バーミンガムから列車でロンドンへ。鉄道の旅で思い出すのは、1994年の春。フリーランスのライター&編集者として独立した翌年、3カ月の休暇を取り、ユーレイルパスを携えて、欧州を放浪した。
あのころの古びた鉄道駅、列車の風情は見当たらぬ、何もかもが、すっきりと機能的に整っている昨今。
いやになるほど一人きりで、しかしそれが心地よくもあった28歳のころ。どこかにたどり着いたようで、未だにたどり着いた気がしない、旅の途中。
一等車のチケットを購入していたので、テーブル付きのシートもあり、快適だった。が、普通車でもまったく問題ない、乗り心地のいい列車である。
ネットでの予約時に、一等車では車内でランチが出るとあったので何も買わずに乗り込んだのだが、この列車はランチサーヴィスがないという。ううむ。そういうの、ありなんですか?
お昼時で、お腹がすいた。寿司を買っておけばよかったと後悔。
ロンドンのホテルにチェックイン。13年前に滞在した時と同じエリア、サウスケンジントンにあるホテルだ。
ヴィクトリアン・スタイルのインテリアが、いかにも英国。このホテルも、わたしの好みを知る夫が、サーチして予約してくれた。
チェックインをすませたら、ともかくは空腹なので外へ出る。ホテルのコンシェルジュにお勧めの店を聞くが、もう、遠出はしたくなく、近所のイタリアンへ。
小雨が降り、肌寒いにもかかわらず、ロンドンでビールを飲まずして、どこで飲もう……という強迫観念にも似た衝動がわきあがり、とりあえずビール。そして普通な感じのマルガリータ・ピザ。
ロンドンへ向かう列車の中で、イヴェント情報を検索していた夫。「今夜、フィル・コリンズのライヴに行かない?」と唐突に。かつて引退宣言をしていた彼が、引退撤回後、約10年ぶりにツアーを行うのだという。
その名もNot Dead Yet Live。「まだ死んでない」。
80年代から90年代の半ばごろまで、とても流行っていたけれど、わたしは特に、ファンではない。昨年のマンハッタンでのビリー・ジョエルのコンサートはとても楽しんだが、フィル・コリンズ。そこまで親しんだ曲はない。
しかし夫はもう、ぎりぎりなのに空席がわずかに残っているのに気をよくして、人に尋ねておきながら、人の話は聞かずにチケット購入。夕刻、ロイヤル・アルバートホールへ赴く。
1871年に造られた大英帝国風情あふれるホールそのものがまず、見応えあり。
フィル・コリンズは60代半ばらしいが、杖をついてステージにあがり、ずっと座ったままの歌唱。実は脊椎を痛めるなど体調をかなり悪くしていたようである。曲によっては高音が出ず、歌声が聞きづらいものもあったが、それを補って余りあるバンドやバックコーラスがすばらしく、選曲もヴァラエティ豊か、特にファンでないわたしでも、十分に楽しめた2時間半だった。
One more nightでは、80年代ディスコのチークタイムを懐かしく思い出し……。Sussudioでは、オーディエンスが立ち上がって合唱。
ドラマーを務める彼の息子のピアノ演奏で、バラードを歌う場面あり、エディト・ピアフのIf You Love(「愛の讃歌」の英語詞)のカヴァーもしみじみと。
思いがけず、音楽に浸る夜だった。
※実はこの日の深夜、彼はバスルームで転倒し、額に負傷。翌日のコンサートはキャンセルになったという。その後、すぐにライヴに復帰したというが……。万全とはいえないコンディションの中、歌い続けることには、賛否両論あるだろうが、彼の熱意に、改めて敬服した。