夕べ、夫はムンバイから戻った。次の出張まではまだ間がある。久しぶりに、のんびりとした気分の週末だ。朝、落ち着いた気持ちでヨガをするのも久しぶりのこと。買ってきたばかりのバルコニーの緑が、朝日に照らされるのを眺めながら、穏やかな心持ちで身体を伸ばす。
夫はクリケットの試合を見ている。今日のわたしは何をするにも集中できず、本を開いては閉じ、地図を開いては閉じ、ラップトップを開いては閉じ、まだ済んでいない引き出しの整理をしようと思っては閉じる。
さて、今夜はヴァラダラジャン家でパーティーである。ランチを終えたあと、モハンはヴァラダラジャン家へ、スジャータに頼まれていた圧力釜を携えて出張サーヴィスに出かけた。そろそろ我が家でも「引っ越し祝いパーティー」を企画したいところだ。モハンがいるから、準備も以前よりはずっと楽だろう。インドの食材で、どういうパーティーメニューを作るか考えるのは、楽しいものかもしれない。
ヴァラダラジャン家はIISのキャンパス内にあることは以前も記したが、先だっての襲撃事件を機にセキュリティーチェックが厳しくなっており、以前はふらりと入られたゲートでは、停車し、行き先や名前を記入せねばならないようになっていた。9/11以降のマンハッタンやワシントンDCのことを思い出す。世界中が、益々「世知辛く」なっていく。
さて、スジャータ宅ではいつものように、ラグヴァンの弟、マドヴァンとその妻、それからIISの教授仲間とその妻子が訪れていた。そこに、今回初めて対面する夫妻が登場。しばらくは、それぞれに話をしていたのだが、料理の準備が整い、食事を始めたころから「バンガロアに於ける食品の調達」の話題になった。
話題を独占して語り部になっているのは、今日初めて会ったM氏である。
「ラッセルマーケットや地元のマーケットで野菜を買うのもいいけど、無難なのはセントラル(ショッピングモール)だな」
「あそこには、アルコールもあるし。ワインの種類も豊富だよ」
「値切ったりしなくてもいいところが、いいよね」
「わたしたちは、ラッセルマーケットで魚を買ってるわ」と、誰かが言えば、
「うわ、あそこは汚くてダメ。わたしは入れない」と言う人あり、
あそこの魚がいい、あそこの肉はいい、いや、あの店はだめだと、たいへんな盛り上がりようである。
さて、そのM氏であるが、聞けば数十年、軍隊の高官として働いていて、スリランカやインド北部などに久しく駐留していたことがあったという。まるで物語を話すように、しかし決して誇張や押し付けがましさがない語り口で、彼は戦地の様子を教えてくれる。
戦士たちの士気の所在、死に対する戦士らの恐怖心、忠誠心の危うさ、戦う意味の喪失……。いくつもの死を目前に見て、いくつもの屍を超えて来た彼。更には第二次世界大戦時の日本兵の話。敗戦の後も、久しく密林に暮らしていた横井さんや小野田さんの話……。重苦しいはずの話題だが、しかし、説教臭さのない軽やかさがある。
「ずいぶん、ストレスの高い思いをしていらしたんですね」
あまりに月並みなコメントを発したわたしに、彼は笑いながら、
「いや、ストレスが溜まるって言うよりも、ぼくはいろんなことが面白かったよ」
It was intersting.
常に死と隣り合わせのぎりぎりで生きて来た人の精神の在り方を、そうでないわたしたちが知り得るはずもない。
途中、彼はキッチンに入り、しばらくモハンと話していた。戻って来た彼曰く、
「彼は北の出身だって言うから、土地の言葉で話してきたんだよ。あのあたりの土地のことは、ぼく、よく知ってるから。実に貧しいところだよ。仕事らしい仕事がないから、男たちはみな町へ出稼ぎにいく。村には、女と子供しか残ってなくてね。
彼は、村に帰ったら、自慢気にみんなに話すんだと思うよ。バンガロアっていう都会に住んでる、米国帰りのビジネスマンと日本人妻の家庭で働いてる……ってね。
貧しいところではあるけれど、自然は美しい。ああいうところを、君たちも一度は見ておくべきだと思うよ」
わたしはいつか、インドの国内を放浪したいと思う。しかし、アルヴィンドと結婚した以上、たとえ彼がインド人であれ、バックパッカーな旅は実現しないだろう。一人旅に出る以外は。
歳を重ねて、ラグジュリアスなホテルやリゾートに滞在することに慣れてしまった昨今だが、心の奥底に潜む旅情は、決して豪奢なそれに結びつかない。
「わたしは、いつか、そういう村にも、訪れたいと思っているんです。バスを乗り継いだり、山越え谷越えで不便だろうけれど」
「ぼくも行ってみたいな。いつか行こうよ」
と、アルヴィンド。「まじかい?」 と突っ込みたいが、我慢我慢。
「そうそう、君のような、ヴェンチャーキャピタリストこそ、ああいうインドの素顔を見ておくべきだ!」
M氏は笑いながら、半ば、いや、思い切り、厭味を言うが、決して厭味に聞こえないところが人徳か。
「僕は、ゴビ砂漠の西の果てで見た景色を忘れられない。清らかな湖と大地。その向こうに小高い山があって、さらに遥か彼方、雪を戴いた山並みが見晴るかせる。空はどこまでも青く澄み渡り、雲は白く……。あの光景は、本当にすばらしかった」
生きるか死ぬかの行軍の中で見るその景色は、平安のうちに訪れて見るそれと、まるで違って見えるのではなかろうか。
「ゴビ砂漠は、ミホも行ったことがあるんですよ!」
まるで自分のことのように嬉しげに話す夫。わたしが訪れたゴビ砂漠はモンゴルの、荒涼たる大地だったけれど、西にはそんな景色が広がっているのかと思うと、益々旅情がかき立てられる。
今日もまた、新しい出会いと新しい世界の話に恵まれ、夜が更けてゆく。
帰り際になり、M氏夫妻が自分たちの自家用車の一つを披露してくれた。上の写真の、まるでポケモンみたいな顔をした車がそれだ。これは単なる自動車ではない。電気自動車なのだ。大人二人、後部座席には小さな子供が二人乗れるスペースがある。REVAというインド製の車で、バンガロア郊外の工場で生産されているとか。
一回の充電で80キロ走行できる。バンガロアの中心街をうろうろと走るには、うってつけの車だ。
●初めて見る電気自動車に興味津々のわたしたちとマドヴァン。近所の犬も、しっぽふりふりやってきた。
●M氏及び車内の様子。確かに狭い車内だが、しかし近場を運転するには全く問題ない。排気ガスにまみれながらオートリクショーに乗るよりはずっといい。なにしろ、排気ガスがでないところがすばらしい。
●自宅の電源から充電できるお手軽さ。どの家庭にもある差し込み口。まるで「家電」みたいな車だ。
●内部の仕組みを見てみよう。非常にこざっぱりとしている。スペアタイヤ以外は、よくわからないな。
●驚くほど静かに、発進! おう、動いた動いた! まるでゴーカートみたいだ。それにしても静か。楽しい車だ。
このREVAという車、バンガロアで生産され、今、多くの車両が英国で販売されているという。インドもやるじゃん。こういう車がもっと増えるといいね、と、諸事情はわからないものの、シンプルにそう思う。
帰宅して後、しかし、そこはかとない「日本的な顔」のことが気になり、インターネットで会社を検索してみた。REVA INDIAのサイトをざっと見る限り、やはりインド拠点の会社だ。
しかし、どうにも日本の匂いがする。今度は日本語で調べてみた。そうしたら! やはり日本の自動車だったのである。富山県にある
タケオカ自動車工芸という、いかにも素朴な雰囲気の会社が作っている車だったのだ。
それにしてもこの会社のホームページのキャッチコピーはいかしている。くらくら来たね。
この車、日本ではよく知られているのだろうか。いずれにしても、"そいつは Good!"な車であることには違いない。欲しくなってしまった。