香港出張を終えて、午後1時に福岡国際空港に到着する夫を迎えに、新しい国際空港ターミナルへ。空港内をうろうろと見学しているうちにも、飛行機は定刻通りに到着した様子。
入国審査や荷物の受け取りで時間がかかるだろうと、1時10分ごろに到着ロビーへ赴いたら、夫はすでに外へ出て来ていた。インドの国際空港では考えられないスピーディーさである。
今日は寒さも和らぎ、快晴。タクシーに乗り込み、自宅を目指す。香港出張の詳細を語りながらも、夫の目は車窓からの風景やタクシーの車内の様子を追っている。
「ミホ。日本のタクシーの運転手は、みんなあんなにきれいなか格好なの? きちんとしたスーツ姿で、すごいね。ムンバイのオフィスの同僚よりも、質のいい服を着ているよ」
インドではもちろん、ニューヨークですら、日本のようにこぎれいできちんとした身なりのタクシー運転手はいない。
インドの運転手と言えば、薄汚れたユニフォームにチャッパル(サンダル)ばき。休憩時間にはシートに横たわり、窓から汚れた裸足を突き出して寝入っている。同じ職種でも、その様子は雲泥の差である。
さて、実家に到着。問題は「実家の狭さ」である。わたしは父が書斎としていた部屋に寝泊まりしているが、この部屋がまた狭い。布団を一つ敷いたら、もうそれでいっぱいという状況である。
母は日本でいうところの「マンション」に住んでいるが、それをマンションと呼ぶのは心底憚られるマンションである。
これまでも幾度か記したが、マンションの本来の意味は、「大・邸・宅」である。にもかかわらず、この小人の家みたいな家屋を「マンション」と呼ぶだなんてもう、ちゃんちゃらおかしい。
日本在住の方には、「いやなやつだ」と思われるのを覚悟で今日も書くが、日本の平均的な家屋は、本当に狭い。母の家も、このマンションでは2番目に広い方だ、というけれど、そして多分ひとりぐらしには十分なのだろうけれど、ともかく狭い。
狭い上に、こまごまとした物が多いから、空間がない。自分をコピーマシンにかけて、70%ほどにも縮小したいくらいである。
ところで夫がここに来るのは4度目。父が存命中だった2度はホテルに泊まった。父の葬儀のときには、やむなくここに泊まったが、今回もホテルに泊まるべきだったと思う。
しかし、近所のホテルは連休につき満室で、遠くのホテルに泊まるのも面倒で、予約をしないままだった。
スーツケースを広げるスペースもなく、玄関先で広げて中身を取り出し、棚に収める。なんとか、荷解きをすませ、買い物から戻って来た母と夫は再会をし、いよいよ夫の日本滞在が幕開けだ。
夜はお待ちかね、寿司ディナーであった。妹夫婦が迎えに来てくれ、郊外にあるいつもの店へ直行。超新鮮な刺身類をあれこれと味わう。
この店の刺身は、いつ来ても本当においしい。ネタの良さに比して、非常にリーズナブルでもある。
前回は『街の灯』出版の際に帰国したときだから、2002年、つまり6年前だ。しかしながら、板前さんが、
「ご主人は、全然、変わられませんね」
と、コメントされる。
悔しいが確かにその通り。
なぜかアルヴィンドは何年も前の写真を見ても、あまり変わっていない。
最初会ったとき、彼は23歳だったにもかかわらず、顔が濃くておっさんに見えた。
わたしの方が若く見えたのに。
時を経てわたしは、
「同じ歳くらい?」
「ひょっとして年上?」
「間違いなく年上」
という印象に移行してしまった。
ま、そんなどうでもいい話はさておき、今回は馬刺や鯨肉など、若干の戸惑いを見せつつも、アルヴィンドは初めての味覚も味わった。大満足の夕餉であった。
家中にある毛布やシーツなどをかき集めて「ベッド作り」である。
なにしろ日本の家は「マンション」ですら底冷えがする。
気温で言えばニューヨークやワシントンDCの方がずっと低かったのだが、米国のアパートメントビルディングはたいていセントラルヒーティングで、外が極寒でも、内部は暖かい。
Tシャツでもうろうろとできる。
無駄なエネルギーの消費で地球温暖化に拍車をかけているといえばそうである。
しかしその「間違った暖かさ」が、しかし懐かしい。
布団を二つ並べたら、端っこを折り返さなければ入りきれない。その上に、シーツや毛布などを何層にも重ね、ミルフィーユ状態である。
「布団への出入りは慎重に! さもなくばミルフィーユの層が崩れて、夜中、寒い思いをするからね」
と夫に言う。
昨晩まで香港のマンダリンホテルに滞在していた夫。
「マンダリンホテルは、よかったよ〜。ロビーは普通だけど、部屋が心地よくてね。サーヴィスもいいし、ベッドが気持ちよくて。タオルがほのかに、マンダリン(オレンジ)の香りがするんだ。アメニティはエルメスなんだよ。あ、ホテルの部屋履きも、もらってきたんだった。ミホの分もあるよ」
そういいながら、美しい容器に入った石けんやシャンプー、そしてホテルの部屋履きを取り出す夫。
あ、ありがとう。
どうぞ気分はマンダリンホテルの中、この小人の家で数日間、辛抱してくれ。
朝、目覚めれば、ミルフィーユの層は見事に崩れ去っていた。
※上の大きな写真は福岡国際空港を見学した際、レストラン(ロイヤルホスト)で撮影した。