昨日は、夫の52回目の誕生日だった。夜は別の用事が入っていたので、ランチを二人で過ごすことにした。バンガロールの外食産業は、過去十数年、久しく成長し続けていたが、パンデミック時代の停滞を経て、今、さらに急伸している。店の情報収集が追いつかない。
一昨日、WhatsAppで、親しい女友達におすすめの場所を尋ねるも、目ぼしいお店は予約でいっぱい。どうしたものかと、Google Mapを眺めつつ思案していたところ、"Salvadores"という文字が目に飛び込んできた。高評価だ。店の雰囲気も悪くない。早速、予約を入れた。
場所は、バンガロール市街中心部のMGロード沿い。Bangalore Central Mallがあった場所だ。わたしたちが移住する前年の2004年にオープンした、バンガロールでは最も古いモールの一つであったが、数年前にクローズ。TATAに買収された現在、数カ月後の新規オープンに向けて工事中である。
その工事中のモールの最上階に、"Salvadores"は位置している。ゲートをくぐり、どう考えても危なっかしい工事現場を通過して、地下の駐車場へ。ここから直通のエレベータで最上階のレストランへと向かう。夫だけでなく、予約したわたし自身にとっても、なかなかにサプライズな状況だ。
エレベータを降りて、レストランのドアを開けた瞬間、ふわっと異次元に舞い込んだような感覚に襲われた。同時に、懐かしさが込み上げてきた。わたしたち以外、ゲストは誰もいない、しかし広々とした雰囲気のいいダイニング。窓からは、バンガロールの緑が見渡され、目の前には、かつてバンガロール唯一だった高層ビルディングが見える。
初老の男性給仕が恭しくサーヴィスしてくれる様子も、懐かしさをかき立てる。そう。今ではすっかり、若い男女が飲食店で働くことが一般的になっているが、かつては中年から初老にかけての男性給仕が、ゲストをもてなすのが普通だった。わたしがムンバイで最も好きだった場所、The Taj Mahal Palace Hotelの旧館のSea Loungeも、そうだった。
聞けばこの店は、2017年に開業したばかりとのこと。その割に、この懐かしき風情の理由はなんなのだろう……と尋ねたところ、この店は、Bangalore Central Mallがオープンする前に、この地にあったヴィクトリア・ホテルの意匠を引き継いでいるのだという。
帰宅後、調べてみると、興味深い記事に目が止まった。英国統治時代から、バンガロールの人々に愛されてきたというヴィクトリア・ホテル。ヴィクトリア家の人々によって、代々、所有されてきたという。緑豊かな庭園に囲まれたこのホテルのダイニングで楽しめる、イングリッシュ・ブレックファストが人気だったようだ。
思えば、バンガロールの古い街並みを描く画家、ポール・フェルナンデスの絵を通して、わたしはヴィクトリア・ホテルを見たことがあった。
"Salvadores"の開業に際しては、二代目ジョセフ・サルヴァドール・ヴィクトリアの息子、三代目レックス・ヴィクトリアが携わったという。スリランカにおけるワイン貿易の第一人者であり、ホスピタリティ・ビジネスへの献身で知られた父、サルヴァドール・ヴィクトリアに捧げるべく、Salvadoresという店名だ。レストランの入り口には、彼の肖像画が掲げられている。
🍴
メニューには、オーセンティックな欧州料理が並ぶ。ワインメニューも充実しているが、わたしは抜歯直後で飲酒できないし、夫もその後の予定があるので、昨日はフレッシュライムソーダとスイカジュースで乾杯した。注文したシーザーサラダ、スープ、魚のグリル、シーフードのパエーリャ……。いずれも、とてもおいしい。ビーフやチキン、ポークなど、肉類のメニューも豊かだ。しかもリーズナブル。しかも眺めがよい。
ほかにゲストの来訪はなく、我々の貸切状態。現在工事中のモールが完成すれば、きっと来客も増えることだろう。トレンドを取り入れた新しい店もいいけれど、最近のわたしは、このノスタルジアが心身に染みる。
過去20年、わたしが知る限りにおいても、バンガロールの街並みは著しく変貌してきた。英国統治時代の風情を残す、バンガロー(平屋一戸建て建築)はことごとく破壊され、近代的な建築物に姿を変えている。もしヴィクトリア・ホテルの建物が取り壊されていなかったら……と、夢想する。
ゆっくりと、時間を慈しみながら食事をしたいときには、またここを訪れようと思う。
最後の写真。夫が夕方、サットサン (Satsang) へ持っていくというので、スポンジケーキを焼いた。インドでは、誕生日を迎える本人が、友人たちにケーキを振る舞うのが一般的だ。無事に誕生日を迎えられたことに対する感謝の気持ちを、周囲に伝えるという意味合いもあると思う。みなに喜ばれたとのこと。よかった。
🎨昔日のバンガロール、ゴア、ムンバイの情景を慈しみ描く。ポール・フェルナンデス(2017/11/28)
https://museindia.typepad.jp/2017/2017/11/paul.html
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