◎由緒あるホテル「ル・ムーリス」に移動して、チュイルリー公園を散策
小雨混じりだった昨日とは打って変わっての、今日のパリは快晴。
昨日、パリに到着したばかりだが、わたしは午後から南仏を目指す。その前に、夫の会社のミーティングが行われるホテルへ移動。ニューヨーク、ムンバイ、バンガロールと、それぞれの拠点のスタッフが数名、集っての3泊4日を過ごすという。
チュイルリー公園の向かいにあるラグジュリアス・ホテル「ル・ムーリス」にチェックイン。
「パリで最も歴史の古いホテル」として、多くの賓客を迎えて来たという。わたしが子供のころから好きなアーティストの一人、サルバドール・ダリは、このホテルが定宿だったという。ゆえに、彼の名を冠した優雅なダイニングルームもあり。
ホテルのことはさておいて、列車の時間まで、夫と二人でチュイルリー公園を散策し、しばし心地よい時間を過ごしたのだった。
フランスの新幹線的高速鉄道、TGVに乗り、南仏を目指す。目的地は、エクサンプロヴァンス(エクス=アン=プロヴァンスAix-en-Provence)。今回で4度目の来訪だ。
最初に訪れたのは、1991年。前述のドライヴ取材の途中に。2度目は1994年の欧州3カ月旅で。3度目は、1998年。今からちょうど20年前、アルヴィンドと地中海沿岸を列車で旅したときに立ち寄った。
今回、敢えてパリから一人足を延ばすことになった理由は、去年の秋に遡る。日本への一時帰国時、ミューズ・クリエイション5周年を記念して、名古屋と東京で初の同窓会を実施した。そのときのFacebookの記録に、リヨン在住の元メンバーがコメントをくれ、「では、いつか南仏でも同窓会をしようね」と言葉を交わしていたのだった。南仏にはもう一人、元メンバーがいるのだ。
そのときには、まさか1年後に実現するとは思いもよらなかった。
どこで落ち合うかを決めるとき、わたしは個人的に思い入れの深い、エクサンプロヴァンスに滞在したいと伝えたところ、二人が予定を合わせて来てくれることになった次第。
久しぶりのフランスの鉄道駅は、かつての薄暗く重厚で、哀愁をたたえたターミナル駅の様子とは一変し、明るく輝いていた。
当時はなかった、こぎれいなTGVの駅に降り立ち、タクシーで田園地帯を眺めつつ、市街を目指す。
「プロヴァンス」、即ちパリ以外のフランスが広く日本に知られるようになったのは、バブル経済時代に流行したピーター・メイル著の『南仏プロヴァンスの12カ月』だったと記憶している。
「プロヴァンス」という言葉の新鮮な響き、ゴッホやセザンヌ、モネやゴーギャン、シャガールなど、日本人が好む画家が暮らした地ということからくる独特の郷愁のようなものが、人々の心を引きつけたのではないか、とも思う。
27年前、初めて南仏のポーに降り立った夜の、その空の藍色の鮮やかに青く深く、街灯の温かな黄金色に、たちまち心を奪われたことを思い出す。
まさしく、シャガールの描いた青い空だ。プロヴァンスはまた、地中海沿岸を南西に下れば、サルバドール・ダリの故郷フィゲラス、そして彼の住んでいた港町カダケスに連なる。その更に南に、バルセロナがある。2年前のちょうど今頃、訪れた。綴るに尽きぬ。
バンガロールから旅立つ前、1994年のノートの、今回の旅先に関わりある箇所のページを撮影しておいた。読み返せば、24年前の自分が、まるでついこの間のことのように蘇るのだ。
遠い日の旅のすばらしさを、しみじみと噛み締めながら、「ケーブルの不具合」で1時間近く遅れた列車に揺られる。「行きたい」と思う場所には、少し無理をしてでも、行くべきなのだ。ということを反芻しながらの列車旅。
今回の旅、各都市のホテル予約などはすべて夫任せだったが、エクサンプロヴァンスは、当然ながらわたしが予約した。
旅の前はかなり立て込んでおり、ゆっくりとリサーチする余裕もなく、ネットで市街中心部、ミラボー通り近くのホテルをいくつか見比べたあと、さっと予約をしていたのだった。予約をしたあと、ホテル場所を確認すべく地図を見たところ、ふと、気になった。
1994年の旅の記録を取り出して広げてみたら……やはり!
偶然にも、24年前と同じホテルを予約していたのだった!
無論、当時はバックパッカー。ネットなどもなかったから、この町に降り立ち、観光案内所でお勧めのホテルを尋ね、空き部屋があることを願いつつ直行したのであるが。
当時は2つ星の安宿だったホテルが、今は3つ星、しかもかなり快適な部屋に改装されていて、雰囲気のよいブティックホテルに生まれ変わっていたのだった。
ホテルにチェックインした直後、同窓会の前夜祭として、夕食を共にしようと約束をしていたTAEMIさんと会うべく、ロビーへ下りる。と、見知らぬ男性が横に座っている。彼女はバンガロールで出会ったフランス人と結婚したはずだが、この方は……?
エクサンプロヴァンス在住10年の日本人男性GENGOさんで、当地で日本人旅行者を対象とした南仏プロヴァンス旅のドライヴ旅行サーヴィスをされているという。
よくわからない流れながらも、なんだか面白い。GENGOさんが選んでくれたレストランで夕食。写真を見る限りだと、北インドの観光地にある、派手なインド料理店? みたいな色合いだが、エクサンプロヴァンスだ。
なんとこの店、ハンバーガーが有名なのだとか。実はストックホルムにいたとき、ついハンバーガーを食べたしまったのも、比較的「上質のハンバーガー」を出す店が、目についたからに他ならない。昨日、シャンゼリゼを歩いていたときもそうだ。
GENGOさん曰く、ここプロヴァンスでもハンバーガーが大流行なのだとか。日本料理店も数店、あるらしい。20年前にはとても想像できなかった食のグローバル化は、やはり欧州随所で見られるのだろう。
TGVの駅ができたことで、パリから多くの人々が遊びに来ることも、変化を与える契機になっているという。その傾向をして、古くからのこの街の住人たちの中には、由々しき事態と受け止めている人もいるようだ。
TAEMIさん曰く「背骨がない」と表現していたが、確かに現在だけのこの町を表面だけ見ていると、それはわからないでもない。
しかし、ただ一夜を過ごしただけで、この町の、かつてと変わらない、独特の優しさが感じられる。麗しき水の都。
ともあれ、食べて、飲んで、更に店を変えてワインを飲んで、思い返せばTAEMIさんとじっくり話すのも実は3度目。しかしGENGOさん含め、3人で話しながら、最後には「欧州の映画」の話で盛り上がり、世代は、10年、20年と違うのに、好んで見ていた映画が次々と一致する。
ジュリエット・ビノシュの『存在の耐えられない軽さ』や『ポンヌフの恋人』、ヴィム・ヴェンダースの『ベルリン天使の歌』、先日記したタルコフスキーの『サクリファイス』、ペドロ・アルモドバルの『トーク・トゥー・ハー』や『オール・アバウト・マイマザー』、欧州ではないけれど、ジム・ジャームッシュ監督映画と、トム・ウエイツの音楽、そして極めつけは、我が愛すべきジプシー映画『黒猫白猫』!
その流れで、まだ見ぬ名作も勧められ、これは見なければと楽しみな映画もあり。
映画の話でここまで楽しめたのは、久しぶりではなかったか。
20年前、30年前と遠い昔に見た映画。すでにストーリーは忘れているものも多々あるが、心に深い感情の動きを与えてくれたということは、明らかに思い出せる。今見ると、また異なる感傷が沸くのであろう。
ともあれ、若いうちの旅や映画は、全てが心の財産だと、改めて思わずにはいられない、刹那、南仏の夜であった。