シャルル・ド・ゴール空港の、出発便の案内。無数の地名。ここから飛び立つ飛行機の行き先。毎日毎日、こんなにも多くの飛行機が、なにもここだけではない、世界中の都市から、多くの人々を乗せ、山河を越え、国境を越え、地球を巡っているのかと思うと。
●パリ、だけではなく。
インド移住後、初のヨーロッパだったこともあり、パリの写真を新鮮に受け止めてくれた方が多いようだ。我が家族をはじめ、「パリに行きたい!」と思っていただけたのは、書き手冥利に尽きる。
しかし一方で、伝えたい。欧州には、パリ以外にもすばらしい都市がたくさんあるのだということ。大きな町、小さな町、ガイドブックにない村、そんな随所に足跡を残して来た者として、それぞれの土地の魅力を一つ一つを伝えたいと。
脳裏に地図を思い浮かべ、地名をたどれば、たちまち蘇る光景。
- 北イタリアのトスカーナ、丘陵地をゆけば、ひまわり畑やオリーヴ畑、ブドウ畑の現れ。青空に向けて糸杉のそびえ立ち、キャンティのワイナリーを巡りながらゆく。
- プラハの、カレル橋を渡り、石畳の街角の黄色い壁が日暮れの黄金色に染まり、振り返れば、旧市街の尖塔が無数に目に飛び込む中世に紛れ込む。
- セビーリャの、カサブランカという名のタパス・バーに幾度も。ぎゅうぎゅう詰めのカウンターで、押し合いへし合い小皿料理を指差し注文、その一つ一つの、なんという美味、リオハの赤ワインとともに味わう。
- ヴィエナの街角の、まさに「角」にたつ天井の高いカフェ。ドアをあければコーヒーの香りに包まれ、テーブルに並べられたペイストリー、広い窓からこぼれ落ちる光の下に新聞を広げる老紳士、甘いリンゴの菓子を口に運びつつ。
- スウェーデンのガラス王国の、淡く柔らかな色した草花の揺れる向こうに広がる麦畑の、夕暮れ時、雲に霞んだ月の光が、虹のような光を放ち、麦畑の上をふわふわと漂う霧、妖精のダンスと呼ばれ。
- バルセロナ旧市街の、小さなカフェで飲む、デミタスカップに入った滑らかなチョコレートドリンク。マヨルカ島の名物パンをちぎりながら、トロリとした甘いカカオの味わいを。
- 灰色の雲垂れ込めるアントワープの、閑散としたミュージアム。幾枚も掲げられた巨大なルーベンス絵画を静かに眺む、ルーヴルのそれをはるかに凌ぐその圧倒的な絵画を。
- ロンダの、断崖絶壁にたつ古城ホテルの、足がすくむような下界の景色、色とりどりの素焼きの陶器、あの山を越えて車を飛ばせばやがてジブラルタル海峡、その向こうにはモロッコ、アフリカ大陸が。
- ドレスデンのツウィンガー宮殿の回廊の、無造作に並べられた古伊万里の陶器の彩り鮮やかに。東欧からの出稼ぎ労働者の悲哀が詰まった安食堂のテーブルで飲み干すビール。
- リビエラ海岸の、アラッシオの、海にせり出したホテルの窓から、水平線だけの一直線の光景の、朝な夕なに彩りをかえ、波の音を聞きながら眠る。
- 南仏エクサン・プロヴァンス、夜の散歩。噴水から石畳に流れ出す水をよけながら歩けば、音楽学校の窓からこぼれるピアノ演奏の音と光景。息を殺して、眺め入るひととき。
- アッシジ。サンフランチェスコとサンタキアラの聖なる城塞の街、迷路のように伸びる道を当てもなく歩く随所で、十字架。PAX。街を貫く心臓を貫くディンドンと教会の鐘。
- バスク地方を過ぎて、海辺の街コミーリャス、宗教大学に飛ぶ白い天使、海に面した墓地の白い十字架、アントニオ・ガウディの建てたひまわり模様の教会、深すぎる青をした青空。
- カステラの起源、パオンデロー求めて歩くリスボン旧市街の暗がりの街角の、青いタイルの壁、街灯に浮かび上がって、小さなバーの、ポートワインがしみいる冷えた身体に。
……と、とめどなく溢れ出す記憶の中の光景。いつまでも、いつまでも、綴り続けられる。かけがえのない記憶の一つ一つを、形にして残しておければいいのにと思う。
●この場所から、世界へ。
年末から年始にかけて、我がお願いに応じて、多くの方々がメールを送ってくださった。ご自身のバックグラウンドを紹介してくれた方が多数で、だからわたしが、誰に向けて書いているのか、少しイメージすることができるようになった。
日本在住よりも、海外在住の方のメールが多かった。インド人の伴侶、もしくはボーイフレンドを持つという女性の多さにも、すでに気づいてはいたけれど、改めて驚いた。
1月も、すでに下旬。
しかしこのサイトを通して、今後、何を書いていきたいのか、自分でもまだよくわからない。「方向性」を見極めたいと思うのだが、どうにもうまくいかない。
ともあれ、もうインド初心者ではない。すでに季節は二巡した。少し落ち着いた心持ちと視点から、綴ることを続けていこうと思う。