Good bye Japan! 我が進行方向は、海の外にて。
日本を離れる時にはいつも、複雑な思いが去来する。22年の間にも、もう何度となく繰り返してきた母国への一時帰国。
愛憎相半ばする複雑な感情を伴いながら、しかし断絶することは決してない、日本に生まれ育った日本人としての我。わたしが唯一、自由に操れる言葉〈日本語〉が第一言語の国。地理的条件も相まって、特殊に独特な歴史と精神世界を持つ極東の島国。
この顔をして、日本語を操る以上、母国を離れて何年経とうとも、日本人であることは絶対的で、むしろ日本を離れた方が、自分の中の日本人を、日常的に意識することになる。
日本で「わたしは日本人です」という機会は、ほとんどないだろう。
しかし異国で暮らしていれば、日常的に "I'm Japanese."を口にする。日本を遮断して生活することは、不可能だ。
日の丸が、自分を表す。だから、母国のことを、昔のことも、今のことも、なるたけ知っておきたいとは思う。
今回の旅では、倉敷や伊勢を巡り、日本のよさが心身に染み入った。そうして、増上寺では、佐々井秀嶺上人と再会し、得難い時間を過ごすことができた。
心の揺らぎは、ライフを豊かにする。旅はいいものだと、改めて思う。
従来は、シンガポール航空を利用し、チャンギ国際空港で乗り換えて日本に帰るのが常だった。しかし昨年からは、福岡への乗り継ぎ便がさらに不便になっていたこともあり、2年連続、キャセイ航空で香港経由を利用している。
この便は、乗り継ぎの時間が極めて短いので、バンガロール発のフライトが遅れると乗り継ぎに失敗する恐れがある。そんな中、去年も今年も出発が遅れてひやひやしたが、なんとか乗り遅れずにすんだ。
成田空港では、キャセイだけでなく、共同運行のJALやアメリカンエアラインのラウンジも使えるということを今回初めて知った。JALのラウンジは工事中で使えなかったので、アメリカンエアラインのラウンジを訪れたのだが、ここが「穴場」と言っていいいほどに快適だった。
なにしろ広々と開放的で、眺めもよく、居心地のいい空間。にもかかわらず、利用者がほとんどいない。時間帯にもよるだろうが、ほぼ貸切状態である。
ラウンジの食事も、シンプルにヘルシー。野菜類も豊富でとてもいい。
ラウンジに人が大挙し、むしろラウンジ以外のカフェやレストランの方が開放的で落ち着くバンガロール国際空港とは大違いである。バンガロール国際空港が今の場所に開業して今年でちょうど10年。その間に徐々に拡張工事が進められてきたが、また改めてダイナミックな拡張工事が行われるらしい。
10年前には予想だにしなかった便数の増加。利用者数の激増。インドはぐんぐん、拡大を続ける。
ちなみに、行きは時間がなくて利用できなかったが、香港国際空港のキャセイのラウンジもすばらしかった。とにかく広く、シャワールームなども極めて快適。3、4のダイニングルームがあり、それぞれで、異なる料理を新鮮に調理してくれる。
わたしは空腹ではなかったので、新鮮なしぼりたてのジュースを飲むにとどめたが、どの料理もおいしそうであった。
ところで、「買うものの選択の変遷に、自分の嗜好の変化を見る。」と、すでに記した。あたかも、「良質のものを見極める大人の買い物」をするようになったかのような書きっぷりだったが、そうとも限らない。
野良猫出自のNORAが我が家を住処に決めた2014年以降、ついつい「猫もの」を買ってしまうようになった。かつて全く関心のなかった猫グッズ界。さりげなく、しかし確実に、我が身の回りに、「猫もの」が増えている。帰路の成田空港の、LeSportsacでも、犬猫柄に目が釘付け&衝動買い。かわいいんだもの。
キャッシャーのお姉さんと、「これ、新製品なんですよ」「つい、猫ものに目が行っちゃって」などと話をしていたところ、「猫がお好きなんですか?」と尋ねられた。「インドの自宅で、4匹、飼ってます」と返事をしたところ……。
「うちは、11匹いるんですよ。家の1部屋は猫部屋です。友人からブリーダーか! と言われています」と、軽やかな笑顔で返された。11匹! 上には上がいる。
良縁、悪縁、腐れ縁に普通縁。縁にもいろいろあるけれど、なぜかこのお方とも、ご縁がある。
事の発端は倉敷の、猫カフェがある犬猫グッズの店。いきなり目に飛び込んできた「柴田でござる」のバッグ類。芝犬ゆえ柴田なのかと思いきや、「黒柳」もある。製造者の意図がわからない。クリエイターたちの名前か、などと思いつつ、インド在住の柴田氏に写真撮って送り「どう?」「買って帰ろうか」とメッセージ。
速攻で欲しいとのと返信があったので買ったのだった。
聞けば彼も、出張で東京にいるとのこと。故に、増上寺での佐々井上人の集会の件を伝えた。彼はわたしの、『インドの中心〈ナーグプル〉で仏教を叫ぶ』勉強会に、わざわざデリーから参加してくれていたのだ。佐々井上人の集会も参加するとのことだったが、あいにく仕事が長引いたようで、姿を見せなかった。
増上寺での感動も冷めやらぬまま、日本旅の最終夜。わたしは、醤油や米など、日本の食材をスーツケースに入るぶんだけ買い物すべく、ホテルの向かいにある百貨店の「三越」へ赴いていた。荷造りなどもあるので、夕食は一人で軽くすませるつもりだった。そんな矢先、「サクッと食事しませんか」と柴田氏から連絡。
インドで会える人に、なにゆえ東京で? などと思いつつも、タイミングの一致である。
かくなる次第で、GINZA SIXの串揚げ屋「だるまきわ味銀座店」で夕飯。高級感あふれる串揚げ屋で、店の雰囲気もスタイリッシュで落ち着く。串揚げは、どれもおいしい。油も良質とみえて、胃にもたれない上品さだ。さほどお腹が空いていなかったのに、最後は卵かけご飯で締めくくって満足。日本は本当に、食の選択肢が広い。
そして柴田氏に「柴田でござる」トートバッグを渡す。
さりげなくタグを見た彼が目を見張っている。MADE IN INDIA。
こっちの柴田も、インドから来たのか!
もちろん会社は日本で、インドの工場で製造しているということなのだろうが、ご縁である。インドはテキスタイル産業が極めて盛んな国だが、南インドには、世界各国のブランドの製品を製造する一大繊維産業の街がある。そのあたりから来たのかもしれない。
のちほどホームページの確認したところによると、その会社、インド繊維省によって支援されている数十のテキスタイルパークの一つである我が州のお隣、タミルナドゥ州セーラムに拠点があるようだ。
セーラムの小学校の食堂建設を支援したとの記録もある。CSRや環境問題を意識した活動内容も興味深い。セーラムの工場を取材してみたくなる。
取材したい、訪れたい……と思いながら、なかなか実現が叶わぬところもある。
今回、最終日に日帰りで訪れるつもりだったが、佐々井上人の集会へ赴いたため、実現しなかった福島県いわき市への訪問。原発事故以来、福島の様子については、コンスタントに情報を蓄えてきた。中でも「いわき放射能市民測定室 たらちね」のFacebookページをフォローしており、「たらちねクリニック」における甲状腺癌の検査、子供たちへの健康診断の内容に関心を寄せていた。
詳細を綴ると終わらないのでここでは触れないが、ともあれ「自分で訪れて、自分の目でみたい」ことがたくさんある。ゆえに、アポイントメントこそ入れていなかったが、訪れるつもりだった。
昨日、東京を去る朝、三越の地下で買っておいたフレッシュジュースやパン、ヨーグルト部屋で軽い朝食を取りながら、福島のことに思い巡らせていた。
そしてふと、ヨーグルトの産地を確認して目を見張った。そこには、「福島県いわき市」とあった。
好機は、訪れを待っていても向こうからはこない。自分からアプローチしなければ。自分のやるべきことの優先順位を見極め、「またいつか」の受け身ではなく、「次は必ず」をひとつひとつ、実行していかないことには、ただの妄想と口先ばかりの頭でっかちになってしまう。
行動して、自分の目で見て、自分なりの判断を下してはじめて、経験になる。
これからはより一層、動かねば……の思いを新たに、日本をあとにした。兎にも角にも健康第一。よく食べ、よく寝て、よく働き、よく遊ぼう。
バンガロール空港に到着。外へ出た途端に包み込まれる高原の涼風に、ほっと深呼吸する。ただいま。
まずは野良犬が、お出迎え。
インドだもの。