バンガロールの雨期は終焉を迎えたのか、ここ数日は、空気が軽い。
木曜の夜、スリランカ出張を終えた夫がバンガロールに戻って来た。首都コロンボからバンガロールへは直行便で1時間半ほどの近距離だが、フライトが5時間も遅れたらしく、到着したのは翌日の午前2時、つまり金曜の早朝であった。
土曜の昼は、のんびりと自宅で過ごし、夕刻、義姉スジャータとその夫ラグヴァンの家へ向かう。途中、久しぶりにRAIN TREEへ。古い邸宅(バンガロー)を改装して作られた、小さなショッピングゾーン。
RITU KUMARやANOKHIなどのアパレルやインテリア雑貨、ジュエリーなどの小物が置いてある。小さなカフェもある。ここを訪れると、心なしかほっとする、やさしげな場所なのだ。
こういう広大な庭を備えた場所も、近い将来、売りに出されて、建ぺい率の高い建物が建てられるのだろう。バンガロールに戻ってくるたびに、車が増え、木が減っている。それが目に見えて、わかる。
二都市を行き来するようになり、これまで以上に車窓からの光景に注意を払うようになった。そのせいか、変化の早さが目について仕方ないのかもしれない。
さて、IIS(インド科学大学)キャンパス内のヴァラダラジャン家に到着すれば、そこはいつもと変わりのない穏やかな世界。ほどなくして、ラグヴァンの教授仲間のアシュ博士と、その娘のオイシィがやってきた。
初めて会ったとき、オイシィは13歳。お父さんの陰に隠れて、とてもおとなしい少女だったのが、今は17歳。今年からカレッジに通い始めて、驚くほど大人びている。
背が高く(すでに170センチは超えているようだ)、見た目が大人ということもあるけれど、これまでは大人の会話を聞くばっかりだったのが、今日はあれこれと自分の意見をしっかりと発言するのだ。
話し方はお母さん(本日欠席)にそっくりで、とても17歳とは思えない落ち着きである。
インドの家庭では「一般に」、家族や親戚や友人らとの集まりが多く、暮らしにおける社交の重要度はかなり高い。ソーシャルライフがあってこその、人生である。
わたしたちは、頻繁にスジャータたちと会っているように思われるかもしれないが、インドでは家族や親戚がしばしば訪ね合うのは普通のことなのだ。それを億劫に思う人たちもいるだろうが、わたしは夫の家族が好きなので、会うのが楽しいし、会いたいと思う。
子供たちは子供同士で遊ぶこともあるが、大人の会話に同席することもある。そのことで、人と会話をする訓練がなされているようにも思う。
アルヴィンドやスジャータも、子供の頃はこうして大人の会話に溶け込んで育った。
「わたし、子供のグループに混ざるのがいやだったから、いつも大人の中に紛れてたの」
とスジャータが言えば、アルヴィンドが、
「僕もそうだった。僕は10歳のときにはすでにTIMEマガジン(タイム誌)を読んでいたし、政治や経済に興味があったからさ〜」
こましゃくれた子供時代のアルヴィンドが目に浮かぶようである。
尤も、読んでいたのはTIMEマガジンばかりではなく、叔父が米国出張で調達してきたという「プレイボーイ」を、叔父の書斎で発見して、自分の愛読書にしていたらしい。かなり刺激的だったらしく、米国への憧れを募らせたようである。
ところで、ラグヴァン博士は、IISで分子生物物理学の研究をすると同時に、大学で教鞭も執っている。現在、エイズワクチンの研究を中心に行っており、彼の研究成果が認められ、国内外でいくつかの賞を受賞するなど、社会にも貢献している。
一方、弟のマドヴァンもサイエンティストであることは知っていたが、何をしているかは、よく知らなかった。だいたい聞いても、よくわからないのだ。
と、しばらくしてのち、ホッケー帰りでTシャツ短パン姿のマドヴァンが登場、するとアシュ博士が、
「あれ? 今回は、君は欧州に呼ばれなかったの?」
と笑いながら声をかける。
実は数日前(10日)、欧州で行われる素粒子加速装置を使った「ビッグバン」実験が行われた。ということを知っている人は少ないだろう。
しかしインドでは、なぜか「実験が失敗したら世界が滅びる」という噂が流れ、メディアもそれを大々的に取り上げていたらしく、地球滅亡を恐れた16歳の少女が自殺を図る(←文字をクリック)という事態に発展していた。
マドヴァンは物理学の博士で、ビッグバンの研究をしているらしい。あと、引力関係の物理学。詳細はわからぬ。マドヴァン曰く、実験は非常に大掛かりなもので、世界各国の優れたサイエンティストが集結して行われたという。当然ながら地球が滅びる可能性などなく、
「インドのメディアは、バカだから」
と言い放っていた。しかし、それによって純粋な少女が自殺してしまったとは、痛ましい限りだ。
スジャータ博士は、遺伝子関係の研究者だが、特に仕事をしておらず、ヨガと料理が好きな女性である。しかし最近になって、新聞や専門誌にサイエンス関連の記事を書くなど、ライターとしての仕事を始めている。
読ませてもらっても、わけわからず、感想すらのべられないのが辛いところだ。
あれこれと身内自慢を綴っていると思われそうだが、そしてその通りではあるが、そうでも書かなければ、彼らのライフスタイル、かなり個性的すぎて「何者ですか?」なムード満点なのだ。
特に本日最後に掲載している写真など。優秀なサイエンティスト一家ということで、やばいムードもありかな、と判断されたく。
さて、こちらは本日スジャータ博士の料理である。今日は「タイ風味」の料理が出され、中でも正体不明の魚のフライが、非常に美味であった。丸ごとの大きな魚を半分に切って唐揚げしたもの。魚醤(ニョクマム)の香りとミントの風味がうまく調和して、とてもおいしい。
「オイシイ!」
と、おいしいものを前にしては、ついつい日本語が出てしまう我々夫婦。そのたびに反応してしまうアシュ博士とその娘、オイシィ。
「ミホ、オイシイというのは、日本語で、ナイスとかグッドとかいう意味はあるの?」
「そういう風に用いられることもあるけれど、基本的には味覚のよさを表現するテイスティですよ」
「う〜ん。それじゃ、彼女を絶対に、日本へは連れて行けないな!」
笑いながら、困惑している。確かに。
「はじめまして、わたしは、オイシィです」
つっこまれること請け合いである。かわいらしい彼女が言えば、危険でさえある。
左の写真は、昨年だったか、スジャータとラグヴァンがインド北部のナガランドに行ったときに買ったというヘッドハンターのバッグ。
この木製の箱(バッグ)に、殺した敵の首をおさめたという。
彼らの家には、このような不思議系のインテリアグッズ(と呼べるのか?)がたくさんある。
その下で微笑む我が夫。
我が亡父(4年前に他界)からのお下がりのシャツを、未だ愛用している愛しき人である。
やはり満面の笑顔で微笑む二人が今まさに食べようとしているのは……。
食べようとしているのは……。
知りたい方は、各自画像をクリックして確認されたい。
味は、そう悪くはなかったらしい。
それにしても、このうれしそうな二人。
独特に、本当に、すてきなカップルである。