先週の日曜のことだ。午後、アルヴィンドがホテルのヘアサロン(インドでは一般にビューティーパーラーと呼ぶ)へ行った。インドの理髪師、美容師は、なぜか妙に仕事が早く、あっという間に散髪をすませる。アルヴィンドもまた30分もしないうちに部屋に戻って来た。
すっきりと、非常にいい感じのヘアスタイルで、ニコニコしながら戻って来た。きれいにカットしてもらえた、ということもあるが、理髪師との会話が面白かったらしい。
40代と思しきその男性理髪師。アルヴィンドが着座し、ヘアスタイルの要望を伝え、カットを始めるやいなや、
「金融関係のお仕事ですか?」
と、質問してきたという。
JPモーガンの投資銀行に勤務していると言ったが早いが、次々に、昨今の金融関係のニュースを「立て板に水」の口調で語りだしたという。
理髪師自身、株に興味があるらしく、各方面に投資をしているとか。更には、アルヴィンドの取引先のCEOや関連会社のVIPの名前が、次々に彼の口から出て来て、やたらと会話が弾むという。
何でも、皆、彼の顧客だというのだ。
散髪をしてもらっているとき、人はどこかしらリラックスした気持ちになり、仕事のことでも「利害関係がないだろう」の思いで、意外に口が軽くなっているのかもしれない。
思えば遥か20年前、ボーイフレンドにふられたあと、初めて髪を切りに行った時(といっても当時はショートカットだったので月に一度はカットに行っていた)、初めて訪れた、従っては初対面の美容師に、なぜか振られた旨を切々と、語ったものだ。
友達もおらず、他に語る人がほとんどいなかった、という寂しい環境であったのも理由の一つだが、それにしても美容室とは、なにか独特の「語らせる空気」があるのかもしれない。
さて、その金融事情通で「話を聞きだすのが非常に巧みで賢い理髪師」は、わずか30分にも満たない間、顧客との「自然な会話」を通して、多分さまざまな情報を聞き出し、自分の「財テク」にも役立てているのだろう。
アルヴィンドは彼の事情通ぶりに、すっかり舌を巻いていた。
「こう言うと失礼だけど、1回のカットに10ドル程度の収入の彼は、理容師だけを生業にしていたんじゃ、裕福とは思えないんだ。でも話し振りから察するに、結構裕福そうだし、話し振りも知的で冴えていて、投資情報にも詳しいし、びっくりしたよ」
「実は、理髪師というのは情報を入手するためのかりそめの姿かもしれないね。実際は、かなりやり手の個人投資家だったりして」
などと話しつつ。しかしすっきりときれいに仕上げられた彼の髪を見ていると、理髪師としての腕前もかなりいい。
思いがけないことが日々起こる、日々である。
さて、わたしはと言えば、忙中閑ありの平日、やはりビューティーサロンでヘッドマッサージとネイルケアを受けた。
以前も何度か書いたが、インドの高級ホテルにあるビューティーサロン(スパではない)のヘッドマッサージは、腕のいい人が多いのだ。
今回は女性であったが、ヘッドといいながら、肩から背中、腕、顔に至るまでをぐいぐいとマッサージしてくれて、本当に気持ちがよかった。
雰囲気はスパには劣るが、値段も安く、腕前もいいとあれば、ビューティーサロンの方が気軽である。
ところで写真は、散髪をしてもらっている女の子の様子。まだ1歳だという彼女。時折ぐずるのを、お母さんはじめ、周囲のスタッフがあやすのに大変だ。
不思議なおかっぱ風の髪型もご愛嬌、といったところか。ネイルエナメルを指先に縫ってもらって、ちょっと喜んでいる彼女。日本人のわたしが珍しいのか、しげしげと、見つめられた。
■オンナガウレシイ
たいした話ではない。しかしちょっと、おもしろかった。例の、日本語独学中のセキュリティマネージャー、ラヴィンドラ君。毎朝、ロビーで会い、毎朝簡単に挨拶を交わす。
今朝。ロビーの様子がいつもと違う。富裕層マダムらが派手に出入りしている。多分、何かエキシビションが行われているのだろう。
と、ラヴィンドラ君、背後から声をかけてきた。
「オハヨウゴザイマス!」
「おはようございます」
「キョウハ、イベント、アリマス。ゼヒ、ドウゾ」
「なんのイベントなの?」
「オンナガウレシイ、イベントデス!」
女がうれしいイベント! わからんでもないが、そりゃまずいよ、ラヴィンドラ君。
「そういう場合はね、オンナ、というのではなく、オンナの人、とか、女性、という単語を使う方が、丁寧ですよ」
と教えてあげたら、恥ずかしそうに照れ笑いをしながらも、オンナの人、女性、と反芻し、
「アリガトウゴザイマス! ベンキョウニナリマス!」
と、言うのだった。
ああ、わたしもいつまでも、甘んじているのではなく、英語にせよヒンディー語にせよ、もっとちゃんとやらんとな、と思うには思うのだった。思うには、思うのだ。いつだって。わたしだって。