ムンバイで旅のプランを立ててているとき、夫アルヴィンドが京都と温泉の双方を楽しみたいと主張したことは記したかと思う。わたしはどちらも、どうでもよかったのだが、とりあえず福岡界隈の温泉を調べていたとき、「二日市温泉」の存在に気づいた。
太宰府に近いその温泉のことを、知ってはいたが、行ったことはない。検索してみたところ、「大丸別荘」という、なにやら「よさげ」な温泉旅館が見つかった。読めば、日帰り温泉&お食事プランもある。
家族みんなで太宰府に出かけ、温泉を楽しんではどうかとひらめいた。さっそく妹にメールで連絡し、大丸別荘の予約を取ってもらったのだった。
連休最後の月曜しかあいていなかったものの、昼過ぎからの4時間、部屋を借り、食事と温泉を楽しむことにした。
この件、アルヴィンドには「サプライズ」にすることにして、詳細は伝えていなかった。
さて、日本での初日。
左写真は、母による日本的な朝食を楽しむアルヴィンド。
ごはんとみそ汁に加え、博多名物明太子や、温泉卵などをご堪能中。
そんな彼は出張先の香港で日本のガイドブックを買い込み、すでに機内であれこれと調査済みであった。
昨日、太宰府へ行く旨を伝えたところ、夫曰く、
「ミホ、ダザイフテンマングウの近くには温泉があるよ。いい場所が2カ所あるから、そこに行こう」
し、知ってやがる……。
そこまで温泉に行きたかったのか。その情熱に敬服だ。
「実は、そこ、すでに予約入れてるから。月曜に行くことにしてるよ」
全然、サプライズじゃなくなってしまった。
であれば、本来は天神あたりを散策する予定だった日曜日に太宰府へ行き、月曜はのんびりと温泉だけ、という分割プランにしてはどうかと、昨夜みなで寿司を食べている最中、話がもちあがり、つまりは今日、太宰府巡りをすることとなった。
青空広がる、爽やかな晩秋の朝。
母は留守番するということで、妹夫婦の車に乗り込み、四人で出発。
ガイドブックを熟読済みのアルヴィンドが、
「ダザイフテンマングウの近くの、カンゼオンジとコウミョウゼンジに行きたい」
という。観世音寺? 光明禅寺?
どこそれ。
わたしは、行ったことがない。
観世音寺は太宰府天満宮のすぐ近くにあり、妹や両親はもうずいぶん昔に赴いたことがあったらしい。光明禅寺は太宰府天満宮の「ほぼ内部」にあるらしいが、誰も行ったことがない。
「まあ、時間があれば行くことにして、とりあえず観世音寺は行ってみようか」
とわたしが適当に言えば、
「僕は光明禅寺も絶対、行きたいんだ。石の配された苔の庭があって、紅葉の時季が一番美しいんだよ」
と、譲らない。わかった。
行きましょう、行きましょう。
自宅から太宰府までは高速に乗れば20分ほど。
ただ、太宰府天満宮に至る道は非常に込んでいる。
連休で、好天であるのに加え、今日は七五三だったということに、太宰府天満宮に到着して気づいた。
道理で人出が多いわけだ。
渋滞しているとはいえ、距離としては短いので、たいした時間のロスはなく、まずは観世音寺(←文字をクリック)へ。
黄金色に染まった銀杏の木がまばゆく出迎えてくれた。
まずは庭を散策。
「ここには、有名なベルがあるから、それを見よう」
とアルヴィンド。ベル。ベルとは言うまでもなく鐘のことである。
「鐘は……、ここにはなかったと思うよ」
と妹がそう言うが早いか、目前に鐘楼が現れた。あいにく鐘そのものは、外部機関へ展示するため貸し出しとなっていたが、そこには「国宝の梵鐘」があるのだった。京都妙心寺の鐘とともに、日本最古と言われる梵鐘らしい。
おおぅ、と感嘆する日本人3名。言った通りでしょ、とばかりに得意げなインド人1名。
天井高く、冷んやりとした簡素な館内に、3〜5メートルの大きな仏像が数体、思いがけない唐突さで、荘厳な有り様で、たたずんでおられる。
十一面観世音菩薩立像、馬頭観世音菩薩立像……。数ある中でも、後光をたたえた阿弥陀如来座像の姿に打たれた。
観世音寺を出たあと、隣接する戒壇院がお茶をお出ししているというので、茶室に入る。庭園の色づく紅葉を眺めながら、おいしい菓子とお茶を堪能。お抹茶好きのアルヴィンドも、喜んで味わっていた。
さて、戒壇院をあとにして、いよいよ太宰府天満宮である。ここへ赴くのは20数年ぶりだ。恋人同士が太宰府天満宮を訪れると破局するとのジンクスがあるが、わたしもかつて、ボーイフレンドと来たことがあったのだった。
そんな話はさておき、空腹の我々は、参詣の前に参道で食事を腹ごしらえをすることにした。
昔とは違ってこぎれいな、そして名物梅ヶ枝餅(←文字をクリック)の店以外は、湯布院辺りと似たような様子の店が並ぶ参道を歩き、食堂を見つけた。
みな、迷いなくその店に入り、わたしは好物のそばを注文す。
適当に入った店の割に、結構美味なるそばであった。
帰宅後、この写真を見た母曰く、この店には、父とよく来ていたらしい。
そして父もまたこの店のざるそばが好きでよく食べていたとのこと。
血は争えんな、と思う。
ちなみにアルヴィンドは「木ノ葉丼」を喜んで食べていた。
妹が梅ヶ枝餅を買ってくれている間、アルヴィンドはソフトクリーム屋に吸い込まれていく。
好みの抹茶風味のソフトクリームをご購入。
妹が買ってくれた梅ヶ枝餅とソフトクリーム、交互に食べつつ、
「温かい餅と冷たいソフトクリームのコンビネーションが絶妙!」
と、幸せそうである。
久方ぶりの梅ヶ枝餅は、こんがりと香ばしい皮とアツアツのあんこが、なんとも言えずおいしかった。
さて、天満宮を詣で、みくじを引いたり、ちょうど行われていた菊花展などをながめつつ、しかし「こんなに狭かったっけ?」と思うほどに小さな敷地で、あっというまに一巡してしまう。
七五三の子供たちがあちこちで記念撮影をしている。その様子のかわいらしさ。アルヴィンドにとっては、見たことのない「日本的な光景」でおり、「女の子の着物姿はかわいいね」と、とても興味深い様子である。
みくじは、アルヴィンドが「中吉」、わたしが「吉」という地味な結果であった。まるで紅葉のような色紙のみくじを、わたしは橙の、アルヴィンドは黄色のそれを結びつけて、互いの幸運を祈りつつ。
さて、お次は光明禅寺(←文字をクリック)である。参道を脇道に入って数分の、本当に天満宮のすぐそばに、その寺はあった。
休日であり、紅葉の時季である今日は、大勢の人々が詰めかけていたが、普段は静かな場所であろうことが察せられる、こぢんまりとした寺院である。
夕暮れどきは曇天となり、紅葉の色彩が昼間ほど鮮やかには目に映らないにせよ、その苔寺の静けさと、背の高い木々と、背後の山の稜線。浮かび上がる温かに色とりどりの葉の様子が見事で、しばし、見入る。
「ぼくの選択は間違ってなかったでしょ。福岡の見どころのことなら、僕に聞いておくれ」
と、笑いながら、アルヴィンド。「こりゃ一本取られましたな〜、わっはっは!」状態である。
1時間もあれば巡れると思っていたところが、じっくりと半日、太宰府天満宮界隈を楽しんだ我々。
夜は妹夫婦のご招待で、二人がおすすめの串揚げ屋、「串匠」(←文字をクリック)へ赴く。
季節の野菜や肉類、魚介類もさまざまに、カウンターで一本ずつを揚げてくれる。
「今日はいろいろ食べ過ぎたから、夕飯は軽くでいい」
と言っていたアルヴィンドだが、とても気に入った様子で、とまらない。
揚げ物ばかりとはこれいかに、と思っていたが、どれもこれもおいしい。
ビールを飲み、梅酒を味わい、次々にアツアツの串揚げを味わい、大満足の夜であった。
日本の食生活の豊かさを、しみじみと感じつつ。
みんなで賑やかに食べるのは、また格別にいいものだ。