出る杭は打たれるぞ。と、一本だけ異様に伸びた百日草を見ながらつぶやく毎朝。もちろん、そのままにのびのびと、放置しているのではあるが。不揃いもまたをかし。
不揃いと言えば、廃棄される規格外サイズの野菜について、書こう書こうと思いながら書きそびれて早半年。
テーマは思い巡るばかりである。
さて、蝶よ花よといかにも楽園的な我が家の庭であるが、実際、庭とは、自然とは、そんなに「すてき」なものではない。
こんな小さな世界にさえ、野生との攻防が展開されているのである。
先週、身体障害者支援のナーサリーでハーブの苗を仕入れて来たことは、キレイなブログにも記した。
その苗を植えるべく、場所を検討した結果、レンガを積んでいた一部を除き、プチ農園を作ることにしたのだった。
庭師に指示をし、自分は作業状況を見守るだけという、ずいぶん横着な態度の我であるが、苗に対する愛情は満ちあふれている。
日が当たる場所には、パセリにセロリ、ミントにレモンミント、チャイブなどを。
そして日陰の、樹木のそばにはコショウの苗を植えてもらう。
コショウはツル科なので、木のそばに植えておくと、巻き付いて伸びていくのだ。
コショウの苗は二つ買っていたので、日陰のヤシの木のたもとに、植えてもらった。自分の庭でコショウを栽培するとは、いかにも南国的だと思いつつ、成長が楽しみである。
↓以下、爽やかではない話題。ご注意!
翌朝、いつものように庭を散歩しようと外へ出て、ハーブの様子を見にいったところ……。
うぉぉぉぉぉ〜〜っ!
2本のうち1本のコショウの苗が、ずたずたに!
しかも、茎と根の部分が切断され、土が掘り返されている。
ネズミの仕業だ!! わなわなわな。
見ればセロリもやられているではないか。
ゆ、許すまじ。
庭の周囲を、ネズミの野郎が走り回っていることは知っていた。たまに花や植物の茎をかじったり、地面に巣穴を掘ったりしていたが、室内に入ってこないので、たいていは大目にみていた。
一時期、部屋の近くに巣穴を作っていたことがあり、そのときは塞いでも塞いでも穴を掘るので、耐えかねて毒入りの餌をまいたことがあった。
毒入りの餌は、近所のスーパーマーケットに、普通に売っている。インドでネズミ問題は、非常に一般的なのだ。
さて、餌をまいた翌日。庭の一隅で、瀕死のネズミを目にして、非常に辛い思いをした。あんたがハムスターだったら、こんな目には遭わなかっただろうに。などとわけのわからんことを思いながら。
当時、母がインドに遊びに来ていて、映画を観にいった。その映画は、よりによって"Ratatouille"(邦題『レミーのおいしいレストラン』)であった。
映画を観ている間中、罪悪感満点。胸がつかえるような、ブルーな気分であった。
更に、別の機会。庭へ続くドアの左右に、毎日のように、まるでお供えのように、数粒ずつを残される日々が続いた。本当に、きっちりと、左右に。
こんなところに、マーキングすな!
と、悪態をつきながら、毎朝掃いていたのだが、耐えかねてやはり毒餌をまいた数日後。
ネズミではなく、リスが瀕死の状態で庭の一隅に伏しているではないか!
ううぅぅぅ。罪悪感急上昇。
リス、なぜ食う毒餌を! 木の実があるだろ!!
と問いかけても時すでに遅し。胃洗浄をするわけにもいかぬ。
うちの周囲にはリスが走り回っている。ネズミよりも、リスの死を悼むわたしは、身勝手な生き物だろうか。リスもネズミも、しっぽがあるかないかの違いで、同じようなものではないのか。
いや、そんなにも、動物らに対して慈悲るくらいなら、ヴェジタリアンになるべきなんじゃないのか……。
と、自省の念がだんだんややこしくなってくる。ともあれ、毒餌は、なるたけ使うまいと心に決めたのだった。
決めたのだった。
決めたのだったが、こうも我が「プチ農園」を荒らされては、どうしたものだという感じだ。
ここで、ふと思う。
農家の人たちとは、どれほどに、たいへんな仕事をしているのだろうということに。
わたしなど、手塩にかけてさえいない、庭師に植えてもらった、たかだかハーブ数本の話である。にもかかわらず、痛めつけられるとこんなにもショックだ。
自然災害、害虫などの影響、その他諸々。元気にすくすく育つことのほうが、きっと大変なことなのだろう。農薬を使わず、オーガニックで栽培することもまた、たいへんな労力と精神力を要することだと思う。
農作物。大切に食べんとな。
話は大きく変わるが、バンガロール交通事情。その混沌と劣悪な状況を、今月のRKBラジオ『中西一清のスタミナラジオ』にてレポートする。
ちなみに今でも、FM熊本では毎月、RKBでは数カ月おきに、インドをレポートし続けている。とそれはさておき、先日の、車窓から。信号待ちの間、隣にとまっていた車をふとのぞいたら……。
そのミラーの、なにか様子がおかしい。
目を凝らしてみる。
……。ん?
映像が流れている。
なにやら、ドラマのような。
ミラーに小さな画面が設置されている。
あり得ん。
バックミラー、使わんのか?
まあ、使わんのだろうな。
サイドミラーがあればいいのよね。
サイドミラーがあれば。
と、視線を右側に移したところ……。
……。ん?
そうね。ミラーは狭い道路で邪魔だものね。
バイクにへし折られたりするからね。
右側だけでもついていればいいのよね。左はなくてもOKなのよね。
と、視線を左側に移したところ……。
……。ん?
ま、見えればいいのよね、見えれば。
……ていうかね。
もうほんと、先進諸国では信じらんこと連発のインドの交通事情なんですよ!
ほんと、どうなるんやろ。
この件はまた、ラジオ収録のあとにでも記したいところだ。
記したいところだが、あまりにもネヴァーエンディングストーリー過ぎて、書き出せないかもしれない。
久々に、義姉スジャータ&その夫ラグヴァンの登場だ。彼らとは、バンガロールに滞在中は少なくとも2、3週間に一度は会っている。
彼らは家にテレビをおいていないので(敢えて、である)、みなでワールドカップを観戦すべく、土曜の夜は我が家に集まった。
いつも書いていることだが、食事の嗜好が合うということは、本当に助かる。
わたしとアルヴィンドが好きなものは、彼らもたいてい、好きなのだ。
さて、食事はハーフタイム中に開始。いいタイミングである。
わたしは鶏肉のグリル、ブロッコリーのソテー、それから和風なダイコンとナスと挽肉の煮付けを用意した。
主食は贅沢にも日本米。
とはいえ近所のスーパーマーケットで売られていたタイ産の日本米である。
見た目、全体に茶色っぽく、決しておいしそうに見えないのが惜しい。
しかも、残っていた野菜をアレンジしたので、取り合わせが若干、妙ではあるのだが、ノープロブレムだ。
彼らは特に「ダイコンとナスと挽肉の煮付け」を気に入ってくれ、スジャータにはレシピまで尋ねられた。
あ〜、と今、思い出した。最後に片栗粉でトロミをつけるのを忘れていた!
まあ、そんな微妙な技はさておき、多めに作った料理もきれいに平らげられ、幸せな夕餉である。
食後はスジャータが焼いて来てくれたカップケーキと、わたしは前日、多めに焼いておいたレモンタルトを出し、お茶とともに味わう。
平和な週末のひとこまであった。
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