モンスーンは、終わったようだ。風が軽くて心地よい。海風に漁村臭は含まれておらず、従っては部屋の窓を開けて、吹き込んでくる風を感じながら過ごしている。
どれくらい風が吹き込んで来るかといえば、昨日ランチにお好み焼きを作り、さあて、食べましょうとテーブルに置いた途端に、青のりとかつお節が吹き飛ばされて大慌てした。というくらいに吹き込んで来る。
コンピュータが不調だったり、原稿書きに専心したりしているうちにも、インドの日常は相変わらず、濃い。
思えば先週の土曜から日曜にかけて、夫はデリー出張で、だからわたしは、3本のDVDを借りて鑑賞したのだった。以前も記したが、Movie Bankという宅配レンタルDVDサーヴィスである。
自分が見たい映画を彼らが持っているか、一つ一つ確認するのは面倒なので、彼らのウェブサイトから検索することにした。アルファベットのAから順番に見ていくのである。これもまた、面倒と言えば面倒である。
今回は、AからDまでをチェックして、以下の映画を選んだ。
"After the Wedding", "Big Fish", "The Darjeeling Limited"。そしてこれはチラシにのっていたので、アルファベットとは関係なく "Marie Antoinette"。
"Big Fish" は見たことがあったが、好きな映画なのでもう一度見たいと思った。けれど、なぜか配達されて来なかった。インドでは、よくあることである。
3本、いずれもそれぞれの味わいがあり、いい映画だった。しかし、一番心に残ったのは "After the Wedding"。デンマークの映画。アルファベット順に検索して、こんないい映画に遭遇できるとは思わなかった。
月曜日にDVDを引き取りに来るといいながら、夕べまで引き取りに来なかった。インドでは、よくあることである。そんなわけで、アルヴィンドにも見てもらった。彼も、心にしみたようである。
もしも見たいと思われる方は、予告編やレヴューなどを見ることなく、映画を直接ご覧になることを勧める。映画の案内や広告は、それだけでもう、ネタばれである。先だっての "Kite Runner" もそうだ。
わたしは、"Life is Beautiful"を、何の映画か全く知らずに、アルヴィンドに誘われて見に行った。何も知らなかったから、見ている最中のショックといったらなかった。ラヴコメディだと思っていたら、アウシュビッツだもの。
ストーリーが急に暗転するあたりが、脳裏にくっきりと刻まれて、よりいっそう、忘れ得ぬ映画となってしまった。あのような映画の見方が、実はとてもよいと思っている。なかなか難しいけれど。
下の写真。インドの子供向け映画『ハリ・プッタル(Hari Puttar)』の広告だ。インドのミルチ映画社の作品。2005年に製作発表がなされ、この9月初旬より公開されるはずだった。ところが公開直前になり、米映画会社のワーナー・ブラザーズが著作権侵害で提訴した。
お察しの通り、『ハリー・ポッター (Harry Potter)』と名前が似ているからである。
確かに名前は似ているが、意味は全然違う。「ハリ」とはインドによくある名前で、「プッタル」とは、パンジャブ地方の言葉で息子の意。
つまり直訳すれば「ハリの息子」である。
そもそもワーナー・ブラザーズ、この程度のことで訴えるとは、懐が小さすぎはしまいか。
更に言えば、名前が似ていると訴えるなら、3年前にするべきだっただろう。
世間の予測通り、数日前の裁判でワーナー側は棄却され、ハリ・プッタルは無事に公開される運びとなった。ムンバイでは明日26日から公開である。
ちなみに映画の正式なタイトルは、"Hari Puttar: A Comedy of Terrors"
『ハリ・プッタル:恐怖の喜劇』だ。
恐怖の喜劇。
恐怖の喜劇……。
ワーナー・ブラザーズ。こんな脱力感あふれる、わけわからんタイトルの映画を訴えて、むしろ恥ずかしくはないだろうか?
恐怖の喜劇……。見たいような、見たら後悔するような、そんな微妙なニュアンスを漂わせた映画である。
東奔西走の一日であった。尤も走り回ったのは車であり、わたしが自ら走ったわけではないのだが、走ったかのような疲労感を伴うのは、ここがインドであり、ムンバイだからだ。
バンガロールに比べ、ムンバイは電力供給が安定していると聞いていたので、スタビライザー(Stabilizer)、即ち電力安定供給装置をつけずにコンピュータを使用していたが、このたびの事故により「リスクを軽減」するため、スタビライザーを買いに行く。
家電店にあるだろうと目星を付けていったのだが、なかった。しかしそのまま引き返すのも癪なので、ムンバイ宅にも欲しいと思っていたオーヴンを買った。
それからスタビライザーが購入できる「電気街」を教わる。
ムンバイの秋葉原とでも言おうか。
いや、言うには無理があろう。あえて言うこともなかろう。
ムンバイの、電気街である。数店舗を飛び込みで当たり、3軒目で見つかった。
ついでにレーザープリンタのトナーも買おうと思う。
HPの3050。値段を聞いて、驚く。いや、はじめから知っているのだ、トナーが高いことくらい。だったらいちいち驚くな、という話である。
Muse Publishing, Inc.の時代から、トナーを買うたびに、「これは、こんなに高くていいものだろうか」と納得のいかない思いをしていた。わたしにとって、合点の行かない価格設定上位に入るのが、トナーだ。
なにしろ、ムンバイのメイド、ジャヤの月給より高い。そういう物価の比べ方はナンセンスだとわかっているが、インドに住んでいると、余計に物価感覚が混乱する。ということを、先月、そして今月と、西日本新聞の『激変するインド』にも記している。
「トナーって、高いですよね」
思わず漏らすと、店主らしきおじさんが、饒舌に語り始めた。
「それなら、HPじゃなくて、キャノンを買いなさい。キャノンのトナーは、同じ規格だが安いから」
「容量は?」
「容量はキャノンの方が多い。しかも安い。いつだって、なんだって、キャノンの方がいいのだ」
「使える。使えなかったら、返却しに来てくれて構わない。そもそも、うちはホールセール(卸売り)だから、定価より安いんだ。ほら」
箱に印刷されている値段は、より高かった。ふうむ。
このおじさんを信じて、ではせっかくだからバンガロール宅分もまとめていくつか買おうと思ったが、在庫がなかった。
が、いい話を聞いた。容量の話は真偽が定かではないが、さておき日本製のトナーが安いとは、いい買い物をしたような気分になる。この話に、落とし穴がないことを祈る。
ちなみにムンバイの秋葉原には、牛車が行き交っている。振り向けば、牛がいる。情趣がある。
銀行やらなんやらに立ち寄った後、ロウアーパレル地区のショッピングモールへ。いくつかの日用品を調達してのち、Crocs専門店に立ち寄り、ムンバイ宅、バンガロール宅、夫とわたしの分のサンダルを追加購入する。
Crocsを象徴する、あのオランダ木靴のようなデザインの靴は、どうしても履く気にならないが、サンダルを履いてみたところ非常に履き心地がよいので、数カ月前、部屋履きに購入していたのだった。
これを履き慣れると、他の部屋履きでは落ち着かず、バンガロール宅用、庭用、ムンバイの汚いご近所散策用などいくつか買いそろえた次第。
左はその参考写真である。見た目はすてきでもなんでもないのだが、ともかく履きやすいし、歩きやすい。
インド老舗靴店のBataのチャッパル(サンダル)に比べたら、同じサンダルとは思えない高飛車なお値段だが、しかし大理石やタイルなど、硬い上に滑りやすい床が多いインドにあって、履き心地のよいサンダルは重要度が高い。
高額ながらも、インドにCrocsが浸透し始めたのは、需要が高いからだと思われる。先日、デリーから遊びに来た義父ロメイシュも、やはり同じサンダルを履いていた。しかもアルヴィンドのために買ったものと全く同じもの。親子ねえ。
選んだのは、わたしだけれど。
ランチはGood Earthにあるダイニング "Tasting Room"へ行く予定だったが、急に新しい店を開拓したくなり、手持ちのガイドブックTime Out Mumbaiを開き、以前から気になっていた "Cafe Universal" へ行くことにする。
迷いながらもたどりついたそこは、古い建築物を改装して作られたカフェバーである。そもそも食べ物よりも、店の雰囲気を見たくて来た。雰囲気は、確かに悪くない。夕暮れ時など、ここでのんびりと、よく冷えたビールでも飲むのがよさそうだ。
しかしメニューを開けば、インド料理にコンチネンタル、チャイニーズ、パルシーと、そのばらばらな品揃えが食欲をそそらない。
ここはパルシー(ゾロアスター教)の料理を試すのがいいのではないだろうか、と予測をしつつも、ウエイターにお勧めを尋ねた。と、やはりパルシーのマトンカレーを勧められた。
それを試すことに決めた。
ほどなくして、ライスとカレー、タマネギの薬味3点セットが運ばれて来た。
ちなみにドリンクはフレッシュライムソーダである。
ビールを飲みたいところだったが、それでなくても男衆が席巻するローカルの店で、女性がひとり、昼間からビール煽りつつカレーを食らうというのは、あまりふさわしくなかろうと自粛した。
さて、見た目は日本のカレーのようなトロリ感のあるカレーである。ご飯にかけて一口食べる。
……ん? なんだか間抜けな味。間抜けなのかマイルドなのか、わからない。
が、ふた口ほど食べると、辛みが襲って来た。
ライスに添えられた、まるで湯葉揚げのような正体不明の揚げ団子を食べてみる。まぬけ味のカレーとよく合うピリッと風味豊かな味わいだ。だが、これがなんなのだか、食べてみてもよくわからない。
おいしいのか、そうじゃないのか、それさえもよくわからない、初めての味。
この感覚、バンガロールの土産物店Asian Artsのお兄さんが届けてくれた、カシミール地方のカレーを初めて食べたときの印象に似ている。おいしいんだか、なんなのだか、よくわからない、けれど二度目に食べるとおいしく感じて、三度目には好きな味になっている、という感覚。
首を傾げつつも、箸、いやフォークは進み、ヴォリュームたっぷりにも関わらず、結局は8割方、食べ尽くしてしまった。多分、おいしかったのだと思う。
今日もまた、まだまだ書きたい話題があるのだが、エンドレスなのでこの辺でやめておく。