昨日は、正午にマイソールのホテルをチェックアウトして、バンガロールへと戻った。すでに記した通り、マイソール=バンガロール間のハイウェイが数年前に完備し、わたしが前回訪れた2021年とは道中の情景が大きく異なっていた。更にいえば、2003年の来訪時とは雲泥の差。別世界の情景だ。
マイソール=バンガロールの道中では、Maddurという村の「ティファニー」という名の食堂に立ち寄るのが恒例だった。この店では、我がお気に入りのスナック「マドゥール・ワダ (Maddur Vada)」が食べられるのだ。ドーナツ型のワダ (Vada) も好きだが、チョコチップクッキーのような見た目の香ばしいマドゥール・ワダも美味なのだ。
昨日も、「ティファニーで昼食を」のつもりだったのだが、ハイウェイ走行ゆえ、路肩の看板が見えるはずもなく。気づけば、あっというまに通過していた。結局、道中での食事は諦め、バンガロール市街に戻って遅いランチを取ったのだった。
道路が整備され、時間が短縮されたことはすばらしい。しかし、ハイウェイと新幹線は同じ。かつては車窓から眺めていたウイスキー蒸溜所AMRUTも、ペリカンの住む村への分岐点も、とてつもない量の稲穂を積んだ牛車も、唯一モダンな店だったCaffe Coffee Dayも、点在していた養蚕農家も、椰子の木揺れる田園風景も、そして立ち寄りたかった「ティファニー」も、走馬灯のように車窓の下を流れ去った。
帰宅して猫らに挨拶をし、ひと段落した後は、YPOのラーニング・イヴェントに参加するため再び外出した。今回のスピーカーは、ギリシャ系米国人の起業家、ピーター・ディアマンディス(Peter Diamandis)。シンギュラリティ大学(Singularity University)やゼロ・グラヴィティ・コーポレーション (Zero Gravity Corporation)、Xプライズ財団などを創設した、AI(人工知能)業界の第一人者だ。『楽観主義者の未来予測』や『2030年/すべてが「加速」する世界に備えよ』などベストセラーの著者としても知られる。
さて、昨夜の「BEYOND SINGULARITY(技術的特異点を超えて)」と題されての90分以上に亘るプレゼンテーション。彼の語る現在と未来の話を聞きながら、幾度となく、ぎゅっと心臓を掴まれるような感覚に陥った。
わたしが生きているうちには、「近未来小説」のような世界が実現することはないだろうと思っていた。しかしながら「人間を上回る知性の誕生」、すなわち「シンギュラリティ(技術的特異点)」に到達する日が近いということを、思い知らされた。それが2025年(イーロン・マスク説)なのか、2029年なのか、あるいは2045年(レイ・カーツワイル説)なのか……。いずれにしても、わたしが生きているうちに、何かしらの大変革を自らの目で見ることになりそうだ。
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1988年、わたしが編集プロダクションに就職したとき、社員らのオフィスの机の上にあったのは、山積みの紙の資料、至るところに貼られたメモ、複数の書籍、鉛筆や赤ペンやボールペンや修正液、電話器、灰皿とタバコ、湯呑み……。そんな有機的混沌だった。
いつしかワープロが入り、コンピュータが入り、インターネットが入り、デスクトップパブリッシングが普及し……。時代の変化に追随すべく、新たなことを学び続けてきた36年間だった。
会場の外に展示されたAIを利用しての複数のプロダクツ。50,000スクエアフィートの建築物の測量を30分で完了できるという特殊なカメラ(inkers.ai)や、銃弾を込めることなく、兵士がリアルに射撃訓練ができる武器、リアルなヒューマノイドロボット(machanirobotics.com)などを眺めつつ……。もうすでに、我々のライフはシンギュラリティ目前なのだということを認識する。
思えば、いつしか、わたしのアナログなライフスタイルや、膨大な紙の記録が、若者らにとっては「希少価値」として珍しがられている。わたしはこれからも「不易流行」を座右の銘に生きるべし、との思いを新たにする。
*不易流行/いつまでも変化しない本質的なものごと(不易)を尊びつつ、新しみを求めて変化(流行)を取り入れていくこと。不易と流行とは根元において結合すべきだという考え。俳諧の極意として、松尾芭蕉が唱えた理念。
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人間3人(!)の写真は、友人のDekyiとその息子、若き起業家のKunzang(19歳)と共に。インド都市部にカプセル・トイ(ガチャガチャ)を展開しているHappy Topia創業者だ。今週の土曜日、彼を招いてトークイヴェントを開催する。彼の両親も参加しての、楽き集いだ。若者らを中心に十数名が参加予定。関心のある方、坂田まで直接ご連絡を。
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