「おかしな天気」が続いているらしいニューヨークだが、金曜の朝、快晴。夫は終日ミーティングにつき、わたしはニューヨーク在住時代の友人とランチ。
彼女からの提案で、ヘルズキッチンと呼ばれるエリアにあるIVAN RAMENへ。かれこれ5、6年前からニューヨークはラーメンブームで、新しいラーメンショップが次々にオープンしてきたが、このIVAN RAMENもまた、個性豊かな店の一つらしい。ジュイッシュの男性がはじめた店とのこと。
ヘルズキッチンとは、ミッドタウンの西側エリア。わたしが滞在しているのも西側なので、20ブロックほどあるが、天気もいいし、歩くことにする。
途中でアーミッシュのスーパーマーケットをのぞいてみた。
毎年、はやりの食べ物、飲み物が目につくニューヨークだが、今年はこのコンブチャ。名は昆布茶だが、中身は昆布にあらず。遠い昭和のころ、日本でも流行った「紅茶キノコ」らしい。
なんでも、ハリウッドの女優たちの間で、ヘルシーだの痩せるだのということで人気を集めているようだ。全然、飲みたいという気にさせれないが、ともあれ、面白いものである。
20年以上前は「危険なエリア」のひとつとされていたヘルズキッチンも、年々、様子が変わって来た。とはいえ、11丁目とは、あまりにも西端。途中から「本当に店があるのだろうか」「住所を間違って書き留めてしまったか」と心配になってきた。
かつてはウエアハウスやガソリンスタンドなどしかなく、ドライヴの際、リンカーントンネルを使ってニュージャージー側に渡るときくらいしか通過することのなかった通り。
最近では、このような一つのスペースに、いくつかの飲食店のテナントが入るフードコート的なスタイルが増えているらしい。
この界隈で働いている人たちがメインの客層なのか、ともあれ、町外れの立地にしては、多くの来客でにぎわっている。
タパス風の料理を出す店もあれば、スロークックのヘルシーフードを出す店もある。それぞれに、個性豊か。
ハドソン川からの風が届いてきそうなほどの西端で、初夏の風が吹く中、ビールを飲むのも気分がよさそうだ。
そしてこちらが、IVAN RAMEN。アイヴァン・ラーメンと発音する。ジュイッシュの男性が、東京でラーメン修行をし、東京で2007年に店をオープン、その後、2010年、ニューヨークのこの店を出したとのこと。化学調味料、即ちMSGを使わず、天然素材のだしだけでスープを作っているのが特徴のようだ。
メニューは比較的シンプルながら、迷う。迷った末、まずはオーソドックスに東京しょうゆラーメンに、豚バラ肉をトッピング。おまけに野菜炒めも注文した。
醤油ラーメンは「あっさりしすぎている」ところが物足りないと、とんこつラーメン好きなわたしは思ってきたが、これは十分にコクのあるスープでおいしい。
ライ麦で作られているという麺もまた、スープの味わいと調和していて、美味だ。
しかしながら、思う。自宅で鶏ガラの出しをとり、ヘルシーなラーメンを作るのはいいが、外食のラーメンとは、そこはかとないジャンクな風味に魅力があるのだということを。
こってり濃厚な、とんこつラーメンが懐かしい。化学調味料を使わなくても、手間ひま予算をかければ、作れるはずの味だけれど……。
それでは需要と供給のバランスが取れないのか、ビジネスにならないのか、そこまでMSGを避ける理由もないのか、ラーメンとは、そういうものなのだろう。
逆に、今となってはもう、食べることもないだろう一風堂のラーメンが、殊の外、恋しくなるのであった。
こちらは友人が頼んだBREAKFAST ALL DAY RAMENというミステリアスで個性的なラーメン。麺は全粒小麦粉が使用されており、チーズやハムがトッピングされている。
ラーメンというより、カルボナーラ。
これがラーメンか、と言われたら、ラーメンではないらしい。
おいしいか、おいしくないか、と言われたら、おいしいらしい。
……ややこしい。
食後は腹ごなしに散歩。ちなみにこの友人とは、20年前、わたしがニューヨークに移った数カ月後に働き始めた日系出版社で出会った。1年ほどではあったが、同僚だった。
ニューヨーク暦21年の彼女は、今年遂に、日本へ帰国するらしい。ニューヨークで再会するのも、これが最後となってしまった。
当時の同僚は、みなそれぞれに、個性的で、インパクトの強い女性が多かったように思う。もう何年も会うことのなくなった人らが大半ではあるが、記憶には鮮明に残っている。
今、カリフォルニアに暮らす人、パリに暮らす人、東京に暮らす人、そしてわたしのようにインドに暮らす人……。そして一人は、天国に行ってしまった。亡き人の思い出を語る機会もまたなくなってしまうのかと思うと、それが寂しくもあり。
それぞれに送って来た、色濃い歳月。
途中で見つけたカフェで休憩。このごろのニューヨークでは、「おいしいコーヒー」を出すチェーン店が軒並み増えている。うれしいことではある。
夫とはスターバックスで出会っておきながら言うのもなんだが、米国のスターバックスのコーヒーがおいしいと思ったことのなかったわたしにとっては、特に、この新たなトレンドはいいな、と思う。
思い返せば、アメリカのコーヒーは、「アメリカンコーヒー」などと呼ぶのさえ憚られるほど、コーヒーではなかった。
初めて渡米した大学時代の1986年。カリフォルニアの滞在先で飲んだコーヒーには、本当に驚いたものだ。なにしろ、「薄い麦茶」みたいだったから。自分とて、当時は貧乏学生。コーヒーと言えば、インスタントの「ネスカフェ・プレジデント」を湯で薄めて飲んでいたくらいだが、そちらのほうが、ずっと美味だった。
1996年に移住した当初は、ちょうどスターバックスがチェーン展開をはじめていたころ。しかし、コーヒーは焦げ臭くて濃いばかりで、やはり風味がいいとは言えなかった。それ以外の場所で飲むコーヒーは、「濃い麦茶」みたいだった。
もちろん、きちんとしたレストランやカフェでは、おいしいコーヒーを出してくれる店もあったけれど、このようなコーヒーチェーンでは味わいのよさを、なかなか望めなかった。
もっとも、アメリカのコーヒーがまずかったからこそ、わたしの好きな映画の一つでもある、『バグダット・カフェ』が誕生したのだろう、とも思うけれど。
アメリカのコーヒーがもしもおいしかったら、ドイツ人旅行者が、自分のコーヒーポットを持参して旅に出ることもなかっただろうし……。
また見たくなったな、あの映画。この歌も大好きで、実はピアノ弾きがたりの楽譜を入手したりもしているのだった。
彼女と別れたあと、紀伊國屋に立ち寄ったりしながら、ゆるゆると北上する。
タイムズスクエアの喧噪。ここは本当に、いつ訪れても賑やかだ。
それにしても、よく歩いた一日だった。この2日間で、インドでの1カ月分くらい、歩いた気がする。もう、足が棒だ。
夫もまた、昨日今日と疲れているに違いない。明日はゆっくりと、過ごそう。
ちなみに夫婦揃って、猫らが恋しく、毎晩、ドライヴァーのアンソニーに状況を確認すべく、電話をしている。今のところ、みな元気でノープロブレムらしい。
折に触れ、iPhoneにおさめられている猫らの写真や動画を見せ合いつつ、本当にもう恐るべし猫パワーだ。