夕べ、夫がデリー出張より戻って来て、家の空気が撹拌される。静謐な一人の時間と空間が、この男一人の存在で、どうしてここまでとっ散らかるだろうか、というくらいに、とっ散らかる。
玄関先に脱ぎ捨てられた靴、無造作に放り出された財布や時計や家の鍵、玄関ホールに広げたスーツケースから中途半端にはみ出した衣類、あっちにベルト、こっちにズボン、そっちにシャツ、そしてぽつん、ぽつんと脱ぎ捨てられて床に靴下……。
米国時代には矯正に努力してみたが、インドに暮らし始めて事態は振り出しに戻った。気になるものだけを片付け、片付けてもらい、あとはメイドに任せる。そんな日々で、すっかり甘やかされている我らが日々。
「甘やかされている」といえば、日本から戻って来ての一週間余り、一度も本腰を入れて料理を作っていない我。
京都の有次で購入した包丁は、スイカを一度切ったきりである。
スイカかよ。という話である。
「そもそも料理は好きだし、気分転換に不可欠である」
の姿勢だが、やってくれる人がいるとき、それは優先順位の下位にうつる。
遮二無二料理をせねば、というわけではない。
そんな次第で今日のブランチは、プレシラ得意のドサである。
南インドの典型的な朝食としてのドサ(米粉と豆粉を発酵させて作った生地によるパンケーキ状のもの)に、ココナツのチャトゥネ、それにナスやジャガイモの料理を添えてくれた。
ダイニングルームのテーブルで、庭の緑を眺めながらのブランチ。毎度、至福のひとときである。
午後は、毎度恒例のアンサナ・オアシス (Angsana Oasis) へトリートメントを受けに行った。前回に続き、UBシティにできた新しいスパを利用したのだが……。今回はなぜかしら、いまひとつ、だった。
チェックインのとき、「湯が出ない」とのことで、フロント周辺が慌ただしかったことにはじまり(こういうことはインドではよくあるし、結果的に湯は出て来たのだが)、エステティシャンがいまひとつぎこちない対応。
バンヤンツリーグループのこのスパは、訓練を受けた主にはタイ人のエステティシャンが一定期間でバンガロールに派遣されてくるシステムにつき、ずっと同じ人からトリートメントを受けられるわけではない。
それでも通い続けていたのは、ほとんどのエステティシャンが高度な技術を身につけていて、甲乙付けがたかったからだ。
しかし今日の女性は、最初から「はずれてしまった」と思った。まず、手のひらがとても冷たかったのだ。もちろんしばらくするうち、手は徐々に温かくなっていくが、冷たい手で肌に触れられるのは心地よくない。
わたしだけだろうと思っていたが、実はアルヴィンドも、今日ははじめて「いまひとつかも」と思ったらしい。その理由のひとつが、やはり「手の冷たさ」だったとのこと。
いったい、何があったのであろうか。
あらゆるサーヴィス業において、いつまでも安心して同じクオリティのサーヴィスを受けられるとは限らないということを日々痛感させられるインド。なんにつけても「一期一会」の心で以て、そのときどきを有り難く思うことが大切のようである。
などと細かいことを言っているが、もちろん、身体はリフレッシュできたし、お肌もすっきりした。
いつもならイタリアンのToscanoでランチと行きたいところだが、今日はドサがまだ胃に残っていてお腹がすかないので、クロワッサンがおいしいカフェ&ペイストリーショップ、Ecstasyで明日のパンを買い、そしてカフェラテを飲む。
どうでもいいが、インドでEcstasyという名の店、しかもカフェ&ペイストリーショップがあるというのは、思えば斬新なことではなかろうか。しかもパンを買うと、Addictionとのロゴが入った紙袋に入れてくれる。もうちょっと穏やかにはできまいか。
ま、おいしいからいいけれど。
ところで、Toscano'sの前を通過したとき、先週、ムンバイで妹の結婚式に招いてくれたカヴィタとマニーシュ、そして二人の子供たちが食事をしているのを発見! 彼らの実家はムンバイだが、彼らはバンガロールに住んでいるのだ。
インドでは、こうして偶然に知り合いに会う機会が非常に多い。行動する場所が限られているせいもあるが、しかしそれが楽しい。
「今朝、ミホのことを考えてたの。メールを送ろうと思ってたところなのよ! この間は来てくれてありがとう!」
とカヴィタ。
「こちらこそ、招いてくれてありがとう! とても楽しかった」
と返す。あれからも結婚式のイヴェントは続き、ようやく一昨日バンガロールに戻って来て、ひと息ついているところだと言う。
彼女自身、プレスクールを3校経営しており、ムンバイにも近々開校する予定だとのこと。小さな子供が二人いる身の上で、たとえ面倒を見てくれる人がいるとしても、なんてエナジェティックな女性だろうと敬服する。
さて、Ecstasyでカフェラテを飲み、UBシティの中を散策し、外へ出れば麗しき夕映え。見上げれば、大樹越しにピンク色の空と、旋回するトンビたち。
MGロードに出て、眼鏡店へと赴き、二人して検眼をし、アルヴィンドは眼鏡のレンズを新調し、わたしは新しいコンタクトレンズを注文する。
「老眼度」がアップしていたのが癪に触りつつも、今使っているのと同じコンタクトレンズを使い続けるより、度を高めた方が目によいとドクターにアドヴァイスされ、しぶしぶ老眼道を突き進むのである。
その後、久々にブリゲイド・ロード (Brigade Road)を歩く。ここはいつだって「縁日」のような賑わいだ。人ごみをかき分けながら歩くのがたいへんである。
と、前方に、我が好物の「ハードなトウモロコシ」の露店から湯気が上がっているのが見える。おいしそう!
あれは米国在住時代。郊外をドライヴしていた途中、農場の露店でハードなトウモロコシを見つけたわたしは、喜び勇んで買おうとしたところを「それは家畜用です」と言われた、なかなかに苦い思い出もある。
ともあれ固いトウモロコシが好きなのは父の遺伝子である。本当は炭火焼のほうがいいのだが、スチームでも十分いける。
マサラ(調合スパイス)をまぶして販売するのが筋らしいが、振りかけようとするその手を制して、そのままをもらう。噛みごたえのある、なんとおいしいトウモロコシ!
アルヴィンドも買ったが「僕はもう少し柔らかい方がいいな」とのことで、やはり彼はわたしよりも、日本人的である。
ちなみに、以前もこの界隈でトウモロコシを買った。写真もあるので、興味のある方はこちらをクリックされたい。
さて、移住以来3年間使い続けて来た携帯電話の調子が悪いので、買い替えるために専門店へ赴いた。検討の挙げ句にようやく絞り込み、購入し、夕食へ。
日本旅のなごりで日本食が食べたくなったアルヴィンドのリクエストでで、ブリゲイドロードのそばにあるバンガロールの老舗日本料理店、「天竺牡丹」へ行くことにした。インド移住以来3年目にして、初めて赴いた。
さて料理を待つ間、新しい携帯電話のセッティングをしていたら、なんと、「3」のキーが押せない。壊れているようだ。
やれやれ。
購入当初からの、電気製品や精密機械の不具合や故障に遭遇する確率が相当に高いわたしだが、ここ十年はだいぶおさまっていたのに、久しぶりにやられた。
取り替えてもらおうと店に電話をしたが、在庫がないとのことで、結局、食事を終えて直後、再び店に戻って返金してもらった。今度電話を買うときは、その場ですべての具合を確認してから購入せねばと思う。
まだ十日ほどしかたっていないのに、日本での日々がすでに遠い。ノートには、記したい項目がずらりと並んでいるが、ここに戻って来てそれを読み返すと、どうにも視点がシニカルだ。
この本音を公にするのはどうだろうか、敢えて嫌なことを書かずともよいではないか、とも思えてくる。単に面倒くさいのかそれとも、とも自問してみる。よくわからない。
コンピュータに向かうも、すべきことより、どうでもいいことに気を取られていて、いけない。夜、気分転換にクリスマスツリーを飾り付けたりもする。
そういえば、今日は本来、バンガロールの日本人会の総会(パーティ)が行われる日だったが、例のテロの余波で、キャンセルになったのだった。
来週末からクリスマスにかけてはムンバイで過ごすことにしているが、クリスマス明けから年末年始はバンガロールにいる予定だ。機会があれば、一度パーティを開きたいものである。