写真上:ラッセルマーケットの金物屋にて。大量の料理を調理するための鍋を調達。モハンが選ぶ様子を我は見守るばかり。アルミニウムの鍋は量り売り。
昼過ぎから、宵の宴の準備である。昨日、買い物に出かける前に、どういうメニューにするかは家政夫モハンと話し合って決めていた。以下の通りである。
[家政夫モハンの担当]
・トマトと豆、生姜のスープ
・タンドーリ風チキン(前菜用)
・チキンカレー
・マトンカレー
・ジャガイモとインゲンの煮込み
・ニンジンの煮込み
・トウモロコシとタマネギ、赤ピーマンのサラダ
・トマト、キュウリ、ピーマン、豆類のサラダ
[勇敢マダムの担当]
・ガーリックバタートースト
・ピザトースト
・カナッペ2種(エビとキュウリ、卵サラダとトマト)
・その他、チーズやオリーブ、スナックなどのおつまみの準備
連日のように、パーティーの料理をしていたというモハンである。わたしが口出しをすることはないとは思えども、やはり初めてなので気になる。ましてや今回は、食器なども買って来たばかりで、それらを洗ったりテーブルにセットしたりと、料理以外の準備にも時間がかかる。
わたしもランチを終え、2時を過ぎたあたりからキッチンに入る。キッチンはモハンの「俺の城」であり、主要部分を彼が使用しているため、わたしは隅の方で控えめに、グラスや皿にべったりと貼られた値札を一つ一つ剥がしたりする。
それらをしかし、わたしが洗おうとすると、「奥方! それはなりませぬ!」とモハンが制する。
「いいから、今日は特別なんだから洗わせてよ! あなたは鍋が焦げ付かないように、ほら、調理に専念して!」
と、言っても、多分、意思疎通は図れておらず、洗わせてはくれない。彼は調理をそこそこに、食器を洗い始める。値札はがしをやってもらうのはやぶさかではないようだが、「洗い物」はどうにも、させてはくれないらしい。
「ああもう、頑固者!」と日本語でつぶやきつつ、
「じゃあ、わたしは拭くよ」と言いながら、拭く。拭くことに関しては制しないので、やっぱり「洗い物」がどうにも彼の死守すべき家事の一つであるらしい。わかった。よくわかったよ。
カナッペ用のゆで卵。ゲストは皆が来れば40名。来られない人があって30名ほどになったとしても、ひとりあたり半個として15個。余ってもいいから20個はゆでたいところだ。ところがモハンが20個は多すぎだと主張する。わかったと譲歩して15個に減らす。
卵をゆで、エビをゆで、キッチンの片隅で地味に調理。
やがてドライヴァーのクマールが、本日ヘルパーをやってくれる妻を連れてやってきた。妻も英語ができないから、ゼスチャーのオンパレードだ。クマールは英語ができるので通訳してもらったのだけれど、通訳が的確ではないので、自分で身体ごと説明した方が早いのだ。
彼女は以前、コリアンの家庭で使用人として働いていたと言う。しかし、あまり気が利かない。彼女には、野菜や果物を切ったあと、わたしが作ったカナッペの見本に倣って、次々に作っていってもらう。
「2種類を交互に並べてね」
とプレゼンテーションを美しくしてほしいので頼んでいたのだが、パーティーの際に気づいたら不規則な並びになっていた。
わたしはバターとガーリック、パセリを練り練り、パンに塗り込んでガーリックトーストの準備をし、次いではピザトーストの作り方をモハンに伝授する。
「このモッツァレラチーズをまず散らして、それからこのトマトのみじん切りを散らすでしょ。で、軽く塩と粗挽き胡椒、オリーブオイルをたらして、で、このバジルを散らして、オーブントースターに入れてね。焼き上がったら半分に切って、皿に盛ってね」
と、説明しているのに、モハンは、なにか言いたげだ。でも、言えない。
が、急に、フライパンで何かを作り始めた。タマネギ、トマト、ピーマンなどをフライパンでいため、モッツァレラチーズを投入し、具と絡める。そのとろとろした具をトーストに載せる。そして、わたしに、「食べてみて」とばかりに差し出す。
何よ。わたしのピザトースト案は受け入れられないってわけ? と思いつつ一口かじる。
うまいやん! おいしいやん、これ!
わたしの好感触を察知したのか、いつも以上に、うれしそうに微笑むモハン。マダムは自らのアイデアを却下し、もう、モハンに任せることにした。
キッチンには時計がないので、腕時計をしているクマール(帰らずに、妻の傍らでカナッペ作りを手伝っている)に今、何時? と問う。するとクマールが答えるより先にモハンが、わたしの腕時計を指すゼスチャーで時間を聞いているものと理解し、
「5時」
と答える。モハン、時計を持っていないのに、なんでわかるの? と問えば、自分の頭を指差す。勘ってこと?
時計をみれば、確かに5時2分過ぎだった。モハン。侮れない男だ。
6時にはわたしもキッチンを離れ、シャワーを浴びて服を着替える。
パーティーは7時以降に始まるとゲストには伝えているけれど、人々が集まり始めるのは8時を過ぎることだろう。それがインドのスタイル。とはいえ、いちおうは7時までに準備を整えておきたいものである。
いつもとは勝手の違いすぎるパーティーの準備。それにしても、心強い味方を得られて、本当によかった。
ちなみに、モハンの予言通り、卵はゆですぎたようで、かなり余った。この道24年の彼のアドヴァイスを、今後は慎んで聞き入れようと思う。