまざまな素材から発酵している味噌を見せてもらう。先日の、Vegan Marketの記録でも紹介したBrown Koji Boyの味噌のことも、もちろん彼女は知っていた。
敢えて「原始的な」雰囲気のそのキッチンの、得も言われぬ魅力的な様子! 「まかない飯」のおいしそうなこと! 長時間の蒸し焼き料理にも使うという釜の燃料は、敷地内のマンゴーの木。……尽きない。
彼女たちは、日本の食事や食器にも関心があるということで、今度、拙宅へ遊びに来てもらうことになった。今年もまた、楽しい出来事を育むために、よく食べ、よく寝て、よく遊び、よく働き、元気にがんばって、生きよう。
ちなみに、ヴァラエティに富んだ10コースの料理は、いずれも少しずつ供されるので、お腹がいっぱいになりすぎることはない。とはいえ、夕食は抜いたが、年越し蕎麦はしっかり食べた。
🍾Farmlorenのホームページ。アルコールは提供していないので、ゲストが持ち込み。
https://www.farmlore.in/
💕Double Happinessな2022年8月31日/我が誕生日(前回訪問時の記録)
https://museindia.typepad.jp/2022/2022/08/bd.html
🇮🇳ゴア産のお味噌、おいしいんです!
https://brownkojiboy.com/
🌏[Barcelona 10] Dis Fru Tar/五感と五味を刺激せよ! 未知の味覚世界へ。(2016/10/08)
https://museindia.typepad.jp/_2016/2016/10/barcelona10.html
🌏「貧困の根絶」を使命に社会貢献型ビジネスを具現化。ARAKU COFFEEの足跡と背景(2021/11/08)
(ムンバイの名店Masqueのオーナーであるアディティが関わっている)
https://museindia.typepad.jp/library/2021/11/araku.html
2泊3日のショートステイを終えて、今日の午後、猫らが待つ旧居へ戻ってきた。何があっても4猫は、相変わらず歓迎もしてくれず、お帰りの挨拶もしてくれず、わたしに優しいわけでもなく、一旦は、逃げ回る。
世間の飼い猫に比べると、野性味が強い元野良ら。
物言わぬ彼らの存在に、どれほど救われてきたかを、しみじみと思う。特には、自分の心が弱っていたり、荒んでしまったり、迷っているときなどに。
マルハン家の猫歴は8年だが、この先、生涯、猫らの存在を無くすことはないだろう。いつの日か、1猫、1猫、見送らねばならないだろうけれど。都度、また野良らに、同居しに来てもらいたい。
昨日のクリスマスは、ひたすらに、リラックスした。朝食の後、ホテルを散策などし、くつろいだあと、遅めのランチ。Zenというオリエンタル料理のレストラン。ここで食事をするのは何年振りだろう。ひょっとすると10年くらい経っているかもしれない。
日本料理、中国料理、タイ料理……とアジア各地の味覚が集う。昨日はコース料理のサンデーブランチを注文。あまりのヴォリュームの多さに食べきれず。食べ盛りの若者らにふさわしいと思われるメニューであった。
チャイニーズの前菜や点心のほか、写真に撮っていないスープや、メインのタイ風カレーなどもあり。食後は部屋で爆睡し、夕飯は不要。なんともデカダンな午後であった。
今日はスパでマッサージを受けた後にチェックアウト。わたしたちのクリスマスホリデーはコンパクトに終わった。
生きているがゆえ、日々、いろんなことがあるけれど、ともあれ、今年も日本の家族や猫らを含め、身近なみんなが元気に一年を終えられそうで、よかった。
2009年から2021年にかけての10年余り、年末年始は、アーユルヴェーダの療養リゾートであるアーユルヴェーダグラムで1週間ほどを過ごしてきた。日々、ヨガや呼吸法、瞑想を行い、滋味溢れるヴェジタリアンの料理をいただき、生薬が溶け込んだオイルによるマッサージを受ける。
心身をデトックスし、新たな1年を迎えるのに、とてもよい節目となる習慣だったと思う。
しかし昨年、ずっとお世話になっていたドクターがアーユルヴェーダグラムを離れられたことから、昨年末、そして今年は、その節目を経験しないまま過ぎようとしている。
昨夜のクリスマス・イヴは市内のリーラ・パレスホテルにて開催されたパーティに参加した。年末年始は旅行の予定もないことから、ホテルにそのまま2泊し、のんびりと過ごしている。
年々、外食の機会が減り、パンデミック世界では、その傾向が顕著となり……。自炊は健康的だが刺激が足りない。
そんな中、ホテルの朝食と、遅いランチ(夕食を兼ねる)は、とてもいい気分転換になった。食べ過ぎた。
ちなみにここ数日、普段以上に写真を撮っている。お気付きの方もいらっしゃるかもしれない。そう。iPhoneを買い換えたのだ。11から14Proへ。奮発した。目的は、カメラ。
実際に撮影してみるに、恐るべし進化である。山ほどのフィルムと、重量感ある一眼レフを携えて旅していたころを思うと、隔世の感がありすぎる。
特に夜景や動画のクオリティの高さには目を見張る。
今年はあまり動画撮影をしなかったが、今後は機会を増やそうと思っているので、使い方の勉強も始める予定。
ところでホテルは、結婚式の宿泊客で大にぎわい。パンデミックで実現できなかった結婚式が、今年は随所で炸裂している。それはもう、賑やかしい。
朝食のダイニングもアミューズメントパーク状態でごった返していたので、上階のLe Cirqueで静かに優雅に、いただいた。ブッフェでないのは、むしろ食べ過ぎを防止できてよろしい。とても満ち足りた朝だった。
ヴィーガンでなくても十分に楽しめる、「Namu Recommends Vegan Market」のヴィーガン・マーケット。アート・ギャラリーKYNKYNYのオーナーでもある多才な彼女が、数年前にスタートさせたこのマーケット。
わたしにとって3度目となる今回の開催場所は、新居に程近い北バンガロールのヤラハンカ。先週の曇天とは裏腹に、夢のような青空が広がる今日、夫と二人で赴いた。試食したり、試飲したり、ランチを食べたり、試着したり、肌に塗ったり、香ってみたり……。
店のオーナーの話を聞いたり、あるいは偶然居合わせた友人知人と語り合ったり……と、1時半から、なんと4時間近くもマーケットを楽しんだのだった。
身体に優しい天然自然の商品ばかり。どれも安心して使えるのがうれしい。愛用のブランドもあれこれと。すでに顔なじみの店主たちもいれば、オンラインで知り、愛用しているブランドの創業者たちに会うなど、新たな出会いもあり。
一つ一つのブランドの紹介をしたいところだが、今日のところは割愛。今回もまた、夫婦で、親子で、と、ファミリーでビジネスを立ち上げた人たちの多さが目に留まった。インドらしい情景だと思う。
インドではEコマースが定着し、過去7、8年でオンライン・ショッピングの機会が激増している。さらにはパンデミックを経て、その勢いは加速した。利便性は高まった一方、自分が出歩き、手にとって、商品を眺め歩く「買い物」の機会は激減。だからこそ、このようなマーケットが楽しい。
翻ってマルハン家。夫はインドで買い物をすることはほとんどなく、年に一度のニューヨークで衣類を購入してきた。しかし最後にニューヨークを訪れたのは2019年5月。つまり3年以上、ほとんど「ショッピング」をしていない。わたしが時折、彼に似合いそうなものを購入するだけだった。
普段はショッピングを好まない彼も、今日は、ファンキーなシャツなどを数枚、購入。ずいぶん楽しんでいた。
このマーケットは明日、日曜日も開催される。市街中心部からは少し外れるが、足を運ぶ価値ありの楽しいマーケット。バンガロール在住の方は、ぜひ!
🥐所用があり、平日ながら、昨夜は一人で新居に滞在。夜、急にクロワッサンが食べたくなった。
朝、9時の開店と同時に、Swiggyで注文。すると、30分後には、温かくも香ばしい、バタークロワッサンが届いた。
挽きたて、淹れたての南インド産コーヒー「モンスーン・マラバー」と共に、「朝食第2」を味わう。至福。
インドで。
バンガロールで。
しかも中心部から外れた北バンガロールで。
こんなにもおいしいクロワッサンが、30分で入手できるなど、5年前には想像できなかった。
ちなみに「朝食第1」はヨーグルトに、バナナやざくろ、ブルーベリーなどの各種フルーツに、シリアル&ハチミツなどを加えてミックスしたもの。
第1、第2。毎朝、しっかり、食べてます。
パンデミックの影響で、不自由だった過去2年。しかし今年はもう、インド世間は従来に増して、ホリデー気分が盛り上がっている気がする。実際のところ、先ほど確認するまで、本当のディワリーの日程を把握していなかった😅
ヒンドゥー教における新年のお祝いであり、美や富、豊穣を司るラクシュミーという女神を崇める祝祭、ディワリー。5日間に亘るお祭りの詳細は割愛。
女神を家に招き入れるため、部屋を掃除し、光を灯す。花火を打ち上げ、爆竹を鳴らしまくる最も賑々しい「ラクシュミー・プージャー」は、明日24日らしい。しかしすでに、世間はうるさい。
昨夜は新居のご近所さん宅で開催されたパーティに招かれた。200余のヴィラが建築される予定のゲーテッド・コミュニティだが、現在、居住しているのは約20世帯。その大半が、フェーズ1というエリアに暮らしている。我が家のあるフェーズ2の周辺は、絶賛工事中。ゆえに当面は平日を旧居、週末を新居で過ごす体制をとっている。
さて、昨夜もまたサリーに着替えて出陣。普段は閑静な住宅の一隅から、轟音が響き渡る。通りと駐車場スペースが見事なパーティ会場となっている。
WhatsAppのグループでやりとりはしていたものの、実際にお会いする人が大半。グラス片手に、大音響の中、自己紹介をし合う。本当に、喉がやられる。
類は友を呼ぶ……とは異なるが、我が周辺。毎度、日本と関わりのある人が多くて驚く。昨日もまた高確率だった。自社と日本企業が合併した人、日本にクライアントがいて年に数回訪れる人、家族揃って日本が大好きで何度も旅に出たことがある人、寿司が好きすぎる息子がいる人、日本のアニメが好きだったけど最近はK-POPが好きで、しかしわたしに会いたいという娘がいる人……。
ムンバイでご近所に住んでいたらしき人もいれば、わたしたちの旧居と同じアパートメント・ビルディングに、かつて暮らしていて、拙宅で開催していた「ミューズ・チャリティバザール」に来たことがあると言う人もいる。びっくりだ。
さらには、このコミュニティの開発会社Total EnvironmentのCEOであるKamal。数年前、彼と会った時に、建築様式やライフスタイルの嗜好に共通点を見出し、話が弾んだ。その彼が子ども時代に住んでいた、ムンバイのカフパレードのビルディングは、わたしたちが2008年から2年間住んでいたビルディングと同じだと、ムンバイでのご近所さんに聞かされた時には、驚いた。
ご縁がある人とは、とことんご縁がある。会話をしなければ知ることのない、しかし互いを紐解けば、世界は、共通項にあふれている。それは多分、偶然ではない。定められたレールの上に広がる、あらかじめ決められた情景なのだということを、このごろは、切に思う。
さて、昨日は「カンボジアの伝統技法によって織られたアンドラ・プラデーシュ産の絣(かすり)」のサリーを着用した。これは昨年、Mrinaliniの展示会で購入したもの。Mrinaliniのオーナーはご近所さんのYasho。ちなみに彼女の夫が、空港のHariだ。
展示会では、Yashoが厳選した、職人の技が光るサリーが数多く展示されていた。欲しいものが多数あったが、その中の2枚を購入。1枚目は、新居のプージャーで着用し、2枚目は、今回初めて着た。思えば、新居のプージャーに立ち会ってくれたのは、YashoとHariだった。インドの伝統や文化に関しても、非常に博学なYasho。彼女から学ぶことは多く、ありがたいご縁だと、つくづく思う。
動きやすいように、パルーの部分を折り曲げ、最近のトレンドである「ベルト」を使用。ブラウスは、ボートネックに仕立て、背中は隠している。それだけで、従来のサリーとは雰囲気がガラリと変わるから楽しい。
語って、踊って、飲んで、食べて……。毎度体力勝負だが、無理は禁物。日付が変わってまもなく、妻は退散。徒歩で帰宅できる気軽さが心地よく、夜風もまた心地よく……いい夜だった。
🇮🇳インドはお祭りシーズン序章。またしてもサリーの海へ。(19/09/2021)
Mrinalini. A platform to help handloom weavers across the country.
https://museindia.typepad.jp/fashion/2021/09/saree-1.html
🏡結婚式を思い出す。炎に祈り、煙で清めるPooja(プージャー/儀礼)
https://museindia.typepad.jp/fashion/2022/05/puja.html
🥻1985年の夏。米国西海岸での1カ月のホームステイが変えた我が人生。ゆえに。
https://museindia.typepad.jp/2022/2022/09/hs.html
(日本語は下に)
Unexpectedly, my husband and I had an elegant dinner together.
I am wearing a Banarasi saree which is made in Varanasi (complicated). I bought this hand-woven saree about 10 years ago at Kala Niketan in Mumbai. I love the floral pattern, reminiscent of Botticelli's “Primavera”, spread over the soft yellow gold.
(I nearly always write in Japanese, and the auto-translation is often incorrect and misleading.)
インド生活における「個人的な負の側面」は、敢えて書かないようにしている。優先して書きたい「いい部分」がたくさんあるし、ぼやいている暇はない。トラブルその他の大半は、あとで「笑いのネタ」にもなる。
さらには昨今、ソーシャルメディアにて勝手に提供されている「自動翻訳」の存在もある。わたしが毎回のように、「自動翻訳は誤訳が多い」ということを記しているのは、日本語が読めない友人知人に対しての警告だ。
自動翻訳の「悪意」としか思えないミスが原因で、わたしたち夫婦はこれまで、どれほど喧嘩を重ねてきたか。わたしが「夫」と入力した時点で、自動翻訳機は夫婦の危機を誘発したいと考えているに違いない。とさえ、思えるほどなのだ。
一例を挙げよう。わたしが福岡へ帰省したときに、ラーメンを啜る音をもじった、「ZURUZURU」というロゴ入りのTシャツを買った。そのことをして、
「わたしは、ちょっと子供っぽい、ふざけたTシャツを、夫へのお土産に買った」
という文脈で記録を書いた。それを自動翻訳機は、
「わたしは、子供っぽくて愚かな夫に、Tシャツのお土産を買った」
と、訳しやがっているのだ!!! もうね、ないやろ。まじで。
ゆえに最近は、「夫」のことを、あまり書かないように心がけている。が、今日は書く。
昨日19日。夫から、友人夫妻のパーティの招待を受けていると聞いていた。ディワリのシーズンゆえ、サリーを着ていくべしと、いそいそ準備をした。これは、10年ほど前に、ムンバイのKala Niketanで購入したバナラシ・シルクの手織りサリーだ。
淡いゴールド・イエローの地に、花が織り込まれている。ボッティチェッリの『プリマヴェーラ』を思わせる柄が、とても気に入っている。
雨の降る中、友人宅へ向かうも、Googleマップの示すポイントに辿り着けない。夫が友人に電話をして確認したところ……。
「え? 来月?!!」
パーティは、10月19日ではなく、11月19日だった模様。
諸々立て込むこの季節。互いのスケジュールは常に擦り合わせを……と、今朝も二人での打ち合わせで、「日付の間違いをしないように」と言っていた矢先!
せっかくおめかししたのに、このまま家に帰って、出前を取るとか、いやすぎる。
というわけで、帰路、OBEROI ホテルに立ち寄り、WABI SABIで晩餐。わたしは最初の数十分、不機嫌である。大人気ないのである。
「思いがけず、二人のデートができて、よかったじゃない」と、夫は言うが、すぐに気持ちの入れ替えができない。
窓辺の席で、雨音を聴きながら、黙ってドリンクメニューを見つめる。ENLAIというカクテルにしようと思う。柚子と花、ジン。
……と、夫は、わたしが注文するよりも先に、ウエイターに向かって「僕はこの、ENLAIにします」という。
思わず笑ってしまった。
数あるドリンクメニューの中で、同じものを選ぶ。これはニューヨークで出会ったときから、わたしたちに共通することだった。他に何の共通点もないが、好みの飲食物が似通っているのだ。
ENLAIは、多分、遠雷のことだろう。Distant thunder.
「遠雷とは、遠く彼方から聞こえる雷鳴のことだよ」と教えたら、きれいな言葉だねと気に入っていた。
いい夜だった。ということにしよう。
昨日もまた、ディワリ・パーティに招かれた。お預かりしている京友禅サリー2枚のうちの、もう一枚。白地に赤い牡丹。清楚とダイナミックが共存するサリーだ。このサリーについては、また後ほど詳しく紹介したい。
さて、マリーゴールドをはじめとする花々で彩られた邸宅。お茶やお菓子をいただきながら、友人らと言葉をかわしたあと、Jal Tarangと呼ばれる打楽器の演奏を聴く。陶磁器のボウルに水を満たし、木製の棒で叩きながら音を奏でる。木琴や鉄琴のような塩梅だ。水の量を調節することで、好みの音階を実現できる。
わたしが初めてJal Tarangを聴いたのは、2018年2月のラジャスターン州ジョードプル。聖なる音楽の祭典に訪れたときのことだ。毎年開催されているこの音楽祭。本当に、夢のようなすばらしさにつき、関心のある方はぜひ、訪問をお勧めする。
そのあとは、ディワリのプージャー(儀礼)、そしてランチと続く。ポットラック(持ち寄り)の美味ランチ! 白いサリーにカレーをこぼしてはならぬと緊張しつつも料理を楽しむ。
参加者の中には、テキスタイルやファッションに詳しい人たちも少なくなく、京友禅についても、強い関心を示された。
友人知人らのファッションも、いつものことながら、本当に興味深い。ソーシャル・メディアへの掲載許可をもらった方(&Rocky兄さん😼)の写真だけを、ここでは紹介している。
サリーの着用機会が多いこの時期に、この役割を得られたのは幸運だった。尤も、毎回、同じサリーを着ていくわけにはいかないが、その存在を伝えられるだけでも有意義だと感じる。
♪聖なる音楽に浸り続けた。ラジャスターン州ジョードプル紀行
https://museindia.typepad.jp/library/2021/12/sufi.html