夕べ、バンガロールを午後11時10分に発つ最終便でムンバイに到着した。小型のプロペラ機だったため、いつもは1時間半のところが2時間以上かかった。加えてフライトの遅れ。アルヴィンドの待つ(眠る)ホテルに到着したのは午前3時近くだった。
昨日土曜日は日本からクライアントが訪れており、彼女の帰国便に合わせてわたしも空港へ赴き、ムンバイへ訪れることにしていたのだった。
夕刻から大雨が降り始めたので渋滞を予測し、市街西部のカニンガムロードから新空港へ向けて早めに出発したのだが、途中数回、渋滞に巻き込まれたものの1時間10分ほどで到着した。2時間を見込んでいたので、またしても思っていたより悪くないではないかとうれしかった。
今回は、最終便とあって乗客も少なく、システムのトラブルもなく、チェックインも即終了。新しい空港は、従来とは雲泥の差の快適さである。多少遠くてもノープロブレムだ。
さて、久しぶりにムンバイウィークである。気がつけば、かれこれ2カ月近くも来ていなかった。不在の間に、ムンバイは盛夏。空港に降り立ったのは深夜だったにも関わらず、力一杯蒸し暑くて、バンガロールの気候のよさを改めて思い知らされる。
■日本人マダムらと親交を深めるひととき
時を遡って木曜日。バンガロール在住日本人女性の会合であるところの「さくら会ランチ」が開かれた。場所はISTA HOTEL。「くじびき」によって決められた席に座る。普段、会う機会、話す機会のない人たちと、束の間、ひとときを分かち合う。
まずはビール、しかもアサヒビールで乾杯。
このごろは、バンガロールでも日本のビールが手に入るのだ。
ベルギービールが飲めるようになって喜んでいた矢先である。
そう言いながら、飲むのは専らインド産キングフィッシャーばかりだが。
ちなみに、インド全国でバンガロールはアルコール消費量が一番多いらしい。
ムスリムをはじめ、宗教上、お酒を飲まない人が少なくないインドにあって、バンガロールはかなりコスモポリタンな街で、バーの数も多く、飲酒の機会が多い。
従来、インドは富裕層を中心にハードリカーが愛好されていたが、ここ数年、国産ワインのクオリティがあがってワインが一般化している上、輸入品が急増している。
限られた場所で、限られた種類のアルコール飲料しか入手できなかったのが、最近ではスーパーマーケットでバラエティ豊かなアルコールを手にすることができるようになった。……また話が長くなる。
さくら会ランチである。疎くなりがちな日本の話も、異なる世代(若めの世代)の趨勢なども、耳にする。今やインターネットに頼るだけの日本の情報。新鮮な情報も少なくない。
最近になってYOU TUBEを見るようになり、ニュースやテレビ番組の断片を確認することで、かなり「リアルに」日本がイメージできるようになったが、それでも情報は欠乏している。
特に困ることはないが、知れば知ったで面白い。"KY"の意味を知らない人がいたので、得意げに教えてあげた。ふふふ。
なにがふふふだ。
■インテリアコーディネーターとしてのわたし
金曜の午後は、ヴァラダラジャン宅へ赴く。あの日あのとき訪れた、スジャータとラグヴァンが購入したところのあの物件が、数カ月後に完成するとのことで、内装工事についてアドヴァイスをしてほしいと頼まれたのだ。
昼間のIISキャンパスもまた、むせるような緑で本当に美しい。
十年ほどまえのバンガロールは、街全体がこんなふうに緑に包まれていたのだと聞くほどに、「嗚呼!」と複雑な心持ちで毎度のごとく。
二人はちょうど、ランチを終えようとしているところだった。
スパゲティを食べていた。
おいしそうな匂いがしていた。
さて物件は、ヴァラダラジャン宅から車で約10分。車窓から、巨大な高層ビル群が見えて来た。とてもあと数カ月以内で完成するムードではないが、完成するらしいところがインドである。
まずはオフィスで手続きをすませ、ヘルメットを借りて現場へ。以前見た仮のモデルルームではなく、実際に建築中のビルディング内部に作られた、それはモデルルームである。
まさに建設まっただ中。足場の悪い、作られているのだか壊されているのだか判然としない、廃屋状態の建物に入ってモデルルームへ。
周辺が建築中でも、内部は「今すぐ住める感じ」に整えられているその違和感が、なんともいえずインド的。ムンバイのアパートメントの、「外観と公共スペースはぼろぼろだが、中に入ったら意外ときれい」という傾向を彷彿とさせる。
詳細は割愛するが、あれこれと内部を検証した結果、我が昨年の「プチ家作り」で培った経験とデータを彼らに提供し、よりよい家作りをお手伝いすることにした。
ちなみに彼らはここに暮らすわけではなく、貸す予定だ。
敷地内にショッピングモールあり、5つ星ホテルあり、インターナショナルスクールあり、病院あり(すでにコロンビア・アジア・ホスピタルが開業している)の、巨大なプロジェクトである。
我々夫婦は結局、ここを見学したものの買うことはなく、現在住んでいるアパートメントを買ったが、このアパートメントは駐在員家族など短期滞在者にも、非常に便利だと感じられた。新しい空港へも行きやすいロケーションだ。
借り主の気持ちも慮りつつ、クローゼットやキッチンの素材選びなど、今後、わたしにできる限り、手伝ってあげようと思っている。
夜は、近々帰任する日本人マダムが遊びにいらした。軽い夕食を準備する。彼女はフランスワインや、「高級そうな日本米」をたっぷりとお土産に持って来てくれた。うれしすぎるというものである。
延々と、仕事のことや暮らしのこと、インドのことを、時間を忘れて語り合う。わたしも彼女も、インドに来るべくして来たのだなあと、諸事情により抽象的な書き方しかできないが、なにか絶対的な、人智の及ばぬ運命の力のようなものを感じた夜だった。
■土曜は終日仕事。そして深夜、ムンバイへ。
土曜日は、冒頭に記した通り、日本から訪問のクライアントと共に過ごした。午前中はOBEROIで打ち合わせ。午後は視察。バンガロールの街は、日ごと変化しているから、1年前に彼女を案内したときとは、事情がかなり異なっている。同じ店でさえ、商品の品揃えが大きく変化している。
夕刻になり、暗雲がたちこめたかと思ったら、激しい暴風雨となった。UBシティのあたりを走っている時、目前で大樹の梢がメリメリと折れて道路を塞いだ。わたしたちの前には車が一台。幸い、ダメージを受けた車はなかったが、なんともスリリングな情景であった。
視察の最後に、毎度おなじみカニンガムロードのASIAN ARTSへご案内。先日のテレビ番組にも登場して、一部日本人の間ではちょっとした「知られた顔」となったアジャズ(これまでエイジャズと表記していたが、アジャズの方が近いらしい)。今日もまた、「お茶休憩がわり」に立ち寄らせてもらっているような塩梅だ。
幸い、今日は「わたしを呼ぶ石」がなかったので、財布を開かずにすんだ。ここに来ると、本当に「ついつい」だから。
本当は、この界隈で夕食をすませて空港に向かう予定だったが、あまりの雨の激しさに渋滞を予測して、夕食なしで街を出た。しかし、思いのほか速やかに空港へ到着したのだった。
■二重生活開始後初めての、ムンバイで過ごす週末
今月より、OBEROIからTAJ PRESIDENTに宿、いや住まいを移している。ホテルそのものはOBEROIの方がゴージャスであるが、TAJ PRESIDENTもよいホテルだ。
タイ料理レストランやインド料理レストラン、コンチネンタル&イタリアンのダイニングなど、いずれも料理はそこそこにおいしいし、寿司カウンターで日本酒さえ飲めるおしゃれなバーなどもある。部屋は若干狭いものの、改装されていて快適だ。
インドの高級ホテルでは、シャンプーや石けんなどのアメニティが、高品質なアーユルヴェーダ関連商品で揃えられている。OBEROIはKAMA製、TAJはホテルによって異なるが、最近はFOREST ESSENTIALS製が主流。以前はBIOTIQUEが中心だった。
インド製ではないが、MOLTON BROWNのプロダクツが使われているところもある。
ハーブの匂いがさわやかなグリセリンソープで洗顔もしてしまうので、あれこれと持参する必要がない。アルヴィンドもモイスチャライザーを気に入っていて、愛用している。
持参する必要がないどころか、アルヴィンドはバンガロールへ戻って来るたび、余った石けんやシャンプーの類いを大切そうに持ち帰って来るので、今や店が開けるほどたまっている。
移住前からTAJ系列のホテルを気に入っているわたしだが、今回もまた、OBEROIを経て、TAJの心地よさを実感している。スタッフのホスピタリティが、わたしたちの波長と合っているのかもしれない。具体例を書くときりがないので、一例。
夕べ遅かったこともあり、遅くに目覚めたわたしたちは、クローズするぎりぎりにダイニングに入った。
するとマネージャー(3枚目タイプの中年男性)がアルヴィンドの傍らにやってきて、「今日もグリーンティーですか?」と問いかける。
すでにブッフェは片付けに入っているが、アルヴィンドの好きなマンゴーやライチーの盛り合わせを持って来てくれる。
「マダム。昨日と今日は週末なので、サーはごゆっくりなさってますが、平日は随分早い時間にいらっしゃってるんですよ。靴にローラーを付けているみたいに急いでテーブルについて、まずグリーンティーをお召し上がりになって、最後にカフェラテで締めくくるんです」
笑顔でレポートしてくれるのである。
顔なじみらしき若いウエイターとは、お茶のおかわりをついでもらいながら、今夜のクリケットの試合について、あれこれと楽しそうに意見を交換し合っている。やたら、微笑ましい。
妻としては、夫のことを気にかけてくれている人がいるというだけで、なんだか少し、安心する。
数週間も通えば顔なじみになるとはいえ、それは2カ月以上も滞在したOBEROIホテルにはなかった親しさである。
確かにホテルの規模にもよるだろうが、ムンバイの最高級ホテルであるところのTHE TAJ MAHAL PALACE、バンガロールのTAJ WEST ENDにしても、同じである。ややランクが下がって、TAJ RESIDENCYやTAJ GATEWAYにしても、むしろフレンドリーさは増す。
尤もそれが煩わしいという日本人の話もよく耳にするが。
思えばわたしが、初めて南インドコーヒーのデコクション(抽出コーヒー)のおいしさとその製法を教わったのも、TAJ GATEWAYのウエイターによって、だった。
もう一例。これはサーヴィスとは関係ないが、ロビーを歩いていたら、
「日本の方ですか?」
と声をかけてくるスタッフがいる。セキュリティマネージャーだと言う彼、ラヴィンドラ君。たいそう流暢な日本語を話す。日本に暮らしたことがあるのかと聞けば、
「横浜と伊勢佐木、あと新潟に、旅行に行きました。それだけです」
「僕、日本人が好きなんです」
「あなたは、どこに住んでいるんですか?」
「出身はどこですか」
と、日本語で矢継ぎ早に話しかけて来る。
聞けば2年ほど前から独学で日本語を勉強しているという。あとはホテルの日本人ゲストとの会話。それだけで、そんなに上達するものなのか。
「毎日、テキストを広げて勉強しています」
すばらしい。インドには、本当に勤勉で優秀な人があちこちにいるのだとまたしても痛感させられる。
■午後はTHE TAJ MAHALのプールサイドで
宿泊しているTAJ PRESIDENTのプールが改装中だか使用不可能だかで、宿泊者は自動的にTHE TAJ MAHAL PALACEのプールが使えるという。送迎車も無料で手配してくれるというので、午後、出かけることにした。
「今日は7時から、クリケットの大事な試合があるから、それまでには帰って来ようね。夕食はルームサーヴィスにしよう」
久しぶりにタイ料理レストランのダイニングで食事がしたかったし、テレビを見ながら夕食というのも気に入らない。
しかし、以前もここで記した、あのインディアン・プレミア・リーグ (IPL)の今日は決勝戦らしく、確かにそれは大事な試合と呼ぶにふさわしい気もする。
それはさておき、THE TAJ MAHAL PALACE。
ここのホテルはいいなあと、訪れるたびに思う。
館内に入れば、ひんやりとした空気。
心地よい、花の香り。
エッセンシャルオイルの香り。
プールサイドの木陰にシートをとり、横たわる。
本当に心地よい。
ひと泳ぎした後は、スパのスチームサウナで一汗流し、シャワーを浴びる。
そして再びプールサイドに戻り、本を読みながら、ビール(キングフィッシャー)を飲む。
極楽すぎる。
と、お尻のあたりにAUSTRALIAの文字が入った水着を着たおじさんが目に留まった。アルヴィンドが興奮気味に耳打ちする。
「美穂! あの人、今日の試合に出る選手だよ! ラジャスタンチームのキャプテンをやってるオーストラリア人なんだ!」
一度リタイアして復活したらしく、40歳は過ぎているだろう。見るからに「おじさん」だ。決勝戦を数時間後に控え、ガンガンに直射日光を浴びながら、汗をだらだら流しながら、横たわっている。
身体に悪いのでは? と気を揉んでしまう。
更にはタバコまで吸い始めた。
身体に悪いのでは? と気を揉んでしまう。
それにしてもクリケット王国インドにおいて、決勝戦を控えて、この余裕。アルヴィンドもわたしも、
「すごいね〜」
「リラックスしてるね〜」
と、感心しながら見ている。
すると今度は目前に、筋肉の付き具合が非常に美しい、長身で、しかもハンサムな男性が現れた。泳ぐのではなく、プールの中でゆっくりとストレッチをしている。「かっこいいわ〜」と、本から目を離して、しばし彼の様子を眺める。
と、またしても、アルヴィンドが耳元でささやく。
「美穂! 彼はラジャスタンチームのボウラー(ピッチャー)だよ! 彼はとても優秀なプレイヤーなんだ」
彼らは日が傾き始めた頃、プールを去ろうとしていた。
いてもたってもいられなくなったアルヴィンド。「そっとしておいてあげようよ。邪魔しちゃ悪いよ」という妻の声を振り切って、ニコニコしながらキャプテン及びボウラーへ、挨拶をしに行く。
ボウラーに至っては、シャツを着ている途中というお取り込みなタイミングで手を差し出し、握手を求めている。まったくもって"KY"なハニーである。
筋肉美のボウラーと、キューピー体型なマイハニーをセットで載せるのは憚られたが、本人曰く「ブログに載せて」とのことなので、若干、見苦しい点は否めぬが、載せた次第。
ちなみに写真左上がスモーカーなキャプテンで、右上がボウラーだ。そしてわたしはパパラッチである。
さて、夜。夫はひたすらに、ゲームを見ていた。
「ほら、彼がさっきのキャプテン!」
「ほら、彼がボウラーだよ!」
と、いちいちうるさい。
結果からいえば、接戦の末、ラジャスタンがチェンナイを制して優勝した。さらにボウラー(写真上)至っては優秀選手賞などをもらっていた。
「僕が握手してがんばってくださいって言ったからね〜。僕の強い願いが、きっと効いたんだね〜」
と、好き勝手な自己満足で、幸せそうなマイハニーである。
ちなみに、我らが拠点のバンガロールチームも、シャールク・カーン率いるコルカタチームも、派手なばかりで弱く、早々に敗退していた。
最も弱いとされていたラジャスタンチームの優勝で、初のIPL、かなり盛り上がったようである。なんだかよくわからんが、総じて善き一日であった。