ニューヨークを発った我々は、ロンドンのヒースロー空港に到着。そこから4泊5日の英国滞在となった。旅行前にはマンチェスターのコンサート会場でのテロ、米国に到着してからはブリティッシュ・エアウェイズの大規模システム障害、そして英国に到着した当日の夜はロンドンで再び、テロ……と、不穏なニュースが続く中の旅でもあった。いざというときにはどうするのか。といったことは念頭におきつつも、しかし行動をしないのでは、テロリストの思う壺だ。予定を変更することなく、旅をした。英国での記録は、主にインスタグラムの記録を転載しつつ、使い損ねた写真をアップロードしてキャプションを添えるとする。
3時間遅れでJFKを発ったフライトで約7時間。英ヒースロー空港に到着した。ブリティッシュ・エアウェイズのシステム障害の直後につき、この程度の遅れは仕方がないだろう。今、空港のカフェで長距離バス出発を待っている。ここから3時間半、エッジバストン(Edgbaston)という街まで更なる小旅行。
バーミンガム郊外、最初、発音すらできなかった街へ行く目的は、クリケットの印パ戦を見るためだ。ちなみにわたしは観戦しない。すべては、夫のクリケット情熱渦に巻き込まれての流れである。
旅行の計画を立てていた2カ月前。今年はロンドンに立ち寄ろうとだけは決めていた。と、ちょうど印パ戦があるのを知った夫。頭の中はクリケット一色に。共に観戦する仲間を募るべくメールを友人らに送ったところ、ムンバイやバンガロールから7名が観戦旅行に来ることになった。
更には昨日。NY本社のCEOと重要なミーティングがあると出かけた夫。ホテルに戻るや否や、「彼も明日、ロンドンに飛ぶんだって、クリケットを見に!」と、弾んでいる。確か彼は、週に一度人工透析を受けていて、インドまでの長距離フライトはドクターストップがかかっているから滅多にインドに戻ってこないという身の上ではなかったか。
クリケットは、あらゆる障害を凌駕して、インドの人々の魂を持って行くスポーツである。詳細を綴るととてつもなく長くなるので割愛する。
そしてわたしは自問する。YOUはなにしに英国へ?
バーミンガムで長距離バスを降り、そこから更にタクシーで10分ほどの郊外へ。
長旅の末、エッジバストンに到着。昔ならば、空港でレンタカーを借りて自分で運転していたところだが、このごろはもう、長時間フライトのあとに長距離ドライヴをする根性もなく。
クリケットのチケットを依頼していた旅行代理店が手配してくれていたのは、街中のホテルだったらしいが、それではわたしが楽しめないだろうと、夫が探してくれたブティックホテル。緑豊かな住宅街の一隅。タクシーを降りるや否や、瑞々しい緑の香りをたたえた清澄な空気に包まれて、意識が覚醒する。
ところでこのホテルから、クリケットのスタジアムまでは徒歩で20分ほど。結局は自分の便宜のためだったのか、夫よ。とも、思う。
理由はともあれ、過ごしやすいホテルでよかった。夫がクリケット観戦に出かけている間、ホテルのスパでトリートメントを受けたり、近くの植物園を散策したりして、一人のんびり、静かな時間を過ごそうと決める。
非日常的な、部屋の中のバスタブ。かなりリラックスできる。もちろん、別にシャワールームもある。
わたしにとって、よいホテルの条件のひとつは、「落ち着くデスクがある」ということ。このホテルのデスクの雰囲気は非常によく、満足であった。途中、鏡が邪魔になることに気づいて、別の場所に移動させたら、より一層、使い勝手がよくなった。
空港のラウンジやカフェで中途半端なものを食べたきり。機内では睡眠に徹するべく水しか摂取しなかったので、疲れてはいたものの、空腹であった。
ホテルにチェックインするやいなや、疲労困憊ながらも隣接するガストロ・パブへ。このブティックホテルはレストランが主体の、いわば「旅籠」である。フランスでいうところの「オーベルジュ」、ドイツでいうところの「ガストホフ」である。店に入り、食事をする人たちのテーブルを見て、心が沸き立つ。素材のよさがプレートから迸っている。
悩んだ挙げ句、ダックのグリルとシーフードケーキ(コロッケ)、サイドディッシュに新ジャガのグリルと野菜を頼んでシェアすることに。
今回の旅で一番、滋味あふれる、おいしい料理だった。特に肉厚の、鴨肉の味わいといったら!
2泊3日の滞在中、主にはここを利用しようと決意する。デザートは、ルバーブの載ったチーズケーキを。
ルバーブ。
英国では極めて一般的な「野菜」のスイーツ。赤い色のフキのような野菜を、軽く煮てジャム状にしたもの。ルバーブと聞くと、1995年が遡る。ニューヨークへ渡る1年前、英国南部ブライトンに近い港町ワージングで3カ月間、ホームステイをしながら英語の勉強をしていたころのことを。
ホームステイ先のお母さん。ちょっとややこしい女性だったけれど、毎晩の料理がおいしくて、その点は恵まれていたと思う。彼女が数日に一度、ルバーブのデザートを出してくれていたことを、ついこの間のことのように思い出す。
ワージングに滞在中、ニューヨーク行きが閃いて、その延長線上に今のわたしがいる。英国もまた、わたしにとって大切な分岐点となった国なのだ。
翌朝、快晴。クリケットの始まる午後からは天候が崩れるとのことで、夫はやきもきしているのだが、この青空を見る限り、雨が降るとは信じがたい。が、めまぐるしく変化する天候こそが、英国である。
夫は近所をジョギング。そしてわたしはいつものように、ウォーキング。
朝食は、典型的なイングリッシュ・ブレックファストと、サーモンのエッグベネディクトを注文してシェア。
朝からソーセージやベーコン、そして豚や牛の血で作られたブラッド・プディングなど、肉ものも多い。かなりヴォリュームがあったが、おいしくて平らげた。
夫はホテルで傘を借り、持参のインド国旗を携えて、意気揚々とスタジアムへ出陣。1時間もしないうちに、現地で撮影した写真が次々に送られてくる。
これらは、夫から送られてきた写真。印パ双方の応援団が混在して、なかなかに微笑ましい。ところでバーミンガムにはインド人、パキスタン人の居住者が多いらしい。すなわち、おいしいカレーを出す店が多いらしく、特にバルチ(Balti)と呼ばれるそれは、バーミンガムならではの名物カレーだとのこと。
そのカレーを食べるには至らなかったが、夫から送られてくるクリケットの試合光景では、インド人も、パキスタン人も、ビーフイーターも、みな仲良くクリケットを楽しんでいる様子がうかがえて、なんだかうれしかった。
ニューヨークの帰りにロンドンに立ち寄ろう……の計画が、なんだかんだでクリケットの印パ戦がハイライトとなった今回の旅。
途中、雨が降って3度も試合が停止になったらしいが、無事夕刻にはインド勝利で試合終了。夫も、インドからわざわざ観戦しに来た友人も、そしてニューヨークから来たボスも、みな満足したことだろう。
国家のイデオロギーや、国家間の軋轢はさておいて、共にスポーツ観戦に挑む。戦争も、テロも、なにもかも、やめてしまえ! と切望せずにはいられない。
さて、わたしはといえば、スパでマッサージを受けたあと、部屋で昼寝をしたり、読書をしたりとのんびり過ごした。マッサージはとても心地よく、旅の疲労感がずいぶん和らいだ。
夕刻、雲が晴れて空が明るくなったので、散歩したくなり、近所のボタニカルガーデンへ。ところがこのガーデン、特設イヴェントにて「ジュラシックパーク化」しており、ガーデンの随所にさまざまな恐竜が控え、通過する度にガオ〜ッとかウギャーッとか吠えてくるからたまらない。仕掛けがお化け屋敷状態だ。
花はほとんど咲いていないし、植物も今ひとつだし、いったい何なのだという感じ。撮っておきたい写真もない。と言いながら、一応撮影している自分が悲しい。
流血!! もう、なんなんですか!? 突っ込みどころ満載、というか、突っ込みどころしかない、ボタニカル・ガーデンであった。
ディナーは夕べと同じ店で、英国ならではのヨークシャープディングが添えられたローストビーフやサラダなどを。ヨークシャープディング。おいしいか、と問われると、ううむ。と微妙な返答となってしまう個性的な食べ物。
前日の鴨肉ほどの感動はなかったが、しかし家庭料理的な温もりのある、やさしくておいしい夕餉であった。デザートは、アップル・クランブルを。英国発祥のこのお菓子。わたしも本場の味を確認しておきたく。
りんごはかなり滑らかに潰されていて、クランブルも細かい。この店の場合、甘みも控えめで、故にりんごの風味が際立って、繊細なおいしさだった。カスタードクリームを自分でかけながら、味わいを調整しつつ食べられるのがいい。
さて、明日はロンドン。2泊してのち、バンガロールへ戻る。猫らが待つ家。ああもう、早く帰りたいぞ!