★エル・ブリの流れを汲む、ディスフルタールでモダン・スパニッシュを。
旅の最終日。夫がインドから予約していた、バルセロナで有名なレストランの一つ、Dis Fru Tar(ディスフルタール)でランチだ。この店は、世界的に有名だった前衛的なレストラン、エル・ブリ(エル・ブジ)でかつて腕をふるっていたシェフ3名が、2014年の終わりにオープンした店だという。
バルセロナの北、先日訪れたジローナの郊外に、1964年に創業。2011年に惜しまれながら閉業したエル・ブリは、かつて英国の『レストラン』誌の「世界のベストレストラン50」において、5回も第一位に選出されたという。
斬新な料理法とプレゼンテーション(盛りつけ)による、何十皿もの料理が供されるコース料理は、料理の既成概念を打ち砕くものだったようだ。エル・ブリの「食の科学」については、わたしが孫引きで記すより、直接、関連記事をお読みになる方がいいだろう。
というわけで、ここでは簡単にいくつかの日本語のリンクをはっておく。ちなみにドキュメンタリー映画も制作されていたようである。
■エル・ブジ Wikipedia (←Click!)
■エル・ブリの秘密。世界一予約のとれないレストラン (←Click!)
■「エル・ブリ」の天才料理人、フェラン・アドリアの近未来味覚ラボラトリー (←Click! と書きたいところだが、この記事はあまりにも内容が専門的かつ高度で、食欲がわかなくなる。関心のある方が、最後にじっくりお読みになることをお勧めする)
■日本のテレビ番組の動画 (←Click!) エル・ブリの名シェフ、フェランが、日本料理にも強い影響を受けていたことがよくわかる番組。楽しい。
◎Dis Fru Tarは、ホテルから徒歩10分ほどの場所にあった。ホテルで傘を借り、歩いて店へと向かう。カジュアルなビストロ風の店内をスタッフの一人が非常に親切に案内してくれる。
◎オープンキッチンを通過するときには、「どうぞ写真を撮ってください」と撮影を勧めてくれる。まずはキッチンから案内するというのは、エル・ブリのコンセプトを引き継いでいるのだろう。自分の家のようにくつろいでください、とも言われた。その結果、本当にくつろいでしまうことになるのだ。
◎ユニークなプレゼンテーションに目を奪われる。櫛の歯に、チップスを挿している!
◎あいにくの曇天ではあるが、地中海沿岸の街を思わせる、シンプルで爽やかなインテリア。
◎壁にはカタルーニャの建築物に施されている伝統的なレンガタイル。
◎今日のランチは、長くなることが予想されたので、白ワインを1本。繊細な味の料理を楽しむのには、赤ワインよりも白ワインの方がいいように思われた。お勧めのワインから選んだのだが、少々風味が浅かった。が、結果的には、料理の味の邪魔をしない、無口なワインだったように思う。
◎ちなみに我々夫婦は、二人とも、お酒はさほど「量」は飲まない。わたしよりも夫の方がお酒に弱いこともあり、一度に二人で1本を開けるのは、年に数回のこと。
◎コース料理は大きく二つに分かれている。一つはビギナー向けのCLASSIC。そしてもう一つは応用編ともいうべくFESTIVAL。それぞれ、スタンダードのコースと更に品数の多いGRANがあるが、わたしたちは取り敢えず、CLASSICのスタンダードを選んだ。つい最近まで1名68ユーロだったコース料理が、急に105ユーロに値上がりしていたことに、夫は最初、少々ご不満気味であった。しかし食事をするうちに、それは至極妥当な値段であったということが、わかるのだった。
◎まず最初に出されたのは、フローズンカクテル。パッションフルーツとラムの風味がしみ込んだ、まるで雪のようにフワフワとした触感。上にはグラインドされたコーヒー豆がちりばめられている。甘さ、酸っぱさ、苦みなどが一体となり、味覚を刺激する。何ともいえずおいしい。
◎薔薇の花びらのうえに、朝露のように載ったジン。これをまずは、そっとすする。そしてライチーを口に入れる。冷たい! 正確に言うと、これはライチーではなく、ライチーの形をしたソルベだ。ライチの風味が濃厚に凝縮されている。
◎この赤い二つは、最初、土に見立てられた黒ごまの下に埋まっていた。それを給仕が、テーブルの脇で器を左右に振ることにより、まるで「芽生えてきた」かのような様子を見せてくれる。食べるべき赤い実は、ビートルートの砂糖菓子、のようなもの。
◎食べかけを撮影するのは本意ではないのだが、中身がわからないと味の想像できない料理につき。メレンゲの焼き菓子のような、かじればほろほろと崩れそうな食感。これもまた、先ほどのライチー同様、「素材の味を生かした」という表現では物足りない、化学が効いているのだろう、独特の技法から生み出されたらしき味だ。
◎次に届いたのは、これまたカタルーニャの伝統工芸の木箱。蓋をあけると……。
◎岩塩の上に配された二つの小さな食べ物。見た目は地味で、あまり食欲をそそられない。が、手前の三角のキャンディを口にして、味覚が驚く。くるみの風味が、滑らかなクリーム全体にとけ込んでいて、くるみを食べるよりも滑らかに、くるみらしいのだ。甘さと、岩塩の塩味とが調和して、なんとも言えず不思議なおいしさ。これはもう一口食べて、味を再確認したいと思われた。
◎奥にあるのはマンゴーのスライス。トンカビーンズという名の、香り豊かなスパイスと、ウイスキーが振りかけられている。ここでまた、五味の異なる部分が刺激される。
ここまで食して、アーユルヴェーダのサトヴィック料理店のことを思い出していた。あの店で食べる料理は、すべてヴェジタリアンであり、なおかつ根菜類を含まないサトヴィック料理である。最初に、五味を刺激する液体を少しずつ飲み、それから生野菜で作られた前菜、次いで軽く加熱された料理、最後に温かな料理を食するという流れになっている。ここまでの料理は、味覚を刺激するための序章であった。
■サトヴィック料理の店、SANJEEVANANの記録 (←Click!)
◎手前はいくら。奥にあるのは米のせんべいのようなもの。上に炙られたちりめんじゃこと海藻が載っている。見るからに、日本人の味覚に合いそうな料理だ。せんべいの上に、いくらを載せて食べる。
◎おいしい! 超好みの味! せんべい、一人で食べ尽くしたいくらいおいしい!
◎この盛りつけもまた、豊かな自然の恵みを思わせて美しい。給仕によると、まず緑のオリーヴを、次に黒のオリーヴを食べ、次いでオレンジの花の蜜を吸い、最後にバゲットをオリーヴオイルにつけて食べるのだという。
緑のオリーヴを口に入れて、これは本当に、驚いた。オリーヴの実の中に、何かが詰められているのかと思いきや、ココバターで作られた、卵の殻のように薄い殻のなかに、濃厚なオリーヴの液体が詰め込まれていたのだ。オリーヴの実よりも、オリーヴの風味がする。昔から、スペインのオリーヴが好きなわたしにとっては、あまりにも好きな風味が凝縮されていて、感動する。そのあと、オリーヴの余韻が残る舌に、オレンジ風味の蜜の甘さが広がる。
◎カタルーニャのタイルの上に載せられて恭しく出された1枚のビスケット。薄い生地の上には、Idiazabalと呼ばれるバスク地方の羊乳のスモークチーズが、チーズケーキのような少し粗いテクスチャーに加工されて載っている。
甘くはない。ほのかな塩味と個性的な香りが調和したチーズだ。冷えていて、アイスクリームのようでもある。これを一口食べるごとに、おちょこのような器に入っている濃厚なリンゴジュースをすする。チーズの風味と塩味、それにリンゴの甘酸っぱさが交互にやってくるのが、なんとも楽しい。デザートとも前菜ともつかない味わいにまた、感動する。
◎キノコ類が使われたダンプリング。新鮮なコリアンダーとよく合う。
◎そしてこちら。給仕のお兄さんの説明を聞き逃し、何が入っているのかわからないまま口にしたところ……。
◎とろりと流れ出す卵の黄身。食べかけの写真で恐縮だが、これは中身を見せないことには、魅力が伝わらない。衣との相性も抜群で、ともかく、おいしい! ピータン風情の卵の殻の中には、「濃厚椎茸だし」とでも言わんばかりの、煮こごり風が入っている。東洋風味のこの椎茸だしと、卵とを交互に食べる。たまらない。
◎これはコースの中盤、味覚を整えるための一品のように思われた。その名も、Ceviche Deconstruction。脱構築のセビーチェ。日本語に訳してさえ、意味がよくわからない。
主役の魚介類が見当たらない、しかし甘酸っぱい柑橘が効いたセビーチェのソースの上に、まろやかなクリームの層。その上に磨り下ろされたニンジンが載っている。野趣に満ちたニンジンの風味と酸味の利いたスープを、クリームが取り持って、これまた味覚を刺激する。
◎この店名物の透明マカロニのカルボナーラ。ゼラチンで作られているというマカロニには、あらかじめチーズとベーコンがちりばめられている。
◎混ぜる。これは、おいしかったが、普通のパスタの方が、むしろおいしかったのではないかと、思われる。透明なパスタ、というこれは面白さが勝る一品ではあった。ここに来て、急にお腹がいっぱいになってきた。
わたしたちが店に到着した1時半には、まだ数組しか来客がなかったのが、気がつけば満席である。しかも、わたしたちより後に来た人たちが、すでに先を行っている。わたしたちはかなりゆっくりと食べているようである。
何より驚いたのは、隣席の老夫婦。わたしたちが注文したものより品数が多いGRAN CLASSICを、次々に平らげ、わたしたちがこのパスタに到達するころには、デザートに突入していた。食欲旺盛なお二人である。
◎トマト・ポルヴォロンと名付けられたこの料理は、ショートブレッドのようなスペインの伝統菓子Polvoronに見立てた、トマトのテリーヌ風。ポルヴォロンは、確か日本でも一時期流行った「ほろほろクッキー」のオリジンだと思われる。
黄金色のキャビアは、アルベキーナ(Arbequina)と呼ばれるスペインのオリーヴオイルで作られた人工キャビアだとか。宝石のような美しさだ。
◎そしてこちらは、飲むサラダ。たちまち、胃がすっきりとする。
◎磯の香りがテーブルに届いた途端、お腹いっぱいだったと思ったのが錯覚だったか、と思うほどに、再び食欲が。手長海老、ランゴスティーンのグリルだ。塩こしょう、オリーヴオイル、ガーリックの風味。それだけでもう、エビの旨味がぐいぐい引き出されている。これはもう一尾でも、追加注文して食べられそうだった。
◎エビに続いて、抜群の一品。パッと見、オバQの顔みたいだが、見た目よりも味わいが勝った。これは今すぐにも、もう一度食べたい。できるなら、炊きたての日本米とともに。
Red mullet(ボラ)という魚のグリル、その上にイベリコ豚のポークベリー(豚バラ肉)のスライスが載っていて、醤油風味のソースがかけられている。オバQの目の部分は、茄子のニョッキ。といっても、これまた、ゼラチンのような中に、焼きなすのような風味がするピューレが詰まっているのだ。日本米が食べたくなるのも不思議ではない。これは本当においしかった。
◎そして最後に出されたのが、モロッコ風のハト肉料理。フルーツの香りがする濃厚なソースと、柔らかく調理された滑らかなハト肉。ほんのりとカレー風のスパイスが利いたクスクスが添えられている。個人的に、ハト肉そのものの、やや癖のある土のような風味があまり好きではなく、この料理は好みだとは言いがたかったが、もちろん完食した。個人的には、牛肉や鴨肉だったらよかったと、思われた。
◎そして気がつけば、日が陰り始めている。そして気がつけば、空いたテーブルが目立つ。わたしたちのペースに合わせて、確実にいいタイミングで料理が運ばれ続けていたのだということに、感じ入る。
◎そしてついには、デザートシリーズ。まずは、マンゴーソルベのサンドイッチ。といっても、パンの部分はメレンゲを焼いたもの。フワフワと軽い。
◎コーンの中は、極めて滑らかでクリーミーなチーズケーキが詰まっている。そして最後の最後に、ナツメグのようなスパイスの粉末が仕掛けられていて、それが味覚を刺激するのだ。
◎これは、グリーン&レッドチリに見立てられたチョコレートクリーム。
◎ヘタの部分は本物なので、食べないでくださいね、と言われる。
◎そして最後の最後。綿の木にくっつけられた、綿菓子。白い部分は本当の綿。茶色いフワフワのみ、食べられる。
◎ミント風味のココアパウダーが振りかけられた綿菓子で、本日の食のエンターテインメントは閉幕。
◎時計を見れば、午後5時半。なんと4時間も、飲み食いし続けていた。こんなに長時間、ランチを食べ続けたのは、多分、初めてのことである。しかも食べている間ずっと、好奇心がかき立てられ、本当に、楽しかった。
◎しょっちゅう食べたい料理か、と問われれば、そういう類いの料理ではない。今回食した中の何皿かを、抽出して食べたいと、思う。ともあれ、五感と五味を刺激する料理、という意味では、本当にいい経験だった。次回、バルセロナを訪れた時に、もしもまだこの店があったとしたら、次はFESTIVAのコースを試してみたいと思う。
■Dis Fru Tar (←Click!)
"Dis Fru Tar" を英語に訳すと"Enjoy" の意味。
◎外へ出れば、夕暮れ。雨もあがって、風が心地よい。……と店の前に、大きな市場。さすが、昔ながらのメルカートが市内の随所に残るバルセロナ。食の都なのだということを、つくづく思う。
◎今日のプログラムはもう、ホテルに戻るだけ、だから、帰り道に何かいいものを見つけたら、自分たちへのお土産を買って帰ろうと思っていた。早速、市場に立ち寄る。
ホテルへ戻り、わたしは荷造りを。夫はもう少し歩きたいからと、買い物に出かけた。雲のある空の風景もまた、表情が豊かに美しい。朝は4時起床で空港へと向かい、フランクフルト経由でバンガロールに戻る。
今回の旅に関しては、まだまだ自分の中で消化し切れていない思いが残り、書き留めておきたい事柄もある。が、ひとまずは、ここで旅の記録は終了だ。後日機会があれば、バルセロナ、その後、を書きたいと思う。が、2週間後には日本旅。あまりゆっくりもしていられない。
ともあれ、カタルーニャの文化……音楽、アート、食、建築と、多彩なジャンルにおいて、ぐっと深く楽しめた2週間弱であった。また、旅する日々を始めるための、今回の旅が契機になればと思う。
【蛇足】経由地フランクフルト空港にて、ビールとソーセージでランチ。