今日はスジャータとラグヴァンが遊びに来た。メインに鶏肉を使った夕食を用意しようと思う。
「鶏肉の料理を作るんだけど、インド風、欧州風、アメリカ風、日本風のうち、どれがいい?」
とアルヴィンドに尋ねたら、
「今日は日本風がいい」
とのことなので、タマネギやニンジンを使用しての鶏肉を煮付けにした。
Namdhari’sで調達していた絹さやを茹でてサラダにする。スジャータも更に2品の野菜料理を持って来てくれて、今夜も賑やかな食卓。
彼らも我らも、いろいろな土地へ行ったり来たりの暮らしだが、こうして時折の週末、顔を合わせることで、ぶれた軸を正しているような、軌道修正をしているような気分になる。
さて日本では、明日の午後8時過ぎに放送される番組であるが、当然インドでは見られない。自分よりも周囲の人々の方が先に見るという事態は、なかなかにUncomfortableである。
それにしてもだ。ラジオに流れた自分の声を聞くだけでも、
「え〜? わたしってこんな声? こんなしゃべり方? いや〜〜!」
と思うことしばしばなのに、テレビだったらどれほどショックを受けることか。そもそもホーム用ビデオで自分たちを撮影するという習慣もないので、自分がどんな様子なのかを客観的に見る機会がない。女優並みに、少しは立ち居振る舞いの特訓をしておくべきだったかと今更ながら思う。
さて、今日はシリーズの最終回。取材編を残しておこうと思う。
●3月20日(木):取材初日はOWCやお宅訪問、チルドレンセンターなど
目覚めれば、空気が重い。空を見上げれば、厚い雲が垂れ込めている。この時期、バンガロールは快晴続きなので天気の心配を全くしていなかった。まあ、午後には晴れるだろうと気を取り直してシャワーを浴び、身支度をする。
微熱があり、少し咳が出るものの、行動に差し支えるほどではない。顔もまあ、平常通りだ。ほどなくして夕べ遅くにバンガロール入りしたディレクターから電話が入る。準備を整え、待ち合わせ場所のThe Leela Palaceへ。
ロビーでディレクター、レポーター、それからカメラマンと音声・照明担当、計4名のスタッフと顔合わせ。バンガロールの現地コーディネータ2名も同席している。
レポーターの女性は、かつてCCガールズというグループに属していたグラビアアイドルの山田誉子さんという女性。スリムで背が高く、スタイルのよい女性だ。
3日間の行程やスケージュールを簡単に打ち合わせ、今日の行動予定を再確認し、午前10時すぎより撮影が開始された。
まずは、毎週この日にThe Leela Palaceで行われるOWCのCoffee Morningから撮影である。普段はサリーを着て参加することはほとんどないのだが、今日は敢えてサリーを着用。
日本人の友人らからのコメントをもらいたいと言われていたので、ユカコさんとエリカさんに来てもらっていた。二人のインタヴューのあと、わたしがいろいろな人と会話をしているシーンを撮影。
その後、今度はホテル内のSPAへ向かいアーユルヴェーダの問診を受けているところと、オイルマッサージを受けているシーンの撮影。本来は「全裸」になるオイルマッサージだが、まさかそういうわけにはいかず、肩から上のみを出してマッサージをしてもらう。
結果的にはSPAのシーンは丸ごとカットされた模様。なにしろ15分。カットされるシーンが多いのは仕方がない。
みなでランチをすませたあと、自宅へ。午後は「お宅訪問」のシーンを撮影である。天気はよくなるどころか、どんどん悪くなる。ゲートからエントランスへ続く小径が、いつもなら青空と雑木林のコントラストが美しいのに、今日はどんよりとしている。
まあ、明日になれば晴れるだろうと気を取り直して、わたしは早速別のサリーに着替える。OWCの会合は別の日のシーンなので、別の服に着替える必要があるのだ。
自宅には、祝日のため普段より早めにムンバイから帰宅しているアルヴィンドがいる。いつものように、笑顔でゲストを迎え、
「どうぞおかけください。お茶でも召し上がりませんか?」
ともてなしてくれるのだが、スタッフにゆっくりとお茶を飲んでいる余裕などない。あれこれと、撮影の準備である。なにやら持て余しているハニー。むしろ帰宅は明日にしてほしかったが、こんなときに限ってご在宅である。
それにしても、低気圧のせいか、非常に蒸し暑い。その上、サリーを着ている。更には照明の熱がかなり強い。加えて微熱がある。我が家は1階で、天井が高いこともあり、真夏でも涼しく、ファンだけで十分なためエアーコンディショナーがない。
しかし音声の関係でファンを回せない。プチサウナ状態である。女優の苦労の一端を知る思いだ。「なれんな。女優には」と思いながら、ときおりバスルームで化粧直しなどしてみるが、早くも崩れ始めている。頼むぜゲラン。初日にしてもう、だんだんどうでもよくなってくる。
リヴィングルームにはじまり、ダイニングルーム、ゲストルーム、キッチン、書斎、ベッドルームと案内する。それぞれが紹介されるのは数秒のことだろうが、アングルを決めたり電源を確保したりと、撮影の準備などで一つ一つ時間がかかる。
思えば映画やドラマの撮影は、何日もかけたものが、わずか1時間や2時間に凝縮されるわけだ。映像を手がける人たちにとっては、行程に時間がかかることなど当然のことだろう。紙媒体しか手がけたことのないわたしには、そのプロセスを眺めるのも興味深く、何かと新鮮ではある。
もちろん紙媒体だって、撮影した無数の写真の中から、「これだ」と思われるものを選び抜いて使用する。撮ったすべてを載せられる媒体など、基本的にはない。今でこそインターネットで写真や文章を載せ放題、他者の目に触れられる場所へ置ける世界が一般化しているが。
さて、お宅訪問のシーンの後は、アガペチルドレンセンターへ。すでに日は傾き始めている。一日で詰め込み過ぎだと思われたが、今週はグッドフライデーとホーリーという大きな祝祭が重なっていて、ルーベン牧師と子供たちのスケジュールが、今日しか合わなかったのだ。
今度はカジュアルな服に着替えて、おみやげの本と古新聞を携え、アガペチルドレンセンターへ。
子供に世界の国々の説明がのった百科事典や図解がたくさんついた英語の辞書などをプレゼントする。そして古新聞でカブトやツルの折り方を教える。
体調が悪いことなどすっかり忘れ、声を張り上げて20人の子供たちと遊ぶ。そして最後にカメラに向かい、なぜ社会活動を積極的にやりはじめたのかという経緯を話す。かなり思いを込めて長々と話したが、このシーンは多分、カットされるだろう予感。
盛りだくさんだった一日がおわり、本日は解散。自宅に戻り、夕飯の準備をしてアルヴィンドと食事をする。
なんとか体調を戻したく、ゆっくりと湯船につかり、スチームで喉を加湿するが、治るというよりは、「これから悪化する」という気配がする。やれやれ。
●3月21日(金) 雨の中、街を行く。インド料理を作るなど。
翌朝目覚めると、声がハスキーになっている。かなり別人の声だ。今日は一部、昨日のシーンの続きを撮らなければならないのだが、一日のシーンで声が2種類とはいかがなものか。尤も一言二言なので、大して気づかれないだろうか。
そういえば、と、遠い記憶が蘇る。
確か「男女七人夏物語」だったか。明石家さんまが収録の最中に髪を切ってしまい、しかし後日、すでに撮ったシーンを改めて撮らねばならず、一日にして、髪が短くなり、長くなり、再び短くなった、というハプニングがあったのを思い出した。
俳優って、女優って、たいへんなのね。と改めて思う。
と、窓の外を見遣れば、雨が降っているではないか! この時節、バンガロールに雨だなんて。なんと感じが悪い天候であることか。
なにしろ今日は、朝からラッセルマーケットの撮影だ。雨の日にわざわざラッセルマーケットへ赴くことなど決してないのだが、行くしかない。
マーケットへ到着するも、相変わらずの喧噪。さて撮影をというときになって、マーケット内が停電し、薄暗くなってしまう。やれやれ。これがインドといえばインドではあり、つまりは臨場感があり、タイミングがいいのだか悪いのだかよくわからない。
まずは奥の魚コーナーへ。ここでイタリアンレストラン、サニーズのオーナーであるアルジュン氏とばったり会う。彼とはこのマーケットで数回、顔を合わせていることは、過去にも幾度か記した。
ストーリーに起伏が出ると思われたので、事情を説明し、出演してもらった。このとき、彼の行つけの魚屋と果物屋が、わたしが行きつけのそれらと同じだということがわかって、うれしい。
その後、野菜を買い、果物を買い、花を買い、その足で今度はコマーシャルストリートへ。
レポーターと一緒にショッピングのシーンを撮影する予定だったが、急遽変更して、わたしが取材をしているシーンを撮影することに。こんなこともあろうかと思い、車の中に持って来ていたTシャツに着替え、一眼レフのカメラを携える。
小雨を縫うように、コマーシャルストリートのジュエリーショップやサリーショップを飛び込みで取材させてもらい(正確には取材しているところを取材させてもらい)、それから今度は、セントマークスの庶民派レストラン、ナンディニへ。
ここで、バナナの葉の上に載せられた南インド版の定食「ミールス」を食べながら、インタヴューに答える。いよいよ、声がハスキーになって来ている。辛いものを食べるのが辛くなって来た。ダルとご飯とヨーグルトを主に食べる。
さてランチのあとは、自宅へ戻って、昨日の撮影の続き。再び昨日のサリーを着用。持っているサリーの説明などをする。加えてレポーターの女性がサリーを着用するシーン。さすがにグラビアモデルだけあり、ものすごく似合っていて美しい。背後でアルヴィンドが満面の笑顔で見守っている。
さて、昨日の続きの撮影を終えたら、今度は夕食の準備のシーン。まずは撮影とは関係ないところで、本日お買い上げの野菜や魚介類を片付ける。
それから撮影向けの料理を。ラッセルマーケットでいいエビを見つけたので、プラウンカレーを、それから日本人に好評のホワイトチキンを作ることにした。実際に食べるためのその他の野菜は、プレシラに残業をしてもらい、彼女に作ってもらうことにした。
本来ならば、スジャータやラグヴァンを招いての夕食にしたかったのだが、あいにくラグヴァンは米国出張。スジャータはデリーと、身内がいない。従っては「久しぶりにムンバイから戻って来た夫と二人で夕食のシーン」ということを前提にした撮影である。
実際には、メインとなる料理を二つも作らないが(エビかチキン、どちらか一つ)、今日のところはテレビ向けに、「特別」である。
料理のときは、Tシャツでいいだろうと、米国時代からの我がユニフォームとも言うべくJ CrewのTシャツにジーンズ姿でキッチンに下りたら、メイドのプレシラから、
「マダム、その服ではいけません! もっとおしゃれなものを着てください!」
とたしなめられる。おまけにアルヴィンドからも、
「もっとちゃんとした服があるでしょ? 着替えなさい」
とたしなめられる。このシーンは十秒くらいかもしれないし、誰も服の詳細まで見てないって。などと、最早面倒になってきたわたしは訴えるのだが、二人は厳しい。
さて、料理シーンを撮影している間を縫って、アルヴィンド帰宅のシーンの撮影である。なにしろ祝日で早く帰って来てるから、この部分だけは「演出」で、アルヴィンドに普段のスーツに着替えてもらい、スーツケースを携えて、外に出てもらう。
「ピンポーン」と鳴らして、ただいま&おかえりのシーン。ここからいよいよアルヴィンドも登場である。
料理の大半を作り終え、チャパティを作る。はっきりいって、チャパティは旧家政夫モハンがいたころは彼に任せて作っていたが、わたしはほとんど作らない。日本米が好きなので。
つまりは未だ、作るのが下手である。撮影前に特訓しようかと思ったが、そんな余裕はなく、やっぱりうまくできない。そこへアルヴィンドも登場して、レポーターと3人でチャパティを作るなどのシーン。なかなかに楽しかったが、この辺りは放送されるだろうか。
それから夕食のシーン、食後、リヴィングルームでくつろいでいるところをインタヴュー。夫があれこれと質問されるのだが、なにやら緊張していて不自然だ。
「普通にしゃべって!」
って言っているのに、声のトーンが上がり、鼻の穴がふくらみ、演技してしまうのだ。子供のころ、演劇クラブに入っていたらしく、その名残らしい。
「僕は、演技がうまいのに、どうしてうまくいかないんだろう」と首をひねっている。「だから、演技をするんじゃなくて、普通にしゃべってくれればいいのよ!」と言っているのに、カメラが回ると、全身に力が入る。
「奥さんに対して、何かご不満とか直して欲しいところはありますか?」
との質問に、
「そうですね〜」と、束の間、考え込んだあと、演技じみた声と表情で、
「妻は僕にとって理想的だから、直してほしいところなんて、ありませんね。今のままで十分です!」
などと言ってのけるから、思い切り座が白けるというものである。多分、このあたりはばっさりとカットされるだろう。
さて、撮影を終えた後は、スタッフやコーディネータの方々と一緒に夕食。
料理は多めに作っておいたので、インドの料理を味わっていただく。
その他、インド産のビールやワインをふるまい、インドのよさをアピールする。
エビのカレーもホワイトチキンも、みなさんの口にあったようで、とても喜んでもらえた。
アルヴィンドも楽しそうであった。
こうして長い一日を終えたのだった。
● 3月22日(土)最終日。家の撮影、小物の撮影。夫婦でお買い物。
最終日の今日も、雨模様。湿度が高く、不快指数が高い。わたしの声は、いよいよ出なくなった。今日はほとんどしゃべるシーンはないはずなので、朝からおとなしくしている。
取材班はバンガロールの街の様子を撮影するべく市街へ出たようだが、見晴らしのいい場所へ赴き、さて撮影の段になって雨が降り出し、バンガロールらしい爽やかな光景の映像を捉えることはできなかったようだ。
まったくもって、最後の最後まで感じの悪い天気である。
昼過ぎに我が家に集合した取材班は、無人の状態の各部屋を改めて撮影する。それから写真や書籍、資料などの小物を撮影。これはかなり時間がかかる。が、カメラマン氏が、細部に気を遣い、丁寧に撮影してくれるのが、撮ってもらっている側としてはうれしい。
午後4時すぎ、夫と二人で買い物をしているシーンを撮影するため、今度はカニンガムロードのAsian Artsへ。なじみの店のスタッフに取材で訪れるかもしれないとあらかじめ知らせていたので、撮影はつつがなく進んだ。
カメラを向けられても表情を変えることなく、自然に話すスタッフを見て、アルヴィンド、
「みんな、ちゃんと自然に話ができて、すごいね。やっぱりサーヴィス業だから、対応に慣れているのかな」
と感心している。
店での撮影を終え、いよいよ最終ポイントであるThe Leelaへ。ディレクターによれば、わたしはもう一言二言、しゃべらなければならない。たいへんな「ガラガラ声」となっているので、多分使われることはないであろうと思いつつも、語る。
さて、スタッフは夜の便で日本へ帰国である。これから最後の荷造りをして、夕食をとって空港へ向かうとのこと。
3日間、お疲れさまでした。
ほっと肩の荷が下りたわたしとアルヴィンドは、ホテル内のレストランZenへ赴き、ゆっくりと夕食。
目まぐるしい3日間だったが、初めて経験することであり、とても意義深いものでもあった。正直なところ、これが練習で、本番を改めて撮って欲しいと思うくらいではある。
ところで聞くところによれば、他の出演者は、かなりゴージャスでインパクトの強い暮らしぶりの4名が選ばれているようである。
その中で我がインド生活がどのように映るのか。場違いな「浮いた感じ」になっていなければよいのだが。なんとも複雑な気持ちではある。