日曜の午後。
夫は映画を観ていた。妻は文字を綴っていた。
突然の停電に、包まれる静寂。
涼しい風が吹き込んでいる。
グラスの水を飲みながら、電気の回復を待っている。
今日はどうしたのだろう。
バックアップの電力は届かず。
鳥の鳴き声や、葉のそよぎの音ばかりが聞こえてくる。
ベッドにごろりと横たわる。
涼しい風が吹き込んでいる。
TVを諦めた夫も、ベッドに横たわる。
涼しい風が吹き込んでいる。
鳥が鳴いている。車が走っている。
まどろむ直前の、ブランケットの手触りと、ほのかな日差しの幸福。
今日の夕飯は……わたしが作るよ……。何がいい?
お昼を食べ過ぎたから……軽くスープがいいかな。
おいしいスープ。……あ、ホワイトシチューの方がいいかな。
……タマネギと、ジャガイモと、ニンジンと……。
あ、チキンもあるほうがいいな。……ブロックリーも入れる?
それでは、少しも軽くはないけれど、
でもホワイトシチューは、久しぶりだね。……作ろうかな。
……まどろみから覚めて、キッチンへ立つ。
電力は、回復している。
ブロッコリーはないけれど、それ以外の材料はそろっている。
野菜の皮をむき、古くなりかけたセロリや、
ジャガイモやニンジンの皮や、タマネギや、
タイムや、キャベツの芯を、だしにして、スープを作る。
それから、鶏肉の手羽を解凍して、捌いて、
軽く小麦粉をまぶして、野菜と一緒にオリーヴ油で炒める。
スープで具を煮込んでいる間に、
小麦粉と、バターを炒って、ミルクを加えて、ホワイトソースを作る。
そうそう、隠し味に白ワイン。
インド産の、白ワインを開ける。初めて試す銘柄の。
もちろん、料理のためだけではなくて、グラスに注いで、飲む。
あら、これはおいしい。
Sulaの白ワインもよかったけれど、これもまた、とてもおいしい。
スープの灰汁を取りながら、ホワイトソースをとろとろと混ぜながら、
アメリカのころを思い出す。
去年の今頃は、カリフォルニアで、
一昨年の今頃は、ワシントンDCで、
やれやれわたしは、ただわたしたち二人ために、
朝な夕なにキッチンに立ち、こうして作っていた。
作りながら、
考えたり、歌ったり、閃いたり、
した。
優しかったり、温かだったり、
憤っていたり、冷たかったり、
哀しかったり、無心だったり、
した。
幸福めいて在りながら、
寂寥風景が心を占めるのは、
なんら確証のない、生死が表裏一体の、
生を授かっているからこその、
人であればこその。
シチューの灰汁をすくいながら、"Bagdad cafe" の映像が閃く。
"Calling You" の旋律が、脳裏を渦巻く。
呼ばれて、呼ばれて、ここに来た。
夫はまだ、ベッドに横たわっている。
いつまで寝ている。
一日が、暮れ始めている。