毎月最終月曜日の朝刊に掲載されている、西日本新聞の『激変するインド』。先月日本へ帰り、多くの人が記事をしっかりと読んでくれていることを知り、今まで以上に、丁寧に伝えていこうという気持ちにさせられた。
一行たりとも、無駄な言葉を入れたくないと思う。
それにしても、老若男女を対象に、インドについて何も知らない人にさえも、言いたいことを、わかりやすく、主観を交えつつも客観的に、退屈させない文体で、しかも限りある文字数におさめることの、なんと難しいことか。
ということを、今回もまた、改めて痛感している。多くを書き連ねたが、結局はばっさりと削除するしかなかった今月の原稿。テロのことに触れたせいだ。
何度も音読しながら、削り落としていく。文章には、リズムが必要である。このようにブログに書き流している文章は別だが、仕事として受けている原稿は、仕上げ前に何度が音読をする。音読しなければ、リズムがつかめないのだ。
しかし読み手がそこまでリズムを意識しているかといえば、していないだろう。なにしろ「わたしにとって心地のよいリズム」であるから、他人がどう感じるのかはさっぱりわからない。つまりは自己満足である。
それにしても、削除してしまった部分を、そのまま葬るのは惜しい。従っては、来週月曜の新聞掲載後、ここに「削除前」を載せようと思う。
ブログに載せるのであれば、「削除前の削除前」も保存しておけばよかったと思いつつ。
日本は忘年会シーズンなのであろう。インドもまた、それなりにパーティシーズンではある。今夜は、夫の米国時代のビジネススクール、Wharton (MBA)の集まりが、ボンベイ・ジムカーナ・クラブで行われた。
ジェイにしても、マニーシュにしても、ここ最近、Wharton関係の人たちに会うことが多い。今夜のパーティには卒業生をはじめ関係者が百名以上も集まっていた。
ジェイも来ていたし、ムンバイ、バンガロール両都市でしばしば遭遇するマニーシュも、やはり来ていた。彼とクラスメイトだったジェイ曰く、マニーシュは天才的な男だと言う。わたしにしてみれば、ジェイも十分天才的な素質を持つ男だと思うのだが。
話し方が温厚でやさしく、いつもニコニコと笑顔のマニーシュ(←文字をクリック)だが、彼の頭脳明晰っぷりは、話していても感じられることだ。ジェイによると、彼の読書量は半端ではなく、その知識もたいへんなものらしい。
彼が人材派遣会社を運営していることは知っていたが、9万人もの人材を管理しているとは知らなかった。拠点はインド全国に700カ所もあるという。驚く。
TeamLease(←文字をクリック)という名のその会社。さまざまな職種の、スキルを持った人間を雇用して、自社から給与を払いつつ、希望される企業に人材を「貸し出す」仕組みだという。
なにしろ、ここはインドである。インドにおいて、そんなビジネスが成り立つとは、いや、成り立たせるとは、どれほどのシステム作りと管理能力が必要であろうか。想像がつかない。
多くの人々と話をするにつけ、自らを省みる。
二都市生活で、交通費や家賃やなんだかんだと、わずか二人が生きているだけのために、なにかと出費がかさむ日々。
思えばアルヴィンドと出会って以来、ワシントンDC時代を除いては、たいていこんな感じだった。
「自分たちの未来への投資」と言い聞かせ、それを決して「無駄」とは定義してこなかったし、これからも無駄とはいいたくない。
しかし、自分の時間も、エネルギーも、そしてお金も、もっと「実のあることを実現するため」に、使うべきなのだとの思いを強くする昨今。
自分の周りには、自分たちと同様、身軽にあちこちを駆け巡り、尊敬すべき仕事を成し遂げている人がたくさんいる。
他人の活動に感嘆してばかりいる場合ではない。
ああ。
下界を見渡す山の頂、もしくは夕日の沈む海辺などにおいて、向かい風に吹かれながら、大声で
「うおぉぉぉぉ〜っ!」
と叫びたい気分だ。自分の中の「野生の血」が騒ぐ。
だからいったいなんなのだ、わたしは。
年の瀬のせいなのだろう。きっと。