内陸部の高原都市バンガロールで魚の入手が困難なのは仕方がない。たまに早朝のラッセルマーケットを訪れ、大量購入をして冷凍保存をするのが常であった。
一方、ムンバイは港町。市井にもっと魚屋があってもいいと思うのだが、ほとんどない。以前、日本からの視察旅行をコーディネートした時、ムンバイカー(ムンバイの人々)の胃袋であるところのクロフォードマーケットの裏手にある魚市場を訪れた。
インドにしては新鮮な多種の魚介類を目にし、バンガロールよりはかなり充実していると感心したものだ。特にエビやカニのクオリティが高いように見受けられた。
さて、我が家から徒歩10分ほどのコラバ地区に、 サスーン・ドック (SASOON DOCK) と呼ばれる漁港があると聞いた。モンスーンの時期は魚介類を得るのに好適ではないのだが、久しぶりに魚も食べたい。
見学を兼ねて、出かけてみることにした。Tシャツに八分丈のパンツ、サンダルを履く。ウエストポーチにはすぐに取り出せるよう現金を。タオルに水、数枚のビニール袋を携えての「市場ファッション」にて、午前7時前、家を出る。幸い今日は晴れている。
目覚めたばかりの街は、気温もまだ上がっておらず、比較的爽やかな風が吹いている。通学する子供たちのあちらこちらに賑やかだ。小さな身体に大きな鞄を背負って元気よく歩く少年少女の愛らしさ。
●お隣の玄関に配達されている牛乳。まだ殺菌されていないもの。自宅で沸騰させ、濾して飲む。長期保存ができるパック入りの牛乳も売っているが、わたしはこちらの新鮮な牛乳の方が好みだ。
● 路傍のマリア像。チャッパル(サンダル)を脱いで石の上に立ち、祈りを捧げる青年。その傍らで、子供たちも一人、二人と小さく祈っては立ち去る。● 聖なる牛。通過する人々は、牛に軽く触れたあと、その手を自らの額に軽く翳して、立ち去る。子供たちもまた。
● 学校へ行く子供もあれば、働いている子供もある。懸命に車を磨く少年。●埃っぽい喧噪の店先に、パンを並べる女性。
● 新聞の仕分けをする人々。自転車に乗せて、これから配達。この街の新聞配達は、ちょっと遅い。いつも8時すぎに届く。本当は7時ごろには欲しいところだ。
さてさて、港に到着である。案の定な匂いが充満している。朝から、なんという「不爽やかさ」であろうか。近所のコラバ市場などへ露店を出すのだろうか、女たちが魚の入った籠を頭に載せて行き交う。
その場で売られている魚は、思ったよりも少ない。季節のせいか、いつもこうなのかはわからない。やはり、クロフォードマーケットの魚市場に行った方がいいような気がする。
すぐ近所のコラバ市場の様子も見に行くべきか、とも思ったが、今日のところはここにあるもので間に合わせようと思う。
うろうろと歩いていると、空から小魚が降って来た。驚いて空を見上げるが、なにもない。と、再び、空から小魚が降って来た。な、なんなんだここは?!
再び見上げれば、飛び去るカラス。なるほど、カラスがくわえた魚を、うっかり落としてしまっていたのだ。あたりには野良猫もうろうろとしていて、なんとも野生的な市場であること。
港からの風景は、匂いと喧噪さえ消し去れば、情趣に満ちてる。廃屋や、古びた漁船の様子が、時代を曖昧にさせ、百年一日の如し。
漁村から笑顔で手を振る海の男たちの、なにやら幸せな様子。
幸い、ポムフレット(マナガツオ)は新鮮で大振りのものが見つかった。それ以外の魚はヒラメ系のものが「まし」に見えたが、今日のところはポムフレットに集中しようと思う。
案の定、たいそう値段をふっかけられる。キロ単位でならば、相場を知っているので交渉しようがあるが、彼女たちは秤を持っておらず、「2匹で」とか「4匹で」といった売り方なので、こちらも大きさや重みで判断せねばならず、なかなかに難しい。
加えて言えば、言葉も通じないので、ゼスチャーによる交渉である。それでもなんとか、大ぶりのマナガツオを8匹、それからエビを大きな籠に一山、購入した。
エビに関して言えば、もっと大きめのタイガープラウンが欲しかったが、見当たらなかった。
持参のビニル袋に詰め込み、どっしりと重量感のある魚を携えて、帰路につく。メイドのジャヤが、目を丸くして魚を見る。
「マダム、クリーニング?」
少し心配そうな顔で、わたしが魚をさばくのかどうか、尋ねているようである。彼女は魚を調理しないようだから、自分がさせられることを不安に思ったようでもある。
「心配しないで。わたしがするから」
というと、安心したように笑っている。魚や肉を捌くのは、然るべき職業の人たちの仕事で、それらを「不浄」と見なす人も、この国ではあるのだろう。
モンスーンの時期の魚がよくないのは、雑菌が繁殖しやすいということもあるが、産卵期であるため、魚があまりおいしくないということもある。
案の定、マナガツオの半分以上は、たっぷりと卵を抱えており、それらを取り除いたら、ふっくらと大きく見えた身が、ペラペラと薄くしぼんで、途端にはりがなくなってしまった。
一方のオスの方は、脂がのっていていかにもおいしそうである。
おしなべて生き物、メスは産卵時、もしくは出産時に、子に栄養を持っていかれてしまうのね。
捌いた後の魚とエビは、しっかりと水分を拭き取った後、ビニル袋に小分けして入れ、冷凍庫へ。
2匹だけは今夜のおかずのために冷蔵庫へ。久しぶりにフライでもして味わおうと思う。