今日の午後、ようやく主寝室の風呂場の配管工事が終わった。庭の追加工事も昨日、終わっていた。屋内のペンキ塗り直しは、来週にするべきか、いや、日本から戻り、落ち着いてからにするべきか。
ともあれ、出発前の仕事は来週前半になんとか終わらせることができそうだ。
庭に出れば、メイドのプレシラが、仏像に花輪をかけてくれていた。
香りのよい花、チュベローズを生けていたのだが、その枯れかけていたのを、適当に摘んで、糸を通してかけてくれたのだ。
仕事がスローな彼女ではあるが、こういう心の余裕と、やさしい気遣いが、うれしい。義母の他界以来、きちんと仕事をしてくれていることも、ありがたい。
さて、今日のわたしはといえば、デスクワークに専心していたので、買い物はドライヴァーのアンソニーに頼んでいたのだった。
と、夕方5時を過ぎたころ、彼から電話があった。
「マダム、事故に巻き込まれました……」
状況説明をしてくれているのだが、動揺しているのか、埒があかない。
誰もけが人がいないことは確認できてまずはほっとする。しかし、車がダメージを受けているらしい。
やれやれ。
一難去ってまた一難を絵に描いたような日常だ。
「アルヴィンドには電話した?」
「いえ、まだです」
「どこにいるの?」
「すぐ近所です」
幸い、事故現場は我が家から徒歩数分の場所につき、即座に赴いた。インドらしく、現場には関係者、無関係者が入り乱れて数名、立っている。
アンソニーは普段から安全運転。自爆するようなことはしないとわかっているから、ほとんど彼のいうことを信じていたのだが、ぶつけた相手と会って、呆れた。
その通り(優先道路)は、狭く、人通りが多いので、普段からゆっくり走っている。今日もまた、ゆっくりと走っていたアンソニーは、路地からその車が出てくるのを確認していた。
その車は、こちらの車と対向して右折しようとしているのだが、道路の中程で停まったので、アンソニーがそのまま通過しようとしたところ、勢いよくぶつかってこられたらしい。
運転していたのは車のオーナー。50代の男性。助手席に彼のドライヴァーを乗せ、運転の練習をしていたらしい。ブレーキをかけるかわりに、アクセルを踏んだ模様。
ばか。ばかすぎる。危なすぎる。
普段は通学の子どもたちも多く、人通りが激しい往来だ。人をひかなかっただけでも、幸いである。
が、わたしたちにとっては、大迷惑。
練習をしていてぶつかったと聞いた途端、つい、声を荒げてしまう我。こういうとき、自制心を働かせるのは本当に難しい。
「運転の練習って言うけど、あなた、免許持ってるの?!」
「わたしたちは、免許を持っている」
「わたしたち、じゃなくて、あなたの免許のことを言ってるの!」
「君には関係ない」
「関係ないわけないでしょ? まずはIDを確認させてちょうだい」
「修理代はこっちが払うと言っているんだ。みな忙しいんだからシンプルに終わらせよう」
「そういう問題ではないでしょ。ともかく免許証を見せなさい!」
どうやら、無免許らしい。阿呆。阿呆すぎる。
アルヴィンドに電話をして、取り敢えず、事情を報告。警察を呼ぶべきかどうか、保険会社に相談してもらう。そのときに、
「バカな奴ら (stupid fellows)が車をぶつけて来たのよ!」と電話口で言ったところ、そのおやじが逆切れ。
「バカな奴らとは失礼な!」
確かに失礼かもしれん。インドでは目上の人をリスペクトすべき風習があるし、どんなときにも、そこそこまともな家庭の出自の人であれば、そのような姿勢を保つべきである。
が、ばかとしか言いようがないやろ! 無免許よ。論外!!
と、叫びたいところを、我慢する。ここでもめても、埒があかない。
そのおっさんは、確かに、それなりに、きちんとした風情をしている。
それなりにきちんとしているからといって、しかしやってることは間違っている。人ごみの多い町中で、しかも夕方、渋滞の多い時刻に、無免許で運転の練習をする。
聞けば彼は大学の教授らしい。よりいっそう、愚か者度が増すというものだ。
警察を呼ぶか呼ばないか。呼べば呼んだで、警察がまた、賄賂やらなんやらを請求するのは間違いない。なにしろ、彼は無免許だから。
アルヴィンドには途中で仕事を引き上げ、現場へ来てもらうことにした。やがて日は沈み、蚊が飛び交い始め、ああもう! な状況だが、待つしかない。
と、近所に住む「理解し合える感じのインドの人たち」が声をかけてくれ、いろいろとアドヴァイスをしてくれる。こういう親切も、インドの人ならではだ。
「うちでお茶でも飲んで待っていれば?」
と、声をかけてくれる人もいる。
そうこうしているうちにも、アルヴィンドがオートに乗って現場までやってきた。
ちなみに下の写真は、その後、日が暮れたあとに撮影した1枚。
左側で、痛々しくフロントバンパーを破壊されているのが、我が家のホンダ車。
フロントバンパーがはずれている。見た目は痛いが、幸い内部にダメージはなく、バンパーがはずれかかり、エアコンのダクトがはずれてぶらさがっている状態。
赤い三角表示板を立てたのは、わたしである。インドでこれ使っている人、ほとんど見ないからね。ここぞとばかりに取り出して、存在感をアピールさせてみた。この車の購入以来、初めての出番である。
左上は、激突してきたトヨタ車。こちらもダメージを受けているが、知ったこっちゃない。右上は、ご近所さんを交えて、アルヴィンドが話し合っている様子。
話し合いの結果、ポリスは呼ばないことにした。
ご近所さんの一人曰く、
「僕の親父はポリスだったから言うんですが、こういう場合、絶対に呼ばない方がいいですよ。余計なお金を持って行かれますから」
※注意:ここでレポートしていることは、あくまでもわたしたちのケースにおいてであり、決して他人に勧められるべき対応ではありません。インド在住の方が、類似のケースに遭遇したとしても、決して参考にしないでください。
都合2時間。なんだかんだの挙げ句、ご近所さんからの有益なアドヴァイスにも助けられ、ひとまずの結論を得た。
・相手の名前、連絡先を確認。納税者番号カードの写真を撮る。
・相手が修理代を払うかどうかわからないので、小切手で一定額を支払ってもらう。
・もしも修理代や代車の料金が一定額未満であれば、差額を返却する。
・小切手とともに、事故のレポートを互いに所持し、サインを記入する。
修理代として請求した一定額は、かなり大きな額である。ご近所さんも夫も、最低はそれだけ必要だと主張するのだが、わたしは十分だと見込んでいる。
保険会社も、警察のファイルを特に要求しているわけではないようだ。
とはいえ、保険も非常にトリッキーなので、どれだけ払ってくれるかは不明。なお、万一小切手が不渡りになった場合などは、それなりの手段で訴えることは可能だ。面倒だけど。
彼とて、一応は大学教授だし、無免許で運転していたことが明るみに出れば、それなりに問題であろう。自分の首を絞めるような真似はしないだろうと判断した。
ちなみに無免許おやじは、誰かを手配して、自宅まで小切手を取りに行かせた。そこに、誰か「使いっ走り」がいることが、インドのおもしろいところ。
十数分ののち、小切手は届けられた。
いつのまにか訪れていたアンソニーの友達が、車に応急処置を施す。
バンパーを紐で巻いて、固定しているの図。
レッカーに来てもらわずにすんだだけ、よかった。
ご近所さんの家に招かれ、マンゴージュースでもてなしてもらい、レポート用紙を貸してもらい、レポートを書く夫。
無免許おやじはといえば、ご近所さんと、「あなたも、ケララのご出身なんですか」などと世間話をしている。なごんでいる場合か!
とも思うが、その間にも、家族からじゃんじゃん電話がかかっている。きっと、相当責められるに違いない。
彼は渋りつつも、結局、わたしたちが主張する額を支払った。予測するに、その額は多分、彼の月給を上回っている。
明日の朝、銀行のスタッフに小切手を取りに来てもらい、現金化するまでは安心できないが、ともあれ、あの状況で、これ以上の対応はできなかったと思う。
いったいいくらかかるのか、見当がつかないが、ともあれ、お金で解決できる事故でよかったということだ。まあ、数時間のロスと精神的なストレスを被ったが、インドだもの。
それにつけても、幸運だったのは、夫の出張予定が変更になっていたこと。本当は、今日は不在のはずだった。加えて、ご近所さんたちに助けられたこと。
不幸中の幸いが重なって、ま、よかったっちゅ〜ことやね。
さて、気がつけば、夜も更けている。
それそろ寝ます。