先日、在ベンガルール日本国総領事館の中根総領事から晩餐のお招きを受けて、我々夫婦は総領事公邸へお伺いした。わたしは、先日の一時帰国時、自分のために購入し、「ナマステ福岡」でも着用した赤い京友禅サリーを選んだ。日本の色合いだな……と改めて思う。
昨年、わたしが急遽、コーディネートすることになったJWマリオットホテルでの着物ファッション・ショーに、中根総領事も参席されていた。その流れで、今年の天皇誕生日式典では、京友禅サリーの展示をさせていただく運びとなった。
着物や京友禅サリーの展示だけでなく、日本の伝統的文化や工芸品の紹介、また日本とインドの関係史など、ここ数年、インドの人たちを対象とした催しやイヴェントを何度か開催してきた。かような活動に関心を持っていただいたことから、今回、夫婦ともども、ご招待をしてくださった次第だ。
美味なる日本酒や日本料理をいただきつつ、夫もわたしも普段通りの饒舌さ(インド基準)で、会話は弾む。わたし自身が今、関わっている日本とインドのプロジェクトなどについても、ご相談する好機となった。
天皇皇后両陛下のお写真を眺めつつ、日本国の政府機関を象徴する紋章でもある「五七桐(ごしちきり)紋」が施されたグラスを手にお酒をいただく。何とも感慨深い。温かなおもてなしに心より感謝する。
折に触れて記しているが、海外に住むほどに、自分が日本人であることを強く認識する。日本にいれば、わたしをして「坂田さん」「美穂さん」となるが、海外ではおおよその場合、「日本人のミホ」「日本人女性のミホ」あるいは単に、「あのジャパニーズ・レディ」という具合に、はじめに「日本」ありきだ。
ましてや、我が家のように、夫がインド人となると、日常生活や会話の中にも、「日本では」「日本人は」というフレーズが頻出し、日本を客観的に捉えながら語ることが多い。従っては、好むと好まざるとに関わらず、自分の行動は一個人のものに留まらず、「日本」という国のイメージにさえ影響を与えることになる。日の丸が常にそばにある。
「いつでも日の丸を胸に収めて、民間外交を堂々とやりなさい」
明治時代、ボンベイに渡りマッサージ医院を開業した、かつて「からゆきさん」だった島木ヨシさんの言葉だ。マハトマ・ガンディやネルーにもマッサージを施していた彼女の経験たるや……。
からゆきさんについては、かつてセミナー動画で言及し、さらにはYoutuberの眞代さんからのリクエストでコラボ動画も作った。そのときに使用した資料もGoogleDriveにアップロードしているので、ぜひご覧いただければと思う。闇に葬られた日本の近代史の片鱗を知るのも有意義だ。
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「国際親善の基は、人と人との相互理解であり、そのうえに立って、友好関係が築かれていくものと考えます。国と国との関係は経済情勢など良い時も悪い時もありますが、人と人との関係は、国と国との関係を越えて、続いていくものと思います」
これは、上皇天皇のお言葉だ。
2013年、わたしはインドに来訪されていた天皇皇后両陛下(現在は上皇上皇后両陛下)御拝謁のお茶会に招待された。その一連の経験は忘れがたく、我が人生で一番、ありがたくも緊張した時間でもあった。自分でも気づかなかった「自分の中の日本」に、自分でも驚いたものだ。この時期、わたしは、天皇皇后の外交の記録動画などを、Youtubeを通して片っ端から拝見した。
ご尽力とご配慮、ご記憶力……どれをとっても、尋常ならない卓越の域だと、心底、感銘を受けたものだ。
インド生活20周年。節目の年にふさわしい出来事が続く。急がず、欲張らず、丁寧に、真摯に。自分を生かせる仕事をこれからも続けていこうとの思いを新たにする。
👘家族の記憶を紡ぎながら、色褪せない伝統衣装。着物ショーで躍動する半世紀前の和装(2024/10/28)
🇯🇵チェンナイにて。天皇皇后両陛下御拝謁のお茶会参席を巡る個人的な体験(2013/12/07)
🇮🇳🇯🇵「からゆきさん」を探る〈前編〉貧しい時代の日本。身を挺して海外で働いた女性たちの歴史を紐解く
🇮🇳🇯🇵「からゆきさん」を探る〈後編〉「からゆきさん」を経てボンベイでマッサージ店を起業。タフな女性の生き様に見る民間外交。誇り高き信念。
「からゆきさん」動画で使用した資料(Pdf)をこちらにアップロードしています。
https://drive.google.com/file/d/1RamguJFCc3BZQuHF5MXIC2fvMv5zLZy3/view?usp=sharing