ロックダウン7日目。軟禁生活11日目。長いんだか短いんだか、よくわからない時間が流れる。寝巻きと部屋着の境界線を明確にせねば、と思う。自分の中では当然、その差異はあるのだが、他者から見ると判別しにくいような気がする。
外に出られないから、おしゃれな洋服はいらない。ハンドバッグもいらない。靴もいらない。素の自分を鍛えなければ、と思う。心と身体の健康が最優先事項。だから、毎日しっかりと食べ、なるたけ熟睡できるよう心がけ、規則正しい生活を送っている。
この暮らしを通して、自分の価値観の優先順位が改めて、見直されつつある。自分にとって必要なもの、そうでないものが、今まで以上にはっきりしてきた。今のこのシンプルな志向を、守り続けたいと思う。
一時、夫とのバトルは減ったかに思えたが、減ったにすぎず、自分の気持ちに余裕がないときには、速やかに苛立つ。自己修練の極みだな、と思う。
わたしは午後6時をすぎて、ビールやワインを飲むのが1日の楽しみなのだが、夫はほとんど、飲まなくなった。
「この時期、免疫力を落としたくないから」
だそうだ。そもそも、わたしの方が飲んではいたが、ここに来て、彼の自己を律する力に感心する。毎朝、エクササイズと瞑想を欠かさない。二人とも、今のところ、体重を増やすこともなく、健康状態はよい。
インドは、外出禁止になってはいるが、生活必需品の買い出しは許可されている。とはいえ、自由にうろうろ動けるわけではない。尋問を受ける可能性もある。だから、ぎりぎりになってまとめ買いをしに出かければいい。今はまだ、ストックしている食品と、隣のアパートメントコンプレックスにある八百屋と商店で事足りる。贅沢を言わなければ、ずっとその2店舗だけでも暮らしていける。
ただ、昨日はどうしても外を歩きたくなった。近所の大きめのスーパーマーケットに買い物に行こうと思うと夫に言ったら、断固反対された。隣の店で買えるのに、なぜわざわざ「リスク」をおかすのかと。おっしゃる通り。いざとなったらDunzoに頼んで配達してもらえばいいのだ。わかってはいるけれど。
空を見上げると、無性に外に出たくなる。……しばらくは、我慢だ。
今までは、毎朝、ニンジンやフルーツをスロージューサーにかけ、コールドプレスジュースを飲んでいた。大量の素材を、メイドに皮を剥いたりしてもらい、ジューサーにかけていた。しかし今、「大量消費」が果たして正しいことだったのか、疑問に思い始めている。
いつだったか、ヘルスケアに関するセミナーで、講師が話していた通り、自分で剥いて、しっかりと噛み締めて、食べる方がいいような気がしてきた。ジュースにするのは、「手軽に摂取するため」である。今、確かに暇ではないが、しかし急ぐ必要はない。面倒臭がらなければ、フルーツを切って皿に盛り付けるくらいの時間は十分にある。
このほうが、視覚的な満足度も高い。ニンジンとジャガイモのスープも、おいしい。自家製パンも、おいしい。
ぬか漬けも悪くない。キュウリは定番。昨日は「スイカの白い部分」を捨てずに切って漬けてみた。歯ごたえがあり、思いの外おいしい!
冷凍していた骨つきマトン肉を解凍。トマトや玉ねぎ、にんにくなどとスロークッカーに入れてゆっくりと煮込む。放置しているだけでいいから便利。最後に味付けを整える。
日本米が少なくなってきたので、バスマティライスで豆ご飯を作る。多めに炊いて、翌日、チャーハンにするのもいい。ニンニクやタマネギをバターで炒め、ご飯を炒めて塩胡椒をするだけでも、おいしい。さっと醤油をかけてもよい。
日々、庭の花を摘んで、ダイニングテーブルに飾る。窓の向こうで蝶が舞う。それを猫らが追いかける。ジャンプする。たのむ、捕まえないでくれ!
自分がアーミッシュになったような気分になっている昨今。このロックダウンが開けた後の世界の行方が気になる。
今までと同じでは、あって欲しくない。