ムンバイに住んでいたときには、「暑い」「船に酔う」「汚そう」「蒸す」などと、あれこれとネガティヴな要因ばかりが思い浮かび、行ってみたいが行きたくない状態だったエレファンタ島。
ここには、1987年にユネスコの世界遺産に登録された「エレファンタ石窟群」があるのだ。ムンバイ旅行者なら「誰もが訪れる」と言う場所へ、今更ながら急に訪れたくなった。
エレファンタ島は、インド門やThe Taj Mahal Palaceのあるコラバのアポロ・バンダーと呼ばれるエリアから、北西11キロのアラビア海に浮かぶ海岸線7キロの島。いかにも近そうに思えるのだが……。
インド門の裏側にある船着き場で、チケットを購入し、船に乗り込む。約15分に1本とのことだが、雰囲気としては「乗客がいっぱいになったら出航」の様子。
それにしても蒸し暑い。蒸し暑いが、出航までの時間を船内で待つのはゆらゆら揺れて気持ち悪い。身体は頑丈だが三半規管が異様に弱いわたしは、このような揺れが苦手なのだ。
蒸し暑さと揺れとで、出航前にして、すでに具合が悪くなりつつあるが、遠くを眺めて我慢我慢。
「あと15分」「あと10分」というお兄さんたちのかけ声を約30分に亘り聞いた後、船はガソリンの匂いをまき散らしながら、エンジンの轟音を轟かせながら、出航だ。
一旦船が動き出すと、気分も落ち着く。タージマハル・パレスとインド門が遠く離れゆく様子を眺めながら、ボンベイの光景を見渡す。海からこの街を眺めるのは初めてのこと。離れれば、当然ながら市街の喧噪も遠く、静かな光景だ。
何隻ものタンカーや、軍艦のような船をも眺めつつ、海原を走る。それにしても、遅い。時速10キロも出ているのだろうか。11キロの距離を、1時間以上かかって、ようやくエレファンタ島が見えてきた。
船を降りたら、桟橋から島の入り口までを結ぶ送迎列車に乗り込む。
歩いてもいいが、10ルピーでチケットを購入、面白いので乗ってみた。日差しが鋭すぎるので、日よけのある列車に乗ったのは正解だった。
石窟寺院の入り口までは、なだらかな坂道&階段を上って行く。これがもう、苦行。暑いし、船酔いで気分は悪いし、すでに疲労困憊。
参道の両脇には、驚くほどたくさんの土産物店が延々と続いていて驚く。幸いにも客引きがないため、速やかに通過できたが、それにしても、いったい誰がこんなところで買い物を? というくらいに、たくさんの土産物屋だ。
コラバ・コーズウェイの露店よりもずっと多い。それだけ観光客が多いということなのだろう。
ようやく石窟寺院の入り口にたどり着く。インド人10ルピー、外国人250ルピーと、激しく入場料が異なるが、少々不条理にも思えるが、それはそれだ。
インド人の平均所得を考えれば、致し方ない設定である。少なくとも先進国から来た人たちは、世界遺産保護のためにも……とも思うが、しかし25倍は高すぎる。せめて10倍ぐらいに抑えておくべきだろう。
面積は約5,600平方メートルと、さほど広くはなく、あっという間に見て回れる程度の規模ではあるが、せっかくここまで来たのだ。ゆっくりと時間をかけて巡りたい。
この石窟寺院は、シヴァ信仰の中心地で、5世紀から8世紀あたりに造られたとのこと。石窟内の随所に、踊るシヴァ神、両性具有のシヴァ神と、大小さまざまなシヴァ神の姿が見られる。
シヴァ寺院の中央には、リンガム(男性の象徴)も奉られている。しかし、何より圧巻なのは、正面に鎮座するシヴァ神の三面像。一番上の写真もまた、それである。
こんなにも迫力のある大きなものとは知らずに訪れたため、支柱群の陰から一瞥したときにはハッとさせられた。
頭でっかち、というか胸部から上の、まさに頭ばかり3つの像であるが、しかしバランスがとてもよい。
正面から見て左が男性、右が女性である。艶やかな装飾品、表情。分厚い下唇。個性的な顔つきながらも、気高くやさしい。温かい。
ちなみにこの石窟群は、17世紀、植民者だったポルトガル人が、銃の訓練だか、エコーのテストだかを行ったことによる損傷もあちこちに見られる。
なんてことをしてくれるんだ。仮にも、神像に対して。異質の文明に対する敬意というものが、ないどころか、屈辱である。
まつわるストーリーはあれこれとあるようだが、書き記す根性がないので、この辺にしておく。ともかく、暑かった。水やらニブパニ(レモン水)やらを、大量に摂取した。往復路においては、疲労困憊の極みに陥ったが、行ってよかった。
■ELEPHANTA CAVES←詳しくは、こちらのサイトへ(英文Wikipedia)
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