昨日の午後、1週間滞在したアーユルヴェーダグラムより、帰宅した。夫は昨日の夕方より初出社。インドも欧米同様、特に「正月気分」などなく、新年が始まる。
アーユルヴェーダグラムでは、チェックインした27日の深夜は凍えるように寒く、ケララ州から運び込まれた、「すきま風通る」南国建築の宿泊施設が恨めしかった。
昨年も、一昨年もこんなに寒くはなかったのに。夫はといえば、
「もう、明日帰る」
と、弱音を吐いていたが、しかし翌朝、顔なじみのドクター、マンモハン先生のコンサルテーションを受け、朝夕のセラピー(トリートメント)などを受けているうちに、心が落ち着いた様子。
翌日からは、ヒーターを持ち込んでもらい、毛布も増やしてもらい、どうにか凌げるようになり、大晦日。
前回は、バンドが入って地味な音楽を流していたが、今回はゲストやセラピスト、それにマンモハン先生の家族など一堂に会しての、大晦日イヴェントが企画されていた。
マンモハン先生の司会により、出し物なども披露され、まるで学芸会の状態であったが、ユニークな夜であった。
米国、カナダ、フランス、イタリア、ボツワナ、南アフリカ、シンガポール、マレーシア、日本……。
滞在中は、かなりスローに、テンション低めに、静かな心持ちで過ごしたく、比較的、無口であるのだが、しかしそれでも、世界各国から訪れた人々と、言葉を交わす。
みなそれぞれに、それぞれの理由のもとに、ここに集まる。
大晦日前はゲストも多く、いつもよりもサーヴィスの不手際も多く、居心地の悪さを感じたが、しかし、ドクターのよさ、マッサージなど各種セラピーのよさ、そして料理のおいしさを思うと、やはりいい場所だ。
今回、ここを数年前に買収したというオーナー、ラメイシュ・ヴァンガル氏と話をする機会があった。
インド人である彼もまた、ニューヨークを拠点にビジネスをしてきた人。これまでFMCGやアルコール飲料会社など、大手企業の重役を勤め上げてきた「やり手」である。
日本企業との関わりも深く、日本に詳しい。
すでに財産を築き上げた彼がしかし、アーユルヴェーダに出会い、人生が変わったという。ポーランド人の妻。二人の息子。
長男を失った。妻と、自閉症の次男とともにインドで暮らす彼。彼の話を聞くのはまた興味深く。改めて、インタヴューをさせてもらいたいと感じた。
同時に、実践的な部分として、アーユルヴェーダグラムの設備やシステム、その他の不備の多い部分を、率直に指摘させてもらう。
予算をかけるのではなく、ちょっとした工夫で、滞在が快適なものになるのだが、そのあたりの不備が少なくないのだ。
折しも、大晦日の夜、「世間のどんちゃん騒ぎを避けたくて」、敢えて一人で1泊しにきたエールフランスのフライトアテンダントの女性。
彼女とも意見が一致し、海外から来るゲストへのホスピタリティについての、ゲスト側の提言をさせてもらう。
その有り様の断片を理解し、体験する。それは、決してファンシーなものでも、優雅なものでもなく、極めてシンプルな「生きる道」の習得だ。
しかし、束の間の、海外からの訪問者には、多分戸惑うことが多い。
恩恵をフルに受けてもらうには、それなりの環境づくりが必要だ。その環境づくりに必要なもの、に対するアドヴァイスを、むしろしたくて仕方がないのである。
日本からの来訪者も、たとえばギザ(湯沸かし器)の使い方さえわからず、寒い思いをしている。わからないのは当然のこと。
蛇口をひねれば即、湯が出る先進国から来ている人に、「入浴前の約15分から30分前にスイッチを入れること」が必要だなんて、説明されねばわからない。
「2分待って」の2分が、厳密に120秒を意味しているわけではなく、ちょっと待ってね、という非常に曖昧な「かけ声」であるということも。
日本人の来訪者も、我々の滞在中、のべ10名ほどいらした。このブログを読んでいるという方、お二人から声をかけられた。
検索サイトで「アーユルヴェーダグラム」と、日本語でサーチすると、わたしのブログの記事がぞろぞろと出て来る。
何やら、責任を感じないでもない。同時に、日本人にも快適に過ごしてもらいたいと思わずにはいられない。
という次第で、今後もこの施設とは、少なからず関わりを持つことになりそうだ。
大晦日の夜。池の鯉に餌やりに興じる夫。ちょっとだけまともな服装で、しかし腑抜けた顔で、夕食に挑む妻。
ワインのかわりに、トマトスープで夕食をはじめているところ。
夫はといえば、「今年はワインで乾杯しよう!」と、張り切って、こっそりワインを持ち込んでいた。
彼よりも飲むわたしですら、「絶対に飲みたいと思わないはずだから」と持参を却下しようとしていたのに、夫は聞く耳を持たず。
結局は、ボトルを開けることなく、そのまま持ち帰ってきた次第。
これは、大晦日のパーティの様子。ゲストが屋外のステージに集ってのひとこまだ。
美しい奥様、そしてラヴリーな子供たち。
長男のこのファッションにはわけがある。
のちの宴にて、彼は大好きなマイケルジャクソンのダンスを披露してくれたのだ。
インド5000年の伝統医学、アーユルヴェーダのドクターの息子がマイケルジャクソンのファン。
しかも、踊りをあれこれと習得している。なんともミスマッチなところが、面白い。
子供たちやセラピストたちの出し物のほか、ゲストたちも「強制参加」で踊ったり歌ったり。なんだかよくわからんが、非常にアットホームで奇妙な年越しである。
そしてカウントダウン。花火を打ち上げた後、ボンファイヤー。アーユルヴェーダのセラピスト、とはいえ、普通の若者たち。
やったらエネルギー満点で、大騒ぎである。
それまでの寒さと、サイクロンによる数日の曇天が嘘のような、青空広がる温かな朝。
バンガロールらしい、高原の好天が、新年を祝してくれているようだ。風は心地よく、陽光はやさしく、本当に、夢のような天候だ。
午前中、RKBラジオの生放送で、インドからメッセージを届けた。
テーマは、「インドにおける、幸せ」について。わたしは、インドの家族、家族の絆についてを、さまざまに話した。
親のために、兄弟のために、親戚のために、何かをするというのは、多分、義務でも責任でもない。そこには、「したい」という、ごくあたりまえの衝動が、あるように思える。
損得勘定を乗り越えた思い。
平たく言えば、愛。
「親孝行」などという言葉は、敢えて必要ない気がする。
元旦早々、電波を通してわたしの声を聞いてくれた、家族、親戚。喜んでくれる人がいることの幸せ。高原の爽やかな風が、空気が、聞く人のところまで届けばいいと願いながら。
元旦のヨガのクラスで、老齢の師匠がおっしゃったこと。
ヨガにせよ、呼吸法にせよ、瞑想にせよ、目的はただひとつ、「リラックスすること」である。
人間の身体にとって大切なのは、リラックスすること。多くの疾患が、リラックスできていないストレスに起因している。
たとえば外傷であっても、だ。リラックスしていないからこそ注意力が散漫になって、事故を起こしてしまう。
多忙な時こそ、心が迫るときこそ、苛立つ時こそ、1分でも2分でもいいから、ひとり静かな空間に身を置き、やさしく目を閉じて、ゆっくりと深呼吸(鼻から吸い、鼻から吐く)をして、心を鎮めよう。
手のひらをこすり合わせたあと、自分の顔をそっと包み込み、やさしく撫でてマッサージをしよう。
あれこれと、テクニックはあるのだが、しかし、それを知らずとも、深呼吸ならできるはず。顔をなでることもできるはず。
健やかな心身を育むために、自分を慈しみながら、生きたいものである。
●アーユルヴェーダグラム滞在中の記録は、以下に残しています。
■MiPhone@India/ Ayurvedagram 2011 (←CLICK!)
●過去2回の滞在記録はこちら。このアーユルヴェーダ診療施設(ヘルスリゾート)の詳細も残しているので、ご興味のある方は、どうぞ。
■ヘルス&ビューティ事情:アーユルヴェーダグラム (←CLICK!)
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