記憶を巡る旅、でもあった。
インドに帰ったらもう、旅情は霧散し、日常生活の渦に巻き込まれることはわかっていたので、心に過ぎった言葉はなるたけ、旅の間に残そうと決めていた。
時に睡魔とたたかいつつも、ひとつひとつを書き留めておいて、よかった。
案の定、バンガロールの空港に降り立ち、帰路の車窓から外を眺めれば、昨夜のプラハの街並みが、たちまち遥か遠い記憶だ。
今回の我々の旅。実に起伏に富んでいた。街の描写や史実を記すことに精一杯で、旅の途中のドタバタなどを記す余地はなかったが、何もかもがつつがなく、というわけではもちろんなかった。
◎ストックホルムからパリの便。機材の不具合で、別の航空機に乗り換えねばならず、2時間近い遅延。通路側、非常口付近の割高シートを予約していたが、ランダムに、真ん中の席が指定されていた。
◎パリの最終夜、1泊だけ泊まったホテルにて、夜、シャワーのお湯が出ず、「インドかよ!」「いや、インドだってお湯は出る!」などと悪態をついたり。翌朝は出たのでよかったけれど。
◎チェコの第一夜、ホテルの心地よさや景観のよさに感動しつつ寝ようとしたら、2つのベッドスプリングのうちの一つが、理解不能なほどに損傷していて、横たわるや中央に沈み込む感じ。高級ホテルの良質のベッドなのだが、いったいなにをどうしたらそうなるのか。「ダンシングハウス」という歪んだ外観が特徴のビルディングゆえ、室内のレイアウトも歪んだ感じだったらいやだな、などと馬鹿なことを思っていたが、思いがけないところが本当に歪んでいて、正直驚いた。結果、1泊目は荷物はそのままに、別の部屋に「寝に行く」という妙な体験をした。
◎ドレスデンのホテルでは、1泊目の翌朝、6時頃から工事の音で叩き起こされる。ずいぶん早い時間から、このホテルも再建工事……? などと夢現つに思いつつ、睡眠を妨げられた。
どれも致命的な問題はないにせよ、なにかと疲れを増長させられた。しかしそれも、旅である。根気強い「ネゴシエーター」なわが夫は、上記すべてのトラブルから、「割引などの一部返金」もしくは「夕食無料」などを勝ち取り、得意である。ご立派!
あちこちでセルフィーのツーショットを撮りたがる夫に疲れ(旅の中盤より拒否)、しかし食事のたびに、グラス片手の写真を残し、2週間以上もあれば、食事だって50回近くするわけで、さほど過剰に飲み食いをしたつもりではないのだが、写真を見れば、飲み食いばかりしているようにも見える。
それもまた、旅の醍醐味。
今回の旅、食に未練はないけれど、ほとんどゆっくりと、買い物をする時間がなかったのは、惜しまれた。市場やスーパーマーケットなど、人々の日常生活の様子が感じられる場所でも、もっとじっくりと過ごしたかった。特にドレスデンでは見どころを回るのに精一杯。毎年ニューヨークで購入しているドイツ製のオーガニックコスメや、ホメオパシーの薬なども見たかったが、またいつか。
最後の朝、ホテル近くの市場にて、麻と綿の混紡の、手織りのストールを買った。思い出に。そして空港ラウンジで、最後を締めくくるのはピルスナー・ウルケル。元祖ピルスナービール。爽やかで澄んだ味である一方、ほのかな苦味が効いている。おいしい。
★ ★ ★
書き残したことはまだまだ、たくさんあるのだが、時間は容赦なく流れる。次に進まねば。旅の余韻に浸るまもなく、明後日からは1泊2日でマイソールへの女子旅が待っている。今夜はしっかりと寝て、明日は心身をトランジションさせる1日だ。
★ ★ ★
不在の家を守ってくれるドライヴァーやメイドの存在は、本当に心強い。NORA、ROCKY、JACK、そして新入りCANDY、みな元気だ。CANDYは相当にやんちゃで悪い。NORAには相変わらず嫌われていて、ブラザーズも相手をするのが面倒な様子だが、彼女が成長すればまた、関係性も変化するだろう。
★ ★ ★
私的な旅行記にとどまらぬ、なるたけ周辺情報も盛り込むよう努めた。共に旅を楽しんでもらえたとしたら、幸甚だ。
とてつもなく長編となった今回の旅記録。気軽に「読んでみて」とは言えないほどの、濃密度となってしまった。旅をしながら、これだけ書き留め続けてきた自分の衝動に、驚く。
この紀行全編を読了された方とは、人生の大切な一コマをシェアしたようなものだと感じる。
ともに旅を楽しんでいただけたとしたならば、光栄だ。