金曜から来週にかけてはバンガロールである。スジャータとウマからプレゼントでもらったサリーのブラウスは、洋装ファッションを手がけてくれるバンガロール在住のデザイナー女性に任せるつもりだ。
彼女が仕立てるブラウスは、街のテイラーよりは割高だが、「洋服向け」の立体裁断で、着心地がよくシルエットも美しく、縫製が丁寧なのだ。本来彼女は、自分のスキルを生かせる洋装を中心に注文を受けているのだが、わたしは専ら、サリーのブラウスばかりを依頼している。
せっかくならば、まとめて発注したい。例の「絞り染めサリーの店」へ足を運ぶなら今週しかない。と、慌てることもないのだが、本日、赴くことにした。
ケンプスコーナーでタクシーを降り、サリー店まで歩こうとしたところ、目の前にレオニダスを発見!
ベルギーチョコレートのレオニダスが、ムンバイに?
空輸して、溶けないままに、ディスプレイできるの?
溶けたり固まったりを繰り返してたりなんかしてないの?
そんな失礼な疑念はさておいて、ともかくは、店へ入る。と、気前のよい店員が、一粒まるごと味見をさせてくれる。おおう。久しぶりに、おいしい!
この店、この5月にオープンしたばかりで、10日に一度、ベルギーから新鮮なチョコレートを空輸しているのだとか。値段は諸外国と変わらず。パッケージ入りもあるが、基本は重量単位での販売。ここでは100gが450ルピーからとのこと。一粒平均150円程度か。
ふと、ワシントンDC時代が蘇る。ご近所のジョージタウンに、やはりレオニダスがあって、週末アルヴィンドと散歩しているときなど、ふらりと立ち寄り、4粒とか6粒とかほんの少しずつ買っては、小さな紙袋に入れてもらい、少しずつ分け合って食べたものである。
遠い昔、レオニダスはじめ、ニューヨークのチョコレートショップのことを書いた記事がホームページにあるので、ご興味のある方はこちらをどうぞ。
■Leonidas: #1 Cornelian Bldg, 104 August Kranti Marg, Kemps Corner, Mumbai
●そして絞り染めの、色彩の、海へ。
わたしは、自分が買ったものを、あるいは買い物の成果を、世間に公表したいわけではない。
このサイトの主目的は「インドのよき部分をも」アピールすることである。入手した諸々を載せていることに、我ながら節操がないのではないか、と思うところもあるのだが、しかしこの国で出合う「よきもの」の、それらは一端である。
その一端を、なるたけ多くの人に知って欲しい。そんなわけで、ここに紹介している次第である。ということを、あらかじめ断っておきたい。
店へ入るなり、目移りである。それはインドのテキスタイルショップであれば、どの店においてでも、である。壁一面を覆い尽くす布の山。その、分類されているともされていないともつかぬ、色柄の海。
少なくともこの店は「絞り染め (Tie and dye) 」というテーマで以て一貫しているから、迷いは少ない。素材が絹か綿か、という大きな分類と、刺繍や絞りの緻密さによって値段に広がりがある。
店主のスジャータは、先日、ウマとロメイシュとともに訪れたときとは一転して、ご機嫌斜めであった。お客であるわたしを迎え入れながらも、従業員男子2名を、ヒンディー語で怒鳴り散らしている。さらには、アシスタントの女性に向かって英語で、
「できることなら、こいつらをひっぱたいて、今すぐ蹴り出したいところだわ!」
と息巻いている。背後で炎が巻き上がっている。何があったんだスジャータ。我が穏やかな義姉スジャータとは似ても似つかぬスジャータだ。ここにお客がいることを忘れないでくださいスジャータ。
気を取り直してスジャータ、わたしに希望の色柄、予算を尋ねる。
ここで自分の意見を的確に述べることの、実は難しいことと言ったらない。一番上の大きな写真を見ていただきたい。一瞥する限りでは、全体に「ド派手!」である。しかし、一つ一つに目を走らせれば、それぞれの色に味わいがあり、派手ばかりではなく、落ち着きのある色、繊細な色遣いのものも見られる。
いつも、同じような色を選んでしまうから、違うものを見つけたい。しかし、自分の肌色に合わなければならない。視線が泳がぬように、一つ一つを確認しながら、しかしやっぱり視線は泳ぎ、焦点を定めるのに一苦労だ。
「あれを見せて」
と、指差して言えば、
「あら。これは35000ルピーよ。これを最初に見ると、他のものでは妥協できなくなってしまうわよ」
おっしゃる通りでございます。とはいえ、いいものも見ておきたい。それは、金糸がぎっしりと施されたうえに、緻密な絞りで以てデザインされた、見事な布であった。
サリーに用いる布は約5メートル。身体に巻き付けられる部分、つまり外にはあまり見えない部分も2メートルほどはあるのだが、あまり見えないとはいえ、前面でプリーツにもなることから、5メートル全体に亘って、デザインが施される。何度も書いて来たことだが、これらは「芸術作品」である。
他の店が、どさどさと見せてくれるのに対し、スジャータは比較的「出し惜しみ」である。あれこれを引っ張り出さず、わたしの好みを聞き出してから、見せてくれる。
今日のところは、若干カジュアルなパーティーなどに着られる、あまり気合いが入り過ぎていないサリーが欲しい。とはいえ、その線引きが難しい。なにしろインド。派手の尺度が諸外国とは異なるのだ。
何枚かを、羽織ってみる。布だけで見るとピンと来なくても、羽織った途端に魅力を発揮するものがある。それは自分に似合っているという目安である。自分に似合う色柄ものは、布の潜在力が大いに発揮されるし、似合わないものは、相殺しあって魅力が出ない。
たとえば上の2枚。これらはわたしの肌色に、よく似合った。上の「一見地味」なサリーは、一見地味なだけに、インドでは滅多に見ない色の組み合わせであるが、その渋いながらもエレガントな風合いに引かれる。たまらん。
下の「一見派手」なサリーも、しかし羽織ればしっとりと落ち着き、やさしさのあるグラデーションが魅力的である。肌触りも心地よく、思わず頬ずりしたくなる。しないけど。
ご機嫌斜めなスジャータに、しかしあれこれと尋ねたところを箇条書きにすると、以下の通りである。
・(彼女は若く見えるが)ニューヨークで働いている息子がいるらしく、年の頃なら40代後半か。
・彼女は数十年に亘り、これら商品の製造から販売までを一手に行っている。
・主にはグジャラート州で製造している(一部ラジャスタン州)。何カ所もの村で、何百人もを雇っての作業である。
・まず、布の調達。素材となる白地の布は、全国各地から良質のものを取り寄せる。
<以下は異なる職人による作業工程>
・白地に、金糸の刺繍を施す。
・染めのデザイン画を描く。
・デザインに従って、糸で絞る。
・染める。乾かす。染めるを繰り返す。
・乾いてしまって初めて、仕上がりの善し悪しがわかる。
ちなみに上の2枚は、全行程8カ月から10カ月かかって作られるらしい。染めるだけでも15日はかかるのだとか。
デザインは、主にはスジャータが各作業場に「電話で」指示するらしい。みな、熟練の「数十年選手」ばかりなので、おおよそは伝わるという。
ともあれ、後継者の育成、商品の管理、その他諸々諸々で、日々ストレスフルらしい。
「わたしがヒステリックになる理由、わかるでしょ。ともかく、この国で仕事をするのはたいへんなのよ!」
と、開き直っているご様子。わたしがサリーの写真を撮っていいかと尋ねたら、一瞬顔を曇らせつつも、
「あなたがインド人なら絶対にダメだというけれど、日本人だから、いいわ。わたしはね、インド人を信じていないの。なにをやらかすかわからない。平気で人を欺くし。写真を撮って、コピーを作るなんて常識だしね」
確かにおっしゃる通りだが、それにしても、そんなに厭世的にならなくたって……。一応、客商売なんだし……。スパにでもいって、リラックスして来てはいかがですか? と言いたくなるが、もちろん言わない。
「他にお店はあるんですか?」
「いいえ、全世界にこの店だけ。でもね、顧客は世界中にいるの。主にはNRI(非インド在住インド人)ね。広告は一切出さなくて、すべて口コミなのよ。広告なんて、信用できないでしょ。確かなのは口コミ。口コミよ」
「で、どれを買うか、決めた? そう。じゃあ、じっくり検討して。わたしはこっちで仕事を始めるけど、いいかしら」
まったくもって、サーヴィス精神のないスジャータだが、しかし作品は人の心を捉えて離さぬ。この店の商品は、他とは違うな、という魅力が布から迸っているのである。やれやれである。
そうして、ついには、選んだ。
無論、布を選んでも、そのまま持ち帰られるわけではない。ブラウス部分のみをビリビリと裂いて(文字通り、手で裂いていた)、残り部分はまだ残る絞りの糸を全部取り除き、裾の部分の裏地をつける処理、それからアイロン(身体に巻き付ける部分のみしっかりと)などの作業をやってもらう。
次回、ムンバイに来たときに、引き取ることになるだろう。
左の写真は、スジャータに怒鳴られ、すっかり意気消沈してせっせと布を折り畳む従業員2名。
なにやら、哀愁である。
元気出せよ、と声をかけたいくらいであった。
そんな荒んだムードの店ではあったが、一見の価値ありである。サリーだけでなく、サルワールカミーズ用の布もある。