年末、近所のシグマモールというショッピングモールで「懸賞」をやっていた。ガルーダ・ショッピングモールで車(メルセデス)の懸賞に応募したことは書いたかと思うが、残念ながら当選しなかった。
しかしながら、シグマモールでの懸賞は、当選してしまった。栄えある25名のうちの一人に選ばれたという知らせを、昨日、アルヴィンドが電話で連絡を受けたのだ。詳しいことは、今日土曜日、2時から1時間、説明会をするので、コマーシャルストリートにあるオフィスまで来てくれとのことだった。
普通なら「当選」といえば大喜びのところだが、当選したのは、チェンナイ、ハイデラバード、もしくはバンディプールの3泊分の無料宿泊券である。チェンナイ、ハイデラバードは、わざわざ交通費を出してまで行くつもりはない。唯一、動物のサンクチュアリであるバンディプールには行きたいとかねがね思っていた。
しかし、無料で招待してもらえるそのホテルが、あまり快適ではない宿であれば、敢えてそこに宿泊したくはない。素直に喜べない我々。
「結局、旅行を売りつけられるかもしれないしね」
インドを信じきっていない精神が、喜びを半減させる。しかし、せっかく当選したのだし、取りあえず、ホテルのグレードだけでも確認しに行こうと、午後、出かけた。
我が家がまだ車を買っていないことは以前にも記した。バンガロアにどれほど住むかもわからない。せめて数年の定住を決めた都市で、車選びをしようということにしており、当面は時間制のタクシーを使用することにしている。しかし、その応急処置にも限界が来はじめた。
コマーシャルストリートは我が家から2キロか3キロほど。わざわざタクシーを呼んで数十分待ち、出かけるほどのところでもない。オートリクショーで行こうよ、というわたしに、夫はしぶしぶ同意する。
彼と同じ職種の人間は、米国であれ、インドであれ、ベンツだのBMWだのといった高級車に乗っているのが一般的だ。一方、我々、というかわたしは、高級車への拘泥がない。米国時代から、夫に高級車を買おうともちかけたこともない。
しかし夫としては、自分は頑張って働いているのに、たとえ暫定的であれ、なぜオートリクショーで埃にまみれているのか、腑に落ちないのである。彼はまたしても、ネガティブの淵にはまって行く。そして、ラッセルマーケットの喧噪を通過しながらつぶやく。
「ここって、僕のイメージするところの地獄の風景って感じ。僕にとっての地獄っていうのは、まさにここだな」
毎度毎度、憎まれ口の尽きない男よ。しかし、以前は悲観的な顔をして、心底憎らしげに文句を言っていたが、最近は笑顔で冗談まじりになってきた。少し余裕の出て来た証拠だろう。
さて、旅行会社は、案の定、非常にぱっとしないホテルの宿泊を無料で提供してくれるということがわかった。懸賞を受け取らず、引き返す我々。わたしは夫に、「コマーシャルストリート、歩いてみようよ」と誘うのだが、当然、拒絶される。やむなく、帰ることにする。
帰りのオートリクショーがなかなかつかまらない。つかまえたかと思ったら、距離が近いことから乗車拒否される。ようやく乗り込んだら、メーターを倒さない。2倍請求すると言う。
「なんで2倍なわけよ?!」
詰め寄る我々に、ドライヴァー曰く、
「ぼくは今、お腹が空いていて、家に帰る途中だったんだ。それをあなた方が強引に乗り込んで来て帰れなくなったから、2倍」
あのさあ。どうせなら、もうちょっと気の利いた口実を考えてよ。お腹が空いてるから2倍って……。脱力笑いを浮かべながらも、夫は決意した様子。
「ミホ、うちの近所のHONDA のディーラーに行こう! もう、我慢できない。ムンバイだろうがデリーだろうが、運べばいいから、ともかく買おう!」
さっそく、HONDA のディーラーに行くことにした。米国時代はHONDAアコードが愛車で、ずいぶんお世話になった。そのことから、夫はHONDAに愛着があるのだ。
わたしとしては(車を買う)=(米国に舞い戻る可能性が低くなる)という風に受け止められるわけで、それは喜ばしいことだ。
ところで、インドでは、インド製の車を除き、ほとんどの車種がその他先進諸国で買うよりも高い。ちなみに、デリー郊外に工場があるHONDAは、主にはCITYが出回っている。小汚い小型車が道路を席巻するインドにあって、アコードは最早「高級車」のイメージである。道路事情の劣悪なバンガロア。渋滞や駐車のことなどを考えると、小回りのきく小さめの車がいい。
白、シルヴァー、ウォームシルヴァー、3種類のCITYしか置いていない、やたら狭苦しいディーラーで、試乗させてもらう。周囲を走っている車が汚いせいか、CITYががたいそう立派な車に見える。黒がいいのだが、汚れが目立ちそうだ。
カタログを見る。ルビーレッドというのがある。これは、インドではめったに見ない色だから、駐車場でも見つけやすくてよさそうだ。しかし、今注文しても、デリーの工場から取り寄せるので、数カ月、かかるとのこと。そりゃまた気の長い話。もう、なんだっていい。早いところ、車とドライヴァーを手配しようという気持ちが盛り上がる。
しかし、もうちょっと、他の車と比較する必要もあるのではないか。
「CITYにする? それか、TOYOTAのディーラーに行って見る?」
TOYOTAはバンガロアに工場がある。カローラが多く出回っているようだ。CITYよりも大きめで、やや値段も高めらしい。どっちがいいいのか、わからない。
ともかく、来週中になんとかしようということで、結論づいた。
しかし、帰宅後、ロメイシュと話していた夫、車購入の見合わせを勧められる。とりあえず、車を持っているドライヴァーと月契約を結び、車の購入は定住場所が決まってからがいいというのだ。
ああ、また、面倒なことになってきた。もう、なんだっていいから、早く車を! 早くドライヴァーを!