初日の寒さはどこへやら。すっかり気温が上がり、初夏らしい街となった。ロックフェラーセンターのドッグウッド(ハナミズキ)が懐かしい。ワシントンDC時代、近所にあふれるように咲いていた、ピンクや白のドッグウッド。
半年ぶりに、IZUMI SALONへ赴き髪を切る。イズミさんに、「ニューヨークに住んでいるインド人女性に喜ばれる人気のヘアスタイル」を勧められる。前髪あたりを軽くしたヘアスタイル。おもしろいので、それを頼む。
長さはさほど変わらないけれど、重苦しかったトップのあたりがとても軽くなってうれしい。
カットをしてもらっている間、この半年間のことをあれこれとおしゃべり。イズミさんの座右の名は「エースを狙え」と「あしたのジョー」だという。
宗方監督の言葉は、ほとんど暗記しているらしい。いくつかを披露してもらったが、たしかにとても、示唆に満ちた、言葉である。あと、「あしたのジョー」に出て来る言葉の「仏教的な教えに通ずるもの」についても教わる。
たとえば「過去は変えられる」というひとことと、それに連なる事実。なるほど、そんなに含蓄に満ちた言葉があふれていたのかと感心し、読んでみたくなった。
ヘアカットのあと、アルヴィンドと合流して、IZUMI SALONの向かいにある寿司田 (SUSHIDEN)でランチ。張り切って寿司田オリジナルの握りを頼んだのだが、アルヴィンドが食べている海鮮丼のほうが、わたし好みのネタの構成であった。しかも、刺身の量が多くて、お得感がある。
ヒラメのエンガワやタイやカツオよりも、サーモン、サバ、ハマチといった庶民派ネタの方が、わたしは好みなのである。丸ごと取り替えてほしかったが、それも大人げない。かなり悔しいが、まあ、それなりにおいしかったので我慢する。
夜は、リンカーンセンターのメトロポリタンオペラへ。なにしろ直前のチケット購入につき、選択肢はほとんどないに等しいなか選んだのは、モーツァルトの "La Clemenza di Tito"。
非常にクラシックな王道的オペラであった。ストーリーも直球。正直なところ、途中で数回は眠くなる。アルヴィンドは何度か熟睡状態。とはいえ、とてもよきオペラではあったのだ。
ストーリーの決め手は、赦(ゆる)すことの偉大さ。だろうか。
責めることはたやすく、赦すことの難しさ。当たり前のことだけれど、赦せるか赦せないかで、事実は大きく変化する。まさに、「過去は変えられる」は、赦せるか否かによるのだ。
歳を重ね、経験を重ね、憎むのはたやすく、ゆるしあえることの意義の大切さを思う。
このごろは、過去が近く、未来も近い。