日本で働いていた超多忙の20代のころは、外食(コンビニ食、インスタント食品、出前含む)が中心で、更にはタバコを吸い、しばしばユンケルだリゲインだといったアンプル剤のお世話になり、今とはかけ離れた不健康な生活を送っていた。
30歳で渡米し、同時にタバコをやめたものの、やはり外食が多く、しかもヴォリュームも増え、体重も増え、決して健康的とはいえなかった。それでも、「若かったから」、やり過ごせた。
36歳目前で結婚し、2001年の同時多発テロを機にニューヨークを離れ、ワシントンD.C.で暮らしていた夫と一緒に暮らし始めたころから、ようやく「毎日のように、自炊する」ようになった。それまでは、手抜き料理もしくは外食が中心だった。
自分であくせく働かなくても大丈夫だという環境になって初めて、子供のころ好きだったお菓子作りなども再開するようになった。近所にWHOLE FOOD MARKETがあり、オーガニック食品を始めとする良質の生鮮食料品、食材が手に入ったことも、料理を楽しむ気持ちに拍車をかけた。
食がいかに大切か、ということは、以降、歳月を重ね、経験を重ねるにつれ、さまざまな形で思い知らされることになる。
そのころ、父と、同じ年の友人が、機を同じくして末期がんを患っていた。数年に亘る彼らの闘病を通して、人間の心と身体、について考える機会が否応なく増えた。食に関して、さまざまに調べもした。
利便性を追求するあまりにでき上がった便利な食品。そればかりを食べ続けていて、身体に、心に、いいわけがない、という極めてシンプルながらも、多くの人が疑問に思わず続けている食生活について、懐疑的になった。
父と友を喪ってからも、そのときに学んだことは、わたしの中で確実に、息づいている。
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翻って、猫の話である。
猫話題については、普段、「うさぎのアリス」に任せているが、今回はわたし自身のことばで記録しておこうと思う。
1年半前、我々夫婦の暮らしに、NORAが加わった。野良猫だった彼女が、我が家を住処に決めたあと、ROCKYが加わり、そしてJACKが加わった。
飼うと決めたものの、当初、猫に対して気持ちの距離を保とうとしていたのは、子どものころに飼っていたセキセイインコの「ピコちゃん」を不慮の事故で亡くした経験が影響していた、と思われる。
当時、久しく深く激しく落ち込んだわたしは、「こんな小さな小鳥が死んだだけで、こんなに悲しいのだから、これが猫や犬など、もっと人間に近い生き物だったら、耐えられないだろう。だから、わたしは大きな動物を飼わない」と、堅く心に決めたのだった。
そんな当時の思いが、すでに父や友など、大切な「人間」を喪ったあとですら、自分の心に残っていたとしたら、少し奇妙なのではあるが、多分、素直に最初から溺愛しようとしなかったのは、そこにひとつの理由がある気がする。
最初は、「半野良猫」で飼っていたはずが、NORAが数日帰宅しないと、心配で気を揉むようになった。わたしたちの旅行中に数日間帰宅せず、やせこけて帰って来た時には、本当に、心を砕かれた。
ワクチンの接種、去勢手術、避妊手術、定期検診、NORAの皮膚炎(脱毛)、ROCKYの心臓疾患。そしてわずか1週間足らずの同居で他界したチャック。この1年半の間、猫らの病院に、何度となく病院へ足を運んだ。
最初は「猫に定期検診? 血液検査?! 笑える〜」と、笑っていたはずが、いつのまにか全く、笑えなくなっていた。自分たちの健康診断よりもむしろ、猫らのワクチン接種や健康診断は、スケジュールをきちんと守って病院を訪れる自分に、驚きもする。
しかしながら、彼らの「食生活」については、これまでまったく気を遣っていなかった。
ROCKYが体調を崩すまでは。
ただ毎日、ドクターに勧められたロイヤル・カナンというブランドのキャットフードを与えるだけ、であった。ネットで見かける「キャットフードは栄養のバランスがとれているから、それだけで問題ない」ということばを鵜呑みにしていた。たまに自分たちが食べる鶏肉や魚など、味付けをするまえのものを、少し分け与えることはあったが、メインはキャットフード(ドライ)であった。
彼らの食にまで、あまり深く考えたくなかったというのが、正直なところかもしれない。
夫が折に触れ「こんな乾いた加工食品だけでいいの? 僕なら耐えられないけど」と言うのを耳にしつつも、取り合わずにいた。
去年の暮れから、ROCKYがしばしば嘔吐するようになった。若干、おばかさんゆえ、クリスマスツリーを食べて吐いたのだ、と判断した。しかし、それにしても頻度が多かった。
ネットで調べたところ、猫はよく吐くから気にしなくていいともある。彼はガツガツ食べるから、きっと消化がおいつかなかったのだろうと、判断した。一方、NORAはゆっくりと食べるから、吐かないのだ、と。
ROCKYは、よく食べて、どんどん太っていった。ドクター曰く、「肥満気味」ではあるが、さほど心配するほどでもないとのことだったので、まあ毎日庭を走り回って運動しているから、大丈夫だろう、と思っていた。
状況が一転したのは、今年に入ってまもない1月6日ごろ。
ROCKYが少しずつ、元気を失っていった。朝、いつものようにロフトから駆け下りて来ない。ずっと寝ている。JACKという新入りが鬱陶しくてひきこもったのだろうか、とさえ思った。が、2日目も、ほとんど寝ていて、動きがスローだ。
その数日前に、定期検診に連れて行った時には特に問題はなかった。ひょっとして臆病なROCKYは、病院行きがストレスになったのだろうか、とも思った。しかし、3日目になり、食事をほとんど取らなくなったので、さすがに太っていても、心配になった。
あれだけ食べていたROCKYが、餌を前にしても見向きもしない。どうしたのだ?
取り敢えず、その日の夕飯で使った牛肉を焼き、小さく切って与えたところ、それは食べた。
熱がある様子でも、息が切れている風でもない。ただ、だるそうに、寝ている。翌朝は、それが顕著になったおり、夫婦揃って、おたおたしてしまう。
が、おたおたしても仕方がないので、朝の8時という早朝ながらもドクターの携帯電話に連絡したところ、以前から診断されていた、心臓肥大の疾患が、症状になって出て来たのだろうと言われた。
数カ月前、彼の呼吸の早さが気になったのでレントゲンをとってもらったところ、心臓が少し肥大していると言われていたのだ。そのときに2週間ほど投薬したときの薬が残っていたので、それを与えた。それと同時に、鶏肉などを与えた。
そのあと、徐々に症状が回復し始めた。起き上がって歩き始めたのをみて、薬が効いたのだと少し安心した。しかし、その後、ドクターから、
「薬は一生、続けなければならない」と聞かされ、副作用を尋ねたところ「腎臓機能の障害が起こる可能性がある」と言われた。そのときに、ひどく心が痛んだ。
少しでも副作用を軽減させるために、人間だったらどうするか。それは免疫力を上げることである。
免疫力を上げるためにすることは……。まずは食生活の改善だ。となると、彼の食生活、即ちキャットフードを見直す以外に、わたしにできることはない。
あとは嫌がられない程度に、抱き上げ、愛情を注ぐこと。
普段は長い時間、触られるのを嫌うROCKYだが、具合が悪い数日間は、長いこと、わたしの膝のうえで、静かに眠っていた。そっと撫でると、気持ち良さそうに思えたので、そうした。縁あって我が家に来たからには、わたしが面倒を見てやるしかない。たとえ心臓病で長生きできないとしても、楽しい暮らしをして欲しいとの思いが強くなった。
猫の食について、インターネットで短時間に猛スピードで、あれこれと調べた。
「キャットフードだけで十分」という人もあれば、「手づくり食が一番」という人もいる。手づくり食は栄養のバランスを取るのが難しいとまことしやかに書かれているものもある。プロ(獣医)のことばにせよ、飼い主のことばにせよ、いずれも一長一短。「絶対」というものがない。
しかし、キャットフードがなかった遠い昔から、猫は久しく人間と暮らし続けており、元気に生きていた。我が家の周りの野良猫だって、ろくなものを食べていないが、元気に駆け回っている。
キャットフードが絶対ではないことは、わたしにもわかる。何より、ROCKYが体調を崩した時に、キャットフードを口にしなかったというのが、何よりも証拠だ。
そのとき初めて、わたしは「猫の気持ち」を慮ってみた。
どんなに栄養のバランスがよくても、たとえばカロリーメイトだけを食べ続けていたら、わたしは2、3日で、病む。心身ともに。猫はそこまで繊細でないにせよ、「食べる喜び」を楽しむ本能があるに違いないと感じた。
キャットフードはよくできている。
ほとんどの猫が、食べる。それだけ、万猫が好む味付けがなされているのだろう。しかし、所詮は加工食品。NORAがかつて、ネズミやリスを捕らえて食べていた(最早懐かしい思い出)ことを思えば、味気ないにもほどがある。
情報を集約するために、寄る辺となる本を購入することにした。英語の本だと読むのに時間がかかるから、日本のAmazonを検索したところ、いろいろな本が出てくる。
なるたけ「ファンシーな物ではない」、実践的な情報が掲載されたものが欲しいと探した結果、オーストラリアの獣医師による『ペットの自然療法事典』と、米国の獣医師による『ネコの食事ガイド』の2冊を購入することにした。
Amazonジャパンには、米国在住時からしばしばお世話になっている。もちろん送料はかかるが、海外へもDHLで数日後に配送してくれるのだ。
どちらの本も、非常に参考になる。もちろん、本に書かれていることに忠実に従うのは困難なのでフレキシブルに活用するつもりだが、知っていると知らないのとでは、自分が取り入れるにも、結果が全く異なってくる。
特に、600ページを超える、動物版「家庭の医学」的な『ペットの自然療法事典』は、すばらしい。
ハーブの解説ページなど、人間のためにも役立つ情報が満載だ。このアシュワガンダなど、わが夫が毎日摂取しているアーユルヴェーダの生薬である。
2冊の本をざっと読み、猫に何が必要なのかを大ざっぱに理解した。その上で、自分が日常、料理をする上で「負担にならない程度」つまり、ずっと続けられる程度の食事を、準備することに決めた。
もちろん、忙しいときなどは、キャットフードを与える。その程度の手抜きは、問題ない。病気を抱えているのはROCKYだが、他の猫も、手料理に変えてからというもの、食事を楽しんでいる様子が、明らかにわかるようになった。
これは、最初のころに作ったもの。イワシも骨ごと食べればカルシウムがとれる、ゆえに、人間が食べないブロッコリーの茎部分やニンジンと一緒に圧力鍋で調理し、ペースト状にした。多めに作って冷凍保存をしておけば、のちのち穀物とまぜて与えるのにいい。
最初のころは、「なにこれ?」と食べていなかったNORAやROCKYも、次第に、警戒心を和らげ、食べるようになってきた。
彼らの食に対する姿勢の違いも、よくわかってきた。
●JACKは、与えられた物は、いつでも何でも、よく食べる。大人と同じくらいかそれ以上食べるので、食べすぎではと心配したが、この時期の子猫はかなり食欲が旺盛らしい。取り敢えずほどほどの量をコントロールしつつ与えることにした。
●ROCKYは、鶏肉より魚肉が好き。鶏肉は新鮮なものはすぐに食べ始めるが、翌日の温め直しなどは躊躇して、仕方なく食べ始める感じ。
●NORAは、肉が好き。どんな料理でも、最初に食べ始めるまでに時間がかかる。特に男子2匹がガツガツ食べていると、その様子を距離を保って見つめていたりする。食に興味がなさそうなそぶりをするので、最初は食べ物が気に入らないのかと引き上げようとしたこともあったが、そのまま放置しておくと、食べ始めた。彼女は、「ゆっくりと自分のペースで」がお好みらしい。
さほど空腹でないときには、食べ物に興味がなさそうなふりをする。
しかし、しばらく間を置いて、食べ始める。というか、わたしが食べ物を「彼女の前へ持っていくと」食べ始めることもある。姫か。
ROCKYが台所にやってくる頻度が増えた。そしてミャオミャオと餌を要求する圧も強くなった。
調理中のわたしに、2匹して、たいへんなプレッシャーをかけてくる。JACKは誰よりも早く人のものを食べたがるので、食事中は基本的に別の部屋に隔離する。
本には、猫に必要な栄養源のいくつか挙げられている。そのひとつにカルシウムがある。カルシウムパウダーは市販されているらしいが、卵の殻で作れるというので、早速、ミューズで出すカスタードプリンを作った時に使った卵20個分の殻を使って作ることにした。
オーガニックの卵だし、きっと身体にいいはずだ。きれいに洗って、オーブントースターで乾かし、それを石臼で挽く。
うっかり殻の一部を焦がしてしまい茶色くなったが、まあ、いいだろう。ということで、カスタードプリンを蒸している間、せっせと殻を挽く。これを食事にパラパラとふりかければよい。
・穀物(米やオートミール、トウモロコシ)
・豆類
・肉、魚類(鶏肉やイワシなど)
・野菜(ブロッコリー、ニンジン、ジャガイモ、インゲンなど)
といった、自分たちが食べる物を、味付けする前に取り分けておく。あるいは、数日分をまとめて作って、一部を冷凍する。
これは明日から4泊5日で旅にでるので、その間の保存食の一部。ご飯のうえに鶏肉を載せておき、メイドに解凍して与えてもらう。メイドのマニも猫を飼っているので、猫好きでもあり、扱いに慣れている。
彼女の家の「半野良猫」は、チャパティやイディリ、ドサ、カレーなど、残り物を何でも食べるという。そして元気だと言う。よその家でも、なにを食べているかわからないが、元気だと言う。
それを思えば、過保護すぎるというものである。が、それはそれである。
顕著な変化がいくつかある。
・ROCKYが回復しただけでなく、NORAとJACKもより快活になった。
・NORAの毛並みが、際立ってフワフワと柔らかくなった。
・成長期とはいえ、JACKが、急激に大きくなった。今日、6日ぶりにJACKを見たミューズのメンバーも驚くほどに。
・ネコの口臭が軽減した。餌には多分、香料も含まれているのだろう、きつい魚の匂いがしていたのが、ずいぶん気にならなくなったのだ。特にJACKに至っては、夫が「ミホ、JACKの口臭がきついから、歯を磨いた方がいいのかな?」などと天然な発言をしていたくらいだ。それが気にならなくなった。
・猫らが食後、口の周りをぺろぺろと舐めながら「おいしかった!」というムードを漂わせるようになった。
・ROCKYがガツガツ食べなくなった。ゆっくりと適量を食べている。キャットフードをむしゃむしゃと食べていたのは、満足感を得られなかったから、かもしれない。
・わたし自身の気持ちが落ち着いた。これでもし、ROCKYがまた不調になったとしても、それはもう、できることはしているのだから、仕方がないのだ、と思えるようになった。