大げさなタイトルだということはわかっている。しかし、本当に、「たどりつけないんじゃないか」と思ったのだ。肉屋に。
今朝のこと。わたしがマッサージを受けたことは先に記したが、夫もまた早急にマッサージが必要だという。が、連絡先を知っている施術師は、土曜日以降でなければ予定がつかないという。
「ミホ、お隣の日本人の奥さんに聞いて来て! 日本人はマッサージが好きなはずだから、だれか知っているはず!」
自分で聞けよ。
と思ったが、新年のご挨拶もまだしていなかったので、いきなり玄関先へ出て、ピンポンとドアのベルを鳴らす。幸い、奥様はいらっしゃった。マッサージのことはすっかり忘れて、しばらく世間話。彼女は数カ月後に日本に帰国なさる身。バンガロア(バンガロール)のエキスパートだ。
しかしどうしたことか。彼女がインドの「悪しきところ」にちらりとでも言及すると、インドをかばいたくなる不思議心理。「アメリカもひどいもんですよ」と、言わずにはいられないのだ。この間、デリーで、日本人駐在員の殿方と夕食をともにしたときもそうだった。
インドのひどさは、わたしだって重々わかっている。みなさんのご苦労もお察ししている。インドのひどさは、すべて事実だ。しかし、米国のひどさを流布し、「毒を以て毒を制したい」この心理。
「マンハッタンはね、インフラ最低なんですよ。いかにも近代都市のふりしてますけどね」
「水漏れなんて、ちっとも珍しくないですよ」
「古いアパートメントなんて壁を厚塗りしてるから、壁がごっそり崩落したり」
「壁なんてまだいいほう。アパートメントそのものが自然崩壊したところもあって」
「家具とか注文しても、予定通りに来ることなんてないですよ。挙げ句、違う物が届いたり」
「1時間現像の写真なんて、1時間で仕上がった試しがないですよ。暇だったら1時間って意味ですね」
「カスタマーサーヴィスの対応も、大抵、最低。たらい回しなんてしょっちゅうで」
「最近でこそ、ましになったけど、以前はガムを噛みながら電話に出る人もいて」
「シリコンヴァレーに住んでたとき、インターネットの接続作業に来てもらうのに1週間もかかったんですから」
「ちなみにインドは即日、開通でした。これは、インドの方がましでしたね」
「アメリカは9時5時の世界ですから。5時になったら、仕事の途中でもみんな、帰っちゃいますからね」
「その点、インドは、人手過剰だから、深夜まででも、誰かが対応してくれるからましですよ」
「だからって、問題が解決されないことも多いから、まあどっちもどっちですかね」
「ワシントンDCの道路はひどくてね〜。鉄板でつぎはぎだらけのところもあるんですよ」
「DCは貧乏な"特別区"ですから、税金が高いばっかりで、インフラ最悪なんです」
「バスは、なんていうんですか、スプリングがきいてなくてね。振動がひどくて腰痛が悪化しましたよ」
「近所の水道管が破裂して、何週間も道路から水が溢れっぱなしとか」
「緑が多いのはいいんですけどね。大木が育ちすぎちゃって、毎年台風のシーズンになると、バタバタ倒れるんです。電線なぎ倒して、屋根をつぶしたりして。で、停電なんてしょっちゅうですよ。お隣のメリーランド州もね」
「数年前なんて、ホワイトハウスの近所の老朽化したガス管からガスが路上に漏れてね」
「その上を走っていた車に着火して炎上。人は助かりましたけどね」
「道路、めらめら。フランベ状態」
こうして、毎度毎度、尽きない米国の悪口を、言ってしまう。米国が、嫌いなわけじゃ、もちろんない。
「ひどいのは、インドだけじゃない。先進国の米国だってひどいのよ。だからインドばかりをそう責めないで」
とでも、言いたいのか。好きで来ている国だから、それに自分の家族が住む国だから、悪く言われるのはいやなのか。自分が駐在員、もしくはその家族として「しぶしぶ赴任」していたとしたら、不満で大噴火することは間違いないだろう。まあ、複雑な乙女心ね。
また、猛烈に前置きが長くなった。
そんなわけで、お向かいの奥さんからマッサージ師の連絡先(日本人のクライアントを多数持つ、指圧専門のインド人施術師)を紹介してもらう。で、今現在、10日夜、夫はマッサージを受けていて、わたしは夕食前にコンピュータに向かっているのである。
ん? これも前置きだ。 そうそう。何が言いたかったかと言えばだ。
自分が来たくて来たインド。試練が待ち受けているのは百も承知で来たインド。だから、いやなことに、いちいち反応したくない。楽しもうじゃないか人生を。と思ってはいるのだが、日常の些細な怒りは無数である。綴りたくないくらいに、無限である。
たまには、そういう「インド地獄変」ならぬ「地獄編」をも綴るべきだと思った次第。ここでようやく本題だ。
今日は買い物に行くため、タクシーを4時間、チャーターした。車のチャーターは基本的に4時間、8時間が単位なのだ。まだ車を買っておらず、当分はタクシー利用なのである。オートリクショーで走り回るのもいいが、何しろ排気ガスが多いのでね。
さて、あらかじめ、「地理に詳しい英語をしゃべれるドライヴァーを」と言っていたのに、地理に詳しくない様子のドライヴァーが来た。詳しくないかどうかは、ちょっと言葉を交わすだけですでにわかるようになった。
今日の目的は3、4軒あり、そのうちの一つが肉屋だった。兼ねてから開拓したかったその肉屋はリッチモンドロードにある。住所は知っている。その道が一方通行であることも知っている。ただ、どの道と交差するのかがわからない。だからこそ、ドライヴァーに、住所を伝え、「わかった?」と念を押したのだ。なのに、なのに。
一方通行とは、当たり前だが、Uターンできない。だからこそ、ぐっと回り込んで目的の道に入り、直進すべきなのに、浅いところからスタートする。目的の店は背後である。それでなくても夕方の渋滞時。のろのろのろのろとした車は進まず、時間はどんどん過ぎてゆく。
「わかってんの? 場所!!」
と何度も聞いているのに、わかったふりして、わかってない青年ドライヴァー。ちまちまと、迂回しては、また間違え、迂回してはまた間違える。
「あのね! わたしはリッチモンドロードをドライヴしに来てるんじゃないのよ! わたしを早く、肉屋に連れてってよ!」
「ごめんなさい。マダム」
謝るところがかわいそうだが、だからって、許せるものではない。携帯を持っているのだから、会社に電話してきいてよ! って言っているのに、路傍に停車し、窓を開けて、道ばたを歩いているビジネスマンに尋ねたりする。
ドライヴァーのあなたが住所を聞いてもわからないのに、仕事帰りのビジネスマンが知ってる訳ないじゃん。
「なんの店をお探しですか?」とビジネスマンに聞かれ、「肉屋」と答えるわびしさよ。
「マダム、この辺に肉屋はありませんよ」と微笑まれる哀しさよ。
結局、迂回を連発した挙げ句、1時間以上もかかってたどりついた肉屋、バンブリーズ(BAMBURIES)。予想はしていたが、その大半が冷凍もの。今日ほど、 Whole Foods Marketが恋しいと思った日はないね。あの、さまざまな種類の、肉、肉、肉……。
いやいや、別に肉に固執している訳ではないのだ。あの「お手軽に何でも手に入る」感覚が、ちょっと懐かしくなったのだ。
あまりに面倒な思いをしてたどりついたものだから、必要以上にまとめ買いしてしまった。冷凍で劣化しようがどうしようが構わない。鶏肉の手羽先、骨付きもも肉、それからポークチョップ、ラムチョップ。いずれも品は悪くなさそうだ。冷凍エビなどシーフードもあったが、今日のところはやめておいた。
行きたかった花屋もベーカリーも、結局は行かずじまい。すでにおなじみニリギリズ(NILGIRI'S)に立ち寄って、パンその他を購入。もちろん、モハンに頼むこともできるのだが、一応、自分でも買い物がしたいが故のこの事態。ま、ぼちぼち、行くとしよう。
上の写真は、大量に買い占めた肉でいっぱいの、我が家の冷凍庫。モハン引き上げし夜半、撮影したものである。