わたしが初めて「心理療法」という言葉に触れたのは、大学時代のことだ。わたしは文学部日本文学科を専攻していたが、中学や高校の授業では学ぶ機会のなかった「哲学」や「心理学」の世界を垣間見たいと、選択した。ユング心理学……中でも夢分析には強い関心を持ち、当時は毎日のように「夢日記」を記したものだ。そこには、子どもから大人に移行する転換期の、自分の精神状態が映し出されていた。
また、哲学の教授が授業以外で行っていた「箱庭療法」にも関心があった。友人らが放課後、教授室で箱庭療法を受けたという話を聞くにつけ、興味をかき立てられた。しかし、当時のわたしは、教授に自分の内面を見られることに抵抗があり、行かずじまいだった。
今となっては、日記を書くこと、猫らと過ごすこと、般若心経を綴ること、緑の中を歩くこと、夕映えを眺めること、波音を聴くこと、神社仏閣で手を合わせること……。気づけば、日常生活のさまざまな場面で、自らを癒せる場面は数多ある。しかしながら、加速度を増して森羅万象が加熱しがちな昨今の浮世では、癒す間もなく気付かぬうちに、心労は募りがち。
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ほぼ、毎週火曜日の午前中に開催される女性の勉強会。今週は、バンガロール在住のアーティスト、Devika Sunderによるトークだった。やさしく穏やかな口調で語る彼女。子どものころは恥ずかしがり屋で、人と関わるよりも、一人の世界を大切にしていたという。
彼女が17歳のころから、身体が痛み始めた。痛みは徐々に全身に広がっていく。いくつもの病院を転々とするも、原因はわからず。診察のたびに撮られるMRIやX線は蓄積され、しかしそれらに、痛みの原因は映らない。
彼女がスクリーンに映した最初の作品は、自身のX線写真を用いたものだった。彼女の作品世界は、体内の宇宙を超現実的とも超非現実的ともつかない、独特の筆致によって構築されている。まるで海洋生物のような人間の臓器の描かれ方は、美しさと不気味さの境界線を揺らめくような妖しさだ。
絵画を言葉で表現するの難しく、先入観を与えてしまう。ぜひ、彼女のサイトを見てほしい。
https://www.devikasundar.com/
Devikaはニューヨークのカレッジで人類学や美術史、ビジュアル・アートを学び、バンガロールでコンテンポラリー・アートを学び、アートサイコセラピストとしての臨床トレーニングを修了後、つい先日、シンガポールの芸術大学でアートセラピーの修士号取得して帰国したばかりだ。その間にも、さまざまな芸術関連の賞を受賞されている。
近々、バンガロールのコラマンガラにあるスタジオにて、かつてから行っていたアートセラピーなどの活動を再開するという。
絵を描くことは、瞑想であり、癒しでもあるというDevika。自ら痛みを経験しているからこそ、見える情景やイメージは、たくさんあるのだろう。「負」の経験を「正」に「生」に、転化し、さらには心身に痛みを抱える人々を救済すべく、アートで導き、穏やかな時間を提供する。
彼女の身体の痛みは未だ、癒えていない。しかし、絵を描き続けることで、「痛みと交渉できるようになった」という。痛みを抱えながら描く彼女の在り方に、フリーダ・カーロを思い出していた。
実はわたしは、この2週間のうちに、2本のインプラントを埋め込んだ。それに伴い口内をスキャンするなど、肉眼では見えない自分の身体の内部を見つめていた。また、3カ月前に右手の腱鞘炎を発症したことから、日本滞在中は週2回のペースで整体に通っていた。そのときに、筋肉や骨のこと、痛みの原因は異なる場所にあるということなど、諸々、学んだ。そのこともあり、筋肉の本などを入手し、折に触れて眺めている。
人間の心と身体の相互関係、投薬では癒すことのできない疾患、逆に食事や精神状態で変化する肉体の状況など、これまでの人生で経験したことは無数にある。
自分の右手首を撫でながら、腱鞘炎になった理由や意味について、思いを馳せる。
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ところで、わたしが初めて「アートセラピー」という言葉を咀嚼したのは、ニューヨークでフリーペーパー『muse new york』を出版していたときのことだ。当時、アートセラピーを始められたばかりだった北川のぞみさんという方をインタヴューさせていただいたときのことだ。
今、ネット上に転載していた記事を久しぶりに読み返し、彼女の足跡のたくましさと努力に感嘆した。ネットで検索したところ、現在もニューヨークにて、セラピーのお仕事を続けられていることがわかった。もう20年以上、お目にかかっていないけれど、ご活躍のご様子を垣間見られて、とてもうれしい。
muse new york Vol.6 Winter, 2000
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1枚目の写真は、本文とは全く関係のない「本日の久留米絣コーデ」。上下共に、野村織物の商品。このごろは、久留米絣が好きすぎて、先日収録のFM熊本(2008年より毎月)でも熱く語ってしまった。その他の写真はインディラナガール情景。Nicobarが日本風味を漂わせている。
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