●母の散文その1 「ハト」
お気に入りの枝に今日も、赤い足のハトが来る。
人間(わたし)に見られているのも気づかず、
ハトは下界を眺めている。
羽を繕ったり、飛んで行ってはまた帰って来て、
わたしの目の前の枝で一休み。
君はいいね。飛んでは帰って来て、お気に入りの枝で休み、
きっとこの広い庭で、幾年も過ごすのだろう。
わたしはあと十数日で、この場所を離れる。
次はどこで、このような美しい光景に出会うのだろうか。
●母の散文その2 「バルコニー」
風そよぐ樹の下で、午後のひととき、
お茶などをするのが大好きな、わたしのためのようなバルコニー。
緑に彩られた庭は、名も知らぬ鳥たちのさえずり。
遠くに車のホーン。
ここは一体どこなんだと自分を忘れてしまう。
異次元にすんでいるような気持ち。
お母さーん。ごはんよー。
娘の声がする。
ああ、ここはインドだった。
夢の中ではないらしい。
●母の散文その3 「手帖」
それは手帖というには重すぎるような、
かなり使い古された感じのする黒い大きい手帖。
70代の女性で、あんなにも使い古した手帖を持っている人を、
わたしは身近でみたことがない。
(※注 ラグヴァンの母、ロティカのこと)
聞けばたくさんのキャリアを積み重ね、今も現役のご様子。
ご家族はみな、頭脳集団。
とにかくわたしの身辺ではいそうにない方々だ。
だけどディナーをともにするひととき、英語のしゃべれないわたしだけれど、
心で通じるというか、わたしは楽しい。
ああ本当に英語ができたら、
もっと違う人生だったろうなー。
黒い手帖も、キャリアもないわたしだが、
それなりに深い人生を生きて来た。
何も悔いはない。
と言ってみたが、
やっぱり英会話のレッスンでも、日本へ帰ったら、
本当にやってみようと思っている。